無料ブログはココログ

« ターナー展(2)~Ⅰ.初期│BEGINNINGS | トップページ | ターナー展(4)~Ⅲ.戦時下の牧歌的風景│TUNER’S PASTORAL VISION IN A TIME OF WAR »

2013年12月 9日 (月)

ターナー展(3)~Ⅱ.「崇高」の追求│IN PURUIT OF THE SUBLIME

Turnershower風景に対するターナーのアプローチに重要な影響を及ぼしたのが、見る者の心に畏怖を抱かせる自然の「崇高」さを美しいとみなす価値観だった。エドマンド・バークは『崇高と美の観念の起源』の中で、奔放に荒れ狂う自然を目の当たりにするとき、人の心にわき起こる強烈な不安や恐怖に思索をめぐらせた。「崇高」には古典的な美に劣らないほど、人の心に強く働きかけ、精神を高める力があるとバークは論じた。美術の分野では、これが視覚的な刺激の追求となって表われた。鑑賞者は雪崩や地震、激しい雷雨や時化の海など自然の根源的な力を描いた絵を見て、身を安全な場所に置いたまま、危険を体験することになった。絵描きとして出発した当初から、「崇高」を求めるこの独特の表現法はターナーの志すところと難なく一致した。ターナーは風景画も、歴史画と同じように、人の感情と知性に強く働きかけることができるということを実地に示そうと試みる。崇高な風景を描くうちに、ターナーは当然ながらドラマチックな自然現象が人の感情に与える力を探り当てるチャンスに恵まれた。何にもましてターナーの興味を駆り立てた地勢が山だった。と、この「崇高」さについて、長い解説が付されています。

Turnersnowdon2「バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨」(左上図)という作品。雨雲に覆われた暗い風景の中で虹が輝かしくかかっているという作品。画面全体を前景、中景、後景に分けて、中景だけに雲の隙間から日が差している。それゆえに虹がかかったのだろうけれど。そこで日が差したところは陽光に輝き、まるで黄金の都のように映える。これに対して前景の湖は暗く、手前の樹木と湖面に浮かぶ船は影になっている。この大きさと中景、後景の大きさの対比が、奥の風景の大きさを対照的に強調している。そして、後景の山は暗い雨雲にけぶっている。ここでは、明と暗、遠と近、大と小が対照的に置かれて、この対照が劇的な雰囲気を盛り上げていると言えます。そして、後景の山容が真ん中がくぼむV字の形になっています。これは前回で見た「ウォリスの岩壁付近のエイヴォン川」でもそうなのですが、ターナーは山を描くときに川や湖と一緒に描くことが多いのか、ターナーの志向性なのか、山容を真ん中て屹立させるような構図よりも、真ん中を溪谷や谷間して鋭く切り込ませる構図を好んで採っているようです。この作品でも、ちょうど虹の端がV字の底に落ちていて、そこに陽光が差して輝いていて、そこに視線を集めるような構図になっています。この構図について、後でゆっくり考えてみたいと思います。

Turnersnowdon「ナントレ湖越しに望むア・ガーン山、遠方にスノードン山」(右上図)「スノードン山と深い谷、隊列を組んで進む軍隊」(右図)という、未完成の水彩画です。水彩画といっても、前の「バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨」という油彩作品しサイズは変わりません。これは、「崇高」という印象を与えることを考慮すれば、画面が小さければ人は見下す視線をとってしまい、自然の脅威に畏れる感情は起こりません。その効果を考慮しているのではないかと思います。この二つの作品の構図を見てみると「バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨」では、右手前のア・ガーン山と左遠景のスノードン山の間はV字に切れ落ちています。また、「スノードン山と深い谷、隊列を組んで進む軍隊」はVに鋭く切れ落ちた溪谷が中心にあって、そのV字の稜線が幾重にも奥に連なって、再奥にそびえるスノードン山の山容は真ん中ではなくて左手によっていて、真ん中は空にあてられています。解説では、ターナーは山を「崇高」さを表わす素材として見出したように説明されていますが、ターナー自身は必ずしも山を描きたいと思っていなかったのではないかと思います。参考にノルウェーの画家ヨハン・クリスティアン・クラウゼン・ダールの風景画を見て下さい。中央に白銀の険しい山岳が屹立するように描かれていますが、この山容そのものが人事を寄せ付けない厳しい自然の「崇高」さを感じられるのではないでしょうか。山そのものを描くことで、「崇高」さを表わすことが十分可能であることを、この作品はTurnerdahru示していると思います。これに対して、ターナーは山を描くとしても、ダール(左図)のように中心に置きません。しかも、山をはっきりと描くことはせずに、遠景でどちらかというとぼんやりと霞むように描いています。もう一つ参考に、アルプスの画家ジョバンニ・セガンティーニの晩年のアルプス三部作のうち「生」という作品です。この作品では、必ずしも山が中心に描かれているわけではありませんが、背景で遥かに聳えるアルプスの厳しい岩稜が手前の人の生活と対比的に見ることができ、自然の厳しさが想像できるものです。セガンティーニ(左下図)のように遠景の山を明瞭に描くこともできたはずなのに、ターナーはそれもしていません。それは、どうしてなのでしょうか。V字の構図、あるいは遠景の山を明瞭に描かないということは、V字の構図で生じている空隙を埋めている空、あるいは空気、もっと言えば虚無の空間を実はターナーは重視していたのではなかったのか、これは私の仮説です。このことを頭の片隅に置きつつ、これからの作品を見ていきたいと思います。

Turneralps自然に寄り添うターナーの「崇高」の解釈は、歴史や神話の出来事をテーマに据える野心的な油彩画の大作の土台ともなった、「エジプトの第十の災い」には、神がエジプト人の初子たちに加える激しい懲罰の視覚的な隠喩として、崇高のイメージの中でもとりわけ厳しいものが用いられている。と解説れている「エジプトの第十の災い:初子の虐殺」(右下図)という油彩の大作。ターナーはニコラ・プッサンの画法を模倣した。平面を重ねて奥行を出したり、暗い色調を用いたりしているところに、プッサンの影響が明瞭に表われている。プッサン風の「歴史的崇高」に加えて、ターナーは「黙示録的崇高」と呼ばれる表現も採用している。前景で子ども死を悼む女たちの姿によって表わされる物語の詳細は、雷雲、強風になぎ倒される木々、劇的な光と影の対照などに圧倒されて目立たず、作品は全体として、ターナーが繰り返し主題とした、圧倒的な自然の威力の前でなすすべもない人間の無力さを強く印象づけるものとなっている。と解説されています。

Turneregypt私には、ここで見た風景画の書法に人物が加わり、サイズが大きくなったことで表面的な迫力を感じさせるようになったということで、基本的に風景画とは変わらないように見えます。ただし、歴史画ということで、絵画作品の背景に物語が既にあって、その物語を知っている人はその一場面として見るでしょうから、風景に対して過剰な意味づけをしようと。することになります。そのときに、ターナーが「崇高」ということを見る者に感じさせることを志向していたとすれば、このことは有利に効果的に働くでしょう。物語に崇高を感じていた人たちが、その場面を見れば、自ずと崇高を感じ取りやすくなるわけですから。それは。参考として見ていただいているプッサン(下図)に比べてターナーの作品で描かれている人物に動きがなくて、まるでビルディングの建設現場にある簡易予想図のイラストの人物のように建物の添え物の域を出ていません。

Turnerpusan


« ターナー展(2)~Ⅰ.初期│BEGINNINGS | トップページ | ターナー展(4)~Ⅲ.戦時下の牧歌的風景│TUNER’S PASTORAL VISION IN A TIME OF WAR »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ターナー展(2)~Ⅰ.初期│BEGINNINGS | トップページ | ターナー展(4)~Ⅲ.戦時下の牧歌的風景│TUNER’S PASTORAL VISION IN A TIME OF WAR »