無料ブログはココログ

« 「竹内栖鳳─近代日本画の巨人」展(5) | トップページ | 八木雄二「天使はなぜ堕落するのか─中世哲学の興亡」(5) »

2013年9月30日 (月)

「竹内栖鳳─近代日本画の巨人」展(6)

新たなる試みの時代として、1909~1926年は、竹内が画壇での地位を確立した、後進の指導もしながら意欲的に作品を生み出して行った時期と解説されています。しかし、私がみた竹内の特徴は、繰り返しになりますが画面を構成しようとする強い意志が溢れていて、作品世界の設計と画法のテクニックが相互影響しながら(弁証法的と言いたい)強い緊張感をもって作品を生み出しているよう見えるところです。この時期では、そういう緊張感に漲った作品は一部にとどまり、大胆な構図をとりながらもフォルムは堅固で、大胆になろうとする方向性とフォルムを保とうとする方向性のぶつかり合いのような緊張感が、日本画の記号的なパターンへの方向性と西洋絵画の写実の方向性とのぶつかり合いにも置き換えられるようで、それを画家が強い意志で統御している、というのか作品画面から火花が散っているようなヒリヒリする緊張感を、例えば獅子図などからは強く感じられたものでした。しかし、この時期以降、そういう作品は減っていきます。

Takeameこれは、竹内の作品に対する好みの違いではないかと思います。たとえば、この時期以降フォルムが崩れた作品が増えていきますが、それを自由闊達の境地として関係する人もいると思います。たしかに、一部では挑戦的なことをしているのは分かるのですが、それよりも長いものには巻かれろということで平面的でのっぺりした日本画の中に埋没してしまったような作品が増えてきます。とくに人物画がそうです。そして、晩年に入ると体力の衰えのせいでしょうか、急速に腑抜けたような作品が増えてゆきます。竹内の老境に入ってからの作品を見ていると、日本画を描くには体力が必要不可欠だったことが分かります。考えてみれば、床や台に敷いた紙や布に筆をもって描くのですから、しかも筆先は柔らかく墨や絵の具は伸びたり、流れたり滲んだりする。そうすると筆先が紙に触れる微妙な感触を腕力をつかってコントロールしなければならないわけです。描いている間、筆を浮かせ続けるには二の腕の筋力を大分必要とすることになるでしょう。そうしなければ線が引けない。体力の衰えた老人にはキツいことになるでしょう。この展覧会の第4章の展示で見られる作品は、そういう点で明らかに線に気力が感じられないし、線を引くのを諦めたように見える作品が多く見られます。これは、あくまで私の個人的感想です。一般的に竹内の老境の境地というのは評価は高いようですから。

Taketurna『雨』(右図)という1911年の作品では、墨の濃淡と滲みを生かして雨で風景がけぶっている情景を描き出しています。雨で全体が薄ぼんやりして、ものの輪郭がぼけてしまうのはターナーの晩年の風景画(左図)を連想するのはこじつけかもしれません。竹内は、そのなかでも右下に小さく笠をした人物をくっきり描いたり、木のはが雨に打たれて揺れ動くのが見えて来るかのような細かいところが見えてくるように描いています。全体に靄がかかっている中で、細かいところがくっきり見えることで実在感が感じられる、非常に緊張感の高い作品になっていると思います。

Takee竹内という人は、このような風景画や動物を配した場面を描く場合、大胆で画面構成を行い画面全体がリアルな世界を作り上げていますが、人物画は苦手だったのではないかと思わせるところがあります。例えば『絵になる最初』(右図)という作品を見てみます。モデルが裸体になるのを恥じらう一瞬を描いたとのことで、けっこう有名な作品だそうです。これ一枚を竹内の作品と考えないで単独に取り出せば、女性を描いた日本画ということで、それなりに見ることもできるでしょう。しかし、このような竹内の回顧展で、かれの一連の作品が並べられているところで、彼の他の作品と並べてみると、まず人物がぺっちゃんこで厚みと重量をもった物体になっていない、前回見た『富士』であれほどゴツゴツした山の重量感を非揚言していたのに、です。また人物の背景も薄っぺらな書き割りで、風景画ではあれほど空間設計に気を配ったのに、まるで何も考えていないかのようです。私の思い込みかもしれませんが、竹内ならば裸体を恥ずかしがる少女の恥じらいと、その一方で女性としての見事な肉体を備えているという、一人の人物のなかでの相異なる要素の対立と矛盾を表わすことだってできたはずです。しかし、悪意に見れば、人体がぺっちゃんこなので、来鯛を恥ずかしがるのは身体が貧弱だからなのだと勘ぐってしまうのです。どうしてなのか、そのヒントは天女図のための裸体スケッチが展示されていたものにありました。それらを見ると、西洋絵画の裸体デッサンの場合のような人体の骨格や筋肉の付き方を解剖学的に正確に把握しようというものではなく、天女図の天女の様々なポーズをとらせて、そのシルエットをとるために輪郭を線でなぞっているようなものでした。たぶん、人物を描くということに対しては、別の考えがあったのか、竹内本人がそれほど強い意欲を持っていなかったのではないかと思います。

この後の時期以降、竹内の作品は急速に魅力を減じていきます。あまり、つまらないを連発するのも気分がいいものではないし、とくに感想を書く気も起らないので、これが竹内栖鳳展のかんそうです。なお、重要文化財に指定された有名な『斑猫』は展示替えの関係で見ることができませんでした。

« 「竹内栖鳳─近代日本画の巨人」展(5) | トップページ | 八木雄二「天使はなぜ堕落するのか─中世哲学の興亡」(5) »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「竹内栖鳳─近代日本画の巨人」展(6):

« 「竹内栖鳳─近代日本画の巨人」展(5) | トップページ | 八木雄二「天使はなぜ堕落するのか─中世哲学の興亡」(5) »