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2013年11月25日 (月)

横山大観展─良き師、良き友(4)~二、構図の革新とデフォルメ

Yokoyamachikuuますは、「竹雨」という作品を見てみましょう。縦長の画面の中で、傘をさし、着物を端折った人物はずんぐりとした「片ぼかし」により描かれて、画面と対照されています。画面全体を見れば、手前と奥の竹林を濃淡によって遠近づけ、湿潤な空気を淡い墨の暈しで表現している。構図面では、左手前から大きくS字を描くように上がる道、それに見え隠れする右手前から上方へ緩く広がる竹林、そして竹林によって抱え込まれるように画面左側に空間が広がる。細かく見れば、竹林の竹は、パターンがあるかのように、みな同様のかたちを呈し、その大きさも円形と近景に差をほとんどつけていない。ただし、濃墨と薄墨を使い分けることで、遠近感が表現されている。また、同じような線で表わされるがより細い雨は、白色の絵の具で画面全体に短い斜線を散らしている。つまり、竹というパターンと雨というパターンの繰り返しが画面を覆っていて、それを濃淡で繰り返しにバリエーションをつけている。これは、展覧会の趣旨に沿って見てみたものです。でも、竹林をパターンの繰り返しで描くことなら船田玉樹がもっと大規模で執拗に、もっと言えば暴力的にやっているし、今、見て、とくにどうこう言うほどのものではないと、と私は思います。それよりも、そこまで構図や濃淡に気を使うなら、線の一様なのは、どうしてか竹林と奥の建物、そして手前の人物が同じ太さの線で描かれていて、使い分けができなかったのか、ということ。そしてまた、竹や雨はパターン化できていたのに、人物や建物は中途半端で、リアルにも図案にもなっていないで宙ぶらりんなのです。どうしても、ここの一連の展示を見る限りでは、横山の場合は人物表現の弱さというのが致命的のような気がしています。

Yokoyamarosi_2構図の革新とは、あくまで、これらの作品が描かれた大正期においてのことでしょう。今の時点でみれば、それゆえに、却って古びて見えてしまうものが大半です。それらは、様々な試みが為されていると思いますが、試みの域に留まったというのが正直な印象です。そのうち、どれだけ横山という画家の性格に合って、かれの世界を広げることになったのかという、私には何とも言えません。

Yokoyamarosi3_2私が、一番印象に残ったのは「老子」という作品です。全体のデフォルメに構成が合っていて、横山苦手の人物を題材にした作品では出色ではないかと思うほど印象的です。中央に腰かけた老人が振り向く姿は、その傍らで眠る童子も、デフォルメされて丸みを帯びた姿で描かれています。さらに背景の岩窟は「片ぼかし」で描かれていると言います。その岩の描き方は折れ線によるパターンのようで、その鋭い線の屈折のパターンは、フェルナン・レジェの描く機械のバターンの線やキュビズムの鋭い屈折を彷彿とさせます。それは、岩窟という感じではなくて硬い凸凹というパターンに還元されているようです。そして、人物はリアルさから遠く離れ、背景の岩窟以上に図案化されて、ここまでやれば人物の存在とか、そういったことではなくて、画面平面のデザインのパーツとして扱うことができます。例えば、アンリ・ルソーの「眠れるジプシー女」のような、人物の個性とか存在とかを切り離して、ライオンや夜の場面との構成で様々な解釈を誘発するような作品になっています。このとき、ジプシー女には人間としての、女性としての肉体とか存在感は必要ありません。肉体を備えたものとして描くと、リアルさがどうしても伴ってしまって、隣にいるライオンが食べたくなってしまうからです。そうなったら、ライオンと無防備に眠る女が共にいるという画面構成が不可能になってしまいます。同じように、横山のこの作品では、生身の老子を彷彿とさせないことで、作品全体が虚構の世界をつくることに成功したのではないか、と思います。もともと、横山の描く絵画は、竹内栖鳳の場合とは違ってリアルに現実を映して表現するという志向性は希薄だったのではないかと思います。むしろ、虚構的な世界、例えば物語だったり、伝統的なお約束だったり、というようなものです。だからこそ、竹内などに比べて、より様式的な作風に寄っているように思います。その意味で、このように、横山としては突き詰められるところまで様式性を追求した作品は、私には横山という画家の個性がいかんなく発揮された作品として、興味深く見ることができました。

Yokoyamarosi2


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