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2013年10月14日 (月)

田島正樹「スピノザという暗号」(6)

ソクラテスが実際に色白であったか、色黒であったか、どちらもありえないことではない。しかし、ソクラテスが人間でなかったということは、ありえない。それは、ソクラテスを個体として同定する時に、暗黙裡に人間として捉えることを前提にしているからである。ソクラテスが人間でない可能性は、もはやソクラテスの可能性ではないだろう。それに反して、人間ということの我々の理解の中には、色白であったり色黒であったりしうるということが、偶然的可能性として含まれている。それに対して、人間である以上は不可欠である性質(本質)と考えられるものは、ソクラテスが人間である以上は、必然的と考えられる。いかなることが必然的であり、いかなることが可能であるかは、それ自体経験的な知識ではなく、経験的知識を構造づけるための我々の理解の枠組みに属しているため、それを考察することは、我々の世界に対するアプリオリな存在了解のあり方を反省する上で、有効なのである。

細部はともかく、見逃してはならない点は、ソクラテスが存在した以上、我々はソクラテスが存在しなかった反事実的可能性を想定できるけれども、もしソクラテスが実際に存在しなかったとしたら、そのとき「ソクラテスが存在することが可能だ」とは言えないということである。つまり、実在と非実在とでは、様相文脈をめぐって明瞭な非対称性が存在する。実在個体の可能性は実在する当の個体に依存して初めて語り得る、ということがもつ形而上学的含蓄は大きい。一見すると、可能的なるものの一部が現実的なものであると思われるが、可能的世界の構想が本旨的に現実世界の実在する個体に依存しているのであるから、諸個体の生成自体は、それが存在する以前の現実世界における論理的可能性には属していないことになるのである。それゆえ、個体的実体の生成それ自体は、すでにある可能性の一つが実現するものではなく、その個体をめぐるさまざまの可能性とともに、まったく新たに生成するものと言わざるを得ない。もちろん、生成に先んじて、この生成の不可能性が証明されているわけではない。この個体の生成の可能性も不可能性も、この個体が存在していない間は、それを指示することができない以上、語りえないのだ。実際にそれをなす(実現する)のに障害があるとか、不可能であることが明らかにされたといった意味で不可能なのではなく、問題とされているのが何の可能性なのか、明瞭に指示して語ることができないという意味でのこの不可能性は、未だ証明が見つかっていない数学の定理の証明の「不可能性」のようなものである。

ここで、我々がそれを認識しようと否とにかかわらず、真理は永遠の昔から永劫の未来にいたるまで変わらず真理であり続けるだろう、と言いたくなる強い誘惑がある。そうだとすると全ての有意味な命題は、実際認識されるかどうかには独立して、真か偽かいずれに決定されているはずだ、ということになろう。そして、その命題からその否定命題かのいずれかが真であるということになろう。このような世界・真理・論理についての見方は実在論と呼ばれる。我々は実在論が一概に正しいとか正しくないとは言えない。むしろ、ある領域の存在者ならびにそれについて語る命題の分野に関して、我々がどのような言語的ふるまいを妥当なものと見なしているかを反省してみることによって、われわれは、無意識のうちにとっている自分の存在論を明確にしていくことができるのである。実在論・反実在論というものは、一定の形而上学的イデオロギーと見なされるべきではなく、このような探求上の手法なのである。そのような観点から見ると過去の出来事についての我々の態度は、実在論的であると言えるだろう。

それに対して、無限を含む領域に対して、証明が与えられていないにもかかわらず、それが決定されているはずだというには無理があるだろう。πの少数展開が無限に続くということは、どんな有限の展開よりもさらに長く続けて算出する計算法があるということを意味するだけで、すべての展開が完了した形でどこかに存在するということを意味するわけではないのである。

存在の問題を実際に構成してみることができるということに還元すると、実際の構成に先んじて、それと無関係に存在しているとは言えないこととなる。それと類比的に数学的真理は、それを証明によって構成して初めて真理なのであり、証明構成が与えられていなければ主張可能ではない。存在が構成可能性に還元されるように、真理は主張可能性に還元されるのである。無限領域に関わる数学における「反実在論」が、真理を主張可能性に、数学的命題の主張可能性を証明構成の達成におくのは、そのためである。

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