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2014年3月12日 (水)

木島櫻谷─京都日本画の俊英─(2)

ふたつある展示室のうち、もう一つの展示室では、この博古館のもともとコレクションであった住友家が木島に制作を依頼した屏風が展示されていました。当時の財閥の盟主の邸宅を飾る屏風ということで、豪華さを演出する効果を期待されていたのでしょうから、それに応える必要があったと思います。関西という場所柄や、豪華さということから装飾的な行き方ということで、琳派の作風に近いものになったのでしょうか、金箔を貼った輝かしい屏風面に鮮やかな色彩で描かれた花鳥風月ということで、そう見えてしまうのでしょうか。

Konosimabyou3 「燕子花図」は尾形光琳の有名な「燕子花図屏風」によく似ています。というよりは、画像で見る限り模写といってもいいかもしれません。しかし、実際に見てみると、木島は装飾的であっても尾形光琳のような燕子花を図式化して、それをデザインのように屏風の平面空間にレイアウトして様式性の高い作品として作り上げるという、別の行き方をしています。木島の描く燕子花は花のひとつひとつが違うのです。図式化されていないのです。尾形光琳の場合には、大体が正面からの構図で、いくつかのパターンのコピー・アンド・ペーストのようにして配置されています。それが、花のヴァリエイションを意識したレイアウトによって、画面にどくとくのリズムを生んでいます。尾形光琳の作品がデザイン的というのは、そうこうことです。これに対して、木島の場合は正面を向いた花もあれば、横を向いた花もあるというように、それぞれの花がユニークです。しかも、尾形光琳の描く花は平面的で、まさにデザインですが、木島の描く花は立体的です。全体として装飾的な作品としては尾形光琳のような描き方の方が一貫しているように思えるのに対して、木島の描く花は尾形光琳という手本と比べれば、そんなことKonosimabyou31 までしなくてもいいのに、と思うほど場違いな感じがします。しかし、木島という画家は、そうせざるを得なかった、ということなのでしょう。近代日本画の著名な画家たちの作品を何点か見てみると、従来の日本の絵画を批判して、自分こそは革新的で新たな日本画ということを言っている割には、現代からの視線ですが、その批判している絵画との断絶よりも、連続性をより強く感じさせられるものが、ほとんどです。しかし、木島の場合には伝統的な作品を制作しようとして、そこに図らずも従来にない新しいものが出てきてしまっている、というように見えます。この「燕子花図」にしても、一見、尾形光琳の模写かと思ったら、その枠を飛び出すようなことがさりげなく行われていて、しかも、作品全体をブチ壊してしまう危険も敢えて冒しているように見える。木島の伝記的事実を見る限り、伝統的な京都の画家システムの中で終生仕事をした人のようで、ことさらに海外に留学したり、新奇を衒ったりということとはあまり縁のない人だったようです。その人が、あたかも内側から滲み出るように従来の日本画にないようなことをやっていた、というのは木島という画家のユニークさを表わしているのではないかと思います。

Konosimabyou2 「桜柳図」という桜の花を描いた春の構図です。これも桜の花と柳の葉という、装飾的な材料です。木島の描く柳の葉は、驚いたことに一つ一つがユニークなのです。ここでの木島は様式化を拒否しているかのように、私には映りました。そにには、描くものを活き活きと、手触りのあるものと描きたい、というような木島の本源的で抑えることのできない欲求を感じます。(残念ながら人物を描いた作品には、それがほとんど感じられません)それが、屏風という大画面で迫られると、圧倒される思いです。葉っぱの一枚一枚をリアルに執拗に描くのが、その葉っぱが何百枚となって、その執念が何百倍にも重ねられて観る者に迫ってくる、そういう迫力です。

展示期間の都合で、代表作と言われている「寒月」こそ見ることができませんでしたが、いろいろ考えさせられる展覧会でした。

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