無料ブログはココログ

« 木島櫻谷─京都日本画の俊英─(2) | トップページ | ジャズを聴く(7)~「ハンク・モブレー・カルテット」 »

2014年3月15日 (土)

ジャズを聴く(6)~「ワーク・アウト」

ガイド・ブックなどでは、ハンク・モブレーが1960年から続けて制作した『Soul Station』『Roll Call』そして『Workout』を三部作として、さらにこの後20年以上たって発表された『Another Soul Station』を加えて、代表作として紹介していることが多い。ファンの間でも、この後に発表された『Dippin』よりも評価が高いようだ。この三部作になって、モブレーは、プレイ・スタイルを大きく変えたのか、と言えば、そんなことはなく(そもそも、彼はそんなに器用なたちではない。それは、この後のジャズが不遇となっていく時代のモブレーの不器用な身の処し方を見れば明白だ)、相変わらずのフレーズやサウンドを続けている。

では、さきほど述べた三部作における飛躍とは何だったのか。まず、表面的なことから言うと、この三部作において、アート・ブレイキーは未だ参加しているものの、ジャズ・メッセンジャーズで一緒にプレイしていた、言わば先輩たちから、同世代のプレイヤーに替わったということ。『Roll Call』では、必ずしも彼と音楽性の相性が良いとは言えないハービー・ハンコックと共演している。これは、内輪からの脱却と見える面もある。ある程度、異質な才能にも門戸をあけ、より開かれた方向性でプレイをしようとしたのが形になったということだ。これは表面的なことで、肝心なのはプレイしている音楽の中身だ。例えば『Soul Station』の2曲目「This I Dig Of You」の冒頭でピアノとベースが掛け合うようにリズムが上昇していくような上に乗るようにモブレーのサックスが入ってくるところ、とても印象的なところだ。ここでは、ピアノとサックスが絡み合うアンサンブルで相乗効果というか、それぞれの楽器が前に出て他方がバックを務めるのではなくて、双方が前に出ることで2台の楽器が1+1=2におわらず、2が3や4に加算されるような効果を上げている。一種のインター・プレイであろう。この場合、互いに触発し合うことにより高度の演奏を実現するという言葉の上ではキレイに聞こえるが、その実は自己主張の鍔迫り合いも必要だろうし、楽しくセッションするだけでは、その要件を満たさない。性格の良いモブレーも時には鬼となって自己主張をしなければならなかっただろう。それが、ここの「This I Dig Of You」では印象的な成果を達成している。そして、モブレー本来のマイルドなトーンや歌うフレーズを損なうことなく、むしろその特徴を更に印象深くし、彼の個性として際立たせることに成功している。50年代の彼のプレイがあくまでも、バップの枠の中で控え目にフレーズに歌の要素を入れていたのに対して、60年代のモブレーはバップの枠を意識させず、歌うフレーズが前面に出ている。ただし、ベースにはバップの土台がしっかりとあるため、親しみ易いながら、奥深い世界を作り出したものとなっている。それが、60年代初頭の3部作といえる。この時期のモブレーの達成は、バップへの危機感と、それを背景に周囲のミュージャンの方向性が分岐していく状況と、モブレー自身のミュージシャンとして成長していく上で越えなければならない壁に直面した時期が重なって、一時的な停滞を克服して、達した境地だったのではないか。

しかしまた、モブレーは自身の原点とも言える、その志向性を終生にわたり持ち続けたのではないか。何の憂いもなく、環境の中で音楽を虚心坦懐に楽しむということは、60年代に入ると難しくなってくる。その中でもモブレーは、ある意味では理想として、もはや追いつくことの出来ない世界、しかし、以前はあったという理想的時代としての過去の牧歌的環境への憧れ、いわばノスタルジーにちかい心情が漂っている。それが、これ以降のモブレーのプレイに、そこはかとなく感じられるしみじみとしたところ、一抹の哀愁の香りは、そんなところに起因しているのではないか。とくに、日本では一時期のジャズ喫茶で根強いファンがいたというのは、地方から東京に出てきて、学校や職場でふるさとに帰れないところに来てしまって、普段は故郷を想うことなどできない人々の故郷を想う心情とシンクロするところがあったのではないかと思う。

しかし、その後バップの衰退は明白となり、モブレー自身の音楽的な土台が崩れていく事態に追い込まれ、周囲のミュージシャンたちとの関係も崩れていく状況に追い込まれていったと思われる。モブレー自身ジャズ・ロックに挑戦したり、本来の資質であるバップに回帰した録音をするなどを試みている。とはいっても、彼自身の拠って立つ環境やバップという土壌と切り離せないところで音楽をやっていたモブレーにとっては、それなりのプレイをしてはいるが、どこか浮ついた印象を否めない。その後の活動は、徐々に花がしぼんでいくようになって、残された録音についても、比べると50年代や60年代初頭のものの方を聴くことになってしまう体のものとなってしまっている。

 

Workout

 

Jazmobley_work Workout

Uh Huh

Smokin'

Best Things in Life Are Free

Greasin' Easy 

 

Hank Mobley (ts)

Grant Green (g)

Wynton Kelly (p)

Paul Chambers (b)

"Philly" Joe Jones (ds) 

 

1961年3月26日録音

Soul Station』と同じ、モブレーのワン・ホーンの編成であるが、リズム・セクションの顔ぶれが違っている。それに、ギターが加わるというクインテットの編成。ここでは、『Roll Call』のような2管で競い合うところがなく、モブレーがリラックスして伸び伸びとプレイしている。彼のファンキーな特徴がよく出たゴキゲンで乗りの良いハード・バップに仕上がっている。一曲目の「Workout」はドラム・ソロで始まるが、『Roll Call』でのアート・ブレイキーのような炸裂するようなものなく、軽い感じで突出しないで、つづくモブレーサックスとギターとのユニゾンでのテーマに淀みなく続く。リズム・セクションはタイトだが、『Soul Station』に比べるとメリハリのある固めな感じで、そこにメロディアスでソフトなトーンでのモブレーのサックスが乗ると、緊張感を失わず、しかも歌心あるプレイとなっている。これに続く、ギターが同質的なアドリブを歌いまわす。グラント・グリーンのギターは重くて太い音色でスウィングさせた後、ウィントン・ケリーのピアノが軽快な転がるような音で、パッと明るく視界が開けるような対照の妙も、絶妙のバランスでモブレーを引き立てている。モブレーという人は好不調の波があって、調子が良くない時は迷っているようなプレイをするが、ここでは絶好調で、ストレートで率直にフレーズが湧いてくるようだ。しかも、プレイが進むにつれて磨きがかかってくる。アルバム全体として尻上がりにどんどん良さが増していく感じだ。

この演奏に象徴されるように、このアルバムは、『Soul Station』の茫洋としたリラックスさ、『Roll Call』の少し背伸びしたようなハードさの中間、あるいは中庸の線を行っている。メンバーが、それぞれ出過ぎず、かといって互いを触発するようなバランスで、うまくモブレーを引っ込みすぎないように掬い出していると言える。2曲目の「Uh Huh」は、軽快なリズムに乗って、モブレーのファンキーなプレイが躍動する。この曲のような軽快で乗りで歌心あるフレーズが次から次へと出てくる、しかもハード・バップとしての水準をキープしているというのは、モブレーの独壇場なのではないか。この曲のテーマが、BESTLESの「Love Me Do」の冒頭を想わせると指摘していた人もいるが、この曲の親しみ易さゆえだろう。レコードであれば、3曲目からB面に入る。「Smokin'」。モブレーのプレイも、ここでギア・チェンジしてシフト・アップしてくる。“意外性のないハード・バップで、親しみやすくオーソドックス、それでいてどこか控えめなメリハリ感がある”というモブレーの見方での最良の演奏の一つではないかと思われる快演。アップ・テンポの曲はリズム・セクションが煽るのを、逆にモブレーが引っ張るかのようだ。モブレーのフレーズは同じようなフレーズを発展させていくのではなく、数小節単位で全く違う形のフレーズを次から次へと重ねて、それによって大きな流れができて、そのうねりの中で違うフレーズを重ねることによる変化が生まれてくるという行き方をするが、この曲では、フレーズの単位が小さく、それが軽快なリズムに乗って、細かな変化を生み出して、フレーズのメロディが乗りを引っ張る躍動感を生んでいる。続く2曲では、さらにノリノリで駆け上がるように、あっという間に終わってしまう。

« 木島櫻谷─京都日本画の俊英─(2) | トップページ | ジャズを聴く(7)~「ハンク・モブレー・カルテット」 »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ジャズを聴く(6)~「ワーク・アウト」:

« 木島櫻谷─京都日本画の俊英─(2) | トップページ | ジャズを聴く(7)~「ハンク・モブレー・カルテット」 »