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2013年10月 7日 (月)

ストーカーに遭う気分?

以前に引き継ぎのことで愚痴めいたことを書いてしまい、我ながら恥ずかしい限りだったのですが、性懲りもなく繰り返してしまいそうです。引き継ぎを通じて、相手に言葉が通じていないことに愕然とし、それは私が独善的になっているのかもしれないと反省し、仕事に限らず、まずはコミュニケーションを成立させることから、ということで、とにかく下手な鉄砲も数撃てば当たる、と思い、話の一致点を探すことにしました。その一地点から、互いに仕事上の言葉の解釈が違うことを認識し合い、すり合わせていくことができるのではないか、と思っていたのですが…。

相手は、コミュニケーションが成立していないとは、どうやら思っていないようなのです。今までの苦労はなんだったのだろう。数日前、清水の舞台から飛び降りるような決心をして、その相手に、このブログを読んでみるように勧めました。その相手は怒るだろうし、そうでなくても私に対する接し方は変わるのではないか、と思いましたが。それは全くありませんでした。考えられるのは、相手の人が、ブログを読むことをサボったか、読んでも自分のことを言われていることに気づいていないか、私に対して何の感情ももっていないのか、などといろいろ考えました。

その後も、私のアドバイスに対して、その場では耳を傾けているように見えて、次の時には、そのアドバイスを全く無視したものが出てくる、ということが繰り返される。そして、どうやら、私はアドバイスが通じていないか、シカトされたと思っていたのに反して、相手は、全くその自覚がないようなのに気が付きました。

これは変な喩えかもしれませんが、ストーカーに纏わりつかれた被害者が、そのことをストーカーに伝えても、そのストーカーにはつきまとっているという自覚がなく、そこにコミュニケーションが断絶しているのに似ていると思いました。

私が一方的に責任感を感じてやきもきしてもしょうがない、独り相撲というのは、こういうことかもしれない、と。

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