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2013年9月 8日 (日)

スポーツは帝国主義?

19世紀にポンドを基軸通貨とした通貨の流通が制度として成立し、各国の通貨が基軸通貨との交換レートをものさしとした。これは通貨の土台をポンドが支配することにつながり、19世紀を通じて英本国の貿易収支は赤字だったにもかかわらず、英国は世界の工場として経済を支配した。いわゆるパックス・ブリタニカ。だけど、この時の旧植民地は英連邦として英国と親密な関係を続けていて、言語とか教育とかは英国の実質的な強い影響下にあると言っていい。経済や政治的支配は終わったかもしれないが、文化的な支配は続いていると思う。これは英国だけでなく、ヨーロッパの旧宗主国にも共通して言えることだと思う。その典型的な例が、オリンピックだ。植民地支配に際して、ヨーロッパ起源の近代スポーツがどれだけ有効に機能したことかは歴史を見れば明らかで、例えばボクシングは支配地域の力自慢を引っ張り出して、体重制限と3分間1ラウンドという細切れの時間とポイント制という制限を設定して、そのようなヨーロッパ人に有利な土俵で戦わせて勝利することにより、精神的に屈服させる道具だった。オリンピックに取り込まれたヨーロッパ以外を起源とするものがスポーツとして大きく変質させられてしまったのも、そのためだろう。もともと植民地を経験していなかった日本が、ここまでオリンピックという欧米の文化支配に、取り入るように参加を求めるのは、明治以来の脱亜入欧の残滓を払拭できないのかもしれない。オリンピックって国際機関でもないし、単なる民間の私的な集まりに過ぎないはず。そんなところにも、ズルさを見てしまうのは、私だけなのだろうか。今日のニュースなどの騒ぎを見るにつけ、帝国主義というアナクロめいた言葉をどうしても想ってしまう。

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コメント

辛口ですね。スポーツ競技が健康とはかけ離れた世界でショー化しています。オリンピックがプロの選手を受け入れたときから商業化の道へ突き進み、マスコミ主導になってしまったわけですが、仕掛けが大きな祭りはなかなか素人(アマチュア)だけでは挙行できない時代になってしまったと云うことでしょう。スポーツ音痴の私ですか、単純に祭りを楽しんでもいいかな、と思っています。

OKACHANさん。コメントありがとうございます。オリンピックを楽しむ、スポーツを楽しむといった時に、本質的なスポーツの楽しみとはなんなのか、いつも疑問に思ってしまいます。例えば、オリンピックの時のスポーツニュースでもっとも映る場面は競技の決定的な場面ではなくて表彰式の場面だったりするのは、スポーツ自体よりもメダルを受け取るところの方が、みんな楽しいのかとか、思ったりしてしまいます。

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