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2014年2月 5日 (水)

生誕140年記念下村観山展(2)~第2章 東京美術学校から初期日本美術院

Kanzanjai 会場に入ってすぐ真正面に目に入ってくる作品が「闍維(じゃい)」という釈迦が入滅した後荼毘にふす場面を描いという作品です。横山大観の「屈原」と共に賞を受け、高い評価を受けた作品ということです。なお、右から2人目の人物が下村本人ということです。でも、どこかしっくりこないのです。人物に存在感がないというのか、群像を描いていると思うのですが、釈迦を火葬にして灰になっていくのを弟子たちが囲んでいて、それぞれの弟子たちに表情やしぐさにその弟子の性格や釈迦との関係が表われてくるといったものであると思うのですが、どの人物も同じに見えてしまうのです。少し違うかもしれませんが、レオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」を見ると横長の食卓に一列に並んだキリストと弟子たちが、キリストの告白に驚いたり、怒ったりとその中でユダがいるという群像の人々が描き分けられそこに強烈なドラマが起こっています。それを下村の作品に求めるのは畑違いかもしれません。しかし、このノッペリした人物たちは何なのでしょう。何か、無理して西洋絵画を取り入れようとしたギャップがそのまま出ているとか私には見えません。端的に言って挑戦は立派だけれど明らかな失敗ではないかと思います。

Kanzankumano 東京美術学校の卒業制作として描かれた「熊野観花」という沢山の人物を題材とした作品では、そういうギャップは感じられません。だから下村自身が人間という対象を描くのが下手というわけではないと思います。 このほかにも日蓮が路上で集まった人々に説法している場面を描いた作品もそうですが、場面をドラマとしてではなくて、風景として描いた作品は、細部まで精緻に描くという下村の特徴が良い方向に出て、丁寧に描き込まれた作品として成り立っていると思います。ただし、そこで描かれている人間は一人一人が個性や人格を備えた人物ではなくて、風景の中で空間を埋める人の形をした物体として描かれていると言っていいと思います。石ころと同列の扱いなのです。多分、もともとの性分として、キリスト教をベースにした存在の位階のような意識がないからではないかと思Kanzaneji_2 うのですが、人間を中心に描いていないし、そういう視点をもともと持っていないので、そういう切り口がないところで、ドラマをつくることは難しいのではないかと思います。これは何も明治の文明開化の時期に限った事ではなくて、現代に近い時代でも、まんがの世界でまるで写真のように背景を描き込みながら、人物についてはまんが独特のデフォルメした平面的でパターンを描く作家たちがいます。水木しげるやその影響下にある人たちで、例えば、つげ義春の「ねじ式」の一場面をみてもらうと海岸風景のリアルな描写に対して中央の人物の手抜きで見紛うほどの類型的な描き方に通じるところがあるような気がします。そもそも、日本の絵画というは、人物を描くのに適していないのではないかと思ったりします。それよりも、西洋絵画の人物を描くという考え方やそのやり方の方がユニークで他に類を見ない独特のものであるのかもしれず、私の絵画の見方というはそれに毒されてしまっているのかもしれません。下村の二つの作品を観ていると、そう考えさせられてしまうことがありました。

Kanzangenroku 下村自身は、そんな懐疑に捉われることなどなく、人物表現を追及していたのでしょう、それひとつが「元禄美人図」という作品です。画像は小さくて、それを全体として観ると平面的ですが、顔の部分をみてみると、浮世絵の美人画ややまと絵の人物とは異質な、美人とタイトルにありますが決して美人ではないけれど、特定の個性ある人物の顔が、しかも表情のはっきりとわかる顔を描いているのが分かります。後の時代に速水御舟がリアルを求めて「京の舞妓」という論議を起こした作品を描いていますが、こちらの方が遥かに生の人間を感じることができます。しかし、全体としては肉体をもった実存を描き切れていない。これは下村がヨーロッパに渡り西洋絵画を模写するときに、齟齬を感じされるのですが、それと同じ原因が、この元禄美人の人物表現にもあるのではないかと思います。私の個人的な感想ですが、下村の作品の中で、この作品が人物を描いた作品のピークではないかと思っています。「闍維(じゃい)」という大作のような内容空疎としか見えないものに比べて、とりあえず人間がいるという作品になっていると思います。

Kanzankasugano 「熊野観花」では人間が石ころと同列の物体として精緻に描き込まれていると述べましたが、石ころまでをも描き込もうとする妄念のようなところが下村の作品にはあると思います。その細部の描写ということには、この時期の下村の作品を観ていると、引きこまれるようなものもあります。「春日野」という作品。垂れ下がる藤の花の一つ一つを描き分けているのは、執念さえ感じます。鹿の毛の一本一本を鹿の模様に合わせて細かな線を引いていて、まるでその毛の一本一本が立っているようです。そして、鹿の座っている下草の葉を線で、これまた線で一本ずつ引いている。そして、鹿の毛の線の流れと、下草の線の流れが、それぞれ呼応しているかのように、リズムを作って下半分の流れを作り出しています。つまり、細部の描写がそれだけ単独で突出しているわけではなく、画面の中で上手く機能しているのです。しかし、この時の鹿と草の線は、細い線であるものの勁い線で鋼のようでもあります。そこでは、鹿の毛と草の質感の違いを描き分けるということは、あまり考慮されていないようにも見えます。それはまた、左下で垂れ下がる藤の花の背後にいるはずの鹿の毛が藤の花の前に出ていて、奥行の順番を間違えているかのような書き方にも言えます。画面の上半分は藤の花がまるで楽譜の音符のように画面を埋めていて、下半分の線に対して、点でリズムがとられていて、その飛び地というべきものが、下の草地の丸い葉が数枚あって、そこで点のリズムと線のリズムが交錯しています。そのような動きは全体を薄い絵の具で、透き通るように描くことによって、あまり前面に出して強調するようなことをさせないでいるため、そのリズムがそこはかとなく聞こえてくるような効果を醸し出していると言えます。その感じが全体に穏やかなリラックスした雰囲気の中で、動きを感じさせる効果を出していて、憩う鹿が止まっていないのです。解説によれば、朦朧体が使われているということで、発表当初は評判が悪かったということですが、私には、そうであったからこそ、線と点を対比的に使うことができのではないかと思います。私には、下村という画家は、細部を用いたマニエリスム的な画面操作をここ見ていたように受け取れる点で、当時の岡倉天心とその門下生の画家たちなどよりも絵画的な発想に独創性があったのではないかと思わせられるのです。

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