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2014年2月 7日 (金)

生誕140年記念下村観山展(4)~第3章 ヨーロッパ留学と文展(続き)

Kanzanogura2_2 「小倉山」という作品を観ましょう。最初に展覧会チラシで紹介した大作で、この展覧会のメダマとなる作品です。前回に見た「木の間の秋」は森林風景ですが、このような絵画空間に人物を加えたらどのようなことになるのか、という作品です。1双の屏風の左側は空間を大きく取り一本の樹木に横枝が交錯する構成で、一見シンプルな体裁をとっています。これに対して右側は人物を配したもので、こちらは稠密な森林という錯綜した構成になっています。まずは、全体を左右の対照的にすることでアクセントをつけています。これで見ると、右側の人物の配された稠密さがさらに強調されるようです。その右側の森林風景は「木の間の秋」以上に密度の高いものとなっています。ここでは紅葉という色彩効果が加わるため、線とバラエティに色彩のバラエティがさらに加わって、エスカレートしています。よく見ると木々の葉の葉脈一本一本まで丁寧に描かれています。金線いれて目立たせてまでしています。全体の構成も横に太めの枝を一本通して、中央の大黒柱のように色を違えた幹とで十字をつくって動きの線とで画面を四分割させて微妙に雰囲気を分けることで、混沌とした中でも全体として秩序感を作り出しています。そのためだと思いますが、人物が混沌に埋もれることを免れています。描き方の点でも、樹木は輪郭線を使わず、人物は線描で明確な輪郭を持っています。人物の顔の線は細いけれど勁い明確な線で、衣装は太くなるけれど色は薄くなって描き分けられています。衣装は、線があってもぼんやりした線であるため、細かく描き込まれた模様が引き立つように工夫されています。この作品について、マニエリスム的な細部の積み上げの効果は、幾らでも語れてしまうのですが、ここでは、それ以上に中心に描かれた人物が、埋もれることなく、浮くこともなく、ハマっていることが驚きでした。前回も参考として見ていただいた横山大観の「千ノ與四郎」では人物が背景に押されて生彩を欠いているのに対して、この下村の作品は、それなりに存在感があるのです。この展覧会の感想の最初のところで、「闍維(じゃい)」という作品では、群像の人物に存在感がないことを指摘しましたが、ここでは西洋絵画のような人格個性をもった独立した人物とは違いますが、画面に人物が存在していることに違和感も何もない。

Kanzanogura1 ここで描かれている人物は、やまと絵から抜け出たような表現で、西洋画に範をとったようなリアルな人間の描き方ではありません。そういう写生のように描かれた人物がとってつけたような、画面から浮いてしまうようなものでしかなかったのとは違うのです。また、従来のやまと絵の記号的なものとは何か違うのです。多分、やまと絵の描き方で下村が描いたのは、画面の中でパーツとしてハマることを優先的に考えたのではないかと思います。しかし、人物の顔の描き方を見るとヨーロッパ留学までして西洋画を身を持って体感してきた下村としては、従来ののっぺりした描き方に納まりきれなかった。そこでは、顔の陰影がつけられ肌の柔らかさのニュアンスが描き込まれています。そこで、やまと絵の人物の記号が人の温か味をもった柔らかい肌合いの肉体として表われたと言えます。とくに顔がそういうものとして描かれたことによって、観る側としては、そこに人の表情を想像してしまう。もしかしたら下村はそれを仕向けるようにして描いたのかもしれません。実際に、それとわかる表情までは描き込まれていないのです。顔の表情はあいまいなままです。それゆえにこそ、たとえばレオナルド・ダヴィンチの「モナリザ」のように表情がないところこそが観る者に表情を想像させてしまう。こういうと言い過ぎでしょうか。実際、他の作品を観ても、近代日本画が苦手とした人物表現にひとつの途を開けたようにも、思えるのです。しかし、私の知る限り、この方向での展開はなく、記号的なパターンに固まってしまったというのが後世の大方の画家たちの人物画だと思います。

Kanzandaio_2 そんな人物画の試みの例として「ダイオゼニス」という作品。この作品の老人のように描かれた日本画を、私の無知ゆえでしょうが、他に知りません。この作品以外にも、女性の肉体性を図案化したような「観音図」やキン肉マンのような「不動」といったチャレンジングでユニークな作品があり、人物としての存在感がとても感じられる佳品が多く見られました。この後の時期に入ると、下村自身も急速にパターン化に進み、人物が記号と化してしまって存在感を失ってしまうことになります。思えば、日本画で存在感ある人物を画面に定着させるというのは並大抵のことでは出来ないのかもしれません。下村という画家をして、ある気力の充実した時期だったからこそできたのかもしれません。そう考えると、1年の初めに、下村という画家の作品と出会うことができたのは、幸運以外の何ものでもないような気がします。この1年は幸先の良いスタートが切れたと感謝しています。

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