無料ブログはココログ

« 電車で席を譲られた | トップページ | ターナー展(6) »

2013年12月11日 (水)

ターナー展(5)~Ⅳ.イタリア│ITALY

ナポレオン戦争が終わり、イギリスにとって平和が戻った1819年、ターナーは43歳になって、初めてイタリアを訪問したそうです。当時のイタリアは、芸術・文化の先進地域であり、古代からの豊富な文化遺産に溢れ、グランドツアーの憧れの地でもあったでしょう。そこで、ターナーは多くの先人の遺産に触れたり、南欧の陽光を目にしたのかもしれません。また、画家の商売ということを考えればイタリアの名所旧跡を描いて帰国後に売ることは、目論んでいたとのではないか、個人的には、そうであったとしたら、理解しやすい人ではあると思います。

Turnervatiターナー本人にとってもイタリアは憧れの地だったのでは、と思います。1928年にもイタリアを訪問していますが、このイタリア訪問の影響のもとにある作品は、ターナーの作品の中では、空が抜けるような青空で、いつものような陰影がなくすっきりしていて、輪郭のはっきりした風景になっているので、彼の風景作品の中では異質に見えます。とくに、この後の晩年の作品で、明確な輪郭とか鮮やかな色彩とかと正反対の方向に向かうことになるので、このイタリア訪問を契機にした作品は、突出した印象を与えます。

「ヴァティカンから望むローマ、ラ・フォルナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ」は1.7×3.3mの大作の油絵です。手前のヴァティカンの回廊の有り様を前景として、下に広がるサン・ピエトロ広場を見下ろすような中景になり、遥かにローマの街並みからアペニン山脈を遠景として見晴らすという三段階の平面を重ね合せたような構造で、細長の大画面を見飽きさせない工夫が為されているように見えます。前景の回廊は、まるで凸レンズで見るような真ん中がへこんで周囲の回廊に囲まれている様が見て取れるようになっていて、回廊に施された文様の装飾が見えやすいように、回廊の天井に描かれた壁画まで細かく描写されています。それは、そのさらに手前に赤い模様の入った布で覆われたテーブルを配し、あたかもその絵を観る者の目前にテーブルがあるかのようにテーブルを手前を省略して向こう側、つまりは絵の側の半分だけを描き、描かない半分は観る者の側にあると言わんばかりに、観る者が臨場感を以って絵に入り込みやすくする工夫が為されています。その点に立って目の届く回廊を見渡す、見えてくる光景が凸レンズで見たようなものになってくるというわけです。そして、回廊の手すり近くには人物を配し、その人物が見下ろすようなかたちでヴァティカン広場の様子が鳥瞰的に描かれています。つまりは、手前の細かな装飾まで観る者に臨場感を持たせるように描かれた前景から、今度は、その前景に描かれた人物の視線に乗り換えて、回廊の下に広がる広場を望むという構造です。ここで、中景という異なる平面にスムーズ移るために、視点の移動を人物を配することによって巧みに行っているように見えます。その橋渡しをしているのが、画面左側の建物です。ここが前景と中景の転換点で、これがなければ、前景と中景に断絶が生まれてしまうようになっています。以前に見たようにターナーは建築物とか船舶とか生命の温か味とか柔らかさを持たない、冷たいほど明瞭な輪郭を有したものを描写するのに巧みで、石造建築が密集しているヴァティカンからローマの光景は、田園風景よりも、ターナーには描き易かったのではないか、と思います。しかし、このようなものは、かっちりと描くことができますが、下手をするとそれで終わってしまう。逆に樹木とか川といった自然の曖昧な輪郭は、ある意味描く側がいくらでもスパイスを利かすことができる。前のところでも、ターナーの作品はコンスタブルのような見たままを描写するのではなくて、それに付加価値をつけて、例えば物語を想像させるといった何かつくりものめいたものであるところに特徴があるとおもうわけです。いうなれば、観る者を惹きつけようとする、よく言えばサービス精神のようなものです。それを、この作品では、視点の移動を巧みに用いることで観る者を飽きさせない工夫を施しているといえるのではないか、と思います。そして、実際のところ、ターナーの作品は平面的に見えることが多いのですが、それで書き割りのような立体性を持たせていると思います。さらに、こんな工夫をさせたのは、画面の3分の1を占める、抜けるような青空と、物体の形状をはっきりさせずはいられない燦々と降りそそぐ乾いた陽光です。イングランド重く湿った空気と光は背景に暈しを入れることができますが、この風景では、それができない。はるかに、遠景のアペニン山脈が遠く霞むようなのが、かろうじて暈しが使われているというところでしょうか。全体として、工夫が凝らされた大作ではあるのですが、制作期間が短かったのでしょうか、薄塗りで素早く描かれた感じがします、それが、どこか仕上げが甘いというのか、どこか大作の重厚感に欠けた印象もないではありません。

Turnerreguターナーは1828年に2度目のイタリア訪問をします。その時に制作されたのが「レグルス」という作品です。今回の展覧会ポスターにも使われた作品で、今回の展示の目玉ということなのでしょう。レグルスというのはポエニ戦争でカルタゴの捕虜となったローマの将軍のことで、かれは暗い地下牢に監禁され、瞼を切り取られた後、牢獄から引きずり出され、陽光に当たり、失明したという伝説があるそうです。ターナーはその瞬きできないレグルスの目に眩いばかりの陽光に晒さられる瞬間、レグルスの目に映ったであろう瞬間を描いたということです。レグルスにとっては目を焼き尽くす、燃え盛る白熱の太陽が、画面の中心にあって、絵を観る者は烈しい光は、あたりを神々しく照らす光の洪水にも見えなくもありません。この作品の構図はクロード・ロランの「夕日の港」を参考にした、というよりはパクッたものであることは明らかです。しかし、陽光の描き方がターナーの作品を違ったものにしています。「ヴァティカンから望むローマ、ラ・フォルナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ」以上に風景を“つくった”のがこの作品ということでしょう。一応、歴史画ということなのでしょうが、形は風景画です。それに演出を加えるというターナーの制作方法は、ここで、かなりエスカレートして突き詰められたと言ってもいいのではないでしょうか。構図は、クロード・ロランの作品から持ってきたものではあのでしょうけれど、前の「崇高」な風景画を制作していたときに頻繁に用いられたV字型の構図そのものです。左側の帆船の帆柱と右側の港の建物は、「崇高」な風景画の深く切れ込んだ溪谷の岩肌とおなじ構図です。そしてV字に切れ込んだ中心の空虚に、この作品では太陽がある。ただし、太陽そのものは眩い陽光のゆえに見えません。描かれていないんです、太陽は。そこには光だけがある。というよりも光は物体ではないので、光に映える空気や、海面や建物や船があるだけです。つまりは、V字型の構図の中心には何もない空虚になっているわけです。だからこそ光という物でないものが強く印象的という以上に神秘的に表現できたと言えると思います。そして、強い陽光に目がくらんで「ヴァティカンから望むローマ、ラ・フォルナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ」では明瞭に描かれた建物や船がぼんやりとしてしまって、ターナーがイギリスの風景を描いていた時と同じような霞む風景になっています。これまで、イギリスの風景を描いていたと同じやり方で、イタリアのどこまでもはっきりした風景Turnerroranを描いてしまったことになります。これは、ぼんやりとした風景を見慣れていたイギリスの人々にとっては却って馴染んだ風景でしょうし、それに伝説という想像の付加価値がついて、ぼんやりとして風景が正当化されている、ということで感動のお膳立てをしてもらっているようなものです。ターナーは、そういう絵を観る人々をみて、「してやったり」とほくそ笑んだのではないでしょうか。これは、私の想像ですが。そして、この想像をさらに進めれば、このような成功に気をよくしたターナーは、このような演出を加速させていって、演出の要素がどんどん大きくなって、しまいにはもとの風景がどうでもいいようになってしまった挙句が、晩年のもやもやして何が描かれているのか分らないような作品にまでエスカレートしていってしまったのではないか。これは、私の妄想です。

Turnerharoそして、「チャイルト・ハロルドの巡礼─イタリア」という作品も今回の目玉のひとつということでしょう。イタリアの風景を描いているのでしょうけれど、全体の感じは、以前にイギリスの風景を描いた「イングランド:リッチモンド・ヒル、プリンス・リージェントの誕生日に」と似通っています。つまりは、この時点で描かれた風景の違いよりも、風景をどう描くか、どう演出するか、ということにターナーの主眼があったことの証になっているのではないか、と思います。ここから、描く対象となる風景そのものがなくなってもいいではないか、と考えることとは紙一重です。

« 電車で席を譲られた | トップページ | ターナー展(6) »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ターナー展(5)~Ⅳ.イタリア│ITALY:

« 電車で席を譲られた | トップページ | ターナー展(6) »