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2013年9月22日 (日)

名選手は名コーチにあらず

色々あって、今新しい担当者に引き継ぎを始めています。その人は他の会社でIRをやっていたという人なので、会社の内容と、私の方針と方法論を伝えれば、あとは彼がそれを咀嚼して、継承するなり、路線変更をするなり彼のやり方を出していけばいいと思っていました。

しかし、そうしようとしたら、それがいかに困難であるか、ということに気づきました。まず、言葉が通じないのです。対話が成立しないのです。同じ日本人同士で言葉が通じないという言い方はおかしいですね。でも、正直なところ、そういう実感で、同じ言葉を話しても、私と彼では意味が全然異なるし、そもそもこの言葉がどうして出てくるのか、という前提が全然違うのです。例えば、IRに対する基本姿勢を彼に尋ねると、セミナーのテキストに書かれてあるような一般論のようなタテマエが当然のことのように返ってくるのですが、それは借り物であるのが明白で、本音はどうなのとか、具体的な戦略は、となると何を聞かれているのか分からないような顔をしてフリーズしてしまう。そして、もっと驚いたのは、そのことは当人は気にしている風はなく、あっけらかんとしている。彼の見えているものと、私の見えているものとは、全く別物ではないのか、そういうギャップを感じることが大きくなっています。

例えば、スポーツの世界で、「名選手は名コーチにあらず」ということを聞くことが多いです。例えば、プロ野球のかつての名プレイヤーである長嶋茂雄が野球の各プレイについて語ると、何を言っているのか分からない、とよく言われました。一般の人には難解かもしれませんが、長嶋氏本人にとっては至極論理的で筋の通ったものだったのではないかと思います。多分、身体感覚だとかそういうところで野球のプレイの感じ方が一般の人とは違って、それに応じた言葉を話しているだけなのだと思います。しかし、一般人は、長嶋氏の身体感覚を共有することはできないので、その言葉の前提としている世界というのか文化を理解できない、というよりもそういうものが存在することすら分からない。私は、自分がIRの名プレイヤーであるなどという自惚れはないつもりですが、私が感じている問題点や危機意識のようなものは、新担当者氏には、その存在することすらわかっていないところで、どのように会話を成立させていくかに悩んでいます。

今までは、多少、言葉が通じないことはあっても、私が熱心にやっていれば、引きずられるようにしてコミュニケーションが成立していたので、印刷会、動画配信、説明会の手配その他いろいろな関係する担当者の人々とは、最初は多少の戸惑いはあっても、積極的に加担してくれて、この人々からたくさんのことを教えられました。

今のところは、コミュニケーションの糸口を探して、下手な鉄砲も数撃てば当たる、とでもいうようにメッセージを発し続けるしかないのか。少しずつ徒労感が募ってきていると同時に、ややもすると私自身の意欲を維持させているのに精一杯の状態で、こんな無力感にとらわれてしまうと、投げやりになってしまいそうでもあります。

今回は、見苦しい愚痴を書いてしまいました。

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