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2013年9月27日 (金)

八木雄二「天使はなぜ堕落するのか─中世哲学の興亡」(4)

私たちは17世紀迎えると、まるでテレビ画面が入れ替わるように、私たちは日ごろよく知っている近代科学の認識が直ちに無抵抗にヨーロッパ全体に広まった、と思いがちであるが、それは大きな誤解である。18世紀末まで、アリストテレスの自然哲学をスコラ学者たちが一定の権威をもって大学で教えていたのである。これを壊して、近代科学が一般の知的世界において完全に主導権を握るのは、18世紀末に始まった産業革命の結果である。実際、スコラ哲学が突如として権威を失って知的世界から消滅するのは19世紀である。

例えば、古代より西洋の人々は天体の世界に魅了されてきた。その証拠のひとつが星占いてある。星占いはメソポタミア文明の所産と考えられるが、古代ギリシャ文明もユダヤ民族の歴史も、メソポタミア文明を母胎ないしは母胎の一つとしている。そのためか、ギリシャ哲学の伝統においても、日中の太陽を含めて、夜空を彩る星の世界は美しい魂の故郷であり、真理に満ちた世界を美しく永遠的に現出しているものだと考えられていた。つまり、天体の世界は最も心理に近く、神に近い実像だった。神々も諸真理も天の世界に位置づけられるのだが、その「天の世界」が太陽や星空の世界を直接につくりだして、私たちにその実像を垣間見せていると考えられていた。中世の人々にとって、悪魔の攻撃にさらされている地上世界と比べれば、天空はまさしく神と天使たちの世界だった。夜空は実際に見た目にも、砂粒のようなダイヤモンドを黒い紙の上にばらまいたように瞬いた。

当時、一般的に北極星を中心とする天球から、月の天まで九つの天が数えられた。天というのは目に見えない球で、そこに天体が張り付いて動いている。そしてこの天を動かしているのは、神に仕えている天使であると考えられていた。天体は永遠的な変化のない運動を続けているので、それを動かしているのが天使であるとすると、天使は現代で言えば、オートメーションの機械の操作をやらさせている労働者のようなものである。だとすれば、あまり自由などありそうではない。しかし、天のような神に近いものを動かしているものを、天使のほかに想定できそうもない。そこにどういう具合に天使がかかわっているとしても、実質的に点を動かしているものは天使でなければならなかった。この場合、天使は神が作った世界の秩序維持に働く忠実な従者であり、尊重されるべきものと考えられていた。そこでは自由は問題にされない。天が見せる永遠的な秩序は、キリスト教会が設定する人間社会の秩序と重ね合わされた。そして天体の整然とした運行の様子は、天使が見せる永遠的な神への従順であり、それは人間がもつべき美徳のあるべき姿と見られていた。つまり、中世の学者たちも天体の運行は必然的なものと見ていたが、それは神の指示を正確に実行する天使の従順さが生み出していた必然なのである。神は絶対者なので、その命令は強制的な必然である。しかし同時に、神が設定した秩序はそれ自体で自然なものであり、、それに従ってこそ天使を含めて各々が生きることができる。

 

私たちは、天上の世界や人間の原初の姿などについて彼我の違いがあることを見てきた。もう一つ、中世を理解するうえで知っておかなければならないことは、哲学にとって周縁的なことであるが、社会を構成する人間についての理解である。

ギリシャ・ローマの古典の世界では、社会は市民階級と奴隷によって構成されていた。市民階級が支配階級であり、奴隷が支配される階級である。市民階級の中で、とくに祭司が権勢をふるうということはなかった。それに対して、当時ギリシャ・ローマの北方にいたケルト民族の世界では、市民階級と奴隷階級という構図は見られず、戦士と祭司が支配階級を構成し、商人や農民などの平民が支配される階級であった。さらにケルト社会は、祭司が戦士階級より上位の支配的な階級であった。ケルト社会の祭司はドルイドと呼ばれた。ドルイドとなるためには、ときに20年に及ぶ修練が必要であったと伝えられている。つまりかなりの専門知識を必要とした。ちょうどキリスト教の司祭が多くの修練と専門知識を必要としたのと同じである。中世のヨーロッパがキリスト教の支配に服したのは、もともとケルト社会が一般的に祭司階級を支配階級に仰ぐ社会であったから、ということが基本にある。もちろんキリスト教の教皇権が強くなったのは、戦士階級の権力基盤が度重なる民族移動などによって安定しなかったことも原因ではあるのだが、祭司階級の支配者性がもともと社会の構図としてあって、それがために宗教権力の世俗的支配が可能になったことも否めない。西ヨーロッパにおけるキリスト教の布教は、結局のところ、この祭司階級をドルイド教の祭司からキリスト教の祭司に置き換えることだったともいえる。中世には、このケルトの地域に、ゲルマン民族の移動・侵略があったがケルトの文化は彼らにも影響を与えた。このケルトの文化が祭司階級を重んじる文化であったのを、キリスト教会がそれを利用することで社会の中で高貴な知的階級を持つことができた。支配者側は、この権威性を借りて、西ヨーロッパ世界を「森に覆われた世界」から見通しのきく広々と開放された世界へと変えていった。すなわち、西ヨーロッパ世界がキリスト教世界として成立していくとき、西ヨーロッパはケルト人の故郷であった森を切り開き、しだいに農地として広げていった。それは西ヨーロッパをローマ流に文明化していくことであった。支配者たちは農耕を社会の基盤として力をつけていった。このとき大きな力を発揮したのが修道院であった。修道士は祈りのクラス、つまり祭司階級に属していたが、祈るだけでなく耕地を耕したのである。農耕の先兵である修道士が労働を神への奉仕としていたことによって、ローマ時代のように労働は奴隷の仕事ではなくなり、神への奉仕となっていったのである。農耕的生活とは、集団的に時間を守って労働に従事する、という生活習慣である。農耕は季節変化と太陽の巡りに本質的に依存するからである。西ヨーロッパが一日のうちで時刻を限った生活習慣を取り入れたのは、修道院の共同生活を通してであった。修道院が時刻を示すために鳴らした鐘が、一般庶民に「共同の時間」を教えたのである。

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