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2013年9月23日 (月)

「竹内栖鳳─近代日本画の巨人」展(1)

2013年9月12日(木) 東京国立近代美術館

都心でセミナーがあって、その空き時間に急いで行ってきました。このところ、速水御舟だの大野麥風だのと日本画の美術展に続けざまに行っています。本来は、日本画に疎いため積極的に出かけようは思わない美術展ばかりです。しかも、今回も、よく知らない画家で、しかも都心でも交通の便があまり良くない近代美術館にわざわざ行って見る、というのは自分でも不思議な気がします。このところ、仕事環境で変化があったり(未だに環境に適応できないでいますが)、体調を一時崩したり、私自身の変化を促すようなことがあったためかもしれないし、馬齢を重ねたことにより(齢をとってマルくなった)若い頃には見向きもしなかったものに親しめるようになったかもしれない(若いころは大嫌いだった漬物が今は大好物になった)し、などと理由はいくらでもデッチあげられます。まあ、直接的な理由としては、先日たまたまみた「谷文晁展」に並べられていたブツがあまりにも難解で、ちんぷんかんぷんだったので、感じること以前で唖然としたまますごした経験(例えば、私の目の前でブロンクス訛りの英語を早口で捲くし立てられ、果たして私に対して言葉が発せられているかも分らず、呆然としているような状態)による、ということにしておきましょう。その後に見た速水御舟にしても大野麥風にしても、これは絵画なのだと自分に言い聞かせながら、絵画である証拠を探しみつけながらようやく見ることができた、という有り様でした。会場に沢山の老若男女が詰め掛けるように来ていましたが、その中で、こんなに戸惑っているのは私だけなのだろうかと(それはそれで、快感であることも、あるのですが)、寂しく思ったりもしました。そういえば、歴史の教科書で見た日本画に魅力を感じたことはなかったかもしれないなどと思い始め、そういうものへの回路がないのか、私は日本人なのに、とか訳の分からない感慨に陥ったり、とまあ、複雑な事情があって行って見たというわけです。

Takepos行列ができるほどではありませんが、館内は比較的混んでいました。速水御舟展のときもそうでしたが、年配の鑑賞者(とくに男性)が多く、一方学生なのか若い人も意外といて、私のような中年が少ないという鑑賞者の年齢に偏りがあるようです。

で、竹内の作品の印象ですが、これが見られたのです。違和感なく。不思議なことに。なんか、不遜な言い方ですが、まあ良いでしょう。ちゃんと自腹で入場料を支払っているんだし…。竹内さんとは利害関係は何にもないんだし…。冗談はさておいて、速水御舟や大野麥風の作品に比べると、サマになっている、というのが正直な印象です。どうしてと、きちんと説明するのは難しいのです。絵として見ることができるのは。それは、JR東日本の駅のホームの発車のしらせのチンタラリンが音楽ではない理由の説明が難しいのと同じです。ひとつ、副次的な理由ですが、速水の時のような居間の床の間に飾ってお茶や酒の肴にして愛でるためのツールというような感じはなくて、それ自体が「見ろ!」とでもいうように存在を周囲に主張している、極端な言い方ですが、速水の作品が骨董品として画商ではなくて古物商に扱われるものなら、竹内は画商が扱うという違いでしょうか。説明になっているか分りませんが。もっと直接的にいうと、速水の作品には解説本で説明されているような写実とか近代性とかいったことはついぞ感じられなかったのに対して、竹内の作品は自然とそういう要素が感じられたということです。その辺りのこと考えながら、具体的に作品を見ていきたいと思います。展示は次のような章立てで行われていました。

第1章 画家としての出発

第2章 京都から世界へ

第3章 新たなる試みの時代

第4章 新天地をもとめて

 このほか、特集展示として

  美術染色の仕事

  旅

となっていました。このうち第1章は習作期のお手本の模写やスケッチで竹内のお勉強をしたい人にはいいのでしょうが、それに感想でもないので割愛し、第3章の後半あたりから竹内が老境に入ったあとの作品は私には急速につまらなくなるので(ただ、そこで、なぜつまなくなったと思うかの理由を考えていくと、竹内の作品の魅力を逆照射できることになると思うので、割愛はしないで、つまらなくなった竹内も少しだけ見ていきたいと思います)、そこは駆け足ということで、第2章のところを中心的に見ていくことになると思います。

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