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2014年1月26日 (日)

江戸の狩野派─優美への革新(5)~Ⅳ章 写生画と探幽縮図─写しとる喜び、とどまらぬ興味

Edohakkan 「白鷴図」を見ると、その迫真性に驚かされます。これを見ただけで粉本主義という、お手本をなぞるという批判は、狩野探幽に関する限り的外れであることは、火を見るより明らかです。むしろ、これほどの写生を、近代日本画でも、あるいは鳥獣画で人気の若冲でも、やっていたか、問いかけたくなります。画像でみると迫力が半減しますが、実物を見た時の迫力と精緻さには圧倒されてしまいました。つがいであろう2羽のポーズも図式的というよりは、動きを一瞬で切り取ったようなダイナミクスを孕んだ図像です。これに比べると若冲の花鳥画が様式的に見えてしまうほどです。おそらく、実物の白鷴を見て、その場でスケッチしたのではないか、というほどリアルで、狩野探幽のデッサン力はかなりのものだったと思わせるものです。そして、その精緻さ、羽毛の一本一本が細かく描き分けられていて、しかし、それをやりすぎると重くなってしまうところを、透明感をもたせて、鳥の身体の軽さを失わせていない、構成力は凄い。細密に描き込まれているのに、羽根は透き通るように軽いのです。この辺りの技法のことはよく分りませんが、解説での説明を引用します。“雄(白い方)の体毛には胡粉を用いてつね透き通るような白い羽毛が精細に描かれている。特に、首から肩にかけての白毛は、レースのように軽く、柔らかそうな質感を見事に表わしている。近接して見ると、首部分の黒い体毛には、群青が塗り重ねられており、さらに腹部の黒い体毛には、緑青が塗り重ねられている。光の加減によっては微妙に青っぽく、或いは緑っぽく艶光する黒色を捉えようとしているのである。た、雌にも茶と黒線による緻密な体毛表現が同様に見られる”。

Edoturu_3 「白鷴図」のような写生の成果は、模写である「飛鶴図」(左図)にも反映されています。中国の元から明時代にかけて活躍した文正の「鳴鶴図」の羽根の精緻な描き方などは、相通じるところがあると思います。もしかしたら、制作年代は、こちらの「飛鶴図」の方が古いので、模写した文正の作品の技法を習得して、「白鷴図」に用いたのかもしれません。こちらの方は、構図としては多少図式的に見えるのは、模写ということからかもしれません。しかし、これはこれで、十分作品になっていると思います。

面白いのは、後の狩野安信がこの構図をそのまま引用して「松竹に群鶴図屏風」(下図)の中で、様々な鶴のポーズの中の一つとして使っているということです。このように、おそらく、後世の狩野派の絵師たちは引用を繰り返していったのかもしません。その際に、当初の狩野探幽のような精緻で繊細な筆遣いまで真似することは出来ず、徐々に図案のみが独り歩きして、生き生きとしたものを失っていったのが、後に粉本主義と批判されるようになったのかもしれません。これは、何も絵だけに当てはまるものではなく、手順をマニュアル化して明確化する試みをするとマニュアルが独り歩きして、本来は豊富な手順の手がかりであるマニュアルが後の引き継がれた世代ではマニュアルでしか手順を踏襲できなくなってしまうことは、どこにでも見られることです。往々にして、マニュアル通りに手順を踏んだ作業は、やっていて面白くなく、その結果として出来たものには生気がなくなっているものです。

面白いことに、この鶴は後世の伊藤若冲も模写をしていたようです。

Edoturu2_2

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