無料ブログはココログ

« 横山大観展─良き師、良き友(1) | トップページ | 横山大観展─良き師、良き友(3)~第二章 良き友─紫紅、未醒、芋銭、溪仙:大正期のさらなる挑戦 »

2013年11月23日 (土)

横山大観展─良き師、良き友(2)~第一章 良き師との出会い:大観と天心

Yokoyamamura横山が1889年に東京美術学校に入学して岡倉天心に出会い、その後天心に付き合って日本美術院に入り、という明治期の岡倉天心とのかかわりの中での作品ということでしょうか、展示されています。ここで展示されている作品の印象を一言で言うと、下手、ということに尽きます。私は、本質的には横山という人は器用な人ではないかと思っています。それは、様々な画風の作品を遺しているからです。目先を変えた小手先が器用でなければ出来ないことです。横山の壮年期の写真が展示の最初にありましたが、その風貌から豪放磊落のような印象を与えますが、作品を見た印象では、器用で目端の利く才子タイプの人だったのではないか、と想像してしまいます。というのも、私が最初に述べた下手という印象は手をかけているように見えないためです。手を掛けるべきところにかけていないので、仕上がっていない。例えば、もっとデッサンをして描き込めば、しっかりした形ができるはずと思われるところで、構図とか形態が崩れてしまっているように見えることが多くありました。

例えば、大作「村童観猿翁」という作品。東京美術学校の卒業制作ということで、当然力を入れるべきはずで、在学中に学んだ伝統絵画の様式、古画模写の経験を生かしたらしいということで、学生時代の集大成のような作品だったと思います。それにしては童子たちの人物の描き方が顔になっていないし、人の形をしていない。これは現物を実際に見てみるとよく分ります。単なる学生の卒業制作で、いわば習作だからということなのでしょうか。しかし、背景の木の描き方を見ていると、ちゃんと木を描いているので、もともとの技量が足りていないということはないと思います。そして背景の木々と中心である牛と猿と童子たちのバランスが、何か変です。何か、中心の方が軽いので、背景の方に目が行ってしまう。何か、画面を一つの世界として構築して完成させようということを最初から考えていないような感じがします。何かの慰みに筆をさっさと奔らせて、一丁上がりという感じなのです。丁寧に色が塗られているようですし、背景はちゃんと描かれているのですか、なぜ、完結させようと努めなかったのか、本人に根気がなかったのか、もともと日本画というのはこういうものか、私には分かりません。でも、そういう意味では、質が違うと言われても、これは“お絵かき”であって、“絵画”とは考えられないのです。最初のところで、横山は絵画を描いていない、と私が述べたのはそういう意味です。これに対して竹内栖鳳の場合は、大胆な省略のようなことをしていますが、あくまで技法上のことで、省略された空白においても、竹内の意思が行き届いているように見えます。横山の作品には、隅々までそういう配慮が為されている感じはしません。

Yokoyamayanagi「村童観猿翁」でも、そうなのですが横山という人は、特に生命あるもの、動物や人物を独立の存在として描くことは苦手だったのか、とりわけ人物については生きていないし、存在感がまるで無いし、数人描かれればみんなおんなじで個性がなく、薄っぺらいものになっています。だから、ここで展示されている作品の中でも知られているものも、あるようですが。人物画は、私には、ここで取り上げる価値のないものと思うので、とりあえずは風景を題材にしたものを取り上げてみます。「柳下舟行」という掛軸の作品です。掛軸という縦長の狭い空間という制約を受けているため、「村童観猿翁」のような大きな空間を構成する必要がないためか、ここでの横山は「村童観猿翁」で見られた配慮の至らないということ当面見当たりません。そして、後年、私は横山の作品の一つの魅力となっていると思われる図案化が試みられています。縦長のという制約をうまく利用してタテの線で画面を作っています。木の幹と何本も垂れ下がる柳の葉です。柳は鑑賞者に近接するように大きく描かれ、奥の帆船は極端に小さく描かれて手前と奥に二極化されています。これは遠近法で奥行を表現すると言うよりは、二つの平面を対照的に作品の中で同居させるという感じです。手前の柳の葉も幹もアップ画像のようなので平面的に図案化されていても、それほど気になりません。また、“背景の余白を淡い色で埋める方法は「朦朧体」という呼称で非難されていたころに見られる特徴の一つ、この方法によって、空気の存在だけでなく、夕暮れのそらの色合いや月明かりの情緒が表わされることが多かった同時に対象物は整理されていき、画面はシンプルな構成をみせるようになる。本作品のように現実味が薄れ、幻想的な雰囲気を醸し出すケースも多かった。”と解説されています。横山大観というと朦朧態という技法がセットで言われることが多いようですが、朦朧にするという技法に何の意味があるのかと疑問に思うことが多かったですが、この解説のように画面の要素の省略の助けとして、その結果図案化が進めるものというなのでしょう。それなら何となく分かる気もしますが、それなら思い切って省略すれば、それで済むと思うので、朦朧にする必要があるのか。日本画は難しいです。

Yokoyamatoriまた「杜鵑」という作品。これも掛軸という制約にうまくハマった作品です。“ホトトギス一羽を、爽やかな初夏の新緑を舞う鳥としてではなく、深山を飛翔する孤高の鳥として描いている。ホトトギスを小さく描いたがゆえに、まるでその鳴き声が山に響き渡るかのように広く空間を獲得している。”と解説されているのを読むと、そんなものかと思います。慥かに、ほとんど点のように小さく描かれた鳥は風景の一点で、この小ささならば鳥という生命の存在を描き込む必要はなくなります。その意味で、横山の苦手なところを巧みに回避した戦略的な構成と思います。しかも、空に舞う鳥ということで余白を取ることができて平面的な画面構成が許されることになります。とは言っても、下方の木々の描き方がいかにも平面的で、図案化が中途半端です。この辺りが、横山の下手だ感じられるところです。

私は展示時期の関係で見ることはできませんでしたが「屈原」という有名な作品が展示されていたらしいのですが、画集等で見る限りは、迫力ありそうな感じですが、この展示の轍を踏んで、実物を見ると落胆しそうな感じがします。もしかとたら、横山の作品は複製した方が見栄えがするタイプなのかもしれません。

※ここでは画家のことを「横山」と苗字で呼んでいますが、日本画の画家は大観と号で呼ばれるのが一般的なようですが、私はこの人をファーストネームで呼べるほど詳しくも、親しくもありません。カンディンスキーとは呼んでも、ワシリーとは呼びません。それと同じです。このような呼び方をしていることからも、私の日本画に対する姿勢は想像がつくと思います。

« 横山大観展─良き師、良き友(1) | トップページ | 横山大観展─良き師、良き友(3)~第二章 良き友─紫紅、未醒、芋銭、溪仙:大正期のさらなる挑戦 »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 横山大観展─良き師、良き友(1) | トップページ | 横山大観展─良き師、良き友(3)~第二章 良き友─紫紅、未醒、芋銭、溪仙:大正期のさらなる挑戦 »