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2013年10月

2013年10月30日 (水)

田島正樹「スピノザという暗号」(20)

スピノザは公理3において「愛、欲望のような思惟の様態、その他すべて感情の名で呼ばれるものは、同じ個体の中に、愛され、望まれるなどするものの観念が存在しなくては存在しない。これに反して、観念は、他の思惟の様態が存在しなくても存在することができる」と言っている。実際には、快・苦・欲望などの諸感情こそ、生物体としての我々においていやしくも精神的なもの(思惟の属性に属す様態)であるためには、それらは少なくとも何らかの観念(事物の表現)を含んでいなければならない。これが「本性上」ということの意味である。つまり公理3は、感情が生体内部のたんなる機械的運動でなく、なんらかの意味で思惟の様態に属するものと言えるための、アプリオリな制約を述べるものなのである。

スピノザによれば、個々の内容(観念)を我々が信じるか否かは、その内容自身の持つ説得力によるのであり、とりわけそれが他の様々の我々の信念と取り結んでいる(または取り結びあう)関係によるのである。これまでに知られた、またはそう信じられていることとうまくかみ合い、互いに補い合いながら、さらに堅固に支え合うようなものであれば、我々は進んで受け入れようとするだろう。そうでなければ、否定するか、更なる知識が得られるまで判断を保留するわけである。それゆえ、思考と思考内容(観念)を切り離すことは出来ず、思考とは観念そのもののことだと見なされなければならないのである。ある観念の説得力(それを信じさせる力)は、観念そのものにあり、我々の自由になるものではない。以上のことを考え合わせれば、感情を交えずにただ意味内容を理解するだけで肯定も否定もしない中性的な観想的思惟の能力などをスピノザが認めていたとは考えにくい。スピノザは、痛みのような感覚や、何を標示するとも思えない漠然たる感情のようなものでさえ、最低限、おそらくは非言語的に何らかを表示しているのであり、そうでなければ、それらは思惟の属性に属し得ないのである。

そもそも認識が可能であるとしたら、それは、あらゆる真理を統合した全体(神的知性)の部分としてだけ存在するだろう。なぜなら、およそ認識たる限り、他のすべての認識と互いに支え合い調和するものでなければならず、かくて、その全体は、世界の隅々の真理を、あるがままに表現するものであるはずだからである。ところで、人間精神も認識である。いかにして、神的知性の部分でありうるか?明らかに、何らシニフィアン(意味表現)として、と言うしかない。人間の本性には、言語その他の手段を使って、思惟すること、すなわち神的全体を不完全にかつ断片的に表現することが、属するのである。こうして表現された観念こそ、人間精神そのものなのである。しかし、それは誰にとって表現されるのだろうか?おそらく無限な神的知性にとってなら、どんな微小な部分にでも、全宇宙の表現をくまなく読み取ることができるのだろう。万有のどの部分にも、万有の痕跡が、いかに微細とは言え、残されているだろうからである。ライプニッツ的に言えば、どんなものでもそれ独自の仕方で全宇宙を表現しているだろう。しかし、人間精神が神的真理の部分であるのは、こうした一般的な意味ではない。石ころも神にとっては真理の表現であるかもしれないが、我々にとってそうではない。身体の変状によって、部分的に表現される神的真理、それはまさに人間精神が思惟する諸観念を表現するのである。いかにして人間精神の諸観念は、人間の思惟するものとなりうるか?おそらく神なら、シニフィアンに頼ることなく認識するかもしれない。あるいは、彼にとっては全存在が、宇宙というテクストを構成するシニフィアンだろう。しかし、我々にとって諸観念は、有限の意味表現によって表現された意味として初めて成立する諸観念なのである。シニフィアンがシニフィアンとして成立するのは、その全体がシニフィアンの全体に対応付けられると見られる場合である。神的知性と神的実在の対応(平行論)が成立しているだけでは十分ではない。人間精神においても、これと類比的な関係が成立しているべきだろう。神的知性が全宇宙の真理を統合しているように、人間精神も自己の観念を何らかの意味で統合していなければならない。これには、人間精神の内だけ見ると支離滅裂に見えたものが、神的知性の中では真理の一部になるということがあるかもしれず、その場合には神的知性の部分でありながら、まったく思惟の属性を含まないことも可能だろうからである。合理的なものの部分が、必ず合理的であるという保証はないからである。これでは、人間精神は不完全にでも思惟する、部分的にでも世界を表現する、とさえ言えなくなろう。人間的精神は、いかに部分的認識であれ認識と言えるためには、それ自身において、すでに神的知性が世界を表現する関係と類比的な関係が、成立していなくてはならない。これは、人間精神の単一性が、すでに一つの全体(シニフィアンの全体)として、与えられていなければならないということである。

しかしこのことは、決してスピノザが考えていただろうようには自明のことではあるまい。神的知性においては、一切の事実に対応して全認識の秩序が存在しているとして、その部分である人間精神とその対象(身体)との間に、そっくりこのような平行関係が保存されている必然性があるだろうか?また人間精神を構成する諸観念が、人間自身にとって一つの全体をなすことが、いかにして知られるのだろうか?総じて、人間精神の自己知は、いかにして可能なのだろうか?

もしわれわれが、非十全な観念しか持たなかったとしたら、我々はどうしてそれを非十全だと知り得るだろうか?我々は、自分もつ観念が、自分の本質と外的事物の本質の両方から説明されなければならないことを、自分の非十全な観念だけからは知り得ない。その場合、おそらく精神は自己の本性について知らないことになろうから、何が自己の本性だけから説明される観念なのかも分らないわけである。それゆえ、最小限度の自己知は、それ自身自己の本性だけに基づいて展開し、かつ知られる、十全な観念でなければならない。その自己知に含まれるのが、精神の単一性であり、言い換えれば、いかなる観念の多様も、自己の変状として全体としての自己のうちに含まれる、という認識なのである。この自己知は、十全な認識とはいえ、もちろんはじめから明確な理論的認識であるはずはない。それは、とりあえずはコナトスとして、生きた活動のなかにおのずから示されている意味として在るだろう。自己を維持する活動と努力である以上、コナトスは「自己」を単一のものとして、しかもある一定の維持すべき本質において在るものとして、認識せざるを得ないからである。この「認識」は、その段階では命題知ではないものの、ある種の行動能力のように一種の知であることに関わりはない。スピノザは、程度の差こそあれ、全ての個体にコナトスを認める限り、「全ての個体は程度の差こそあれ、精神を有している」とされる。肝心なことは、この自己知こそが、ほかの諸変状を精神の変状、すなわち思惟の諸様態にするうえで、不可欠の前提であるということである。このことによってはじめて、もろもろの変状が精神的意味を帯びることができるのである。ということは、それらの間に体系的意味連関を読み取ることが可能になるということである。精神の変状は、はじめから明確な意味を持った観念として、心の傷に写しだされるのではない。それはさしあたり意味を欠いた身体の変状にすぎないものとして出現する。しかるに、それらがコナトスの活動の中に取り入れられ、いわば配列されることによって、一種の暗号(シニフィアン)と見なされるのである。観念とは、この暗号の解読された意味にほかならない。しかし重要なことは、この暗号解読の前提として、それらがまとめられるテクストの全体が想定されていなければならないということである。はじめから理解される意味のつまった観念の体系が与えられるわけではない。しかし一つ一つのシニフィアンがそこにおいてシニフィアンとなるなんらの全体が、解読の前提として先取りされていなければならない。精神の諸様態が精神のそれとして捉えられるのは、精神が一つ先取りされた全体として与えられる自己知をもとにしている。そして、この自己知は身体のコナトスとして与えられるから、ここから精神が身体の観念である定理13が導かれる。

2013年10月29日 (火)

田島正樹「スピノザという暗号」(19)

スピノザは『エチカ』の中で人間精神について定理11、12、13で言及している。これら三つの定理は「我々の精神が、身体の観念である」ことを主張している。そこでの「人間精神を構成する観念の対象」の意味が問題である。その解明がなければ、「その身体の中には、精神によって知覚されないような、いかなることも起こり得ない」と言う意味も明らかにならないだろう。なぜなら、我々の身体の中には、我々自身の精神によって知覚されないようなことが、多く起こっているのは自明だと思われるからである。

実際、人間精神が身体という対象に関して認識することと言えば、漠然とした感情(快・苦・欲望など)にすぎない。確かにそれらは、われわれの最初の認識というべきものを構成し、それゆえ、最初の精神を構成するだろう。「身体の観念」とは、少なくともはじめはこのような感情である。それは決して身体を志向的対象とする知覚などではない。精神と身体の関係は、そのような超越的・志向的関係ではない。精神は身体を対象として認識する能力ではなく、むしろ、身体それ自身の感情的・気分的現象(立ち現われ)であり、意味作用なのである。つまり、「精神は身体の観念」とは、「精神が身体の観念を持つ」ということではなく、身体の意味表現によって表現された観念(意味)こそが精神を構成するということである。言い換えれば、身体の意味表現によって表現された観念(意味)こそが精神を構成するということである。言い換えれば、身体と精神の関係は、シニフィエとシニフィアンの関係である。「身体の観念」とは、「身体が表現する観念」ということであり、「身体を表現する観念」という意味ではない。「人間精神を構成する観念の対象」とは、「精神を構成する観念を表現する個体」という意味であり、「観念によって表現される対象(志向的内容)」という意味ではない。精神を独立した認識の主体として、身体を対象として知覚するという意味に受け取られてはならない。スピノザにおいて、精神はそのような独立の主体ではなく、少なくとも身体からは分離できるような主体ではない。

スビノザは定理19で、精神は身体の認識を、その変状の観念を通してのみ、いわば間接的に得るに過ぎないと言う。身体は環境世界の因果性によって成立しており、環境世界からの影響を絶えず受けながら、同一個体としての自己を維持し続けていること、従って、身体の十全な認識のためには、ただ身体だけを孤立的に認識するのでは不十分で、他の多くの個物(環境世界)からの諸作用をも、(存在及び存続の原因の連鎖として)認識していなければならない。

人間精神の十全な観念または認識は、人間精神自身には持ち得ないとされる。なぜなら、人間精神の十全な観念を有するためには、(神がそうするように)人間を取り巻くものについて「きわめて多くの他の観念」を必要とするのに、我々はそれを持っているわけではないからである。我々の精神は、神的知性のように全ての事柄の原因を認識しているわけではなく、神的知性のごく一部を、いわば虫食い算のような不完全な形で、あるいは落丁の多い本のような形で、認識しているにすぎない。精神は、それらの原因の十全な認識を持たない以上、人間身体をも十全に認識していないのである。しかし、我々は「身体の変状の観念」を知覚する限り、これからいわば間接的に、身体についての非十全的認識を獲得していくことはできる。ここで「身体の変状の観念」とは、もちろん「身体の変状が表現する観念」のことであり、「身体の変状を対象とする認識」のことではない。実際、たとえば神経網組織の微細にわたる生理学的認識など、我々は殆ど持ってはいない。しかし、身体の変状が表現する意味は、現実に我々の思惟そのものを構成しており、我々は、もちろん十分な習得のあとにではあるが、それを認識していると言っていい。かくて、変状を表現する意味を我々が知る(通暁する)ことにより、結果的に身体自身についても、非十全的ながら、ある種の認識をもつことになる。その認識は、我々が知性=運動能力を高めることにつれて、ますます我々自身の身体について、より深い認識をもたらすものとなるだろう。そしてこのような認識の深化は、身体の能力の拡大と結びつくだろう。

2013年10月28日 (月)

田島正樹「スピノザという暗号」(18)

・定理7の証明 公理4から明白である。

※公理4 結果の認識は、原因の認識に依存しかつこれを含む。

『知性改善論』の中で述べられた珠の観念を例にとって考えてみよう。スピノザによれば、球の真の観念は、半円をその直径を軸にして回転させることによって球を産出できるということにある。つまり、球の観念をその産出原因から構成して見せることができるとき、つまりたまの観念をその原因の観念から構成された結果として示された場合、真の観念なのである。このスピノザの考えをよりのみ込みやすくするためには、定理と証明の関係を考えてみればいいだろう。定理は証明構成の最後に出てくる結果である。証明がその結果を産出する「原因」とみることができよう。

しかし、これでは平行論は賭けない。もののあり方に対して、複数の観念が対応すると考えられるからである。半円の回転が球の原因である考えることもできるが、別の仕方で球を構成すること、球を産出する別の観念を考えることも容易だろう。たとえば、古典的な求積法に使われたような無数の円柱から構成するなど。ある現実の真理を確立する複数の「証明」「検証」「説明」を考えればいい。異なる検証法帆は、それぞれの真理に対するアプローチの方法を表わす。検証方法は、事実の認識(観念)を生み出す力をもつと言ってもいい。これは、事実の因果的生成に対応(平行)するものではないが、事実の観念(認識)の因果的生成の筋道と言える。つまり、事実の因果的生成と、その認識(説明)の生成とは、必ずしも一致しない。前者は、ただ現実に生じたひと通りしかないが、その認識の生成は、現実の生成の秩序に従う必要はなく、複数の検証ルートを持つのである。かくて、認識論的に「原因の認識」の必要を認めたとしても、数学においては、複数の原因が同一の結果を産出することを認めざるを得ないし、自然学においては、複数の原因が同一の結果を産出することを認めざるを得ないし、自然学においては、複数の認識原因(認識根拠)が同一の認識結果に導くことを認めざるを得ない。

スピノザは、観念の秩序を因果的なものと見なし、そこから観念の秩序と連関がものの秩序と連関と同じ因果関係であると認めた。しかし、たとえそこから「神の思惟する力は、神の行動する現実的能力に等し」く因果的作用であると認めることができたとしても、それらが平行しているということにならない。思惟の因果性は、単一の事実に対しても、無数に存在し得るからである。すでに述べたように、これが事実の実在性の核心をなしているのである。実際平行が言えるのは、認識結果としての真の観念に対してだけである。

スピノザは定理9の証明の中で定理7に言及しているが、「観念の秩序及び連結は、ものの秩序及び連結と同一である」とはせず、「原因の秩序及び連結と同一である」と書いている。これは、観念の秩序と連結が、とりもなおさず因果的かんけいであるからこそ、「各個の観念は他の観念原因とする」と言えるのである。すると、定理9の証明の中での定理7が果たしている役割は、現実の個物を説明する観念が、それ自体、ものの秩序連結と同じような因果的連関に従って、原因の観念から構成されていること、ないし原因の説明に依存して、かつそれを含むような形で構成されていなければならないということである。おそらくスピノザ自身は、この説明の因果連鎖で、現実に存在し、生成した物理的因果連鎖(水平的因果関係)に平行するものはひと通りしか存在しないと見なすことはできない。ある結果事象の検証の因果、あるいは現象を解明する説明構成の因果とか、状況証拠から推論を積み重ねて犯人を断定する探偵の推理のようなものを、ここから排除する理由はないのである。真理を、そう判断する検証や説明の構成の秩序から考えるなら、説明される結果として確立される真理へ至る説明の因果経路が考えられるのであり、その因果を導く力こそ、結果としての真理が自らを肯定すべく要求する力そのものなのである。このように一つの真理へと導く因果的構成は、複数存在してもかまわないないし、むしろ原理上は無数に存在しなければならないと言うべきだろう。真理は、多くの事実から双方向的に支えられた、アーチのような建造物と見なされ得るからである。ここにおいては「平行論」は意味を失うのである。

 

スピノザは、『エチカ』に先立って、『短論文』で心身問題に触れている。悲しみ(あるいは苦しみ)という感情は、当然「悪が生じているという認識」に先んじて起こるのだが、日野鑑賞の意味を解き明かすことによって、我々は「身体に何か悪いことが起きている」という意味をそこに読み取ることができるのである。快と苦という感情は、そのような意味を帯びて立ち現われ、そのことによって我々の身体についてなにごとかを認識させてくれるのである。感情の真の原因がしばしば知られていないということこそ、スピノザの出発点から変わらない問題意識であった。「人間は自己の行動及び衝動を感じるよう決定する原因はしらない」ということ、その真の原因を洞察することによって、我々の感情を否定的なものから能動的なものに変える、一種の「感情の治療学」が、スピノザの感情論、倫理学の中心を成している。

我々の思惟が無限なる神的知性の一様態であるとされるのみならず「他のすべての思惟の様態、たとえば愛・欲望・喜びなどは、その起源をこの最初の直接的様態から得る。これから明らかに帰結されるのは、各物の中にあって、自己の身体の維持に力めるところの自然的愛も、そうした身体についての神的思惟の属性の中に存するところの観念以外のいかなる起源をも有し得ないということである」とされる。生物の有する自己保存への努力は、(自己原因としての)神に由来するものもので、「自然的愛」は、おそらく思惟の最も原始的な形として、思惟のなかに登録されるのだろう。さしあたり、初期から後に至るまで不変なまま一貫している考えは、①外的対象の知覚(認識)が、身体の変状を介してのみ得られること、②精神は専ら身体の変状の観念から影響を受けること、これがさしあたり感情である。③能動性の拡大に快、善を見、その減退に悲しみや苦しみを見ることである。ここにはっきりと、人間精神が身体を起源とし、身体の変化に応じて変化するという「唯物論的」見方が示されている。スピノザの「平行論」は、はじめからはっきりと唯物論的な方向を自明なものとしていたのである。

2013年10月27日 (日)

田島正樹「スピノザという暗号」(17)

第4章 心─身問題

デカルトが、意識としての精神をきわめて純化した形で捉え、身体的なものから鋭く区別した時から、近代の哲学に呪いのように取り付いた問題が、心と体の関係をどう理解するべきかという問題であった。例えば、精神の働きと見なされる知覚は、同時に外界からの刺激によって成立するのだから、何らかの物理的因果作用の結果とも考えられる。物理的対象から感覚器官を経て、脳神経に至る物理的因果が容易に想定できようが、それらの作用の果てに、ついに知覚表象というなんらかの意識的なものが成立するとなると、途端に不可解になるのである。この心身の間に因果法則を想定しなければならないが、このような法則を他の厳密諸科学、とりわけ物理学と調和させ共存させることは難しい。というのは神的なものが物理的場所づけをもたない以上、物理学と接点を持ちようがないからである。心身の因果関係は、意志が動作に影響帆及ぼすというような方向でも想定されよう。日常生活ではなんの不思議もなく了解されているこのような因果関係も、デカルト以後はとりわけ大きな難問と見なされるようになった。意志という全く心的なものが、いかにして物理的世界、とくに身体に因果作用を及ぼしうるのか、なんとも不可解に思われるためである。

これらは散々論じられてきた難問であるが、スピノザはそれに対してきわめて独創的であると同時に、ほとんど決定的とも思える解決を与えた。スピノザの議論の核心は単純である。心的なものと、身体または脳のある状態の関係は、いずれの方向でも因果関係ではなく、シニフィエ(意味内容)とシニフィアン(記号表現)の関係である。つまり、身体の状態は、心的なものを表現するシニフィアンの役割を果たしているのである。因果関係は、外的世界の出来事と身体の状態の変化の間に存在しているだけである。心的なものはシニフィエであるから、特定の心的状態(ないしは意味)が、はじめから身体の特定の状態(シニフィアン)によって、一義的に決まっているようなものではなく、他のシニフィアン全体との関係の中で全体論的に解読されねばならない。感官に対する物理的刺激及びそれによって励起された神経興奮は、それ自身単独で一つの意識生み出すわけではないのである。

 

およそ認識一般についての制約について語る規範的理論(いわば「超越論的」議論)と、理想的な認識としての神的知性についての理論が一つの理論になっているのは、スピノザにおいて、あらゆる認識が神的知性の部分と考えられるからである。これは超越論的議論と経験的議論との、きわめて独自な綜合の仕方だろう。なぜなら、どのような経験科学的な知識も、心的認識の正真正銘の部分である限り、超越論的な認識とそのままつながっているからである。両者は部分と全体の関係であり、基礎づけられるものと基礎づけられるものの関係として、異なる議論の水準に置かれるのではないのである。

・定理7 観念の秩序及び連結は、ものの秩序及び連結と同一である。

系 この帰結として、神の思惟する能力は、神の行動する現実的能力に等しいことになる。言い換えれば、神の無限な本章から形相的に起こるすべてのことは、神の観念から同一秩序・同一連結をもって神の内に想念的(すなわち観念として)に起こるのである。

ここで観念と言われているのは、必ずしも我々人間の精神が考える観念のことではない。むしろあらゆる観念が、観念である限り備えていなければならない一般的制約が問題なのである。そしてそれは我々の場合にはしばしば損なわれていて、不十分にしか満たされていないから、ここで述べられている観念の条件は、理想的には神の思惟においてはじめて完全に満たされるだろう。

いかなる観念も、それが観念である限り、その秩序と連結によって、物の秩序と連結を表現していなければならない。スピノザは、誤った観念の場合でも、ものの秩序と連結はそのまま表現するかは、問題ならないという。実際には、いかなる観念にも、端的に誤った部分は存在しない。スピノザによれば、個々の認識や観念が一見したところ誤っているように見えるのは、それが真なる認識のごく一部であるのに、それで満足してしまうから、あるいはそれ全体であるかのように混同してしまうからにすぎない。部分的認識が切り離されて固定されたり、部分を以って普遍化したりすることが誤謬なのである。従って、どの観念も、完全な全体認識の中に位置づけられることによって、真なる認識の不可欠の部分であることが立証されるはずなのである。我々の有限な思惟がその部分である無限な神的知性という想定は、全ての観念に観念という価値を保証するものである。たとえ我々の場合にはしばしばそうなっていなくても、神的知性においては、その観念の秩序と連結が、実在の秩序そのものを表現していなければならないのである。

2013年10月26日 (土)

田島正樹「スピノザという暗号」(16)

3.「完全性」の観念

『エチカ』第4部序言には、「完全性」の観念についてのスピノザによる再定義が説かれている。それによれば、もともと「完全」という言葉は、作品を制作する時、制作者の思い通りに成し遂げられているというほどのことを意味していた。それから、個々の制作者の意図を離れて、一般的観念に一致していることをもって完全と呼ぶようになり、さらに自然物についても、人々がそのものについてもつ一般的観念に合致する時、人工物と類比的に、完全・不完全を語るようになったものである。しかし「自然は目的のために働くものではない」から、目的論的な概念を適用することは、本当はできない。それゆえ「完全・不完全はたんに思惟の様態に過ぎない、すなわち我々が同じ類に属する個体を相互に比較することによって作り出すのを常とする概念に過ぎない。」つまり、一般的な型を抽象して、それに合致する、しないを言うだけのものに過ぎない。

我々が一般に想像する神=制作者という観点のもとに考えられる「完全性」「不完全性」は虚妄であり、自然にそのような目的との一致・不一致を考えることは意味をなさない自然には如何なる目的もないからである。そこでスピノザは、その言葉にまったく新たな意味を与えようとする。いわば換骨奪胎の手法である。それが新たな意味で「不完全」を「実在性」と等置することである。「実在性」という言葉と連関する問題群や概念装置と、「完全性」というそれとは違っている。即ち一方は、存在論的、他方は倫理的な問題とつながっている。この実在性と完全性という二つの概念が属している領域を媒介するものが、活動力(増大したり減少したりする力能)である。スピノザによれば、自然の中に、それ自身で不完全なものは何もない。しかし実在性という点では、そこに程度が存在する。実在性という点では、目的などない。ただ、活動力の強弱があるだけである。あるいは、より正確に言えば、この力の強さは、増大・減少からだけ理解されるのである。

重要なことは、我々が近づくべき「人間本来の型」など、実際には存在しないということである。これは、我々が事態をつい目的論的に眺めてしまうことから生じる錯覚なのである。実際に存在するのは、ますます活動力を増すことであり、その意味でますます実在的・完全になったりならなかったりするという過程だけである。実在性の究極の理想など存在しない(神は、目指されるべき理想や目的などではなく、ただ完全な実在性そのものである。)例えば、我々が鉄棒で逆上がりの練習をするとしよう。何のためかと言われれば、逆上がりを上手にするためだろう。すなわち逆上がりという我々の活動力は、自己を発揮することによって自己実現し、自己を維持するだろう。ここに自己原因、自己維持することによって自己実現し、自己を維持するだろう。ここに自己原因、自己維持する循環的活動としての実在というモデルがある。

 

4.実在性の階層

スピノザによる実在性と完全性と力能との等置は、たしかに思惟の秩序においては理解できるものだろう。全体論的合理性のもとで理解される認識としての観念は、再帰的・循環的に、すなわち自己原因的に活動する運動として存在するからである。しかし、スピノザは、このような思惟の秩序と平行して、物体的自然秩序(延長という属性)における因果的作用をも考えている。観念間の力動や連関(すなわち、作用や産出の関係)と、自然的事物間の因果作用とが同一視されているのである。因果作用や力能の発揮について詳細に見るならば、スピノザが二種類の因果関係を区別していることが分かる。神的本質から全個物の導出と個体間での因果関係である。前者を「垂直的因果関係」、後者を「水平的因果関係」と呼ぶ。これに対して個物の存在も二様に考えられる。個物の個体本質は、永遠なるものとして神の中にあり、その現実存在(時空的出現、時空の中での持続)とは別に、神的思惟のなかに、いわば永遠の可能的存在のように存在している。この時の神は本質必然に従って行動する。従って、この世界に未だ出現していない個体も、神の中にすでに現実に永遠の存在を享受しており、それはいずれ現実に出現するだろうものとして、たんなる可能存在ではない。要するに、神の本性に従って、定理の証明のように生成する垂直的因果に対応する、永遠の相のもとに見られる現実的本質と、持続の相のもとに見られた個物とは区別されるのである。

我々は、創発という現象を考えることによって、この二つの因果の意味をよりよく理解できるだろう。個別的因果関係が複合して、たまたまある安定的構造が成立するとしよう。たとえば、原生生物の発生、あるいは有意味なゲームとか証明とか芸術作品の発生などを考えてみればいい。これにいずれも複雑な要素がたまたまうまく重なり合う稀有で絶妙な偶然によって成立したものであるが、いったん成立すると、それ自体を再生産し、反復し維持していく構造体なのである。このような構造体は、生物個体のように、環境との複雑な相互関係を継続的に取り交わしており、それぞれの作用は、いずれも自然の因果法則に適ったものであるにしても、それらがたまたま組み合わさって自己を維持しつつ更新し、かつまた増殖するものとして一定の安定したシステムに生成したこと自体は、偶然なのである。このように様々の作用が組み合わさって、あらたに高次の自己維持する秩序が生成することを、一般に「創発」という。公理が組み合わさって定理の証明が生成したり、犯行現場に残された様々の事実や証拠をうまく積み重ねて真犯人を洞察したりすることも、アミノ酸がうまく結合して、そこに原始的生物と言えるようなシステムを出現させることも、いくつかの良く知られた単語を繋ぎ合わせて、まったく新しい素晴らしい詩句を生み出すことも、すべて創発である。

スピノザが最も単純な個物(延長の様態)と考えていたのは物体であるが、そのようなものでさえ、最低限度の自己維持力を備えている。物体とは、ひとまとまりで運動したり静止したりするものであるから、まとまりを保持しているわけだし、最低限度の自己維持力を持っているのである。かくて自然の世界は、最単純な物体(原子や分子)から、複合的物体、細胞、生物体、そのコロニーや社会…などを経て全自然にいたる自己維持システムの階層をなし、それら各階層がそれぞれに、より単純な秩序が創発的に組み合わさって、次第に高次秩序を構成するように、結びついているのである。スピノザが神の本質から生じるという因果性は、このようなより高次の自己維持的存在を産出する働きと考えていい。これをスピノザはまったく新たな創発とは考えず、すでに永遠の神的知性の中に描き込まれた本質観念と考えるのである。いったん存在することになった創発的存在は、自己原因的・自己維持的活動を始める。それゆえ、その存在は、自己の存在に固執する力と不可分である。

 

 

 

田島正樹「スピノザという暗号」(16)

5.第三種認識

スピノザは『エチカ』第二部定理40の備考2で、認識を三種四通りに分類している。第一種認識というものは、感覚的経験から得られるか、他人の意見を聞いたり読んだりすることから得られるものであり、何ら確実性を持たない。第二種認識は、理性による認識で、共通概念あるいは十全な観念に基づいた唯物論的認識である。第三種認識とは、直接知と呼ばれるもので、「神の若干の属性の形相的本質の十全な観念から事物の本質の十全な認識へと進むもの」とされている。第三種認識は、神の属性の十全な観念から事物の十全な認識へと進むものとされている。これはまさに観念における垂直的因果性による高次秩序の生成にあたるものだろう。垂直的生成において見ることが、永遠の相のもとで考えるということなのである。我々は感覚的経験と論理的推論で、すべての認識を尽くせるわけではない。なぜなら、いくら論理的推論をわきまえていたとしても、数学の定理の証明を発見できるわけではないからである。たしかに、証明が示されれば、我々は推論の力をもつ限り、その証明の各ステップを順々に追いながら、その妥当性を確認することはできよう。しかし論理的能力だけで、発見や洞察が得られるというわけではない。このような発見は、創発的なものであり、垂直的因果の領域である。第三種認識は、たんに論証の基礎として要請される創発的認識(存在の階層を一段ずつ上昇させる認識)というだけにとどまらず、神の垂直的因果性を表現する認識であるが故に、同時に永遠の相での認識として、水平的因果性に基づく持続の相のもとでの認識と対比されることになる。

一方、定理29の証明の末尾で、「ものを永遠の相のもとに考えるこの能力は、精神が身体の本質を永遠の相のもとに考える限りにおいてのみ精神に属する」と言っている。スピノザは、「ものを永遠の相のもとに考える」ことと「身体の本質を永遠の相のもとに考える」ことが精神の本性に属し、「それ以外何ものも精神の本性に属さないのであるから」、この両者を同等のものあるいは密接不可分のものと見なしていい、と言う。

この「身体の本質」を現実的本質すなわちコナトスと考えてはどうか?コナトスは、神の自己原因性と同型性を保っている。従って垂直的因果と同型性を保っている。従って、垂直的因果に従って、成立する自然の生物進化的秩序は、「神の本性の必然から生ずる」秩序であり、それを考えることが永遠の相のもとに考えることとされるのである。しかしこのような見方は、自然物一般を眺めることから自然に出て来るものではない。それはむしろ、ある特権的個体すなわち自己の身体の本質(すなわち現実的本質すなわちコナトス)を(あるいは自己の身体の本質が)思考することによって導かれねばならない。なぜか。我々が眺めやる自然的存在者を神の本質の必然的帰結と見るためには、およそ合理的秩序─自己原因性という原理に基づいて統一的秩序が想定されねばならないからである。さもなければ、自然物はただの混沌たる現象にとどまるだろう。現象は一定のまとまりを保ち、自己保存力とか自己原因といった観念を学ぶのだろうか。それこそ自己の身体から以外ではありえない。その意味では、自己のコナトスこそ、全ての合理性の基礎であり、出発点である。それなしには、たとえ自然が自己原因的な神的秩序に従っていたとしても、かかるものとして知られることはできなかっただろう。自己保存の努力(コナトス)は、認識と密接に関係している。一方で、認識自体が、認識に発し認識を生み出す自己循環的活動であると同時に、より低次の観念秩序からより高次の統合秩序を生成する垂直的因果性である。他方、生命の自己保存自体が、当の生物体がはっきりと自覚しているかどうかはともかく、欲望とか忌避などと解釈可能な活動的意味を担って活動しており、観念の下図を描きつつ生きている。つまり、一方で全自然界はさまざまのコナトスを発揮する階層秩序をなすと同時に、それぞれのコナトスがそれぞれの階層における意味の秩序をなし、その程度に応じた判明さをもつ観念(認識)の秩序をなすとも言えるのである。そして、コナトスがたんに自己を維持するだけに満足せず、より能動的になろうとするとき、より十全な認識を目指さねばならない。十全な認識のみが、能動性の源泉であるからである。それは必然的に垂直的因果による上昇、より判明的な意味的統合への生成を伴うだろう。そして、その認識が能動的なものとしての活力に結び付けられる限り、コナトスの自己知、あるいはコナトスはもともと最小限度の自己知なくしてあり得ない以上は、ますます判明な自己知を目指さざるを得ない。かくて第三種認識とは、本質的にコナトスの自己知であることになろう。それゆえ、この自己知は、神の認識を含まざるを得ない。なぜなら、我々のコナトスは、神の自己原因的力能の似姿であり、その部分だろうからである。

2013年10月25日 (金)

田島正樹「スピノザという暗号」(15)

3.「完全性」の観念

『エチカ』第4部序言には、「完全性」の観念についてのスピノザによる再定義が説かれている。それによれば、もともと「完全」という言葉は、作品を制作する時、制作者の思い通りに成し遂げられているというほどのことを意味していた。それから、個々の制作者の意図を離れて、一般的観念に一致していることをもって完全と呼ぶようになり、さらに自然物についても、人々がそのものについてもつ一般的観念に合致する時、人工物と類比的に、完全・不完全を語るようになったものである。しかし「自然は目的のために働くものではない」から、目的論的な概念を適用することは、本当はできない。それゆえ「完全・不完全はたんに思惟の様態に過ぎない、すなわち我々が同じ類に属する個体を相互に比較することによって作り出すのを常とする概念に過ぎない。」つまり、一般的な型を抽象して、それに合致する、しないを言うだけのものに過ぎない。

我々が一般に想像する神=制作者という観点のもとに考えられる「完全性」「不完全性」は虚妄であり、自然にそのような目的との一致・不一致を考えることは意味をなさない自然には如何なる目的もないからである。そこでスピノザは、その言葉にまったく新たな意味を与えようとする。いわば換骨奪胎の手法である。それが新たな意味で「不完全」を「実在性」と等置することである。「実在性」という言葉と連関する問題群や概念装置と、「完全性」というそれとは違っている。即ち一方は、存在論的、他方は倫理的な問題とつながっている。この実在性と完全性という二つの概念が属している領域を媒介するものが、活動力(増大したり減少したりする力能)である。スピノザによれば、自然の中に、それ自身で不完全なものは何もない。しかし実在性という点では、そこに程度が存在する。実在性という点では、目的などない。ただ、活動力の強弱があるだけである。あるいは、より正確に言えば、この力の強さは、増大・減少からだけ理解されるのである。

重要なことは、我々が近づくべき「人間本来の型」など、実際には存在しないということである。これは、我々が事態をつい目的論的に眺めてしまうことから生じる錯覚なのである。実際に存在するのは、ますます活動力を増すことであり、その意味でますます実在的・完全になったりならなかったりするという過程だけである。実在性の究極の理想など存在しない(神は、目指されるべき理想や目的などではなく、ただ完全な実在性そのものである。)例えば、我々が鉄棒で逆上がりの練習をするとしよう。何のためかと言われれば、逆上がりを上手にするためだろう。すなわち逆上がりという我々の活動力は、自己を発揮することによって自己実現し、自己を維持するだろう。ここに自己原因、自己維持することによって自己実現し、自己を維持するだろう。ここに自己原因、自己維持する循環的活動としての実在というモデルがある。

 

4.実在性の階層

スピノザによる実在性と完全性と力能との等置は、たしかに思惟の秩序においては理解できるものだろう。全体論的合理性のもとで理解される認識としての観念は、再帰的・循環的に、すなわち自己原因的に活動する運動として存在するからである。しかし、スピノザは、このような思惟の秩序と平行して、物体的自然秩序(延長という属性)における因果的作用をも考えている。観念間の力動や連関(すなわち、作用や産出の関係)と、自然的事物間の因果作用とが同一視されているのである。因果作用や力能の発揮について詳細に見るならば、スピノザが二種類の因果関係を区別していることが分かる。神的本質から全個物の導出と個体間での因果関係である。前者を「垂直的因果関係」、後者を「水平的因果関係」と呼ぶ。これに対して個物の存在も二様に考えられる。個物の個体本質は、永遠なるものとして神の中にあり、その現実存在(時空的出現、時空の中での持続)とは別に、神的思惟のなかに、いわば永遠の可能的存在のように存在している。この時の神は本質必然に従って行動する。従って、この世界に未だ出現していない個体も、神の中にすでに現実に永遠の存在を享受しており、それはいずれ現実に出現するだろうものとして、たんなる可能存在ではない。要するに、神の本性に従って、定理の証明のように生成する垂直的因果に対応する、永遠の相のもとに見られる現実的本質と、持続の相のもとに見られた個物とは区別されるのである。

我々は、創発という現象を考えることによって、この二つの因果の意味をよりよく理解できるだろう。個別的因果関係が複合して、たまたまある安定的構造が成立するとしよう。たとえば、原生生物の発生、あるいは有意味なゲームとか証明とか芸術作品の発生などを考えてみればいい。これにいずれも複雑な要素がたまたまうまく重なり合う稀有で絶妙な偶然によって成立したものであるが、いったん成立すると、それ自体を再生産し、反復し維持していく構造体なのである。このような構造体は、生物個体のように、環境との複雑な相互関係を継続的に取り交わしており、それぞれの作用は、いずれも自然の因果法則に適ったものであるにしても、それらがたまたま組み合わさって自己を維持しつつ更新し、かつまた増殖するものとして一定の安定したシステムに生成したこと自体は、偶然なのである。このように様々の作用が組み合わさって、あらたに高次の自己維持する秩序が生成することを、一般に「創発」という。公理が組み合わさって定理の証明が生成したり、犯行現場に残された様々の事実や証拠をうまく積み重ねて真犯人を洞察したりすることも、アミノ酸がうまく結合して、そこに原始的生物と言えるようなシステムを出現させることも、いくつかの良く知られた単語を繋ぎ合わせて、まったく新しい素晴らしい詩句を生み出すことも、すべて創発である。

スピノザが最も単純な個物(延長の様態)と考えていたのは物体であるが、そのようなものでさえ、最低限度の自己維持力を備えている。物体とは、ひとまとまりで運動したり静止したりするものであるから、まとまりを保持しているわけだし、最低限度の自己維持力を持っているのである。かくて自然の世界は、最単純な物体(原子や分子)から、複合的物体、細胞、生物体、そのコロニーや社会…などを経て全自然にいたる自己維持システムの階層をなし、それら各階層がそれぞれに、より単純な秩序が創発的に組み合わさって、次第に高次秩序を構成するように、結びついているのである。スピノザが神の本質から生じるという因果性は、このようなより高次の自己維持的存在を産出する働きと考えていい。これをスピノザはまったく新たな創発とは考えず、すでに永遠の神的知性の中に描き込まれた本質観念と考えるのである。いったん存在することになった創発的存在は、自己原因的・自己維持的活動を始める。それゆえ、その存在は、自己の存在に固執する力と不可分である。

2013年10月24日 (木)

田島正樹「スピノザという暗号」(14)

スピノザは、実体を定義して記している。

実体とは、それ自身において存在し、かつそれ自身によって考えられるもの、言い換えれば、その概念を形成するのに、他のものの概念を必要としないものと解する。

古来、ただ杳として流動する現象の中で自己を保持するもの、同定の対象として変化の基盤に措定される個体、それが実体と呼ばれてきた。色が、ものの色としてものに内蔵してのみ存在するように、これら内属的諸性質はそれ自身において存在しないのに対し、物や人の方は、ひとまず「それ自身において存在する」と見なしうる。その意味で、これらのものはひとまず実体と呼ばれてきたのである。しかしここで、それ自身において存在するものは、それが指示同定される時に、一体いかなるものとして存在しているか、「その何であるか」を示す本質や種概念が重要なものとなってくる。たとえば、流動する水のような対象は同一のものとして存在しているかどうか明確でないから、厳密に「それ自身においてあるもの」とは言い難い。本質概念は、それ自身において存在するもの(実体)の同一性の規準を与えるものとして注目されるのである。普通伝統的な存在論において、個体の指示同定の基礎となる本質概念が、対象自体の本質に属するリアルなものであるか、それとも理論家が語るための枠組みとして便宜的に措定しただけのノミナルなものであるかをめぐって議論が対立する。指示同定しつつ語る言語活動と、現象自体の活動とが切り離され、認識の目的論的理解モデルが立てられる時、理論家の活動の目的とは、対象の真理の認識である。他方、現象の活動の目的とは、人工物であればその完成または使用であり、自然物であれば永続である。認識とその対象の両者における目的論の間で調和が想定されるなら、永続するものの認識が目指されるだろう。最も永続するものは、数学的・イデア的なものである。したがって両者の目的が一致するところは、理論が数学的で対象の本質がイデア的である場合ということになろう。しかるに、これら「それ自身において存在するもの」には固有の難問がつきまとうことも、昔から知られている。それをイデアと呼ぼうと集合と呼ぼうと、それが何らかの包括的全体者であることに困難の種がある。例えば、プラトン自身に自覚されていたイデア論の困難はつまるところ、イデア論を語る上で不可欠のイデアをイデアであると判断するために、さらにイデアのイデアに訴えざるを得ない点にある。それ自身において存在すると想定されているもの(イデア)について考える段になると、その思惟自体が、当の思惟の対象を変容させてしまうという点にその共通の根がある。かくて、「それ自身において存在する」ことを、完結した全体と考えることでは不十分であることが分かる。

カントは、実在性をこのように無限なる閉じた全体と考えることが、不可避にパラドクスを生じさせることを見抜いていた。カントにとっては、実在性は悟性だけで決着できるものではなく、可能的経験に基礎を置かねばならない。可能的経験は、必ず時空的に定位せねばならない。悟性的概念は、感性的適用(検証・反証)場面を持たねばならないのである。つまり、実在性の基礎を与える時空それ自体が完結した実在ではなく、思惟の形式であるということは、カントにおいては実在性が可能的経験という点に求められるということを示している。可能的経験の可能性は、単に我々がそれを考えようが考えまいが存在すると想定される論理的可能性ではない。例えば、角を二等分する直線を引く可能性は、単にどこかに存在しているはずだという論理的可能性ではない。それを作図する方法が知られて初めて、それは我々の可能的経験の中に入って来るのである。証明の可能性も同様である。それゆえ、空間についての幾何学的真理も、実際われわれが証明を手にするまでは、我々の可能的経験内部には存在しない。我々の可能的経験自体が証明によって拡大し、我々の思惟可能性を拡大するのである。また、延長はイデアのように完結した全体ではなく、可能的経験のように、操作によって構成され、また自身構成するもの、操作の反復を自らのなかに繰り込んで、再帰的に増殖して行く力動的なものと見なされねばならない。すると延長自体が、「主観的なもの」と言って悪ければ、思惟によって構成され統合されるものという側面をもっていると言わざるをえない。もちろん延長を勝手に作り出すことなどできるはずはない。思惟は、経験的諸対象の空間関係を、一つの全体へとまとめることができるだけである。空間は、空間的対象に先んじて存在することも思惟することもできない。新たな空間的対象の経験の可能性がつねに開けているとしても、それにすべてが完結した全体として有限か無限とされることはできないのである。ここで問題となっているのは、「それ自身において存在すること」と「それ自身において考えられること」との相即的関係なのである。すなわち「それ自身において存在する」ということが、思惟と独立したイデア的自体存在と考えられないからこそ、実体は同時に「それ自身によって考えられるもの」でもあり、「自らを思惟するもの」として、思惟の属性を含まざるを得ないのである。つまり、実体は延長を属性とするためには、思惟をも属性とせざるを得ないのである。

実体が思惟を含むものと考えると、それが「それ自身において存在する」あり方は、イデア的実在の場合とは打って変わって、一挙に力動的なものとならざるを得ないだろう。延長は、はじめから与えられた全体ではなく、延長から延長へと拡大し増殖する力動性として存在するのであり、そのさい空間を認識する思惟が不可欠である。その思惟(認識)は次の認識の道具を提供し、再帰的・循環的に自己原因的発展を遂げるものである。それゆえ何か一つの目標へと接近して行くというよりも、認識が得られれば得られるほど探求のフロンティアは拡がり、問題や課題も増えていくものなのである。それは、一つの答えをめざすよりは、探求の力能と探求可能な領野を拡大していく運動なのである。力動的なものとして「それ自身において存在する」あり方こそ、再帰的に自己回帰する自己原因ということである。延長は延長へと、認識は認識へと、経験は経験へと統合され回帰する。それらはいずれも、活動力が自己を拡大する運動の契機をなすものといっていい。かくて、自己原因的活動の究極の定式化は、「力能が力能を生む」ということである。ここにおいて力こそが、その拡大の力動性のなかで自らを保持し、「自己自身においてある」実体であることになろう。

いまや神的実体の全体論は、力が力を生む再帰的・循環的活動という相でとらえ返される。各実在は、それぞれ結びあって堅固な実在性を発揮し、それぞれの観念がそれぞれネットワークを形成して、より堅固な真理を構成するように、実体はたんに寄せ集まった全体であるのではなく、みずから維持する全体であり、自己原因的に循環する力動そのものである。

結局、第一、第二の証明は、実際は第三の証明とその説明に依存しているのである。そして、「それ自身においてあり、それ自身によって考えられる」という実体の定義に、実質的内容を与えるものは、結局この「自己原因」をおいて他にない。それなくしては、属性を一つの全体として統合するものも、また複数の属性(延長と思惟)を一つの実体のもとへと統合するものも見当たらないだろう。

スピノザの自己原因は、力能の観念・自己保存力の観念と結び付けられて理解されることによって、実体の他の本性を解明し、基礎づける役割を担っているのである。自己原因は、我々の理解を越えるものであるどころか、我々に分有され、我々自身の生と思惟のなかで、部分的ながら実際に働いているものと見なされるのである。我々のコナトスと神の自己原因は、質的に異なるものではなく、部分と全体の関係、あるいは実在性と完全性の程度の違いでしかないのである。

2013年10月23日 (水)

田島正樹「スピノザという暗号」(13)

定理11の第二番目の証明の大筋は次のようなものである。

全てのものについて、その存在・非存在の理由が存在する。それゆえ、存在を妨げる理由がないものは、存在せねばならない。ところで神は、その存在を妨げる理由がないから、神は存在する。というのも、そのようなものは神の外にも内にも、存在しないからである。神の外にあるものは、神となんの共通性も持たず、従って神に(因果的に)作用することはできない。それゆえ、その存在を妨害することはできない。また神のうちにかかるものが存在するとすれば神の本性が矛盾を含むことになる。しかし、神は「絶対に無限で最高完全な実有」であるから、そんなことはありえない。

スピノザの根本的発想の中には、否定はそれ自身、何らかの肯定的な存在の措定を前提としているはずだ、というものがあったと思われる。通常我々は、否定が述語につけられるものとみなしている。すると、「赤」と「非赤」のように、否定を介して、対象が二つの分類させることになる。すると、プラトンが『ソピステス』でやったような、概念の二分類の体系を次々に生み出すことが、否定作用の本質であるかのような見方が生じてくる。しかし否定によってつねに分割が行われるわけではない。例えば、存在と非存在の関係は、このような分類とは考えられないのである。それゆえ、ある概念の否定によって、つねに有意味な類や集合が確定すると考えることには問題がある。分類概念としての否定的述語は、アリストテレスが「反対のものども」と呼ぶものである。アリストテレスによれば、白いものから白くないものへの転化の場合、その転化を通じて、その基に第三のもの、すなわち質料とか基体といったものが、恒存するものとして存在していなければならない。したがって、そのような基になる第三者を想定し得ないようなもの、たとえばアリストテレスの意味での「実体」には、その反対のものが存在しない。存在と無は、このような反対のものどもには属していないのである。この洞察はどのような述語に対しても、必ずしもその否定述語が存在するわけではないことを示している。「人間である」という述語に対して、「非人間である」という述語を人為的につくっても、前者が何か一つのもの(一者に即して語られるもの)を表現していると言えるようには、後者が示しているものは存在しないのである。その意味で、このような述語づけは、無限定判断とか無限判断と呼ばれることがある。否定的述語が何か一者に即した表現と言えるのは、アリストテレスのいう「反対のものども」または「反対のものに対して反対のもの」と言えるような述語の場合だけであり、それは「反対のものども」が共通に帰属し得る基体の存在を前提としているのである。

さて、共通の基体のうえに成立する「反対のものども」においては、一方の成立の理由は同時に他方の不成立の理由であるから、成立と不成立には非対称性はない。しかし、実体的な存在者の場合について、その存在と非存在をこれと同様に扱うことができないのは明らかである。存在するものについては、その原因(理由)について問うことは意味を持つが、存在しないものについて、その非存在の原因について問うことは、いったいそこで問題になっているのが、何かの非存在か明確にならない以上、何の原因が問題かを特定できないのである。「何ものかの非存在」ということは、そのものが存在していない以上、指示しようがないのである。もちろん、丸い四角のように、その観念が矛盾していることを示すことによって、「非存在の理由」を示すことができる場合もある。しかし、それ以外の日存在者については、それを特化することそのものが困難であり、したがって、その原因・理由と同様に問うことがそもそも意味を持たないのである。存在の原因・理由と同様に問うことができるのは、「反対のものども」に対してだけであり、その場合には、どちらに対する理由も、同一の学問・知識の対象となるだろう。結局、「非存在の理由」としては、それ自体の矛盾と他のものとの不整合以外にはありえない。一方は、その観念内部に矛盾が含まれている場合、「丸い四角」など。他方は、他の実在や実在の本性と相容れない場合、「ペガサス」など。しかし、スビノザの実体については、それ以外の存在があり得ないものであるから、他の実在やその本性と相容れないという可能性はない。すると残るところは、自己矛盾が含まれない、したがって存在不可能であるわけではないということしかない。存在可能であるからといって、存在しなければならないのだろうか。存在を妨げるものが、実体内部に存在しているとすれば、それはこの実体の内部に矛盾を抱え込むことになり「そうしたことを絶対に無限で最高完全者である実有について主張することは不条理である」。それやえ、この実体(神)の存在を妨げるものは、その他にも中にも存在しない。従って神は存在する、と言われる。いずれにせよ、この証明はそれだけで自立できるようになってはいない。既に自己原因的な存在者としての神の実在を前提しているからである。

 

以上の証明と比べて格段に興味深いのは第三の証明、およびそれに説明を付け加えている備考である。

存在し得ないことは無能力であり、これに反して存在し得ることは能力である(それ自体で明らかなように)。だからもしいま必然的に存在しているものが有限な実有だけであるとすれば、有限な実有は絶対的に無限な実有〔神〕よりも有能であることになろう。しかしそれは不条理である。

備考(略)存在し得ることが能力である以上は、あるものの本性により多くの実在性が帰するにしたがって、そのものはそれだけ多くの存在する力を自分自身有することになり、従って、絶対に無限な実有すなわち神は、存在する絶対に無限な能力を自分自身に有することになり、こうして神は絶対に存在する。

実在性=力能=完全性というスピノザによるこの等置は、哲学の古い伝統に訴えるだけでは、決して解明されない。昔から神の特性に帰属されてきたこれらについて、スピノザはまったく独自の思考内容を盛り込んでいるからである。『短論文』のアポステリオリな証明に見たところから、我々は実在性を実在の全体論的連関のことと考え、真理をこの全体の観念と考えることができる。実在性に程度があると見なされるのは、実在の全体そのもののことではなく、実在をいろんな角度から表現する観念について言われるものである。なぜなら諸観念は、それが他の諸観念といかなる連関をもっているかに応じて、様々の程度の不完全性・非十全性を有し、したがってまた様々の程度の実在性をもっていると言わざるを得ないからである。そして、神の観念が最高度の完全性を持つのは、このことから必然である。神の観念がそのような実在性を持つということは、とりもなおさず神が存在するということである。もっとも、厳密に言えば、「神の観念」といっても、我々がもつ神の観念と神自身がもつ神の観念とは別である。われわれには、神のいわば抽象的観念が与えられているだけで、その全体が与えられているわけではない。つまり、真理の全体という観念が与えられているだけで、真理の全体が与えられているわけではない。我々の思惟は、神的思惟の部分に過ぎないからである。しかし、全体論的合理性という観念をスピノザが『聖書』解釈を通して獲得した時、彼は、この方法論的概念が、同時に真理の観念の中核であり、すべての真理への展開の胚珠的観念であることに気付いたのである。『エチカ』の存在証明で新たに加わったのは、力能という観点の強調である。この力能と実在性を結ぶ要こそ、「自己原因」である。自己原因とは、自己循環活動性の中に存在する能動的活力を意味している。

2013年10月22日 (火)

田島正樹「スピノザという暗号」(12)

第3章 自己原因としての神

1.『短論文』における「アポステリオリな証明」

『短論文』の中で、スピノザは神の存在証明をいくつか列挙しているが、彼特有の考察が見られるのは、アポステリオリな証明である。その骨格部分は、「人間が神の概念を有するなら、神は形相的に〔単に考えられているだけでなく、そのもの自体で〕存在せねばならぬ。しかるに、人間は神の観念を有する」から、というものである。

神の観念が存在するとは、我々の諸観念が何らかのリアリティを持つということ、言い換えれば、それが何かを表現していると言えるような意味を持つこと、すなわち我々の認識に、断片的・不完全ながらも、真と言えるような実質を与えることができるということなのである。もしすべてが空想なら、我々の認識に、真偽の区別も、完全・不完全の区別も意味がないだろうし、かくてそもそも認識自体がなくなってしまうだろう。そうすれば、ある観念と他の観念がどう関連するかも、互いに合わさって高次の観念や認識をもたらすこともないし、対応とか矛盾などとでんで言ったこともなく、すべてがバラバラに存在してだけということになる。かくてそれらは、なんら観念ではないということになるだろう。

 

2.『エチカ』における神の存在証明

スピノザは「神の存在証明」を定理11で論じている。

定理11 神、あるいはおのおのが永遠・無限の本質を表現する無限に多くの属性からなっている実体は、必然的に存在する。

スピノザは、これに対して三つの証明をあげている。

その第一の証明の大筋は以下のようなものである。紙が存在しないと考えられるなら、(公理7により)その本質は存在を含まない。ところで、定理7から、実態の本性には存在が属するから、実体の本性には存在が属するから、実体である神が存在しないのは不条理である。それゆえ、神は存在する。

ここで言及されている公理7は、「存在しないとかんがえられうる物の本質は、存在を含まない」とある。つまり、仮にも「存在しないとしたら」という可能性を想定できるものは、必然的存在ではないわけだから、「その本質は存在を含まない」つまり、その本質にとって存在することは偶然的である、ということである。第一の証明の核心は、神が実体であり、それゆえ、「実体の本性には存在が含まれる」という定義7により、神は存在せねばならないということである。第一の証明は、神が多くの属性を含む実体であるとされる以外は定理7と同じだから、「自己原因」の意味が解明されない間は、同様に霧の中にあるというほかない。

我々人間には、思惟と延長(観念と物質)という二種類リアリティが、理解できるものとして与えられている(それぞれ属性と呼ばれる)。それぞれに属するもの(諸観念と諸物体)は、それぞれ同一の属性に属するものども(様態と呼ばれる)と、互いに全体論的連関を持ち、それを抜きにしてはいかなる実在性もない。それぞれの属性は、それぞれに属する諸様態が因果関係を持ちうる。または因果関係の連鎖で結びつき得るということによって、それぞれ体系をなしていたが、異なる属性間にはいかなる因果関係も存在し得ない。それぞれの属性は、それぞれに自身いかなる限定もない一つの全体であり、それゆえ、たとえば、二つ以上の延長が存在するということはあり得ない。ただし、属性は実体の本質を構成するものであるが、その際複数の属性が一つの実体を構成することは否定されない。とくに神は、多くの属性から構成される実体である。

ところで、実体の唯一性は証明されているだろうか。属性が、それぞれ一つの全体であり、いかなる限定にも先んずるものであるということは、納得できる。しかし、かかる複数の属性が単一の実体に属することの可能性は、証明されてはいない。

スピノザは神は「絶対に無限なる実有」であり、「本質を表現し・なんの否定も含まないあらゆるものが属する」のであるから、「あらゆる属性が着せられる実有」と言っています。ここでの「あらゆる属性を含む実体」という観念は、はたして合法的なのだろうか。我々人間にはアクセスできないような属性について思弁を逞しくしても、あまり意味はないだろう。しかし重要なことは、スピノザがあらゆる属性に共通な、全体論的統一を実体そのものに由来する本質と捉えていたこと、ならびにそれを実在性そのものの起源と考えていたことである。すなわち、属性における共通性は、それぞれが単一の実体に由来するからだということ。

常識的に考えれば、まず、延長の単一性が存在し、思惟はその表現であるから、その結果として、思惟にも単一性が付与されると考えられそうである。従って、この場合、両属性が唯一の実体に帰属するのは、基本的には延長(物質的世界)の優位のもとで理解される。これはいわば、唯物論的な理解である。第一部の公理6によれば、「真の観念はその対象と一致しなければならぬ」。ここで言う「対象」が、延長の属性に含まれる諸対象に限られるのか、それともすべての属性の諸様態に対してそれぞれの観念が存在するのか分らないが、我々に無縁なほかの属性のことは無視すれば、この箇所を唯物論的に読むことは可能だろう。つまり、観念は延長に一致せねばならないからこそ、両属性にそれぞれ並行的に自らを表現する実体を考えてもいいのである。これによれば、観念が一つの全体論的体系をなさねばならないのは、それが単一の物質的世界を忠実に反映せねばならないからである。しかし、延長という属性が一つの全体でなければならないのはなぜか。それは、空間関係が、部分においても同一なまま適用される「共通概念」だからである。たとえば、「隣」という概念を次々に適用して行ったとき(隣の隣の…)、突然どこかで、その隣が存在しない世界の果てとか、深淵に達するようなことはない。これに対して、二種類の態度があり得る。その第一の態度によれば、我々は、単にどこまでも反復可能な空間概念を所有しているにすぎず、その際に、世界の無限な広がりについて何の含意も持っている必要はない。とりあえず、その概念の有限な反復適用によって構成された任意の範囲についてのみ語るだけで、一切の用は足りるからである。これに反して、スピノザはそうは考えなかった。どこまでも反復適用可能ということの理解そのものに意味を与えるためには、あらかじめ全体が先取りされていなければならないと考えるのである。つまり、延長の果てに、もしどこかで延長ではないものが出現しうるとすれば、それは有限な延長ですらないのである。このことは、夢とか幻想の場合を考えてみると、分かりやすいかもしれない。我々は夢を見る時、意識はその夢の筋道を辿って行く。しかしそれを長々とたどった挙句、その夢の中にベルが鳴っているのを聞くような場面にいるのだが、実際に、それは目覚まし時計の音が夢の中に介入して意識されていたわけである。つまり、夢のストーリーは、その果てに、現実の音が夢の中に介入して意識されていたわけである。つまり、夢のストーリーは、その果てに、現実の出来事によって限界づけられているわけだ。こうして、その夢の全体が実在的でなかったことになる。それゆえ、スピノザにとっては、限定されぬ全体であることは実在的であることのアプリオリな制約なのである。このことは、我々の理性に対して非常に大きな要求を課すことだろう。つまり、我々は限定された場面で経験を積み、次第に思考を広め深めていくかのように考えがちであるが、それだけではいくら我々の知識が広がっても、未だ真に思考しているという保証もないのである。それだけでは、真の観念、実在性の真の意味を把握しているとは言えないからである。我々は何らかの意味で、先取りされた全体の観念(神の観念)なくしては、幻想と知覚の区別を持ち得ず、従って思考しているとも言えない。かくてスピノザにおいて、二つの属性の関係は錯綜していることになる。単純に、延長の優位が前提されているわけではないのである。延長の全体性のためには、思惟における実在性、真と偽の区別、それゆえ真理の全体としての神の観念、即ち思惟という属性が必要であるからである。しかしもちろん思惟が思惟だけで、全体性をもちうるわけでもない。思惟に対して真理性を要求すればこそ、その全体性が必要となり、思惟の全体性自体、実在の全体性においては無意味だろうからである。

2013年10月21日 (月)

田島正樹「スピノザという暗号」(11)

ここで我々は一般に「感覚質」と呼ばれる問題圏の分析に進むことができる。サングラスをかけていて眼の中に入る光の波長が一様に青い方向へシフトしても、それに基づく色の感覚質は、やがてもとのように白く感じられてくる。このことは感覚質が、対象の客観的性質をそのまま忠実に反映する「表示内容」ではないことを示唆している。しかしだからといって、感覚質が単に「主観的」で、何ら対象の思考的性質を「反映」していないとは言えないだろう。ここに我々は、身体の変状の観念を説明するためには、刺激を与える対象の本性のみならず、刺激を受ける身体の本性によって説明されねばならないとしたスピノザの考えによって説明するのが適切なものがあると思えるのである。スピノザの「身体の変状の観念」は、もともと感情のようなものを含んでいた。それと同様、我々は感覚質を、知覚内容としてのみならず、感情のようなものとして考えることができよう。感覚質は、それを実際に経験することによってしかそれに対する知識を持ち得ない点で、感情と似ている。それらはスピノザの「身体の変状の観念」のように、対象の本性のみならず我々の身体の状態を表現しているものである。従って、異なる身体の本性をもつものにはアクセスできない。

我々の知識には、命題知として表現できる内容(志向的内容、表示内容)の他に、ある種の運動能力のような知がある。これは、もともとその能力を持たない動物には、習得できないものである。感覚質が、物体の完全に客観的性質として科学によって取り扱うことができないのは、それが対象化しうる命題知ではない部分を持つからである。それを経験するものには、その経験についての客観的条件などを命題知として表現することもできようが、経験知のすべてをそれに還元することはできない。感情や感覚質も、分節化と洗練によって次第に習得されるべきものである点では体操の技術のようなものである。しかし、どんなに訓練を積んでもコウモリの感覚質や感情は知り得ないだろう。例えば、一連の色相の印象は、我々が我々の種特有の身体をもって世界に棲みつく能力の一つなのである。しかしサングラスの例で見たように、世界のどの性質に対して、我々のクオリアを対応させるかは、固定されているわけではない。それは環境への適応(習得)の結果なのである。

それでは、感覚は外的対象の客観的性質を全く表示しないのか?感覚質には志向的内容は含まれないのか?明らかにそうではない。我々の身体は、自らの生まれつきの能力をもって、環境世界に適応する際、できるだけ世界を有利なやり方で分別しようとするだろう。関心の向け方は、種特有という意味で「主観的」であるかもしれないが、その関心のもとで対象を「客観的に」弁別することが、生きる上で有利であるのは明らかである。従って、この関心が一定である場合なら、我々の身体が示す感覚質は、志向的内容を標示すると見なしうる、あるいは総利用することができる。しかるに、身体がいかなる関心のもとに対象を標示するものであるかは、実際上多様である。なぜなら生物体としての我々は、様々な文脈で経験し知覚しているから、そのすべての文脈で、感覚質が表示内容を標示するとは限らないからである。そこで、たとえばサングラスをかけているコンテクストで我々の色印象が提示するものと、裸眼の場合に我々の同じ色印象が呈示するものとが、物理的には異なる性質(波長)であることが生じる。

結局、我々の身体は、感覚質といういわば手持ちのシニフィアンを利用して、何らかの志向的内容の表現にすることはできるが、それは、知覚的環境適応(環境への習熟と同時に感覚質利用への習熟)を通してなされる。しかし、この知覚的適応は、言語が志向的内容を標示するのとは違って、いかなる対象に対しても普遍的に同一のものとして開かれているわけではない。知覚者としての我々は、(言語使用者としての場合と違って)種として、これまでの進化の結果割り当てられてしまった生活圏域(可視光線域など)をもち、またそれゆえ生活関心を度外視した態度や関心を持つことはできない。

感覚質は、行為や感情と同じようにそれを習得せねばならず、それを習得する能力を全く欠いている場合には、それにアクセスすることができないものである。我々がコウモリの感覚質を習得できないのは、感覚質一般が純内面的・私秘的なものだからではない。単に、コウモリの持つ感覚─運動能力を欠いているためである。つまり、彼らのように飛行できないように、我々は、彼ら利用に知覚できないにすぎない。これらの習得される能力としての知識(感覚質の知識)は、命題内容として表現される知識とは違って、少なくとも完全には情報として伝達することはできず、単に身をもって模倣され、完全又は不完全に体得するほかないものである。また、真偽や正誤の評価の対象とならず、せいぜいまったく不完全にしか言語的に表現できない。伝統的知識論において、(真なる)信念との対比で語られてきた知識は、専ら命題知であって、このような感覚質や行動の知は含まれない。このように非常に性格の異なる知識を、なおも「一者」として「知識」にまとめているものは、一体なんだろう?

「知識」として共通する原理は、何れにおいても、それに続く行為や探求のための前提として使用され、それ自身は当面批判の対象とはされないという、用語論的な、役割ないし主体の態度にあるのである。この点「信念」とは違う。信念とは、それがいかに堅固な根拠で主張されている場合でも、当面それが真偽・正誤の可能的批判の対象とされるべきものという役割にあることが、示唆されているのである。信念と知識の違いは、その確実さの程度とは何の関係もない。言語的営みの中での、それらの持つ用語論的役割の違いなのである。この意味では、命題知も能力知も、引き続く行動に対する、自らは問われる事なき前提という役割を与えられている点で共通しているのである。

2013年10月19日 (土)

田島正樹「スピノザという暗号」(10)

身体(とくに神経網)は、いわばラジオの同調回路のように、外部からの刺激を受け取り、様々の変容を、神経網組織のなかに励起された興奮パタンとして生み出す。それらのパタンは、はじめは暗号だが、やがてそれぞれの感覚的意味を帯びたものとして解読される。この場合、当然シニフィアンとシニフィエは異なるものである。色を表現する神経パタンは、それ自身が色であるわけではない。このような知覚システムは、我々人類が種として進化の結果獲得した、生活環境との関係のあり方を反映しているだろう。それゆえ、ここで感知されるものは、我々が種として規定される限りでの、環境への関心の取り方に制約されている。また、生物体としての自己の身体のあり方に既定される限りで、我々の身体は、類似の刺激を場合に応じて別の意味として表現しもする。明るい所に目が慣れた後と、暗い所に目が慣れた後では、同じ光も、違う意味を帯びたものとして我々の身体には表現されるようなものである。このような観念にとどまる限り、我々は極めて不完全な、非十全的な認識しか持ち得ないだろう。それはそれで、生物として生きる上で有益ではあるものの、外界に対して、絶えず主観的状況に依存した、動揺つねなき認識しか持てないからである。もし我々が、環境世界に適応するだけの生活を送るような存在だったとしたら、その適応の一環として、知覚的認識を持ちながらも、そうした認識を持っているという自覚を持ち得たかどうかあやしいだろう。カエルが、目の前を細かく動くハエを知覚すると同時に、素早くそれを捕えてしまう時、彼に如何なる「認識内容」を帰属すべきか難しいようなものである。状況に即して生きる時、我々の知覚は、次々に迫り来る状況の変化への対応に追われているだけで、そこで我々がやりくりしながら利用している認識について、内容の特定はもちろん、真偽の観念もないまま行動しているのである。我々の知覚に内容が含まれ、真偽が問えるものであるということが自覚されるのは、それを表現する言語を抜きにしてはあり得ない。知覚内容に属するもののすべてが言語的に表現されるわけではないにせよ、我々は、知覚を一つの認識とみなし、外的世界の表現として自覚するためには、その内容を言語表現になぞらえ、志向的意味として対象化しなければならないのである。それゆえ、脳や神経の構造が言語のように明確な論文的構造を持たないとしても、それを何らかの認識として考えるときには、便宜的にそれを言語のように何らかの形で世界を表現するシニフィアンの体系と見立てて、語らざるを得ないことになる。

さて、スピノザは、主観的に動揺する感覚的認識から、いかにして十全な認識への飛躍が得られるのかの手がかりを、「共通概念」と呼ぶものに求めた。なぜ「共通概念」は、そのままで十全であるという大変な特権を享受できるのか?その証明を要約すればこうなる。共通概念とは、「すべてのものに共通であり、部分の中にも全体の中にもあるもの」であるから、もし我々が「共通概念」を持っていれば、それは我々の精神の中においても、他に何れにおいても、共通で等しいものとして存在するのではなくてはならない。我々の認識は神的知性の部分であるから、共通概念は我々の精神の中においても、神的知性においても、共通で等しいものとして存在せねばならない。このことは、我々が所有する共通概念が、そのままで十全なものであることを意味する。しかし、問題はむしろそんな「共通概念」が、実際存在するかということだろう。共通概念を、人間身体と身体を刺戟する外界の事物との共通性と言う、より限定されたものとしてみると。例えば長さ(延長)と言うものがある。これは単に目測した時の長さの印象ではなく、指とか足幅等の特定の身体部分と対象を比較することで測られる。このとき長さは、その身体部分と対象とに「共通するもの」と観念される。かくて、尺度と言うものが、測るものと測られるものとの共通性と言う観念に基づいて成立する。ある尺度によって1mと測定された棒は、今度はそれを使って他のものを測るのに再帰的・反復的に利用され得る。このようにして長さは「部分においても全体においても等しくあるもの」として確立するのである。

 

知覚が志向的内容を持つことはよく知られている。志向的内容は、おおよそ次のようなものである。ある知覚体験が、対象aがfであることの知覚としてあることとは、我々の感覚器官その他の条件が正常である限り、実際対称aがfであることによってアプリオリに説明されるということである。知覚が、実際aがfであることによって説明されるということが、知覚が正常であるということの意味であり、そのような正常性の条件が存在するということが、知覚の本質なのである。

問題は、我々の知覚が単にその志向的内容に尽きるかどうかである。例えば、「遠くのものが小さく見える」と言った場合、実際に遠くのものが小さくあるという事実によってアプリオリに説明できるわけではない。アプリオリに説明できるような正常性条件が存在しない。「遠くのものが小さく見える」という経験は、「小さいものの知覚(実際に対象が小さいということによってアプリオリに説明できるような知覚)」であると、自らを誤認しているわけでは決してない。「遠くの人が小さく見える」という経験は「小さい人を見る」知覚とは全く違う知覚なのである。両者は表示内容が違うのである。

ここで問題になっている大きさの印象の違いは、表示内容の違いではなく、感覚印象・感覚質の違いと言える。だから「どのくらい(何センチ)小さいと感じられるか?」と問われても、うまく答えられない。共通尺度(共通感覚)をあてて大きさを測ることができないからである。もしそれを当てようとしても、尺度自体の見え姿が、違う対象にあてがわれたときに同じ長さに見え続けるという保証がないからである。このことは、表示内容の中に登場し得る大きさ(共通概念としての大きさ)とは別に、感覚印象としての大きさの印象があって、その両方でわれわれの知覚経験は、言わばまだらに特徴づけられていることを示している。

もちろん、このような経験は、風景との関係(文脈)抜きにはありえない。しかし、まさにそうだからこそ、文脈から独立に、ただ表示内容だけに注目して記述する場合に、それらは記述から滑り落ちてしまうのである。表示内容は言語表現可能な内容だが、感覚印象としての大きさなどは、言語的に表現するには無理な場合があるため、それを敢えて言語的に言い表そうとする、矛盾した言い回しになってしまう。遠くのものと近くのものが(表示内容としては)同じ大きさであるように見えながら、(感覚印象としては)違う大きさに見える。我々の経験の中で、このように言語的に適切に表現できるものとそうでないものがあるあるということは、我々の知覚にあずかる神経的機構が、言語のような論文的構造を持たないという事実に対応しているのではないだろうか?

2013年10月18日 (金)

田島正樹「スピノザという暗号」(9)

それでは、真の観念がもつ自分を肯定する力は、どのようにして生じるのだろうか。

真の観念が、スピノザが説明しているような知的道具のようなものであるとすると、(低次の)真の観念から生まれるのであり、得られた認識がさらなる認識の基礎になるのである。しかし、この過程はけっして直線的な進行ではない。ジグソーパズルのピースが互いにうまくはまり合うように、はじめ断片的であった認識が、次第に緊密な連関で組み合わされるように進むのである。観念と観念、認識と認識は互いに支え合い、より緊密で堅固な全体を造り上げる。それゆえ、それ自身多くの認識成果から成り立っていないような探求も探求方法もないし、新たにそれ自身探求方法を提供しない認識も存在しない。このように、真なる知識の体系に組み入れられるということ以外に、真であるということを保証するものは何もないのである。それゆえ、孤立して存在している観念は真ではあり得ないことになる。我々がペガサスを考えても、その実在を肯定しないのは、他の自然の本性の認識や経験と不整合であり、他の自然的事物との十分な連関を欠いていることをよく知っているからである。

ペガサスの観念には、真なる観念特有な多方面の連関が欠けている。かくて、真の観念と偽のそれとの区別は、程度の差と言えるだろう。偽の観念といえども、まったく実在性を欠くわけではない。ただ、実在とのつながり、というよより他の実在的(真の)観念とのつながりが希薄または単線的であり、あるいはこのつながりに対する正しい洞察が欠けているため、せっかくの認識が部分的なまま、断片的なまま、全体への適切な位置続けを見出せず、したがってその認識の真の意味について無理解のままでいるわけである。

真理をただ真なる命題の集合と考えるようなことは、大きな誤解に基づくのである。真理は、それを認識しようと否とにかかわらず、すでに永遠に決定されている命題群などではなく、相互に補強しあい強化し合う緊密な体系的連関として存在する。それは認識の成果が、認識の前提へとフィードバックされて拡大する運動の力と同じである。真理は、ただ静観的にとどまっている事実ではなく、他の真理を証示し、説明し、それを根拠づけながら、自らをも純化し強化する力そのものとして存在するのである。それゆえ、真理は自らを肯定する力を発揮すると同時に、偽との区別を自らに際立てる。「真理は、真理自身と偽との規範である」真と偽がともに参照して判定するための、外的対象のようなものが存在するわけではないのである。

 

もし真と偽が相対的なものであり、真の観念はそれが他の真なる観念と密接な連関をなし、一つの全体を形造っている限りおいて真なのだとすれば、いま知られている真理の全体だけでは、決して十分ではないだろう。それらはたかだか真理のごく一部に過ぎないだろうから、それが未だ発見されていない全真理の中に、いかなる位置を占めるのかが分からない段階では、真理とさえ言えないかもしれない。

この場合、スピノザのように、全体への統合によってしか真理の保証がないのなら、真理の全体を(その部分しか我々に認識されていない)を仮定する必要があろう。ここから、認識されようとされまいと決定されている真理の全体を想定する「実在論的真理観」が出てくる。この真理観は、真理が統合的全体でなければならないこと、それも、実在が統合的全体であることから、その表現たる真理も当然そうならねばならないこと、に基づくだろう。

このような見方は、一見すると極めて自然なものと思われるが、実際にはスピノザの体系内部に大きな内的緊張を導入するものである。それは、スピノザが観念と言うものを客観と一致したりしなかったりする絵や像のようには見ずに、思惟の力そのものと見做し、真理をかかる観念の自己を肯定する力、他の観念と結合しながら更に自らを拡大する力と運動と見なすことと、必ずしも整合的ではないからである。一般にスピノザは、真なる観念を真なる洞察と同一視し、それ自身から自らを肯定しまた他のものを解明する力をもつものと考えている。たまたま事態と一致する信念などではなく、再帰的・自己循環的に拡大していく認識なのである。だからこそ真なる観念は外的実在への参照に頼らずに、それ自身で真であることが知られると考えられるのである。このことは、観念がそれ自身のうちに積極的に虚偽と言えるような要素は何も含んでおらず、それ故虚偽の原因は、それが表現する真理の不完全性、混乱したり部分的・一面的である点にのみ存するとされたことから、当然の帰結とも言える。十全な観念、対象を完全にその全体性において表現する観念であれば、それが虚偽であることはあり得ない。そして、事態を正しく表現する観念であれば、何よりそのものをその他のものとの実在的連関、それゆえその観念のほかの観念との連関を隈なく表現しているはずであるから、それ自身の内で、それが真でなければならないという説得力を備えていなければならないのである。スビノザにおいては、観念が体系的構築物として意味を持ち、固有の明晰さを獲得するのである。

これと同様、科学的諸概念も、相互に連関を持ったものとしてのモデルを造り上げ、そのモデルが適切に適用されることで、現象の説明が与えられる。解明される以前にはただの混沌にしか見えなかった現象群が解明されてみると自らを一つの真理洞察として(すなわち真なる観念として)肯定的に表現していることになる。このことは、幾何光学の語彙と能力によるものだが、その説得力は、現象説明の外に抽象的に存在しているものではなく、解明された一つ一つの現象によって支えられたものである。こうして解明する道具と解明された現象は、一体のものとして働いているのである。それは、ジグソーパズルにおいて、ピースの一つ一つを関連付けておく置き方の認識と、そうして関連付けられて置かれたピースとの関係のようなものである。置き方は、ピースを実際置くことのなかにしか示されない。かくて、真なる観念が完全な認識と考えられるなら、「未だ認識されていない真理」と言う実在論的観念とは対立せざるを得ないはずである。スピノザの形而上学の底には、ともに根元的な実在論と反実在論が、二つながら相拮抗しており、それがいたるところ、解決困難な問題を噴出させる結果となっている。スピノザの難解さの秘密は、この内部対立という点にこそあるだろう。

2013年10月17日 (木)

コーポレートガバナンスって企業だけの責任?

コーポレートガバナンスについての議論はここでも、何度か取り上げてきました。私の癖なのでしょうか、大抵の場合は、そもそも論、どうしてこういうことが議論されているのか、っていうことに遡ることが多いです。で、コーポレートガバナンスについて、何でこのことが議論されて、上場会社が色々と考えなければならないようになったのか。これは私の独断と偏見で、教科書的な議論とは食い違っているかもしれませんが。企業の不祥事などは昔からあって、最近に始まったことではなく、むしろ粉飾決算とか役員の不正などは散々、検察に摘発されたり、新聞にすっぱ抜かれたりされてきたことです。そのことから、コーポレートガバナンスということが議論されていたかというとそんなことはなかったと思います。

では、きっかけは何だったかと考えると、日本の株式市場が低迷から脱し切れていないということです。実際、日経平均はバブル経済の最盛期であった1990年代の最高値に未だに届かないという前代未聞の世界唯一の低迷市場だということです。だから投資家は手を引いていくのは当然で、だからといって各企業が業績を伸ばす可能性は絶望的というと、それ以外で投資家が投資を躊躇するリスク要因を排除していこうということからと考えます。かなり偏った考えでしょうが、経済成長が著しい新興国への投資はリスクがあっても投資が殺到していることから、それは間接的に証明できると思います。とはいっても、日本企業の多くが抱えている株主を向いた経営が為されていない、資本コストを考慮した経営の効率性が悪い、というのは以前からずっとあったことだったのが、各企業の成長が鈍ったことで、相対的に問題が大きくなってきたということだと思います。それまでは、投資している株主へのリターンが、各企業が成長し、株式市場が成長することにより、全体がパイを拡大させていくとで、そのリターンがそれに乗って増えていて、投資した株主は相対的に満足感を得ることができていた。しかし、パイが拡大はおろか縮小していったことで、潜在的だった問題が顕在化した。その時に、企業が成長できないのは経営に問題があるのではないか、ということや大きな成長ができないのなら経営の効率化を進めて株主を向いた経営を、投資している株主の立場としては最低限やってほしいのに、見向きもしない。それは、投資している立場から見れば、怠惰に見える、そんな経営を放置していていいのか、ということではないかと思います。そこで、株主の立場にたった人を経営陣に組み入れることで、投資している株主を向いた経営をさせようというのが、社外取締役という制度の趣旨ではないか、と思います。

というような考えに立てば、株式市場の低迷はたしかに企業が低迷しているのが大きな原因ではあります。それは当然のことで、企業の責任は大きいことは言うまでもありません。とはいえ、企業だけの責任なのでしょうか。株式市場の参加者は投資される企業だけではありません。投資する投資家もそうです。その投資家に代わって手続きをする証券会社や市場の運営者、東証とかですね。こういう人たちにも責任の一端はあるのではないか、と私は思います。別に責任転嫁するつもりはありません。例えば、投資している人は企業の所有者であるということで、その権利を持っているのですから、その権利を行使しなければ、権利の上に胡坐をかくこと、つまりは権利の放棄と同じことになるはずです。一時期、アクティビスト投資家として海外のファンドがやり玉にあがりましたが、そこまで強引なことをしなくても、時には経営者に煙たがられるようなことがあっても、企業が成長しなければ投資した意味がないわけですから、そこで厳しいことを言ったりするということがあってもいいはずです。そういう議論が日々行われていたとしたら、社外取締役などという制度は必要ないはずです。

この場合、コーポレートガバナンスというのではなくて、株式市場全体のガバナンスとして考えるのが本来の意味ではないのでしょうか。それがあって初めて、株式市場の自由競争に市場原理によって“神の見えざる手”が働いて適切でない企業が淘汰されるということがあるのではないか。そういうことがあるから、企業は自身のガバナンスに努めなければならなくなる。つまり、株式市場のガバナンス、投資する人たちのガバナンス、証券会社が市場に参加するガバナンス、市場を運営する証券取引所のガバナンスというガバナンスの輪の中のひとつとして企業のコーポレートガバナンスがあって、はじめて実質的な機能を果たせるのではないか、と思うのです。

これは、一企業の内部のものの一面的で偏狭な見方かもしれませんが、制度として株主が発言できる場、意思決定をする場である株主総会の投票に、自分自身で考えることなく、議決権行使助言会社という権利もない部外者の形式的な意見を、金を払って購って、その無責任な意見によって投票するというようなことをしている、というのは投資をしてその権利を守るというタテマエから大きく逸脱している。わたしには、このような権利放棄を棚上げして、企業に一方的に法律の強制などでガバナンスを求めるということは、一方的な気がします。何よりも、そういう議論の中に株式市場に対するリスペクトが、私にはまったく感じ取れないでいます。

先日、あるコーポレートガバナンスに関するセミナーで、投資家の人もまじえたパネルディスカッションがあったのを見てきました。その中で、日本企業のコーポレートガバナンスは以前より進んできたと思うが、ROEが依然として低いなど、実質が伴っていない、というようなことを他人事のように発言するアナリストがいました。その発言している当人に、そうなった責任の一端は、少しだけかもしれないが、自分もあるという当事者意識が全く感じられませんでした。もし、当事者としての意識があるのなら、例えば、発言も、そのことを経営者に話しているが意識は変わっていない、とかそういうものになってくるはずです。多分、そういう行動はとっていなくて部外者の評論家のようになっているのだと思います。すべてのアナリストがこうだとは言いませんが、概してそういう人が多いのではないか。そんな議論で、ガバナンスという議論は本気で取り組もうと思えるのか。私には、外形的で弁解の証拠作りとして実施されているように見えて仕方がないのです

2013年10月16日 (水)

田島正樹「スピノザという暗号」(8)

2.全体論的合理性

デカルトは、一見真らしく思われているだけの信念をあえて疑う「方法的懐疑」を実行する。目の前の事物や自分の身体の実在まで疑おうとしても、ふつうにしていれば、それらは疑いようもない事実として現われて来て、疑いきることは困難である。それでも無理に疑うためには、デカルトがしたようなかなり人為的な想定をして、「悪しき霊によって我々の精神が、そう思い込むように操作されているかもしれない」等と考えてみなければならないだろう。実際に、この会議を遂行する意志の力が、悪しき霊の悪意を想定する事で高められたところで、一転して意志自体の自己明証という形で「我思う、ゆえに我あり」が確実な認識として最初に確保されるのである。

「我思う」が最初の絶対確実性として確保されるためには、逆説的にも、懐疑の意志が明確でなければならないのである。しかしそれなら逆に、かなり明確な懐疑の意志をもったり、深い懐疑を実際に遂行したりためには、それを遂行するのに十分なくらい確かな知を前提するということにもなるだろう。夢と現実の区別を持っていなければ、「全ては夢かもしれない」という懐疑は意味を持たないし、欺こうという意志が意志として想定されるためには、真理の概念が当然前提されていなければならないのである。それゆえ、デカルトが装うような普遍的懐疑という想定には、はじめから自己撞着が含まれているのである。

実際に我々は多くの事実に基づいて夢と現実を区別できている。夢と現実を区別する事実の一つ一つを見れば、決定的な区別ではないかもしれないが、それらの事実一つ一つが独立しているわけではなく、現実の中で密接に関連し合っている。そのような関係自体が、現実を形づくっている。これらの関係一つ一つも、単独で切り離す場合には、それを疑うこともできるのだが、諸現実がなんらかの形で密接に関連し合って形づくっている総体を疑うことはできない。疑うことにそもそも意味がないのである。

デカルトの懐疑が、あらゆる観念や思想内容の外に立って判断しようとするものであることは明らかだが、スピノザによれば、このような外在的な立場はそもそも可能ではない。デカルトならば、言明を、命題内容(志向的内容)の部分と、それに対する(命題的)態度とに分析し、内容を理性によって理解することと、それに対する肯定・否定の態度をとる意志とは別だと見なすだろう。実際、(有限の)理性による理解と、(無限定の)意志による判断のギャップによってこそ、誤謬が可能とされるのである。スピノザによれば、理解された同じ内容に対して、肯定したり否定したり、はたまた疑ったりなどの、異なる態度を自由に為しうる意志という想定は幻想である。

スピノザによれば、観念それ自体の内に、肯定・否定を促す力がある。例えば、三角形の内角の和が二直角に等しいという思考内容(観念)は、それ自体の内に真であることを肯定させる力がある。もっとも、そのためには、この観念がただその命題の形で提出されているだけでは十分ではないだろう。命題だけをにらんでいても、その正しさは分からない。しかし、適切な証明構成の結果としてこの命題が定理として示されれば、もはや我々はその真理性を疑うことはできないだろう。観念とは、そこに我々がその意味を読み取ることによって、おのずからある判断に導かれる理解内容であるとしか言いようはない。つまり、言明や照明構成の中に読み取ることによって、おのずからある判断に導かれる理解内容であるとしか言いようはない。したがって観念は、ある規範的な発現の形をもつ力であると言うこともできる。このように考えると、三角形とか二直角と言う概念がある力を持ち、適切な証明構成が与えられたとき、おのずからそこから証明を導き出し、かつその肯定を発現することが分かる。我々は、平行線と交わる直線によって生み出された二角に適切に注目することによって、それが錯角として等しいことをおのずから肯定する。二組の錯角と残された角が合わせて直線を構成していることから、それら三つの角の和が二直角に等しいことを肯定する力がおのずから生じる。これは、それぞれのステップが、観念の力によっておのずから運ばれることによる。我々の観念は、このように適切な文脈が与えられれば、そこからあるある規範性を伴って一定の判断を生み出すべき力を持つものとして習得されているのである。

概念または観念を、このようにおのずから適切な文脈で一定の規範的形をもった発現の力をもつものと考えることは、それを言語習得の場面から考える以上、不可避のことである。観念の理解は、それがいかに行動や判断に発揮されるかということを離れては、規定しようがないからである。たとえば、将棋のゲームや算術の計算を教える時、実際に駒を動かしたり、いくつかの練習問題をやらせたりするはずである。将棋の駒の動かし方や算術の加法の観念は、適切な状況において適切な行動や判断をできることとしてしか教えようがないからである。ここには観念をめぐるいかなる神秘もありえない。

そこで、観念は、適切な状況で、あるいは他の適切な観念との組み合わせによって、しかるべき判断へ、またはさらに別の観念へと出力すべきものとして力をもつのである。このようにスピノザにおいては、判断とは観念自体の発揮する力と別物ではない。それゆえ、観念を外から肯定したり否定したりする一般的能力としての意志と言う観念も、たんなる抽象でしかない。

2013年10月15日 (火)

田島正樹「スピノザという暗号」(7)

さて、数学において反実在論の精神で、数学の諸命題を証明構成の結果と考え、真理を構成されたものと見なすことは、永遠の言語で書かれたイデア的真理といった観念を幻想として退け、言語を実際の使用に基づけられることになるから(つまり、真理を人間の実際の言語活動と不可分のものと見るから)、証明によってわれわれの言語使用が変わることを、理論の中に繰り込まねばならなくなるのである。実際、ヴィトゲンシュタインの中期から後期への移行期に起こったことが、このことであった。例えば、将棋の駒の動きが最初にルールで決められたまま変わらず、どんな帝石を習得しようが、どんなうまい手を考案しようが、そのことによって、最初に与えられた駒の意味(使用法)には変化がないように、数学の諸概念の意味も公理や定義で与えられたままで固定され、どんな定理の証明によっても変容することなどとは言えないねという強い誘惑がある。しかしここでヴィトゲンシュタインは、さらに強い議論を展開するのである。そもそも最初にルールを完全に与えたり、駒の動き方を完全に与えてしまうということに、我々は十分な意味を与えることができない。逆に言えば、一定の言葉づかい、または駒の動かし方が、はじめに習得されたルールに則ったものであるということに、十分な意味を与えることができないというものである。今まで盲点となっていて誰も思いつかなかったような駒の動かし方が、我々の可能的経験を構成していなかったように、いままで証明されていない定理は、われわれの可能的経験を構成していなかったように、いままで証明されていない定理は、我々の可能的経験の一部をなしてはいないのである。定理の証明は、実際にそれが解けていない段階では、その可能性は存在しない。すなわち我々の可能的経験を構成しないのである。我々は定理を証明することによって、いままで我々の可能的経験には属していないことを実際になしてしまうのであり、そのことによって我々の可能的経験自体を拡張してしまうのである。このような可能性自体の生成は、実際に生成してみるまではその可能性について指示しつつ語ることができない個体的事実の生成と同じように、その現実の存在に依存する。すなわち、現実性が可能性に先行するのである。このような見方は、問題と問題解決両方に対して、新しい反実在論的な形而上学を要請することになるだろう。すなわち、どんな問題に関しても、その答えが認識に先んじて存在するわけではなく、解決そのものが、我々の認識と経験の可能性を拡張するものと考えねばならないのである。認識や真理に対するかかる反実在論的見方は、我々の自由の可能性にとって本質的なものである。

自由にとって最も困難な問題の一つは、自由と合理性をいかにして調停すべきかということである。伝統的には、情念や欲望を理性によって克服することこそ自由の前提と考えられてきた。そこで、合理性をどう考えるべきかということが、自由にとって最大の問題となるだろう。合理性に対して強い実在論を取るならば、何が最も合理的かということは、実際に我々がそれを認識できるかどうかはともかく、一義的に決定されているはずだ、ということになろう。この見方によれば、我々が実際にする行動が自由なものか否か、当の我々自身にはまったく知られる必要のないものとなってしまう。ちょうど証明されないまま、ある命題を真と信じていて、たまたまそれが真理に的中することがあるようなものである。その真の根拠を知らず、知らないうちに最善の行動をした人が、その限りで自由とされるということになりうる。これは我々の直観とはずれている。

より自然な見方は、我々の自由を我々の能力と結びつけることだろう。合理性というものを、知識と同じような、我々自身の能力と見なすことである。与えられた条件を基に、そこから最適解を算出できる推論的能力こそが合理性の中核なのである。いったん定理の証明が発見されれば、何度でもそれを再構成することができるように、我々は再び与えられた類似の状況に対して、類似の解を算出できるようになる。これを認めるためには最適解が既に決定されているという実在論的な立場をとることはできない。これに対して反実在的な見方では、いかなる解決であれ、それは一つの創造行動になる。

しかし、反実在論的見方によれば、我々は問題を解く能力を所有しているとは言えない。実際に解決が見出されるまではそのような能力はどこにも、我々の可能的経験のなかにもないからである。新たな解決によって新たに解決可能性が生まれ、我々の能力としての合理性の範囲が拡大する。しかし、重要なことは、我々がこの能力を拡大すること自体、我々の能力に属してはいないということである。言い換えれば我々の可能的経験を拡大する可能性自体は、当の可能的経験には属していないということである。言い換えれば我々の可能的経験を拡大する可能性自体は、当の可能的経験には属していないということ。さもなければ我々は自由に自分の能力を拡大し、かくて全能ということになってしまうだろう。われわれの自由の水準は、自分の思いのままになることではないし、どの問題をも解く能力を我々が所有しているわけではない。とはいえ、問題を運よく解けた場合には、そのこと自体は認識される。自由は合理性に反して与えられているのでも、実在論的合理性によってきっちり決定されているのでもなく、合理性自体を拡張していくそれ自体は偶然的なものなのである。

我々の可能的経験を拡大する可能性自体は、当の我々の可能的経験の中にはなかったものとして、突然にいわば外から超越的に我々の経験に介入してくるものと言うしかない。その結果、拡大された可能的経験の中で、はじめてその経験について、またその経験の意味について語ることができるようになるのである。このことは、我々の「自由意志」が結果から訴求して立てられた幻想的原因に過ぎないということを意味している。一般に因果関係の認識と目的合理的・技術的実践は、ピッタリ逆の関係で重なり合っている。因果法則を認識すれば、原因を操作することによって結果を操作することができるようになるから、目的に合わせて手段をあれこれ案配することが可能になるわけだ。言い換えれば、目的合理的実践の要請から、ものごとの因果的認識が求められるのだと言っていいだろう。「すべての結果の差異には、対応する原因の差異が存在する(はずだ)」という因果律は、経験的認識ではなく、因果法則によって現象を説明しようとするリサーチ・プログラムの基礎にあるアプリオリな要請に過ぎない。可能的経験を拡大する自由な行動に対して因果律を適用して、そこに幻想的な「原因」をたてようとすることから、「自由意志」が想定されるのである。しかるに、このような「原因」は、当の可能的経験を超越するものである以上、そこに法則的認識を求めるのは、理性の越権行為となるだろう。自由は、あくまでも結果の意味から過去へと遡及して語られるに過ぎない。その意味で、意味の立ち現われの運動一般が、結果から過去に遡及して初めて「その意味の立ち現われの運動であったもの」として、過去形で語られざるを得ないのと同様である。意味の現象という運動の本質=「そのものは何であったか」は、すべからく過去への遡及という辞世的構造を持たざるを得ないのである。

2013年10月14日 (月)

田島正樹「スピノザという暗号」(6)

ソクラテスが実際に色白であったか、色黒であったか、どちらもありえないことではない。しかし、ソクラテスが人間でなかったということは、ありえない。それは、ソクラテスを個体として同定する時に、暗黙裡に人間として捉えることを前提にしているからである。ソクラテスが人間でない可能性は、もはやソクラテスの可能性ではないだろう。それに反して、人間ということの我々の理解の中には、色白であったり色黒であったりしうるということが、偶然的可能性として含まれている。それに対して、人間である以上は不可欠である性質(本質)と考えられるものは、ソクラテスが人間である以上は、必然的と考えられる。いかなることが必然的であり、いかなることが可能であるかは、それ自体経験的な知識ではなく、経験的知識を構造づけるための我々の理解の枠組みに属しているため、それを考察することは、我々の世界に対するアプリオリな存在了解のあり方を反省する上で、有効なのである。

細部はともかく、見逃してはならない点は、ソクラテスが存在した以上、我々はソクラテスが存在しなかった反事実的可能性を想定できるけれども、もしソクラテスが実際に存在しなかったとしたら、そのとき「ソクラテスが存在することが可能だ」とは言えないということである。つまり、実在と非実在とでは、様相文脈をめぐって明瞭な非対称性が存在する。実在個体の可能性は実在する当の個体に依存して初めて語り得る、ということがもつ形而上学的含蓄は大きい。一見すると、可能的なるものの一部が現実的なものであると思われるが、可能的世界の構想が本旨的に現実世界の実在する個体に依存しているのであるから、諸個体の生成自体は、それが存在する以前の現実世界における論理的可能性には属していないことになるのである。それゆえ、個体的実体の生成それ自体は、すでにある可能性の一つが実現するものではなく、その個体をめぐるさまざまの可能性とともに、まったく新たに生成するものと言わざるを得ない。もちろん、生成に先んじて、この生成の不可能性が証明されているわけではない。この個体の生成の可能性も不可能性も、この個体が存在していない間は、それを指示することができない以上、語りえないのだ。実際にそれをなす(実現する)のに障害があるとか、不可能であることが明らかにされたといった意味で不可能なのではなく、問題とされているのが何の可能性なのか、明瞭に指示して語ることができないという意味でのこの不可能性は、未だ証明が見つかっていない数学の定理の証明の「不可能性」のようなものである。

ここで、我々がそれを認識しようと否とにかかわらず、真理は永遠の昔から永劫の未来にいたるまで変わらず真理であり続けるだろう、と言いたくなる強い誘惑がある。そうだとすると全ての有意味な命題は、実際認識されるかどうかには独立して、真か偽かいずれに決定されているはずだ、ということになろう。そして、その命題からその否定命題かのいずれかが真であるということになろう。このような世界・真理・論理についての見方は実在論と呼ばれる。我々は実在論が一概に正しいとか正しくないとは言えない。むしろ、ある領域の存在者ならびにそれについて語る命題の分野に関して、我々がどのような言語的ふるまいを妥当なものと見なしているかを反省してみることによって、われわれは、無意識のうちにとっている自分の存在論を明確にしていくことができるのである。実在論・反実在論というものは、一定の形而上学的イデオロギーと見なされるべきではなく、このような探求上の手法なのである。そのような観点から見ると過去の出来事についての我々の態度は、実在論的であると言えるだろう。

それに対して、無限を含む領域に対して、証明が与えられていないにもかかわらず、それが決定されているはずだというには無理があるだろう。πの少数展開が無限に続くということは、どんな有限の展開よりもさらに長く続けて算出する計算法があるということを意味するだけで、すべての展開が完了した形でどこかに存在するということを意味するわけではないのである。

存在の問題を実際に構成してみることができるということに還元すると、実際の構成に先んじて、それと無関係に存在しているとは言えないこととなる。それと類比的に数学的真理は、それを証明によって構成して初めて真理なのであり、証明構成が与えられていなければ主張可能ではない。存在が構成可能性に還元されるように、真理は主張可能性に還元されるのである。無限領域に関わる数学における「反実在論」が、真理を主張可能性に、数学的命題の主張可能性を証明構成の達成におくのは、そのためである。

2013年10月13日 (日)

田島正樹「スピノザという暗号」(5)

バーフィットは、神経構造などの全てを含む我々の身体の全細胞状況をある種のスキャナーで読み取り、それを電波情報に変えて伝達し、遠くの場所にもとの身体そっくりの構造を再現する「遠隔輸送機」という想定を提案している。この装置によって火星に運ばれた「私R」と、地上に残された「私L」とに、私「私X」の運命が分岐する場合、この二人の人物は明らかに同一人物ではないのに、この装置に入る前の「私X」とは、どちらの私の同一の人格と見なさねばならないだろうか?私が目覚めていた時に火星にいたとしたら私にとって私は私Rであり、私Lは別人だろうし、私が地球上で目覚めたらその逆だろう。問題は、私Rの主張も私Lの主張も同じように真らしいのに、両立しないように見える点である。しかし、私Rと同一視されている私Xと私Lと同一視されている私Xとは、厳密に言えば同一ではないと考えることができないだろうか?RL二人がそれをそれぞれの過去と見なすことによって、XRとXLは別物と考えることができるのである。

マクタガードは、時間についてのパラドクスを提出している。彼は、過去・現在・未来という時間的様相で表現される時間をA系列、出来事の時間的前後関係で表現される時間をB系列と呼んでいる。時間の特殊性は、明らかにA系列にある。空間的距離の場合にもB系列のようなものはあるからである。出来事Aが出来事Bに先行するのは、Bが現在のときAが過去であり、Aが現在の時Bが未来であったからである。これに対し、空間的距離の場合には、「ここ」と「かしこ」はまったく対称的だろう。A地点が「ここ」であれば、B地点は「かしこ」であり、B地点が「ここ」であれば、A地点が「かしこ」になるからである。問題は、マクタガートによればA系列の表現は互いに両立不可能な述語であるはずなのに、同一の出来事について、次々に「未来」「現在」「過去」を述定出来る以上、それは矛盾とされる。ダメットによれば、マクタガートの議論は、たんに状況依存的指示語の表現相互の対称性ということに基づくものではない。A系列が時間の存在にとって本質的なのであり、それに対応するものが空間的指示にはないと言われるのである。例えば、一見「いま」に対応すると思われる「ここ」は、たしかに空間的展望を描くうえでの原点として必要かもしれないが、空間を描くうえでの原点として必要かもしれないが、空間を描く上では、任意に「ここ」すなわち原点を取ることができる。しかるにダメットによれば、「いま」というものは「ここ」のように、仮を原点として定めることができるようなものではない。現に自分が立っているいまからの展望を抜きにして、A系列の理解はあり得ないのである。現に自分が立っている今からの展望を抜きにして、A系列の理解はありえないのである。

我々は、未来の実在性を否定し、過去や現在との非対称性を明らかにしてきた。その立場に立てば、マクタガートの提出したパラドクスは解消してしまう。過去から今までの歴史に関しては、B系列は成立するが、未来の出来事は実在しないのであるから、そこにB系列を延長させることはできない。また、同一の出来事に「未来」が述語され、かつ「現在」「過去」が述語づけられることもない。ある出来事に「未来」が述語づけられることは、未来の出来事が存在せず、指示同定の対象でない以上、不可能だからである。他方、同一の出来事に対して、「現在」と「過去」という述語づけを付与することは可能であり、また決して矛盾ではない。なぜなら、現在というものを、我々は専ら我々の行為的関心に相関的に様々の幅を持ちうると考えざるを得ないからである。

どうでもいい疑問

オリンピックといいノーベル賞といい、政府とか国際機関が行っていることではなく、また学会とか競技団体というような業界の代表者が運営しているわけでもない。そもそもは、金持ちの個人がやっていることに、どうして金メダル獲得やノーベル賞受賞が全世界で報道されるような権威が与えられるようになってしまったのか。不思議とは思いませんか。ノーベル賞の授賞者の選択にしても、ある国の学者などというかなりローカルな偏った人々で、その判断を検証とか監査されることもない、と常識的なガバナンスでは考えられないようなプロセスで、どうして権威があるように見られるのでしょうか。

2013年10月12日 (土)

田島正樹「スピノザという暗号」(4)

第2章 実在性

1.形而上学的予備考察

実在するとは、どのようなものだろうか?過度に哲学的にひねくれていないセンスで実在性ということを考えるとき、架空の存在─たとえば、桃太郎とか鬼が島は実在しない。無限という数は実在しないが、素数は無数に存在する。頭の中にだけあるような夢や理想の国は実在しないが、見えない次の裏側は実在する。結論から言えば、われわれが実在性にコミットするということは、その対象にアプローチする異なるルートが、同一の対象へいたるということを認めるということである。実在の対象とは、異なるルートを通じて到達することができるねりと言えよう。例えば、我々が使っている茶碗は、手で触れることもでき、目で眺めることもできるが、それによってともに同じ対象へ知覚的に接近しているのである。つまり、手で触れた茶碗と眼で眺めた茶碗は、同一の茶碗であることを我々は了解している。この同一性の了解は、それ自身知覚されているのではなく、むしろ、両知覚の基礎に、その近くの意味了解の前提として、理解されている内容なのである。

 

ルートによって構成される「距離」が、最小単位というものを持つかどうかは、それぞれの空間の性質による微妙な問題だろうが、実在的場所を実在的ルートのうえに指定できるなら、任意の実在的場所同士は、また実在的ルートで結びあい、全体としてネットワークを形成するだろう。こうしてあらゆる実在的場所は互いに実在的ルートで縦横無尽に結び合わされるから、このネットワークはただ一つだけ存在しうるはずである。

実在性というのは、それを持っていれば実在していると言えるような何か特定の性質ではなく、また何か単一のもの(例えば、イデアとか神とか)との関係でもない。したがって場所の実在性の認識は、ある場所(ある特定の存在者)を単独で考察することからは得られず、また超越的根拠の考察からも得られず、それが他の実座的場所と取り結んでいる無数の関連の考察によって得られるのである。しかも、それがいったん実在的場所に加えられるや、今度は再帰的にその場所から到達し得る場所は、また実在的と見なされるだろう。言い換えれば実在性とは、このネットワーク全体に関わることとしてのみ与えられるのでうる。

 

これらの考えを、時間の問題に適用すればどうなるのだろうか?我々は、特定の出来事に対して、異なる複数のアプローチを考えることができるだろう。少なくとも我々は、そのようなことが可能なものとして、この出来事に歴史学的にアプローチしようとするだろう。それは、この出来事を我々が実在的な存在者と見なしているということを意味している。

また、歴史上任意の二つの出来事は、たとえどんなに隔たっていたとしても、なんらかの実在的連関を考えることができるはずのもの、と見なされているだろう。それゆえ、あらゆる歴史上の出来事が、何らかの世界史的連関をもって、一つの全体のなかに含まれるのである。

たしかに過去の出来事は「過ぎ去った」ものではある。しかしそれは、現在われわれが直接作用したり介入することが、もはやできないものであるということにすぎず、われわれの実在性の規準に欠けるところは何もない。ちなみに、ある出来事を「過ぎ去った」ものと見るが否かは、我々の関心に相関的である。この意味で、現在を(過去から区別して)現在たらしめているのは、実在性ではなく、活動性である。

未来の出来事はこれらと同断に論ずことは出来ない。それぞれの未来の出来事は、もっぱらそれぞれの発話と相関的に一定の出来事と規定されているだけで、これらの発話を離れて独立して存在する個体ではない。だから、それぞれのルートを離れて対象は存在しているとは言えず、それゆえ、それぞれのルート(発話)が同一の対象に到達したと見なすことに、意味を与えることはできないのである。

このような時間についての見方は、ちょうど汽車の最後尾の展望車から、後ろに過ぎ去っていく風景を眺めるようなものだと言えよう。前方(未来)は見えず、ただ現在と、次第に遠ざかりいく過去の風景が見えるだけである。時間の経過とともに、ますます多くの個体が実在の仲間入りをすることになる。どんどん新たに人が生まれるだけでなく、多くの出来事が起こるからである。これらの出来事は、どんどん作用の及ばない過去のものとなっていくが、そのことで実在性を失うわけではなく、我々の指示可能な対象であり続けるのである。それに対して、未来の出来事や個体は、厳密には指示の対象ではない。そこに使用されている指示表現は単称名辞ではなく、隠された存在量化表現でしかないだろう。未来の指示は、表面的な文法上は指示表現であっても、指示の論理形式を持っていないのである。時間に対するかかる見方が大きな意味を持つのは、我々の合理性の変更ないし拡張の場面について考察する時である。可能的経験が拡大する時、われわれは、その拡大をあらかじめ予想できない。しかも、拡大した成果は、はっきりそれと知られるのである。重要なのは、たんに予想できないということではなく、可能的経験の拡大という可能性は、当の可能的経験の中にないということである。未来を非実在的なものと見なすということは、そこに超越性の余地を残すということなのである。

2013年10月11日 (金)

田島正樹「スピノザという暗号」(3)

3.惑溺の政治

スピノザが38歳の時、『神学・政治論』が出版された1670年代のオランダはオレンジ公家を中心とする勢力と、新興の都市ブルジョワの支持基盤を置くヤン・デ・ウィットの勢力との対立・抗争の時代として、大きく特徴づけられる。前者は熱狂的なカルヴァン派プロテスタントに支持基盤を持ち、後者は宗教的寛容と宗教・良心の自由(政治的権威からの独立)を主張する都市市民の支持を受けるというように、政治対立と宗教対立がほぼ対応していた。それゆえ、この時代での宗教的発言が、すぐれて政治的意味を持たざるを得なかったことを理解しておく必要がある。

そんな中でスピノザの『神学・政治論』が、ヤン・デ・ウィットの立場に共鳴し、カルヴァン派に対して対抗するために書かれていることは明らかである。オレンジ公勢力がカルヴァン派の僧侶を使って民衆の迷信につけ込み、来世の脅しを使って政治的煽動を使用としていることに対して、スピノザはその宗教的権威が聖書の正確な理解に基づくものでないことを示すことによって、そのイデオロギー的基礎を掘り崩そうとしたのである。スピノザには、そのために動員できる十分な知識があった。

スビノザは24歳の時に、ユダヤ社会から呪いとともに永久追放されることになるのだが、それまでにかなり徹底的に聖書を研究し、その研究を通じて、やがてユダヤ教の正統権威に疑問を抱き始めたのに違いない。そして、己の精神の自立の根拠をただ聖書自体に求めて、この正統権威に対して己の心の内深く秘かに闘った時期があったに違いない。なぜならそんな時、正統権威とは違ったところによりどころを求めようとしても、そのようなものをはじめから認めない正統権威は、びくともしないからである。正統権威にとって脅威となるのは、同じ権威に基づきながら、それを内側から突き崩す解釈と理解のみである。スビノザは、自分自身の聖書解釈によって正統権威を徹底的に批判し得るようになったことが、他の様々な新思潮へと目覚めさせることになったのである。

権威あるテクストの片言隻語を文脈から切り離して理解し、大げさで感情的な象徴的価値をそこに付与してそれに固執するような傾向、「惑溺」と呼ぶべき心性を、スピノザは見抜いていた。スピノザは、ユダヤ教正統指導者たち宗教への批判を深めていくうちに、しだいに宗教一般の権威が、かかる精神の惑溺と不可分であり、宗教的権威は、巧みにシンボルへの惑溺を助長することによって、信者からの自律的理解力・判断力を奪い、みずからの信徒への支配と呪縛を強化するのだ、ということに気付いて行ったのである。

信仰という関わり方の中には、本質的には不安定なものがあらねばならず、信仰内容が一定のまま、それを後生大事に維持していればいいといったものではない。一方では、隠れた神に対してつねに「うめきつつ求め」つづけ、自らの乏しい信仰内容をたえず豊かにしていくことが求められると同時に、他方では、自分が信じたつもりになっている信仰が、実際には他人の信仰を模倣した形ばかりのものではないかどうか、たえず自己吟味し、解体をくり返すべきものであというように、信仰は絶え間なき動揺のなかにありながら常に更新されるものとして、かろうじて存在し得るだろう。ところが、シンボルへの惑溺や律法主義的ファンダメンタリズムは、固定的な信仰箇条のひとつひとつに自己目的的に固執し、それによって、己の信仰を一つの確固たる所有物に代えてしまう。それというのも、その「信仰」が、己の権力をふるうための権威づけの口実にされてしまうからである。そうなると、超越的なものとの関わりに本来存在する生き生きとした動揺─解体と再生をくりかえしつつ、われわれの思惟と吟味を刺戟することで更新される関係─が阻止され、うってかわって硬直した形式が、それ自体信仰そのものであるかのように、そして善悪の基準そのものであるかのように象徴化され、わけのわからない物神に祭り上げられていくのである。

それ故、それに対して内在的に理解しようとするアプローチは、その「信仰」に対して、解体的作用を及ぼさざるを得ないのである。なぜなら、内在的に理解されるべきなにものもそこに存在しないことが、イロニカルに暴露されてしまうからである。聖書を聖書自身から理解するという徹底した「内在主義」は、同時に、聖書の言葉を聖書全体から理解するという「全体論的解釈」へと導くだろう。聖書解釈を通じてスピノザが若くして確立したこの二つの態度こそ、われわれがのちに見るように、生涯を通じて彼の哲学の根底を形成した、最も重要な要素をなしているのである。

スピノザは、預言者たちへの神の啓示について、「預言者たちは、神の啓示を表象力の助けを借りてのみ把握したのだ、換言すれば、言葉あるいは像─それらが真実なものであるとたんに表象的なものであるとを問わず─の媒介によってのみ把握したのだ」と記している。掲示が預言者に理解可能なものとして示されるためには、これ以外にありえないのである。なにか超人的な手段に神が訴えることができたとしても、われわれ人間にとってそれが理解できないものであれば、何にもならないだろう。むしろ、預言者のそれぞれが持っている気質や考え方の違いに応じて、それぞれに理解できるやり方や表象されるイメージにも違いが出てこざるをえない。

啓示は、いったいどこからそれが啓示と知られるだろうか?モーゼに啓示された掟を、どうしてモーゼは神からの啓示と知ることができたのであろうか?神の言葉に、一声聞いただけでそれと分かるような特徴(音声)が備わっているわけではない。もしそんな特徴があったとしても、それが神の声の特徴であるということが、どうしてわれわれに知ることができるのかと問うならば、結局同じことになるだろう。われわれにそれが神の声だと判断できる根拠がなければなんにもならないように、神の声の特徴にも、それを判断する基準を手に入れるために、われわれは、神の発言だということをすでに別の根拠から知っている、様々な発話資料を手にしているのでなければならない。掲示の内容が立派であるとか正当であるということからしか、それが啓示であるとは知られ得ないはずなのである。少なくとも不合理で支離滅裂であったり、矛盾を含んでいては、それらは理解できる内容を持たないだろう。しかし、啓示の内容を立派で正当であると我々が判断し得るためには、そう我々が判断する基準自体は、我々の常識的価値による他はなく、それ自体を啓示によって与えられることはできない。

デカルトは、我々の道徳律は神の命令であるからという以上に理由はなく、神の意志を我々の道徳的価値で忖度することはできない、と言う立場をとった。しかしその場合、なにゆえ神の命令に従うことが道徳的価値を持つのか、全く理解できないことになろう。たとえ神が万能の権能をもつからといって、我々には服従すべき倫理的義務が生じるわけではない。倫理気価値は、現実に営まれている社会と別に存在するものではなく、それらの営みへの自らのコミットによって生じるものであり、我々に唯一可能な倫理学は、かかるコミットの細部の価値直観から出発し、できるかぎりその直感的判断を生かしうるように、それらの間に整合的で首尾一貫した判断を結果するような価値原理を探求する倫理学だろう。たとえ我々が整合的で体系的な倫理学を持ったとしても、少なくともその大部分が我々の倫理的直観に裏付けられたものであり、またそれを理論的な正当化するものでない限り、我々の倫理の理論とは言えないだろう。かくて、倫理的価値の源泉は、日々の社会的営みのなかにあり、外からそのようなものを啓示する必要はない。掲示ということがなされるにしても、それはすでに我々が知っていながら十分には意識していないようなことに新たに気付かせるようなものとしてしか、なされえないのである。そうだとしても、それが全く新しいものをもたらさないことにはならない。

しかし、ユダヤ教やカルヴァン派の僧侶が啓示に見るのは、このような倫理的新機軸ではない。むしろ、日々の倫理的関心と切り離されたところに、それらを超越する権威を作り出し、その権威を笠に着て、ひそかに人々を支配しようとするためにこそ、片言隻語への象徴的惑溺が利用されるのである。人々の倫理的創意工夫を解放するどころか、それを封殺し、すべてを、僧侶によって組織的に煽動された盲目の党派性に動員することが問題なのである。

スピノザの哲学は、その出発点からして、かかる頽落した宗教的精神による惑溺と、ルサンチマンによる大衆の煽動を直接の標的としていたが、宗教的権威筋のほうでも、そのことをはじめから過たずに察知していたのである。若いころの、ユダヤ教内部での闘いを通じてスピノザが身につけていった基本戦略が、いかに根本的に彼のその後の形而上学を特徴づけているか。

2013年10月10日 (木)

田島正樹「スピノザという暗号」(2)

2.感情の治療学

『エチカ』第五部の序論で「感情の治療学」としての論理学を展開している。

我々は、様々な感情や欲望(衝動)を持つが、その真の原因を知らない。とりわけ問題なのは、我々の中にわき起こり強い力でわれわれを支配してしまう否定的感情である。憎悪、絶望、卑下、恐怖、憐憫…これら苦しみ(悲しみ)を伴う感情を、スピノザは非十全的な認識によるものと見なし、それゆえその原因の十全な認識を与えることによって癒すことができると考えたのである。

スピノザは友人のファン・ローンという人物が重い鬱状態に陥った時、そのきっかけと思われたレンブラントの死に正対させるため、レンブラントの思い出を綴ることを勧めることを通して、ローン自らの感情を再認識するきっかけを与えた。それはさながらフロイトの精神分析学を想わせる手法であった。そこで実際にスピノザが施している「治療学」はファン・ローン自陣の言葉の中に、本人自身が気づいていはいない感情の地下水脈を探り当て、それを本人自身が気づくように促す体のものであった。いったいどこから、スピノザはこのような知恵と技術を自分のものとしたのだろうか?『エチカ』第三部に見る感情論では、心理学を生物学に還元し、感情を生物体としての健康の指標としか見ていない。そんな粗雑な心理学で、どうしてファン・ローンの病気を治療するような繊細な心理的洞察が得られたのだろうか?

スピノザはそもそもどのような問題意識から、その感情論や心理分析に手を付けたのだろうか。その手がかりを、われわれは倫理と密接に結び付いた諸感情についてスピノザが語っている言葉に求めることができる。「憐憫」「謙遜」「後悔」「自己卑下」等の感情は、伝統的にキリスト教的道徳と密接に結びつけられているのである。己の高慢が゛運命の試練の前に罰せられ、後悔と悔恨の中で悔い改め、従順な神の僕へと立ち返る。そこから己を低くし、謙遜を学び、隣人の弱さに対しても憐憫を抱くにいたる。こういう魂の悔い改めのドラマが考えられているのである。ところが、スピノザは、これらの諸感情に対して悉く低い評価しか与えていない。

「高慢」が自己に対する真の認識に基づかぬ、思い上がった盲目を含んでいるのはいいとしよう。しかし「謙遜」についても全く同様に考える。すなわち、「みずからの至らざるところを率直に直視すること」は、なんら「率直に直視」することではない。このような「謙遜」はけっして自らの中立的・客観的認識などではなくたんに「自己の無能力を観想することから生ずる哀しみ」にすぎない。「自己の無能力を観想する」とあるのも、「自己の無能力」という客観的事実に対する認識という意味ではない。もし、本当に自己の客観的事実に対して十全な認識を持ち得たとしたら、そこから必ず理性に基づく能動的活動が湧出するはすであるのに、ここではただ非十全な自己認識に伴う悲しみしか存在しない。ここには悲しみという受動的感情に支配されることによって生じた無力があり、その無力から生まれる悲しみがある。そこには非十全な認識の兆候があり、理性と能動性の欠如の証拠がある。ということは、自己の非を認めて「自己批判」するということは、どこか外部から押し付けられた理想とか、価値尺度を盲目的に受け入れ、そのもとで自己の中に欠けているものを述べているだけである。ここには、何故その理想や価値尺度を自分が受け入れたのかという理由の吟味もなければ、何ゆえかつての自分がそれとは違う理想や生き方をしていたのかの総括もない。理想はいわば口実に過ぎず、だからこそ、厳密な吟味もないままにやすやすと乗り換えることができてしまう。つまり、己の内的な統合を欠いた権威主義的な心性を示すものでしかない。結果的に、自己卑下は、自己の無力さの認識ではなく、無力さそれ自体の兆候に過ぎず、重要なことは、過去や現在の自己を否定することではなく、それを肯定する筋道を見出すことである。

安直な反省は自己欺瞞でしかない。行為や情念や信念の統合である自己自身は、何らかの合理性や内的一貫性を要求するだろうから、そのような自己にとって、何らかの自己認識は、そもそも自己として存在するうえで不可欠だろう。しかし他方、行為が自己認識を契機として含まねばならないのと同様、自己認識もまた、自らの中に行為の契機を含まねばならず、それを単なる静観と見なすわけにはいかないのである。つまり自己認識は、自らの能動的・積極的な本質に注目して、それを未来に向けて解放し、完成へと導くものでなければならないのである。

一方、「悪」を否定したり、「欠点」を反省したり、「悪徳」を非難する道徳に対して、スピノザが語る言葉は辛辣な調子を帯びている。まるでニーチェのルサンチマン道徳への批判のようである。自らの内部に充実した活力を感じない人々は、生き生きとした活動を発揮しつつある人々に対する嫉妬と怨恨にかられる。しかし、彼らの自己認識は曇っているために、みずからの無力に比べて他者の活力を、しばしば自分が所有しえない名誉とが富とか、その他に類する偶然的なもののせいにしてしまう。これは、みずからこれらの欠如としてとらえる錯覚を含んでいる。その上で、これら偶然的な所有物の価値を見下し、そのように見下すことのできる自己を高める倒錯した価値尺度を偽造するのである。超越的な価値尺度を掲げる人々は、それに照らして人々の様々な欠点を指弾するのだが、次第にこの尺度を達成困難なものに吊り上げることによって、万人を罪人にしてしまう。こうなると、はじめに、たとえば律法が持っていたような、価値尺度としての実質的役割はなくなってしまう。いまや問題は、律法を守るかどうかではなく、自分の「罪」を自覚するか否か、ということになる。己の罪と弱さをすすんで認めることが、唯一の価値としてでっちあげられるのである。

2013年10月 9日 (水)

田島正樹「スピノザという暗号」(1)

第1章 スピノザの出発

1.歴史的背景

多くの人々が、この哲学者に特別の愛情と尊敬を払ってきた。それもこの場合、けさしてその学説にだけ向けられたものいではなく、むしろ彼を取り巻くいかにも神秘的で静謐な雰囲気とか、数少ないエピソードにもうかがわれるその人柄によるところが大きいだろう。それというのも、彼の著作はたいていとりつくしまもないそっけなさを装い、よほどの覚悟と執念をもって近づく者にとってさえ、ほとんど絶望させるほどの難解さで武装しているために、その学説に魅せられる言いうるほどまでにそのふところにとりいることは、なみたいていのことではないからである。

私見によれば、ライプニッツとスピノザは、一見するところよりずっと大きな共通点があるのだが、ライプニッツのほうがいわば玄人好みの哲学者であることは確かだろう。ライプニッツの学説は、一見したところ荒唐無稽に思われたものが、読めば読むほど深みを帯びてくるといった体のもので、細部に立ち入るにしたがって、ますますわれわれはその鋭さに舌を巻くことになるのである。これに対して、スピノザの難しさは一見したところのさらに先にある。すなわち、一見したところもけっしてやさしくはないが、より大きな困難は、深く立ち入るにつれて見えてくるように思われる「粗雑さ・荒っぽさ」によって、われわれの勇気が挫かれてしまう危険なのである。なまじ哲学的素養のある人ほど、やがて疑惑にとらわれることになる。「果たして本当に偉大な哲学者なのだろうか?」このような疑問が専門家をとらえやすいのは、この哲学者の言葉づかいが伝統的なそれと大きくずれていて、何か恣意的な、アマチュア的手仕事のように感じさせるという点が大きい。

2013年10月 8日 (火)

八木雄二「天使はなぜ堕落するのか─中世哲学の興亡」(10)

普遍論争

まず普遍論争は、普遍についての論争というより、「ことば」が持つ「意味作用」についての論争であった。しかし注意すべきは、第一に、言葉は「声」となって発生するということである。つまり物質的には、言葉は「文字」であるより先に「声」である。実際、言葉による論争は口角泡を飛ばして行われる。論争で声が小さければ、それだけで負けてしまいかねない。言うまでものないことであるが、言葉は単なる声ではない。

さて、「ことば」は何らかの意味を持っている。「花」といえば、私たちはその意味を心に思うことができる。しかし、この意味が指し示しているものは、一体どこにあるのか、これを見定めなければならない。例えば、「人間」という言葉がある。この言葉が指し示しているもの、つまり人間自体は、ソクラテスやプラトンの中にあるのか、それとも外にあるのか。もしも人間がソクラテスの外にあるとすれば、どうして「ソクラテスは人間である」と言えるのか、全く分からなくなる。なぜなら、外にあるなら、人間とソクラテスは、それぞれ別の異なるものでなければならないからである。つまり、「ソクラテス」は「人間ではない」と言わなければならない。反対に内にあるとすれば、「人間」は、ソクラテスはプラトンの部分なのだろうか。ならば、ソクラテスやプラトンの中には、「人間」の部分以外に、「人間でない」部分があることになる。つまりソクラテスは「人間」と「非人間」の合成物である、と言わなければならないことになる。だとすれば、「ソクラテスは人間である」と述べることは間違いであって、「ソクラテスのある部分が人間である」と言わなければならない。逆に言えば、「ソクラテスの他の部分は人間ではない」と言わなければならない。では、「ソクラテスの理性は人間である」として、その一方で「ソクラテスの顔は人間ではない」ということだろうか。言うまでもなく、これは明らかに事実ではない。

この問題は、実質的に言えば、プラトンがイデア論でぶつかった問題の再発見である。ソクラテスが「人間」のイデアを分有して人間であるというなら、そのときイデアはソクラテスやプラトンの上から覆いかぶさるように、イデアの全体が分かたれずに両者にあるのか、それともソクラテスやプラトンが人間にイデアの一部を食い千切って持つように、異なる一部をそれぞれが分け持つ仕方であるのか、というのである。まず、ソクラテスにしてもプラトンにしても、各々その全体が人間であると考えてみよう。しかしそうだとすると、両者の「違い」の部分は人間ではないということなければならない。なぜなら人間である限り「同じ」であるからである。しかし疑いようもなく、ソクラテスの顔とプラトンの顔は違う。では顔の違いは「人間」の違いではないのだろうか。まさかソクラテスの顔はロバの顔で、プラトンの顔はキリンの顔だ、ということはないだろう。したがって、「人間」はソクラテスやプラトンの全体ではない、という結論になる。では、「人間」はソクラテスやプラトンの部分なのだろうか。しかしこの場合でも「違い」は「人間」である部分とは違う部分になければならない。したがって、ソクラテスとプラトンの違いは、やはり人間の違いではなく、ロバとキリンの違いである、と言わねばならない。言うまでもなく、これも事実とは異なる。あるいは、「人間」のうちには理性と身体がある、と一般に言われる。ところで、ソクラテスとプラトンは、「人間」のうちでは同じである。言い換えると、人間としては、ソクラテスとプラトンに上下の違いはない。したがって両者の違いは、「人間」の部分である理性の違いでもないに違いない。しかし、理性においても身体においても両者が同じなら、両者は同じ人間でなければならない。しかし、ソクラテスとプラトンは別々の人間であって、同じ人間ではない。こうして「人間」をソクラテスとプラトンの部分として見ることもできないことが分かる。このように見てくると、例えば「人間」という「普遍」を選んでみても、言葉が意味するものは心の外に広がる存在の地平でどのようにあるか、全く分からなくなる。

アベラールは、この事実に気づいていたのだろう。彼が出した結論は、何らかの普遍を意味する「ことば」は、存在とは関わらない、つまり「普遍を示す言葉は存在にコミットしない」というものであった。彼はその証拠として、「ここにバラはない」と言う時、この言葉は一切のバラがない状態を指していながら、にもかかわらず、意味あるものになっていることを挙げる。つまり「ことば」としては有意味で、その対象は無である。したがって「ことば」は本質的に不在にコミットしない。これが唯名論の基本的なスタンスである。「ことば」をあくまでも言葉の世界にとどめて、存在にコミットさせないのが唯名論である。そして、言葉を用いる論争において、存在にコミットするものたち=実在論者に対しては、その矛盾を突いて攻撃するのである。しかしながら、このような唯名論の立場に立つなら、いかなる命題であれ、その真偽は存在において決定されるのではなく、あくまでも論理の内側で決定されるのではなければならない。だとすれば「神の存在」という「ことば」も真に存在にコミットできないということでなければならない。けれども、もしそうだとすれば、神の存在を信じることで成り立つキリスト教信仰はどうなるのか。神の存在を語ることは「ことば遊び」に過ぎないことにならないだろうか。信仰はことば遊びなのか、これは大問題である。このように考えれば、著名な神学者たちが、<実在論>の側に立って、<唯名論>に反対した理由は明らかである。「ことば」が存在以上にコミットできないのであれば、神の存在について論じる神学は、決して成り立たない。

実在論者側の答えは、「ことば」が存在にコミットできるという保証をしているのは、まさしく「神」に他ならない、というものである。すなわち、「ことばは神である」。これを信じるのがキリスト教徒である。この世界の存在もわたしの存在も、その「神」が作ったのであるから、「ことば」は存在にコミットできるし、そうでなければならない。それゆえ、実在論者らよれば、あなたが信仰を持つなら、言葉の真偽は存在において規定される、と考えなければならない。逆に言えば、唯名論は不信仰の徒である。

2013年10月 7日 (月)

八木雄二「天使はなぜ堕落するのか─中世哲学の興亡」(9)

第5章 古代からの継承と普遍論争

アウグスティヌス

紀元410年、アウグスティヌス(345~430)は、晩年を迎え、キリスト教会の司教として北アフリカにいた。そんな状況の中で永遠の都ローマが攻略されたことを聞き知る。

彼の「神の国」を読むと、彼の哲学に関するすべての仕事は信仰のためであったと納得することができる。例えば、近代哲学の父デカルトに「われ思う、ゆえに、われあり」という人口に膾炙した言葉があるが、この言葉はアウグスティヌスに元があると言われている。実際初期のアウグスティヌスの著作の中に「わたしが疑うがゆえに、わたしがあることは確実である」という言葉がある。あるいは「神の国」でアウグスティヌスは自分のこの考察を思い出して、再度「わたしが欺かれているのなら、わたしは存在する」と述べている。たしかに、両者の言葉は論理的には同一の論であろう。しかし、デカルトの場合、あらゆることを疑ってかかる考えには、翻って自己の存在を確信する思いがあるとしても、少なくともその言葉には、それ以上の意味はない。わたしが考えているのなら、その考えているわたしが少なくとも「ある」ことは確実である、ということだけである。言い換えれば、ただ考えること、哲学することに確かな存在根拠があることを「わたし」を通じて確信するだけのものである。これに対してアウグスティヌスの場合、彼が「疑う」こと、あるいは「欺かれる」ことを取り上げるのは、表向き自己の存在が確実であることを証明する意図があっても、裏に別の意味がある。というのも、疑うことや欺かれることは、自分が「信じる」こと、あるいは自分が「欺かれない」ことと裏腹の事態だからである。つまり「わたしが疑う」という言葉の裏には、「わたしが神を信じている」という言葉が隠れているのであり、「わたしが欺かれる」という言葉の裏には、「神を信じるように勧められたわたしは欺かれていない」という言葉が隠れている。アウグスティヌスが見出そうとしているのは、自分が神を信じる根拠、信仰に欺かれない根拠、すなわち、信仰の根拠としての自己の存在確信である。「疑う」わたしが確実なら、「信じる」わたしも同じくらい確実である。「欺かれている」わたしが確実に存在するなら、そのわたしが「欺かれないでいる」ことも十分にありうる。したがって、わたしが神を信じることには十分な根拠がある─これが彼の言葉の隠れた意図なのである。すなわちアウグスティヌスは、自分の身体的生命の砦となってくれる国家の城砦を失う中で、恐れと不安を懐きつつ神を信じる砦となる自己の存在を確信する哲学を展開したのである。

 

ボエティウス

アウグスティヌスが死んでから50年後に生まれたボエティウス(480~524年)は、哲学史において一般に「最後のローマ人」と言われる。彼はアウグスティヌスと同じくキリスト教徒であるが、アウグスティヌスと違うところは、彼がローマの名家に生まれた王宮の学者であったことである。アウグスティヌスと同様、彼はキリスト教徒であると同時に古典的な教養を十分に身に着けていた。彼は中世に引き継がれていく「音楽論」を書き、アリストテレスの哲学に基づく学問体系論やペルソナ理論を含む「三位一体論」を書いている。しかし彼の計画は処刑という惨たらしい事実によって頓挫してしまった。彼の仕事はアリストテレスの範疇論と命題論をギリシャ語からラテン語に翻訳し、註釈するところまでで、ふいに終わってしまったのである。

言うまでもなく論理学も文法も、言葉の使用に関する研究として、キリスト教哲学における特殊な重要性を持つ。キリストは「ことば」であり、正しい言葉の使用こそ、キリスト教哲学を成立させる枢要な基盤だからである。その問題は、キリスト教が独自に持つ三位一体論の問題の中にも表われる。ここで簡単に問題を示しておこう。論理学は複数の命題(文)によって推論を構成されなければならない。一般的には、命題の中で主語と述語が、主語の概念を述語の概念が包摂する関係にある場合まったく正しい命題になる。例えば、人間は動物であるという場合、述語にあたる「動物」という概念は、主語にあたる「人間」の概念を包み込んでいるので、この命題は正しい。たしかに人間についての正確な描写となる命題は、より狭く「理性的」という限定をつける必要がある。このときには、「人間」と「理性的動物」は同じ広さの概念(外延が同じ)であるという理由で、主語と述語を入れ替えても正しいことになる。つまり人間は理性的動物であると言っても、理性的動物は人間であると言っても正しい。しかし、主語が個人となる時はあっても、述語が個人となる時は限定される。なぜなら、述語は主語と同じ外延を持つか、より広い外延を持たなければならないからである。例えば「ソクラテス」を主語にしたときには、人間であるとか、有名な哲学者であるとか、色々な述語が置けるが、「ソクラテス」を述語に置くときには、ソクラテスそのものを主語にすることに限定される。なぜなら、個人は唯一性を持つからである。これと同じことが、キリスト教の神のペルソナ(位格)についても言える。神におけるペルソナの一つを取り上げて「父は神である」も、「子は神である」も正しいが、両方とも神であるからといって、「父は子である」とは言えない。また、たしかに神も唯一であり、父も唯一であって、その意味では外延が同一になるが、だからといって、単純に「神は父である」は、正しくない。なぜなら、父だけでなく、子も、聖霊も、神だからである。簡単に言うと、ペルソナは絶対的な究極主語であって、述語になり難い存在なのである。したがって、父も、子も、聖霊も、主語的性格が最高度に強い存在である。他方、神の本質も唯一であり、世界に対しては絶対的な主語的性格を持つが、ペルソナに対してはそれらに共通の性格として唯一の正しい述語となる。このような問題は文法的問題であり、論理の基盤の問題として中世哲学では扱われる。「文法的」という言葉は、中世のキリスト教的文脈においては、「神的」という意味に近づく意味を持っている。「ことば」は神的であり、「ことば」は「文法」に従って正しい「文」を作り、正しい文は推論を構成して正しい結論を得ることで、学問、知識が形成される。それゆえ、文法の理解は、言葉や文の理解において、そして知識、学問の理解において、絶対的とも言える位置を持つ。それゆえ、決して蔑ろにできないものである。それ故中世では、一般人にとってラテン語文法を学ぶということは、知識に近づく唯一の道であった。そしてそれは神に近づく道として受け止められていたのである。

ストーカーに遭う気分?

以前に引き継ぎのことで愚痴めいたことを書いてしまい、我ながら恥ずかしい限りだったのですが、性懲りもなく繰り返してしまいそうです。引き継ぎを通じて、相手に言葉が通じていないことに愕然とし、それは私が独善的になっているのかもしれないと反省し、仕事に限らず、まずはコミュニケーションを成立させることから、ということで、とにかく下手な鉄砲も数撃てば当たる、と思い、話の一致点を探すことにしました。その一地点から、互いに仕事上の言葉の解釈が違うことを認識し合い、すり合わせていくことができるのではないか、と思っていたのですが…。

相手は、コミュニケーションが成立していないとは、どうやら思っていないようなのです。今までの苦労はなんだったのだろう。数日前、清水の舞台から飛び降りるような決心をして、その相手に、このブログを読んでみるように勧めました。その相手は怒るだろうし、そうでなくても私に対する接し方は変わるのではないか、と思いましたが。それは全くありませんでした。考えられるのは、相手の人が、ブログを読むことをサボったか、読んでも自分のことを言われていることに気づいていないか、私に対して何の感情ももっていないのか、などといろいろ考えました。

その後も、私のアドバイスに対して、その場では耳を傾けているように見えて、次の時には、そのアドバイスを全く無視したものが出てくる、ということが繰り返される。そして、どうやら、私はアドバイスが通じていないか、シカトされたと思っていたのに反して、相手は、全くその自覚がないようなのに気が付きました。

これは変な喩えかもしれませんが、ストーカーに纏わりつかれた被害者が、そのことをストーカーに伝えても、そのストーカーにはつきまとっているという自覚がなく、そこにコミュニケーションが断絶しているのに似ていると思いました。

私が一方的に責任感を感じてやきもきしてもしょうがない、独り相撲というのは、こういうことかもしれない、と。

2013年10月 6日 (日)

「福田美蘭」展

Fukudapos 2013年9月13日(金)東京都美術館

人間ドックで肺の精密検査を勧められて、翌日病院へ赴いたところ、即日入院となってしまい、その後社会復帰まで2週間を要することとなりました。そのあと、少しずつ身体を慣らしていく途上のことで、都心の用件が早めに終わったので、無理のないところで、と寄って見ることにしました。あまり気を張ってしまうと身体に堪えるかもしれないので、軽い気持ちで眺めるのもいいかもしれないと、選んだ展覧会です。

諧謔をこめたユーモアとウイットに富んだ作品ということになるのでしょうか。例えば美術館のエスカレータを降りて展示室に入るとすぐに目に入る『銭湯の背景画』という作品、東京の銭湯では富士山の壁絵が一般的ですが、そこに企業の宣伝ロゴマークを隠し絵のように偲ばせて、それを画面から見つける宝探しのような楽しさとでもいうのでしょうか。それを、銭湯の壁絵と見紛うような画面の中に巧妙に置いています。一見楽しい。芸術とか、現代アートに対して馴染みのない人が、その垣根を取り払うものとして、それなりに楽しまれる、のかもしれません。と思って、私は、何か居心地の悪さを感じざるをえませんでした。それは、この作品だけに限らず、そこに展示されていた作品全般に対して感じたもので、その結果、ひと通り展示を見た後、重いしこりのようなものを感じて、かなりの疲労を感じたのでした。ストレスのたまる展覧会だったというのが大きな印象です。

Fukudafuro 思いつくままにお話ししていきたいと思います。まず、『銭湯の背景画』というのは、一種のパロディとなっていると思いますが、この富士山を描いた画面が銭湯の壁絵には私には見えませんでした。パロディと言うのは、もともとのパロディるものがきちんと特定されないと効果が出ませんが、そのベースとなる銭湯の壁絵がそうなっていないと、それはパロディとして成立しません。たんに富士山を描けば銭湯だとでも思っているのか?と茶々を入れたくなります。私の経験で言えば、富士山の手前に湖や海が描かれるのは、この作品も同じですが、銭湯の壁絵はその手前は必ず水面になっているということが常識的と思っています。それは、遠く霊峰富士を源として発した水が湖や海となって手前に届き、そのこちら側に湯船があるということで、その湯船の水は富士の霊的な水とつながっている、つまり、銭湯の湯船は身を清めるということを象徴的に表わしているというもののはずです。だから、福田の作品のように手前に木を配するというのは、私からみれば、富士山と湯船の連続性に障害物を置くことになりルール違反です。しかし、美術館を訪れるような人には、それでもいいのかもしれません。

Fukudaymi そのことが、第二の引っ掛かる点です。美術館に来る人は銭湯などには行かないものです。(かなり断定的ですが)これは、福田のような試みが誰を対象にしているのかということです。福田も作品を書いて生活の糧を得ているはずで、絵が売れなければ生活できないと思います。その時、もし現代アートが難しという壁を取り払う、ということを目指しているとしたら、ふつう美術館に来ないような人々を対象とするべきということになります。マーケティングとしては、従来顧客をほかのライバルと奪い合うよりは新しい顧客を開拓する方が競争を避けられるので、場合によっては賢明な選択となるでしょう。だとしたら、今までとは違う販路や販売方法を検討しなければなりません。そのとき、美術館で展覧会をすることを安井賞とかいう美術賞を受賞することに何の意味があるのか、かなり厳しい言い方ですが。そして、件の銭湯の壁絵です。本来なら美術展になどに出掛けてこない人々を対象としているはずなのに、美術展に出掛けている人に納得してもらえばいいと言う作品になっている。だから、見ていて中途半端なのです。単に目先を変えて、奇を衒っているとしか思えなくなってくるのです。その程度のものなのでしょうか。そう切り捨てるのは簡単なのですが。実際のところ、西洋名画のパロディ的な作品も多く展示されていますが、正直言って元の絵を知っていて初めて楽しめるという程度で、パロディとしては底が浅いのです。ただし美術展に来るような人々が、多少の知識をもっていて、そのプライドをくすぐり、パロディのもとの作品を知っているという優越感を抱かせるようなものに見えてきます。私は、そういうくすぐりのような媚びを好きではありません。

Fukudabush そして、第3の点として、『銭湯の背景画』がそうであるように、この作品は企業のロゴマークが隠し絵になっていると言葉でコンセプトをほとんど全部説明できてしまうのです。この説明を受けて、実際に『銭湯の背景画』をみると、その確認で終わってしまう。作品にそれ以上のものを見つけることができませんでした。わざわざ作品を目で見るだけの価値が感じられず、コンセプトだけが重要で、それが独り歩きしているのです。逆に、何の情報もなく作品だけを見たときに伝わらないのです。と言って、作品を見て自由に想像や解釈してくれればいいというほど、画面自体に力がない。そのせいか、展示されていた作品の一つ一つに福田自身による解説がつけられていました。しかし、この解説は日本語しかなかったので、会場にいた外国人には読めなかったようで、難しい顔をして作品の前で考え込んでいたように見えました。福田には、文句を言っているような言い方ですが、9.11のニューヨークのテロ事件に対しての作品や3.11の東日本大震災に対しての作品は、本人も真摯に考えて制作されたのかもしれませんが、あえて作品とする意味が、私には理解できず、そう考えたら、しゃべったらいいじゃないの、どちらかと言えば、しゃべった方が手っ取り早いのではないか?と言いたくなるような、解説の言葉以上のものは何もない(私の感性が鈍いのかもしれません)ものでした。

そんなことを考えているうちに、一過性の衒いとして何も考えず嗤い飛ばせば、それでよかったのかもしれませんが、食い足りなさと何の意味があるのかと袋小路にハマったような感じの、重苦しい印象の残った展覧会でした。

PS このようなことを書いたからと言って、私がパロディとか諧謔とか、そういうものが嫌いと言うわけではありません。「モンティ・バイソン」は東京12チャンネルで最初の放映を、本編の後の3分程度の当時無名だったタモリのギャグとともに楽しみにしていましたし、鳥山明の「ドクタースランプ」に次々に登場するパロディキャラは大好きでした。

2013年10月 5日 (土)

八木雄二「天使はなぜ堕落するのか─中世哲学の興亡」(8)

私たちは「ことば」を何気なく使っていて、その使用を特に問題視することはない。ところがヨーロッパでは問題意識が異なる。それが「文法理論」に表われる。ヨーロッパには文法研究の長い歴史があるが、日本にはまだあまりない。日本人はこれまで外国語を学ぶ際の道具としての外国語文法しか見ていないで、自分たちが使っている言語の本質的理解のための道具などとは思っていない。日本人は文法そのものには興味がないのである。

ヨーロッパでも初めは、文法の研究はギリシャ語やラテン語という外国語を理解するためのものであり、読み書きの文法としてであった。修道士たちは外国語であったラテン語を学び、その際ラテン語の文法は常に意識された。ラテン語文法の学習は、上級ともなれば、単なる文法書を読む、ということではない。むしろ文法を学ぶとは、言葉を巧みに操る修辞学を身に着けることまで意識し、広い意味を持っていた。また「文法」を学ぶ際には、ラテン文学の作品を通じて異教的なものを学ぶことになる。したがって、キリスト教会から見ると、道徳的に危険なことを学ぶことでもあった。

さらにキリスト教の精神的影響によって、文法の研究に新しい意味が加わった。

哲学で問題にされる「文法の研究」とは何かなると、次のような説明しかできない。すなわち、それは音楽を理論化することと似ているということである。音楽は、ある音階の音によって構成されている。言葉もまた発声された音の連なり、つまり音節を単位にして構成されている。音楽にはリズムやメロディがあるが、それとは別に音階の調和が問題となる。そしてそれは二分の一の分割によるオクターブの違いと三分割による和音の作成を基礎にしている。三の倍数と二の倍数は割り切れない。それはちょうど地球の自転と公転の周期が微妙にずれていて、それを調整するために、閏年を入れなければならないことと似ている。ドレミを決めても、和音を正確に作るためには微妙な調整が必要になる。音の協和音を守りながら音程を当てはめるためにはどうすればいいのか、主に音楽理論はこの計算によって成り立っている。また周知のように、さらに歴史を遡れば、ピュタゴラスの和音の比例の発見にまで関係する。したがって、音楽理論は古代ギリシャ時代から数学的な研究であった。そのため伝統的な美しい音楽の作曲には計算が必要とされている。

しかし、似たようなことを「ことば」で実現しようとしても、ことばには分量的な比に基づく要素がない。音楽と言葉の間に見つかる類似性は、音節という音の連なりがあるだけである。見方によれば、音楽と言語は似た所より違いの方が大きいとも言えそうである。ところが、キリスト教を知ったヨーロッパ人は、そうは考えなかった。音楽に理論を見出そうとする探求が古代ギリシャ以来あったように、言語に理論を見出そうという探究が中世に起きたのである。この探究がいささか特異な「文法」理解を生んだと推測される。つまり中世のヨーロッパ人の考えた「文法」というのは、音楽の理論が理想の音楽を作るためであったと同じように、文法を理想の言語として作るための様式と見られていたらしいのである。その様式が分かれば、言語は正確に美しく作られる。ちょうど音楽理論によって、音楽が不協和音を避けて美しく作られるように、である。この背景には、「ことば」を神とするギリシャ的なキリスト教思想がある。よく知られているように、「ヨハネ福音書」の出だしに、「ことばは神であった」という言葉が述べられている。神が言葉を語り出し、その言葉が神と同等のものと見なされ、その言葉によって世界が創造されたと考える思想である。それが、合理主義のギリシャ思想の影響を受けたキリスト教思想である。成立したのは、紀元2世紀と見られる。しかし、もしも神が言葉であり、世界が言葉によって造られたとするなら、言語の研究は神の研究であり、言葉が発せられる様式の研究は、キリスト誕生の様式の秘密に迫ることである。しかもそれは、同時に世界の創造の秘密に迫ることである。したがって言語の研究、つまり文法の研究は神学的な背景をこのときから持つことになった。

カンタベリーのアンセルムスの作品の中に「グラマティクスはどのようにして質であり、実体であるか」というのがある。この「グラマティクス」とは、英語の「グラマー」すなわち「文法」に派生する言葉、強いて訳せば「文法を身に着けた人」を意味する。ここでの「文法」は、あくまでも神が言葉を発するときに従っている様式のことなのである。したがってグラマティクスとは、「真実の言葉を発することができるように、正確に述べることができる様式を知性のうちに整えている人」を抽象的に意味している。このような人の理想形は、キリスト教の教義で言えば、まさにキリストそのものである。とすれば、アンセルムスの作品「グラマティクス」の裏の意味は「キリストについて」の問題である。なぜならキリストこそ真実の言葉である神の言葉を発した人だからである。言い換えると、くだんの問いの実質は、「キリスト性は質としてはどのようなものであり、実体としてはどのようなものか」という問いなのである。アンセルムスはそれを文法理論から論じている。

2013年10月 3日 (木)

八木雄二「天使はなぜ堕落するのか─中世哲学の興亡」(7)

500年から600年の間に、中世ヨーロッパが作られていく条件が生まれた。300年頃から異端は追い出され、東ローマ帝国内外にはいくつかの修道院が作られていた。そこで育った修道士たちは、信仰を広めていく使命を実行しようと、未開の西ヨーロッパ各地に入り込んでいく勇気を持っていた。彼らが最初に安定した場所を得たのはブリテン島であった。ブリテン島には多くの修道院が作られ、ラテン語とギリシャ語に基づく聖書その他の知識が伝えられた。教育を受けた修道士たちは、現地で次の世代を育てていく。こうして未開の地で知識の伝承が可能になった。中世の修道院は古代におけるアカデメイアの役割を引き受けたのである。とはいえ修道士にとっては、祈り、働くことが生活のすべてである。決して研究生活が修道士の生活ではない。それゆえ、その知識レベルは特別に高いものではない。ごくまれに優れた知性が参加することはあっても、そのレベルが続くことは望めなかった。

10世紀以後、大陸内が安定し、農耕地が開拓され、次第に経済が潤うようになった。11世紀に入るころには、比較的豊かな出自の若者が新しい刺激を求めて、古くからのイタリアの都市など経済的に豊かな都市に集まるようになった。若者たちは司教座聖堂学校と言われる教会が持っていた学校や、都市近郊に居を構えていた大修道院の付属学校で知識への飢えを癒していた。しかし、西ヨーロッパに生じたこの動きは、古典ギリシャ時代にソフィストが登場したのと、一つは同じような現象であった。人々は議論に花を咲かせ、哲学的論議が若者の興味を引くようになった。こうして地中海の温暖な気候と経済的余裕を持つ古くからの都市には若者たちが集まり、知識を持っていた者が教会施設の外で講義を行えようになった。これが世俗の「大学」を成立させていく。その動きが11世紀のうちに生じていた。

一方、11世紀のヨーロッパでは、論争の勝利者は一種のアイドルであった。その背景には、議論好きのヨーロッパがある。カエサルの「ガリア戦記」にも見られるように、荒くれた時代には戦争で身を立てる道を選ぶ若者が多かった。艱難辛苦して身を立てるのが面倒だ、と思うのが一般的だった。一時の戦いで、略奪にしろ勝利による分け前にしろ、手っ取り早い利益の獲得を求めたのである。平和が訪れて戦争がなければ、今度は論争がある。戦争には英雄がつきもののように、論争には次々と論争に打ち勝つ英雄が求められる。その名声が何よりの冠となるのがヨーロッパの知的伝統だった。ヨーロッパでは、説得力を競う論争が文化の中心である。それを担うのが哲学であった。それゆえ簡略に言えば、ヨーロッパ文化は論争が中心の哲学主義である。また、西ヨーロッパに中世が始まる頃、西ヨーロッパにはキリスト教の異端が根を下ろしていた。しかし、異端には、聖書を理解するための文学的教養も、それを基盤とした哲学的知識も乏しかった。一方、カトリックは、それらを地中海世界で受け取って豊かに携えていた。それが異端に対抗してカトリックの教義を西ヨーロッパに広めるうえで大きな力になった。なぜなら、教会は哲学ないし論争を通じ異端説を反駁し、カトリック説で人々を説得できる人材をたくさん擁することができたからである。ヨーロッパはこの種の説得力には弱い。ところで、ヨーロッパでは、論争に火花が散って人々が知識の伝授のために集まるようになると、お互いに協力して生活するための組合がつくられた。つまり学生と教授が一つになって、自分たちの活動を守る組織が作られた。当時ヨーロッパでは、同種の職業人は一緒になって組合を作るのが普通だった。珍しい知識に引きつけられて仲間になった集団も、また教える立場の職分で仲間になった集団も、自分たちの権利を守り活動していくために、つねに「組合」を作った。それがヨーロッパの都市に生まれた「大学」であった。大学と訳される英語、カレッジもユニバーシティも、もともと「組合」を意味する。

また、授業料は学生がそれぞれの教授に支払った。そのため人気のある教授は十分な生活費が得られたが、当然そうでない教授もいることになる。そこで、人気を獲得するために、哲学教授は討論会を催して自分の力量を宣伝する必要があった。教授が個人的に論争力を示して学生を集め、金銭を得て、それによって授業が進められる。

パリ大学をはじめ、1100年から1200年前後のヨーロッパ各都市における大学の発生は、実は大きな歴史的転換を表している。古代から続くヨーロッパの知的伝統の中に、それまでのように宗教的でもなく、国王の権力による公的なものでもなく、利益と名声が絡んだ世俗的教育機関が組織的、恒久的に誕生した、という歴史的出来事なのである。大学には優秀な能力を持つ若者が集まった。そのため国王も教会も、大学の動きを無視することはできなかった。キリスト教会は世俗的で無頼の大学教育に対して、修道院から優秀な修道士を教師として送り込み、さらに教育内容を収容し、キリスト教の教えに反することが教えられていないか、専門の委員会を作って精査させ、当然異端的な見解を主張する教授や、信仰を危うくする見解を主張する教授に対しては教授禁止を命じた。

 

そういう世界でアベラールという若者が取り組んだ問題は、中世を通じてスコラ学者によって問題にされ続けた大問題であり、多くの耳目を集め、若者を集めて、結果的に都市ないし都市近郊に次々と大学が生まれる基盤を作り出した。アベラールが議論を沸騰させた論争は普遍論争と呼ばれている。「普遍論争」というのは、私たちが持つ概念、例えば「ひと」という概念を取り上げれば、それはどのような仕方で客観的に実在しているのか、という問題である。そもそも「かれはひとである」という命題に客観的な意味があるとすれば、「ひと」は実在概念であり、それが実在概念であれば、何らかの仕方でその実在が主張されねばならない。これが<実在論>の立場である。一方、その実在を否定して、普遍概念は概念として心の内にあることだけが認められるのであって、客観的に実在しているのは個物のみであると考える立場がある。この立場は一般に<唯名論>と言われている。普通は「名前だけ」のもので実在ではないという意味が込められている。この論争は「ことばのもつ意味」がどのような仕方で実在と関係するか、ということが問題になっていると見ることによって、認識論に発展する。したがって中世の普遍論争は中世においては当初、存在論の問題であったが、それが認識論を導くこととなり、とくに認識論に注意を向ける近代哲学の母胎となった論争だ、と整理することができる。言い換えると、普遍論争は中世から近代まで、哲学の泉になった論争なのである。だから、これはたいへん深い論争である。そのため、この論争をどのように理解するか、つまりどこで切断面を見るか、ということにおいても、正確には、いろいろな立場がある。

この論争の意味を十分納得するほどに理解することは意外に難しい。特にアベラールが論じた普遍論争は、「普遍問題」の初期的状況にもかかわらず、それが特殊な思想的背景をもつ存在論の問題であっただけに却って理解しにくいものがある。というのは、ここに日本人にとって不慣れな問題設定の思想があるからである。

2013年10月 2日 (水)

八木雄二「天使はなぜ堕落するのか─中世哲学の興亡」(6)

第4章 大学の誕生

紀元前のギリシャで、ヨーロッパ史上初めての学校ないし学院を開いたのはピュタゴラス学派である。学校とはいえ一種の宗教団体の施設である。紀元前530年頃と見られている。数学を意味する英語マテマティクスは、古典ギリシャ語では数学を意味するのではなく、学習者ないし見習い身分を意味する。

当時の学校ないし学院は、国家のためになる人材を教育する現在のような公的機関ではなく、むしろ私的な機関であり、なおかつ宗教性を持つものだった。当時はまだ職業に必要な知識は徒弟関係で学ばれるものであって、公立の学校と言われるような場で教えられることではなかったからである。そのうえ官僚を作るための学校も不要だった。当時はまだ、権力が支配の機関の構成員としての官僚を広く一般から募る必要はなかった。はるかに時代が下がって、国家が大きく複雑な権力組織を持つようになり、さらに貴族社会の中だけから人材を見出すことが難しくなったとき、事務的計算能力を持つ人材を広く一般から求める必要が出てくる。すると人材を育成し、同時に能力を選別する機関として学校が利用されるようになる。つまり教育や国家の官僚の養成が個人的な徒弟制度では無理となると、一般に広く門戸を開いた学校制度が生まれたのである。それは、じつは中世だった。

それ以前の古代では学校は特殊な教育機関だった。そもそも学校は知識を広めるためにある。しかし知識によって利益を生む人材を育てるのは後世のことでギリシャの都市国家では、貴族的市民のみが学習の機会をもっていたし、その学習の機会に応じるには、個人的な家庭教師ですんでいた。大勢を集めて教育する必要もなかった。むしろ当初この目的に一番沿うのは宗教の教えを広めることであった。利益に加わる知識なら徒弟制度でできるが、利益に直接関係ない知識は、やはり特別な教育機関を必要とするからである。そして当時は、科学も哲学も、宗教と同じく利益に直接つながらない知識であった。

アテナイの郊外に作られた本格的な学院は、ピュタゴラスの学院から150年近く遅れて、プラトンによって設立された赤でメイアである。ピュタゴラスの学院とは違い、宗教教団ではなく、向学心を持つ一般の人々を受け入れる哲学の学校で、幾何学をはじめ弁論術も教える総合大学だった。ピュタゴラスの学院は、数学の学校、いわば専門学校である。したがって、まさに知能に優れた人間を集めて国家のために役立つ優れた人材を育成する機関ではなく、むしろピュタゴラスの学院にならい、宗教的な雰囲気を持つ学院だったと推測される。実際、このアカデメイアからアカデミックという言葉が生まれたが、アカデミックな雰囲気とは、世俗の利益を考えない雰囲気であり、言ってみれば宗教的なものであろう。古代から中世に至るまで、幾何学も数学も非世俗的な学問であり、それを学ぶことは宗教的な精神修行だった。ピュタゴラスの学院を模したプラトンのアカデメイアは、そうした考えを哲学に拡大したと考えることができる。すなわちプラトンにとって哲学は宗教に通じる精神修行なのである。実際プラトンは、哲学の研究によって魂はイデアの国に帰ることができるようになる、と考えていた。哲学研究という精神修練によって魂は死後天国に帰ることができる、と考えるようなものである。プラトンの作品に示された議論は厳しく合理性を追求するものであるが、霊魂の修練の成果として別の世界への旅路を考えているのだから、その思想はやはり宗教的なものと考えることができるだろう。プラトンが哲学を「宗教的な精神修行」に変える以前は、多くのソフィストが街中で哲学を唱えていた。それは人前で他人を言い負かす論争力であり、それを正当化できる思想であった。この時代には、哲学は新奇な主張で人を煙に巻き、他人をまるめ込む、あるいは説得する技術というイメージがあった。つまり哲学は反宗教的であり旧来の宗教秩序を壊してしまうと危険視され、むしろ不道徳なものでさえあった。民衆が持っていたそのような一面的なイメージと戦ったのがピュタゴラス学派であり、ソクラテスであり、プラトンである。人に対して誠実な説得を心がければ、その説得は、人の生き方の真実に基づくものになり、哲学は宗教に近づくことになる。とは言え、哲学は古代ギリシャやその影響下にある地域では、哲学は倫理的教えの側面で、宗教の代わりを果たすようになった。そういうわけで、古代における哲学の一般的イメージは、反宗教的で反社会的なものから宗教的なものへ変わった。このため哲学と宗教の相違はややこしいものになった。この問題は、後にキリスト教という本格的な宗教が入ってきたヨーロッパ中世で、はっきりと論争のテーマになる。なぜなら、キリスト教は人間の生き方をしっかり指導するからである。

2013年10月 1日 (火)

八木雄二「天使はなぜ堕落するのか─中世哲学の興亡」(5)

第3章 中世1000年

中世哲学の世界を理解するためには、それを「一つの独立した世界」「完結した世界」として受け止めていく必要があることを必要があることを簡略に述べてきた。中世を、古代から近代や現代につながる過程の「中間的過去」として考えると、むしろ間違った受け取り方をしてしまいやすい。

キリスト教信仰は、中世の人々が生きていく上で、なくてはならないものであった。つまり中世の知性を指導する原理であった。哲学が無関心を決め込むことなど明らかに不可能である。したがって中世の哲学世界は完結した世界であるが、その理由は、中世哲学がキリスト教信仰が濃厚にかかわっていた時代の哲学だからである。

 

中世哲学はキリスト教信仰が濃厚にかかわった時代のヨーロッパ哲学である。このことを考える場合、最初に押さえておかなければならないのは、その地域の広がりがどこであったかである。というのも古代ローマ時代の末にローマ帝国は東西二つに分裂した。このとき西はラテン語圏、東はギリシャ語圏であった。そして西のローマ帝国はゲルマン民族の荒波に襲われて五世紀に滅亡する。こうして西の地域は古典時代からの哲学・科学の文化を書物の形で持つことを失った。以後、それを持っていたのは東ローマであって、西の地域ではなかった。東ローマ帝国は15世紀になってオスマン・トルコの勢力によって滅亡する。それまで東ローマ帝国は継続するので、東ローマ帝国は古代からの伝統が切れずにいた。したがって東の地域では古代が続いており、キリスト教が国教であったことは確かであるにしても、明確に「中世」といえる世界が見えない。それに対して西ローマ帝国が滅んだ地域は、民族移動の荒波を受け、そのため一度は暗い時代をかいくぐるが、10世紀も終わり近くになって、ようやく持続的な明かりを見つけ始める。そして、11世紀、12世紀、13世紀に、哲学の隆盛を見ることになる。その大部分がかつて西ローマ帝国に支配されたことのある地域、すなわち西ローマ帝国の境界を少し広げた程度の地域である。

この地域は西ローマ帝国が滅んだ頃、ケルトの世界であった。ローマの将軍ユリウス・カエサルが紀元前50年頃に「ガリア戦記」のうちに描き残した世界である。森や沼沢を残した未開の世界に細々と人々が住み、統制のとれない戦士が集まってローマ軍に抵抗していたのである。カエサルによる制圧から400年後制圧していた西ローマ帝国の方が敗れ去る。しかし、キリスト教勢力は聖なる力として東ローマのうちに残った。それは古典ギリシャ以来の知識を携えていた。この東ローマがキリスト教勢力が西へと向かう最初の基盤を提供した。

 

つまり、中世世界とは、西ヨーロッパの「文明開化」の時代とみることができる。日本の文明開化が日本の「欧米化」の時代であるとすれば、西ヨーロッパの中世はドルイド教ケルトの「キリスト教化」であり、同時に漸次的な「ギリシャ・ローマ化」であった。

 

ケルトの文化はけして低いものだったわけではない。それはキリスト教会がケルトを教化するに際して、クリスマスなど多くの儀式を取り込まなければ叶わなかったことからも推察することができる。従って多くの知識がドルイドの祭司階級に伝えられていたと考えなければならない。それはちょうどキリスト教会がひとを司祭に叙任するに際して、ときに長い期間の修練を課していたことと似ている。繰り返しになるが、西ヨーロッパのキリスト教化は、そこにあったドルイド教の祭司を、キリスト教の祭司に取り替えていくことであったと理解することができる。このとき、ケルトとゲルマンのローマ化が同時に起きた。最初のローマ化は、古代においてユリウス・カエサルの制圧に始まり、ゲルマン民族の移動で終わった。中世では、キリスト教の力を背景としたローマ化があった。キリスト教会が教化のために建設した修道院を通じて、森は切り開かれ、見通しのきく世界が作られていった。ローマが、「すべての道はローマに通じる」と豪語した街道を作って支配の基盤を盤石にしたように、キリスト教会による西ヨーロッパの文明開化は、森を切り開いて畑を作っていくことだった。

  

ところで、時間的にはヨーロッパの中世はいつ頃からいつ頃までか。本当に大雑把に言えば、古代1000年、中世1000年、近現代600年、というのが西洋哲学の歴史である。古代は紀元前600年に始まり、紀元後の400年に終わると見られ、そこから中世が始まって1400年までの間が中世だとすれば、それ以降の600年あまりが近現代だと覚えておけば、大きな狂いはない。とにかく意外に長い期間である。古代も中世も、近現代のほぼ倍あるのだから、相当の長期間と言わねばならない。逆に言えば、デカルト以来の哲学の歴史など、まだ中世の歴史時間の半分にも満たないわけである。

 

これだけの長期間であるから、紀元400年を起点としても、紀元1000年あたりで切る方が事実を理解しやすい。日本でも紀元1000年以降、農業の生産性が上がってくるが、ヨーロッパでも同じ傾向がある。ヨーロッパではその頃、各地の交易も盛んになり、栄えた都市には若い人たちが知識を学びに集まって、大学も生まれている。ヨーロッパでは古代ローマ文明の続きとして中世があるという側面もあるが、西ヨーロッパについては、いったん民族移動の嵐などで文化が途絶えた後、再び古代末期の状態に回復するのに数百年を要し、結局、紀元1000年頃までかかっている。つまり、古代のローマ帝国が東の隅で存続していた以外は、西ヨーロッパは古代の状態から、いくつかの民族移動の波に洗われつつ、次第に固有の意味での中世の時代へとゆっくり移っていた。したがって、中世全体を紀元1000年を境にして、二分割し、前期を古代的中世、後期を固有の意味での中世を理解した方がよいと思われる。そして、もし後期をさらに分割するなら、1350年から後を中世末期、あるいは近代前期とすべきだろう。

 

 

 

誰もが知るように人間の世界には波がある。中世哲学の時代を1000年と見ても、その間ずっと同じ調子で哲学の活動があったのではない。キリスト教哲学の場合は、古代の終わりにアウグスティヌスの大波があって、それを受けて最初の波が紀元1100年を前にアンセルムスの名で起こり、アベラールがその波をつなぎ、1200年代の後半から1300年前後にトマスやスコトゥスの大波が来た。こうした波が生じるにあたって見ておかなければならないのは、ヨーロッパの外からの影響である。イスラム圏に起きた哲学の波は、1100年代の半ば以降になって最初はゆっくり、次第に早く、ヨーロッパ側に翻訳されて伝わった。この波と、ヨーロッパのうちで起きたアンセルムス以来の波が合わさって、1200年代後半からの中世スコラ哲学の大波を形成した。

 

中世哲学の一部の研究者を除き、世間一般には無価値な哲学として長い間打ち捨てられてきた。その原因はなんだったのか、それを詳らかにしておく必要があるだろう。近代哲学の主流は、中世哲学の主流に取って替わるとき、エネルギーのすべてを中世哲学を否定することに費やしたかの趣がある。近代哲学独自の事柄を見出すことに急いで集中するあまり、中世哲学を過去の遺産として横に取り置きする余裕もなく、むしろ悪しざまに貶すか、殆どなかったかのごとく無視する態度を取った。中世哲学が嫌われた理由は、それが極端に過去の権威だったからである。近代ヨーロッパなは新生ヨーロッパであった。この新生ヨーロッパは科学技術で新生しようとしていた。それゆえ、過去が極端に煩わしいものとなった。そのために近代当初の哲学者たち、例えばフランシス・ベーコンやデカルトは、自分たちは中世哲学を学んでいながら、中世哲学は学ぶに値しない無価値な哲学であると喧伝し、哲学も新しくしなければならないと主張した。しかも、たまたま近代哲学が尊重する実験科学の精神が、中世の論理学ないし弁論術よりも、デモクリトスなどの古代の自然哲学に親近なものを見つけた。すなわち古代原子論である。さらに新時代は、中世を支配した教会の権威とぶつかることが多かった。教会が想定していなかった宇宙が見つかり、それまで教会が教えてきた知的世界の秩序が失われ始めた。近代の哲学者たちは皆、教会を敢えて刺激しないようにしながら、理性が自由に振る舞える場所づくりに専念せざるを得なかった。そのためにも、キリスト教会との親和性を求める中世哲学は、そもそもなかったことにしたかった。中世哲学に倣おうとすれば、新しい時代に即応することができなくなるからである。また近代に入ると、実質的に人々の生活が、信仰に必ずしも依存しない生活に変化していた。言い方を俗っぽく変えれば、近代は近くの隣人(中世哲学)とは趣味が合わず、遠く(古代哲学)に魅力的な友人を見つけて、隣人との間を疎遠にしてしまった、ということである。

 

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