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2013年9月 1日 (日)

「速水御舟─日本美術院の精鋭たち─」展(3)~速水御舟の写実とは何なのか

前回かなり無責任な放言をしてしまいましたので、私なりに考えたことを述べた方がフェアであると思います。何しろ、速水はすでに作品を制作してしまっているわけですから、それに対して私がどうこう言うのは、“後出しじゃんけん”と揶揄されても仕方のないことです。しかし、同じように、現在の時点で速水の一部の作品を写実という人がいるということは、その人は写実であると評価しているわけで、その評価に対して、私は強い違和感を持ったということです。その理由を考えていくと、私なりに速水の作品の写実ということを考えられるのではないかと思います。

Hayamimaiko速水御舟の作品の中で、写実的な描写が物議をかもしたという「京の舞妓」という作品があります。この作品は、今回の展示作品ではありませんが、速水のことを調べていると、横山大観に“悪しき写実”と酷評されたという、この作品にたどり着きました。私は、速水と同時代の人間ではなく、日本画には不案内の人間なので、最初に述べたとおり“後出しじゃんけん”と言われてもしょうがないのですが、この「京の舞妓」という作品を、どう見ても写実的に見えないのです。絵がれている舞妓さんが人間の体形をしているとは思えないし、背景の、彼女が腰かけている窓の張り出しは平面的で奥行がなく、とても腰かけられるものではない。そして、描かれている舞妓に生命感がなく人形のようにしか見えないのです。これは、私に日本画を見る文法が備わっていないためかもしれません。それを差し引いても、写実と、どうしても言えないのです。門外漢ながら日本画の歴史を遡ってみると、丸山応挙とか伊藤若冲のような人々は決まったパターンを踏襲することに飽き足らず、実際の花鳥風月の現物を見て、それを手本に描いて、今までにないあたらしいパターンを創り出して日本画に加え、写実と言われたといいます。速水の写実には、それと同じところがあるのではないかと思います。つまりは、既存の日本画に行き詰まりを感じていた速水が、新たな可能性を開こうと従来のパターンの踏襲から新たなパターンを求めて、先人に倣って事物に立ち返ろうとしたのではないか、ということです。

しかし、先人と速水とでは大きな違いがあると思います。それは、速水の感じた日本画の行き詰まりとは、日本画自体に胚胎する内発的な理由だけではなく、文明開化により西洋から流入した洋画によるプレッシャー、つまり外圧も大きな理由であったのではないかということです。洋画の描かれた人物や事物は立体的で質量を備えた存在に見えたのではないか、ということです。極端なことを言えば、以前とは画というものの概念が変わってしまった。それを速水は感じさせられたのではないか、と思われるのです。そこで、速水は二重の意味で写実ということを追求したのではないかと思うのです。そのうち後者、つまりはリアルな洋画に対抗するために、リアルさを追求しようとしたときに、現在なら石膏デッサンなどのような体系だてて技法やそういう視点を学ぶということがありますが、当時の速水には、それがなかった。例えば、立体感を表現するために一方向から事物に光を当てて、その影を、つまり陰影を克明に写すことで凹凸を表現するとか、いわゆる投射による遠近法を用いる際には、ひとつの固定した視点を持つことが必要となります。速水はこの視点というのを持てなかった、というのが彼の作品を見ていて感じたことです。視点と簡単に言いますが、これはヨーロッパでも神中心の中世からルネサンスを経て近代社会で神を離れ個人が自立したことに伴ってはじめて獲得できたものです。同じように、文学の世界でも江戸時代の戯作から近代的な小説を書くために文学者たちは視点とその視点からの写実ということを大きな課題としていました。二葉亭四迷の「浮雲」という文学史上、日本で初めての小説ということになっていますが、今読む人がいるのか疑わしい作品。これを読んでいくと、章が変わるごとに小説家の書き方が大きく変化します。これは西洋の小説なら当たり前の客観的な視点で筋を書いていくということを、当時の二葉亭が、そういう超越的な視点を獲得することができず様々な方法で、それに近づく書き方を試行錯誤しているのが文体の大きな変化となって露われているのです。その後、二葉亭に続いて苦闘が続きますが、私小説という小説家が自分の私生活を自分で語るということをすれば、超越的な視点を持つことなく語ることができる、というチョンボのような日本独特の形式を生み出すに至ります。その端緒が、田山花袋の「蒲団」という作品で、小説家が若い女性の弟子に恋着するという当時で言えば醜聞に属する内容のものから、島崎藤村の「新生」

話は変わりますが、そういう勘違いのような醜聞のような私小説と、速水の「京の舞妓」の敢えてくたびれたような舞妓の姿を描いて見せたのは、相通じるような感じがします。確固とした視点を確立できないでいれば、洋画というような写実は与えることができる。これは、当時の“悪しき写生”という評価と同じような考え方かもしれません。

そして、もうひとつ、速水は視点を持ちえなかったことをカバーするために、写実であろうとして努めたのが、細部の追求ということではないかと思います。それは、あくまで写生らしさを印象付けるためですから、アントニオ・ロペスのような全体的な細密画ではなくて、見る人が細かさに感心するようなところで細密さが強調できていれば、写実的な感じがしてきます。そのため、恣意的な部分が細密な作品となっているのではないか、と言えます。例えば、「京の舞妓」では畳の目ひとつひとつ、着物の生地の糸一本一本までも描いていますし、舞妓の顔には無数の細い線を重ねています。

以上が、前回の生意気なコメントをしてしまった以上、フォローしなければならないという必要性を感じて、勉強した結果です。しかし、ここまで読んだ人は、これが果たしてフォローなのかと思われるでしょう。

これを、現代的意味で見直してみると、多少言葉遊びのきらいがないとはいえませんが、たとえば、ポストモダン的状況ということを考えてみましょう。ポストモダン的状況というのは、端的にいえば、正義とか理想とか客観的真実とかいったような大きな物語を、だれもが信じられなくなって、個人がそれぞれの身の回りの小さな物語しか信じられなくなっている、という状況のことです。そこでは、かつて信じられた近代的な自我の確立ということも、絶対的な価値観が崩壊してしまった後では、個々人が自分なりに自分の周囲にむけて試行錯誤をしていかざるを得ない、という状態にあると言えます。そのような客観的な視点とか、近代的な主体というものが、じつはフィクションでしかなかったというてき、もともと主体が確立していなかった速水の作品は、そういう状況に沿うものとなっているのではないか、といえることです。例えば、「京の舞妓」では、確立して視点がないために、画面の階層化がなされていません。具体的に言うと、作品の主役である舞妓の顔の精緻な描き方と、畳の目や衣装の生地の精緻な描き方が同じような重点をかけられているのです。つまりは、舞妓の顔と畳の目と衣装の生地は同列に置かれているということです。ここでは、人間中心とかそういうことはない。このように同列で、並列的に描かれ、人間中心とかいうような大きな秩序で画面が統括されていない、いわばスーパーフラットな世界となっているということです。そこでは、限りなく分散化し、まるでコンピュータのデータのような交換可能な世界になっているということです。

年月を超えて速水の作品を私が見るとしたら、おそらくそのような視点で見ることで、面白さを感じることができるのではないか。そこでは、最初にあげた速水のもうひとつの特徴として装飾的という点を改めて捉えることができるのではないか、と思うのです。

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