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2014年2月28日 (金)

宮崎裕助「判断と崇高」(16)

Ⅲ 美的─政治的 美学化と決断主義への抵抗

5 政治的判断力

第Ⅰ・Ⅱ部は、カントの『判断力批判』に焦点をあて、アポリアにおける判断力の問題を、美的判断力批判の文脈で練り上げることが試みられた。その結果、反省的判断力から美的判断力へといたる経路において、判断を構成する「美的なもの」が、美学の可能性の条件でありながら、所定の美学的カテゴリーには還元されない批判的な契機を宿していることが明らかになったのであり、そうした「美的なもの」の力を解明する諸相にこそ、われわれはカントの「崇高の思考」を標定しようとしてきた。しかし、この批判は、狭義の美学批判にとどまるものなのだろうか。そうでないとすれば、それは如何なる射程を孕んでいるのだろうか。第Ⅲ部はそのような問いに答えることを目指す。それを述べる前にまず、ここまでの議論の要点を整理しておこう。美を範例とした趣味判断の理論に対して、カントの崇高論に見出される論理とは、感性的には「表出=呈示不可能なもの」を、表出の失敗やその不可能性(不快の感情)を梃子にして、有形な美的対象の感情(快)よりも高次な感情(不快の快)において否定的=消極的に表出しようとする、ひとつの弁証法的な論理である。そこから我々が主張してきたのは、崇高のこの表出論理が、美の呈示不可能な形式を積極的に媒介するにより、当の不可能性に対してひとつの呈示を与えるということ、要するに、崇高は、美の形式がまさしく否定的な形式として見いだされるための超越論的な条件をなすのだ、ということである。美しいものの成立には、つねにその不定形な形式を縁取るように、崇高なものの論理が働いているのである。カントの崇高論は、カント美学における表象の外部(呈示不可能なもの)をその内部へと取り込むことのできなる内化作用(我有化)の働きを担うという点で、当の表象体系を組織する超越論的原理とみなすことができる。

しかし問題はその先である。カントの『判断力批判』は、崇高の弁証法的論理そのものに即して、その限界を内側から画すような契機を含み込んではいないか。つまり、カント美学の表象体系には取り込まれないもの、ひとつの「呈示不可能なもの」としてすら取り込まれない絶対的に呈示不可能なもの、この取り込みの作用そのものを拒否する、もはや美でも崇高ですらもないものをもたらしてはいないだろうか。「美と崇高」の二項対立によって組織された表象体系の絶対的な他者、カント美学における、この反-弁証法的な感性形象にこそ、われわれは、構想力の過剰な暴力の可能性、あるいは「吐き気」の感性的な否認の経験を追究してきたのであり、「パラサブライム」と名付けうる、そのような契機にこそ、カントの「崇高の思考」の真骨頂を見定めようとしてきたのである。

判断への問いは、美学的な問題設定にとどまる課題ではない。本書のこれまでの議論から引き出されることは、カント哲学に胚胎していた「決定の思考」が、美的判断をめぐる「崇高の思考」として露見するのだということである。これを逆に見るなら、「崇高の思考」がカント美学の内在的批判として解明される時、この企てはあらためて「決定=決断」を指向する、一定の政治的な射程をもつものとして現れてくるように思われる。してみると第Ⅲ部の問いは次のようなものとなるだろう。すなわち、美学批判としてのカントの「崇高の思考」は、結局のところ、いかなる政治的な含意のもとに解釈し得るのだろうか。要するに、その美学批判の実践的な効果や帰結はいかなるものか。ことさらに「政治的なもの」が問われるのは、20世紀における『判断力批判』の非常に影響力のある解釈として、ハンナ・アーレントが「政治的判断力」の概念を『判断力批判』から引き出していたからである。アーレントの「政治的判断力」の概念は、実のところ趣味判断の公共化に基づく「美の政治」をモデルとしており、アーレントの影響下で引き継がれてきた従来の判断力論は『判断力批判』の「崇高の分析論」の洞察を、政治的判断の問題として適切に考慮してこなかった。

アーレントは『文化の危機』において、古代アテネのペリクレスの「われらは質朴なる美を愛し、柔弱に堕することなき知を愛する」を「我々は政治的判断の枠内で美を愛し、柔弱という夷狄の悪徳なしに哲学する」と翻訳してみせた。ギリシャ語のエウレテイアには通常「節度」という訳語があてられるが、アーレントはそこから「狙いの正しさ」という、より説明的な訳句を経由しつつ、行為する術を心得ているという意味で「政治的判断」なる表現でこの語を理解する。他方、逐語的には「柔弱さ」を意味するマラキアは、ギリシャのポリスにとって切り離すべき「夷狄の悪徳」である。かくして、この二つの語にとって決定的に本来的な意味とは「厳密に政治的な」含意なのだと、アーレントは強調する。すなわち、この一文に告げられているのは、古代ギリシャの文化において「知を愛すること」及び「美を愛すること」を縁取る枠組みが、そもそもポリス、政治の領域であったということ、つまり本来「美や知は、ポリスという制度のなかでのみ愛することができた」ということなのである。ここで注意すべきは、エウレテイアにそなわる「狙いの正しさ」という含意を、アーレントが「いかに狙いを定めるか」すなわち「いかに判断するのか」を見極める能力へと言い換えている点である。アーレントによれば、判断するというこの能力こそ、一方では、哲学のために「柔弱さという夷狄の悪徳」を自らポリスから取り除くことで自己と夷狄を切り分け区別するという、政治的能力として解釈されるのであり、他方、エウテレイアとしてのこの判断力は、ペリクレスの一文では「美への愛」と不可分のものとして言われているのである。しかるべく愛すること、美的な事物への適切な関係をもつこと、アーレントはこれを「趣味」と呼ぶのであるが、この美への愛が「判断」という契機を介して、政治に対する一つの根本的な関係を明らかにするだろう。つまり「趣味とは政治的能力のひとつ」であり、趣味という判断力を介して芸術と政治、「美的なもの」と「政治的なもの」が交叉するところに「文化」として培われるべき人々の公共領域が開かれるのではないか。

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