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2013年9月25日 (水)

「竹内栖鳳─近代日本画の巨人」展(3)

最初のあいさつにもありましたように、竹内は1900年に渡欧しました。彼は、その体験から日本美術のあるべき方向を講演しているそうで、その要点は“①西洋美術の制作の基本である実物観察を通して、対象の形態を把握すること。日本の絵画は実物から離れすぎてしまっている。②光が対象に当たった時にできる陰影を取り入れること。③②とも関連して、微妙な階調による色彩表現を研究すること。④日本の水墨表現は「是非保存」すること。西洋美術にある形態把握の方法と結組み合わせることで、西洋美術よりも「妙趣」ある作品が生まれる。⑤日本の絵画では、表現に「種々の感覚を含める」こと、すなわち「写意」を得意とする。ここに①の形態把握の手法を合わせることで、西洋の人々を驚嘆させる作品が生まれるだろう。こうした栖鳳の理念は、晩年まで一貫して作画の根底をなすものとなった。形態把握のためのスケッチ、「写意」を表すための抑揚豊かな筆線および濃淡に富んだ墨、さらに展開して色彩の使用が、この理念を実践に移すための手法である。”と解説されています。

Lion3それを、何種類も展示されていた獅子(ライオン)を描いた作品に見ることができると言います。当時は、それまでに様々な画家が獅子を描いていたわけですが、実際のライオンを見て描いたということはなく、渡欧して動物園で生きたライオンをスケッチして本物のライオンの姿を描いたというのは、当時の人々にとって新鮮だったのではないかと思います。参考として狩野永徳の『虎獅子図』(左図)を見てもらうと、実際の虎やライオンとは別の生き物に見えます。このような獅子の画を見ていた人々にとって、竹内の獅子図は新鮮どころか驚きを以て迎えられたのかもしれません。今回の展示では、5種類の獅子図が展示されていましたが、もの珍しさもあってニーズが高かったのではないかと思います。

Lion1_2その中から『虎・獅子図』(1901年)(右図)は、6曲1双の横長の大きな画面を利用して、中央に頭部を位置させた横から見た姿の胴体を左側に身体を伸ばした姿で描き、その右上がりの傾きに対して中央部を境にして線対称のように右下がりの線を獅子が乗り越えようとしている岩を配置している。このようにシンメトリーという発想は、ヨーロッパの美意識のよう、です。しかも、獅子の毛皮の柔らかな触感をおとなしい繊細な線で、これに対して倒木は墨痕鮮やかさを利用して、大きな筆で大胆に一気に太線を引いています。中央を境にして、形態も対称的であるだけでなく、肌触りとか描く書法、線を対照的にして画面が構成されています。それを生かした下地になっているのが、金地に墨で描いたという描き方です。金地であるためか1本1本の線に見られる墨のたまりが生々しく残って、とくに岩の筆線の存在感が強い印象を残します。

Lion2『大獅子図』(1902年)(左図)は4曲1双で正方形に近い画面で遠近を強調して、胴体の後ろ腰の部分を大きく後退させたように小さくしながら足先の指は前後の足で同じ大きさにしてデフォルメすることによって、獅子の身体の大きさと、どうして右半分に偏ってしまう画面のバランス構成を考えているように見えます。大きな顔の部分と鬣に胴体が隠れてしまうポーズで、横たわり後ろ足を伸ばしている姿になっています。右側の画面の大きな部分を占める鬣の毛のふわふわした柔らかさをぼかした線であらわし、それ以外の部分、とくに顔の部分は線の抑揚を抑えてカッチリ描線をひいて、分厚く陰影を塗り分けている。これにより、鬣をはじめとした獅子の毛に覆われた柔らかな体表と体全体の存在感や重さが見て取れます。

このように、獅子を描いた作品は描き方(技法)とそこから生まれる表現効果が異なる。このことは、次のように解説されています。“この違いとは、主に筆線の違いによるものである。つまり栖鳳は、これらライオンのシリーズにおいて、一貫して、筆線の違いにより毛の柔らかさ、動きの力強さといったライオンの様々な特徴を描き出そうとしていたのである。こうした特徴を表すことは、栖鳳が渡欧後に語った絵画理念にある広い意味での「写意」に含まれる。このことから一連のライオンの作品には、実物観察により対象を描くというだけでなく、筆致による「写意」の表現の研究という目的があったということができる。”今回の展示を見て、私が竹内の作品の特徴であると感じたのは、目の前の対象、というよりは世界という広がりに対して、それを画面に構成しようという主体的な意志、なんか小難しくなってしまいましたね、世界を表そうという強烈な思いのようなものとでも言ったらいいでしょうか。その構成のさせ方、いわば、画面という世界の作り方で、描く技法であらわされるものが様々に変わってくるということが大きく影響されるのを、竹内が意識的だった、ということなのではないかと思います。そう考えると、当時においては日本画とか西洋画とかを問わず、かなりモダンな人だったのではないか、と思いました。

Zouそういう、竹内の特徴を考えると、そのような彼の方法論に最も適していたのは風景画ではなかったか、と考えます。実は、獅子図についても、風景画として、それがあたかも風景画であるかのように見ることができると思うのです。ライオンの構成要素をひとつひとつ分解して、そこから描くべきところを取捨選択し、画家の切り口で選択したパーツを構成してひとつのまとまりにして、その筋道を通した結果が作品となる。風景全部を描くことはできませんから、自然とそうなりますが、獅子に対してもそれだけで完結したものとは見ずに、切り取られるべき世界と見て描いている、というように見ることはできると思います。後で触れますが、竹内の人物が少なく、あったとしても面白くないのは、そういう方法論のゆえではないかと思います。

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