N社の野望、続きの続き
先日、N社の決算説明会を見学してきました。以前に「N社の野望」として投稿した会社です。今回は、その後の経過報告のような感じです。決算数字は増収増益で、今期に入って何度目かの業績予想の上方修正を発表。つまりは、今期の初めに、今期はこれだけの売上や利益を見込んでいるとかこれを目標にして頑張るという数字が、ふたを開けてみたら実績がその見込を上回るペースで、このままいけばその目標を大きく上回ってしまうので、その目標をもっと多い数字に修正する。それ何度も行うということは、実績のペースに加速度がついてどんどん上がっているということです。実際、過去以降の成績になりそうという結果です。
これは、これまで事業改革として、以前のモーターの専業メーカーからモーターをメインとした制御システムの提供者に脱皮し、グループ内の組織や体制を根本的に編成し直し、つまりは、別の会社に変質させてしまうほどの大きな変革を進めて、その成果がようやく現われ始めて好決算となったということでした。
N社長は言います。数年前のアメリカ金融市場での、いわゆるリーマン・ショックに端を発して、日本の輸出を牽引してきた自動車や電機メーカーが急速に業績を落ち込ませ、歴史的な円高が長期間続き、国内はデフレで閉塞的な空気が蔓延し、その隙を突くように中国などの新興国企業の追い上げにあい、日本企業は従来の事業を漫然と続けていくだけではじり貧になった挙句消滅してしまうことが避けられないことが、はっきりした。だから、この数年は、辛抱して、事業変革を進め、将来に向けての成長の種を捲いてきた。それがようやく実を結びつつある。マスコミや政府や学者は円安だのアベノミクスだのと言うけれど、このように数年かけて身を切るような変革を企業がやってきたことが漸く結果となってきたのが、このところの上場企業の業績の回復なのだ、といいます。例えば、業績好調な自動車メーカーを見てみれば、4年前に売っていた車と今売っている車は、全然違うものです。これは、単なるモデルチェンジというのではなくて、ガソリンを燃料とする、より速く、より快適な車から、エコカーをはじめとする安心で、便利な車へと、自動車というものの定義が変わってきている、さらに、日本や北米という先進国相手に専ら販売をしていたのが、新興国にシフトして、販売先も大きく変わり、それに伴い、世界規模で生産や販売の体制が変わってきたのが、ようやく回り始めた。だから、企業が業績回復してきたといっても、企業によってその程度が違うのだ。円安だから業績が回復したのではないのだ。円安は企業の背中を押したことはたしかだけれど、円安だけで業績が回復するような企業は円高が長く続いた中で淘汰されてしまっている。
実際、N社は、もともとはパソコンのハードディスクにセットするファンのモーターの専業メーカーです。しかし、パソコンは、スマートフォンなどに押されて、現在は、それ程成長している業界ではありません。そこでN社はモーターに制御装置をセットして、モーターをメインとした制御装置への転換を進めました。例えば、自動車では、目に付くものだけでも、パワーウィンドやバックミラーなど様々なところでモーターを使っています。見えないところでも、ブレーキの制御や変速機その他、細かいところで無数のモーターを使っています。N社はそこにモーターを納めるというのではなく、そのモーターをメインとしたコントロール部分をユニットで自動車メーカーに納める事業をはじめ、ゆくゆくは自動車のモーターを使う部分を全部まとめてユニットとして売ろうとしています。これが、自動車メーカーが生産する自動車を根本的に変えようとして、生産ライン等の体制を再構築する動きに、うまく乗ることができそうだ。それによって、パソコンのハードディスクに依存していた事業体制が、販売先を広く分散させることができることになった。自動車そのものは新しい市場を開拓するのではなくて、従来の自動車が新しい自動車に買い替えられていくにつれてN社のユニットを必要とする自動車が相対的に増えていくので、確実に売上を伸ばせることになるわけです。これは、自動車だけでなく、家電や産業機械にも入り込めるので、N社は第2の成長ステージに入ったと宣言しました。
長々と書きましたが、私はN社のスポークスマンではありません。しかし、円安とか株高とか、そのような外部事情で業績が良くなったのではなくて、企業が経営者が日夜努力して勝ち取ったのだ、ということを堂々と述べる姿勢には、潔さを感じました。また、元気をもらった気分です。実際、数年前の閉塞的な状況の時に、N社の社長は沈みがちな風潮のなかで、「今が変革のチャンスだ」とばかり、出席しているアナリストや投資家を煽るように力強く語っていました。その時は、数百人を相手に一人で立ち向かって鼓舞する、この人のパワーに圧倒されたものでした。
しかし、今回はそういう煽るような姿勢は薄れ、というよりは影をひそめ、こころもち慎重な姿勢に変化したように感じました。これは、沈みがちな状況では無理してでも人々をリードしていたのが、今はその必要がなくなったということなのか、事業が成果の刈り取りの時期に入りじっくりと成果を見守る段階にはいったということなのか、私は社長さんを個人的に識っているわけではないので、なんとも言えませんが。気になりました。実績というと具体的にユーザーとの関係、例えば自動車にどのように制御システムがあって、そのどこに売れたとかということは自動車メーカーとの関係上機密事項になってしまうので、どうしても歯切れは悪くなってしまうので、そう感じたのかもしれません。
また、ちょっと気になったのは、事業変革というのはいいのですが、それは、端的にいえば、それまでパソコンのハードディスクのファンモーターを生産範囲倍してきた量産品メーカーから、自動車や機械のコントロールユニットという高付加価値製品の開発販売にシフトしていく、というのが基本的な方向性と考えられます。で、この基本方向って、どこかで見たことがあるものです。例えば、落ち込む前の半導体メーカー、あるいは主要な家電メーカーも量産品から高付加価値ということをうたっていました。それにより、無駄なシェア獲得から利益を求める高収益企業に脱皮する、と。その後のこれらの会社の惨状はご存知のことと思います。高付加価値を追求して、基盤が細り、オベリスクのような状態になり、ライバルの新興国メーカーの成長がスビードアップしていく中で追いつかれてしまい、苦労して開拓した高付加価値市場を浸食されてじり貧になってしまった。N社の説明している戦略も、たしかに説得力はあるのですが、突き詰めれば、その二の舞となる危険はあると思います。そういう先行事例とN社の戦略の違いはどこにあるのか、それははっきりしません。もっとも、こういう戦略にはそういうリスクは必ずついてまわるもので、今は、チャレンジすることに全力を傾けるのだ、と言われればそれまでですが。もともと、N社は社長のワンマン体制の企業で、社長の眼の届くところで、細かいところまで直接指示かあって成長してきたと聞いています。単一の量産品の生産販売なら、その眼も届くでしょうが、高付加価値製品ともなれば、製品の種類は格段に増え、ユーザーに合わせた柔軟で臨機応変の対応がより求められてくるでしょうが、その時に社長のワンマン体制で目が届くのか、そうなった場合、社長の経営姿勢にも変換が求められてくるはずです。その辺のことは、説明会に出席していた、企業をみるプロの人たちが質問していなかったので、何かあるとは思うのですが、説明会では説明されていませんでした。逆境であれば、みんなでまとまって一致団結しようということになりますが、反転攻勢となった今、これからは、きっと行き方を変えなければならず、そのことを社長自身が一番よく知っていると思います。それだけに、単純に元気にいこうと言えるものではないのかもしれません。
沢山の元気をもらいましたが、考えさせられることも多い説明会でした。
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