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2014年1月21日 (火)

江戸の狩野派─優美への革新(1)

Edo どんよりとした曇天で、傘を持って行こうか迷うような空模様の日でした。美術館に立ち寄るのなら、傘は館外の傘立てに預けねばならず、いつもポロ傘を遣っている身としては、恥ずかしい思いをするので、持って行こうか迷いました。出光美術館は、初めていくところで、不案内ゆえか、東京駅から少し歩くことになり(有楽町が最寄駅で、一駅分歩くことになった)、小雨の中で、結局、傘をさして歩くことになりました。この辺りの地理は、私には不案内で、隣にある帝劇も行ったことがなく、危うく間違えて入ってしまうところでした。上野の美術館のような単独の建物ではなくて、ビルのフロアにある美術館のようなので、勝手がわからなかったです。ビルの玄関のところに、案内の人がいて、美術館専用のエレベータまで案内してくれて、ようやく辿り着けました。多分、あの案内の人は、初老といっていい恰幅のある男性だったので、出光を定年退職になった人とか、そういう人なのではないかと思ったりしました。美術館には専門の学芸員もいるのでしょうけれど。それ以外では、そういう人が結構いそうな感じでした。

平日の午後で、しかも雨模様の天気ということでしょうか、それともこういう展覧会は人気のあるものなのか分かりませんが、館内は混み合うこともなく、静かに落ち着いて見ることができました。美術館の立地のせいなのか、出光美術館の特徴なのか、ビジネススーツの人が結構目立ちました。私も、その一人ではあるのでしたが。出光美術館の館内は、比較的古いビルのワンフロアを占有して展示しているので、美術館というよりは広いロビーという印象で、天井が低く、展示する壁面が少なく、沢山の展示は難しいように見えました。日本画の展示ということだからでしょうか、作品がガラスケースに収められて、あまり近づいて見ることができなかったのと、展示のために壁面をとると、その壁面に囲まれたスペースが生まれ、それを埋めるためなのでしょうか、ケースに入れられた陶磁器が多数展示されていたのが、却って私には、絵を観たいのに、余計なものが視野に入り、邪魔でうるさく感じられました。どうしても、個人コレクションで美術館を作ったというのは、集めたコレクションを他人に見てもらいたい(見せびらかしたい)気持ちが強くなるのでしょう。

ただ、展示された作品は、私にとっては、近来にない発見の場となりました。このところ、近代日本画の展覧会を、分らないながらも見てきて、どこかすっきりしないフラストレーションが溜まっていましたが、今回の展覧会で、それを払拭とはいかないまでも、ある程度解消できたからです。横山大観、竹内栖鳳、速水御舟その他、観てきましたが、今回みた狩野探幽をはじめとした江戸初期の狩野派の絵師たちの作品の方が遥かに面白いし、絵画になっているのをまざまざと見せつけられたからです。横山大観や竹内栖鳳といった近代日本画の展覧会に行くと、狩野派に対しては、創造性を失った守旧派でパターンの繰り返しに堕してしまったというように解説されていたイメージがありました。それは、外れではないのでしょうが、実際に展示された作品を見てみると、その意味合いはニュアンスが異なっているように思いました。それは、様式を作るということと、作られた様式を所与のものとして受け取るかの違いではないか。とくに、近代の画家たちは、批判的に捉えることによって、自己の方法の新しさをアイデンテファイする必要があった。その対象として狩野派は格好だったということだったのではないか。印象派の画家たちがアカデミーの権威を守旧派として批判したのと同じようなことです。それは、作品自体による、ということもあったのでしょうが、政治的な意図(自らのスタンスを確認し、それを対外的にアピール)も多分に含まれていたことによるものではないか、と思います。しかし、実際に作品を観てみると、こんなに面白かったのか、と目から鱗の落ちる思いでした。具体的なことは、この後お話ししたいと思います。

主催者あいさつの中では次のように述べられています。“江戸狩野の祖となったのは、狩野探幽でした。画才豊かであった探幽は、祖父永徳同様に時代に適う新様式を創りました。それは余白を生かした優美・瀟洒な絵画様式であり、限られたモチーフで詩情溢れる豊かな空間をつくることに特徴があります。探幽の画風は、尚信、安信、益信、常信といった、江戸狩野の絵師たちに継承されていきます。探幽の絵画様式を継承した江戸狩野の絵師たちは、“独創=芸術”という概念が一般的となる近代以降に“粉本主義(手本の模写ばかりを重視すること)”という言葉で、厳しく非難されてきた歴史があります。しかし、画派としての“型”の継承を重視しつつも、それぞれに個性的な絵画作品を制作した絵師は少なくありません。本展では、探幽の写生画や模写を含む様々な絵画作品を特集し、新時代を拓いた探幽芸術の革新性や、その旺盛な創造力をご覧いただくとともに、江戸狩野の草創期に活躍した他の重要な絵師たちの作品にも目を向けながら、探幽をはじめとする“江戸狩野”が、本来もっている清新な魅力を再発見いたします。”

なお作品の展示は次のような章立てで為されていました。

Ⅰ章 探幽の革新─優美・瀟洒なる絵画

Ⅱ章 継承者たち─尚信という個性

Ⅲ章 やまと絵への熱意─広がる探幽の画世界

Ⅳ章 写生画と探幽縮図─写しとる喜び、とどまらぬ興味

Ⅴ章 京狩野VS江戸狩野─美の対比、ぢっとが好み?

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