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2014年2月 6日 (木)

生誕140年記念下村観山展(3)~第3章 ヨーロッパ留学と文展

Kanzanmire_2 Kanzanmire2_2 この展覧会の作品を通して観た印象では、欧州に留学して帰国後バリバリ描いていた、この時期が下村の画家としての絶頂期ではないかと思います。この時期の作品が群を抜いて興味深く、この後の再興日本美術院のころになると、晩年になるのか画風が変わって本来の持ち味を消してしまうような、敢えて言えば持ち味を生かすために必要な力の衰えを感じさせられます。この時期の作品で展示されているものは、どれをとっても興味深い。

ヨーロッパ留学時代に当地の作品を模写しているのが展示されていました。ラファエロ前派のミレイと当のラファエロというのが、結果としてそうなったのか駄洒落なのか、面白い取り合わせです。それぞれ、下村の模写(左側)と原本(右側)を並べてみると、下村の特徴が炙り出されて来るのではないでしょうか。下村は水彩や日本画の絵の具で紙や布に描いているので油絵の技法の使用には制限があるのでしょうが、平面的であることと輪郭線をはじめとした線が目に付くのが目立つ特徴といえます。例えば「椅子の聖母」をラファエロの原本と比べてみると、下村はスKanzanrafa_2 フマートの効果を必死に真似ようとしていて聖母の頬の感じなどそれなりの効果をあげてはいますが、その輪郭を明確に線を引いているので、ラファエロの柔らかい肌の感触や暗闇に融け込んでしまうような現実か幻想が判別としない神秘的な感じが出ていません。幼児キリストの足の部分などもそうで、下村の模写では聖母子というよりも普通の家庭の母子になってしまっています。それは、下村が幻想が描けないというのではなくて、立体的な空間という視点がとれないためではないかと思います。だから、背後の闇に影がとけこむような絵画的なフィクションがイメージできないのではないかと思います。とはいえ、ラファエロの丸めたポーズを幾重にも重ねるデザイン的な画面つくりは、前回に紹介した下村の「春日野」で細部を積み重ねるマニエリスム的な画面つくりの本家みたいなもので、下村にとっても興味深かったのではなかったのかと思います。しかし、このような模写は、いうなれば習作で普通なら破棄してしまうと思われるけれども、それを帰国後も描いて作品として仕立てあげてしまうところが面白いところです。

Kanzankinoma 「木の間の秋」という作品は、琳派を思わせる装飾性があると発表当時には好評を博したということですが、むしろ、ヨーロッパ留学で、彼我の違いを実感した下村が、例えばラファエロの模写で、やろうとしてできなかったことを、別のやり方で自分なりに工夫した結果が表われてきたものだったのではないか、という気がします。それは、前回に見た「春日野」にも見られた、あるいはラファエロの模写の底流にもあっただろうと思われるマニエリスム的な絵画のフィクションの全面的な展開です。この「木の間の秋」という風情ありげなタイトルとはかけ離れたように画面は細部が過剰です。秋の少し寂しげなイメージとは逆に、グロテスクなほど細部が溢れんばかりです。何か、魔物が現れそうなおどろおどろしさを感じないわけではありません。それは、琳派の様式化されたデザイン画のような装飾性とは別物のように、私には見えます。むしろ、ラファエロ前派のミレイ(下村の模写した画家です)の「オフィーリア」の溺死体の周囲に乱れ咲くような花々を想い起させます。ミレイの場合はアトリビュートとしての花に込められた象徴的な意味を過剰に画面に盛り込んで、それがまた全体の幻想性を高めています。下村の作品には、ミレイのような意味の過剰はありませんが、およそ日本の森林の秋の風景としては、現実性というよりは、この世にない風景という感じで幻想性を感じさせます。森林の主役である樹木は輪郭をくっきりさせず(朦朧体というのでしょうか)、樹の幹に絡みつく蔦や苔、下草といった脇役をあえて明確な輪郭を描くことで、前面に強調しています。樹の幹の一部をぼんやりと描くことで、奥行のない平面てきな世界の中で、森の深さと幻想性を効果的に表わしています。そういうフィクショナルな場面を作り、樹である松の葉(葉だけはくっきりと描かれている)や草の線や点が縦横に交錯して、それが画面に躍動感を与えているのです。端的にMireofiria いえば、混沌のエネルギーを様式化させようとしているように見えます。そこで、下村は線の使い分けとか、輪郭の強弱とか、技巧を用いて、平面性を生かしつつ、それを超えようと試みているように、私には見えます。これを装飾性というのは、私は適切ではないと思います。装飾という言葉には、本体と装飾部分を分けて、本体は別に措いておいて、本体にオマケとして装飾を付け加えるという意味合いがありますが、ここでの下村は、本体と装飾の立場を逆転させているのです。横山大観にも「千ノ與四郎」という庭にいる千利休を描いた作品がありも庭の葉が前面に出て利休の存在が霞んでしまうような作品がありますが、その作品での葉は下村ほど一つ一つが細かく描き分けられておらず、装飾の位置から出ていません。主役である利休を霞ませるところまでは行っていますが、取って代わるところまで行かないのです。そういう点で、下村の、この作品は大胆で突出しています。Yokoyamasen

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