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2014年3月 5日 (水)

ジャズを聴く(5)~「ハンク・モブレー・クインテット」

ハンク・モブレーのスタイルの特徴は、おそらく彼の地域や時代という環境や彼自身のパーソナリティと不可分で、それらに強い制約を受けたものであったように思う。元来、音楽性とかプレイというものは、パーソナルな性格のもので、その制約を受けないものはない。しかし、大衆的な人気を獲得することやアーティステッィクな成果をあげていくプロセスで、普遍化とか抽象化されてくのが普通であろう。つまり、作品が作者の手を離れて一人歩きをするということが起こるわけだ。だからこそ、チャーリー・パーカーのプレイは時代を超えた天才の残したものとして現在でもミュージシャンやリスナーに清新な影響を与え続けている、ということが起こる。しかし、音楽はそういうものばかりではなくて、特定の集団やコミュニティや時代、あるいはその双方に特化した、そういう環境の中でのみしか生きられないものもある。それらは、時代やコミュニティとともに栄え、人知れず消えていってしまうような目立たないものであるけれど、それを支える人々にとっても切実でなくてはならないものだった。そして、モブレーのプレイというのは、どちらかというと後者の方に一歩か二歩ほど歩み寄ったものだったのではないか、と思う。それが、広い人気を獲得できなかったけれど、ジャズ・ミュージシャンという限られた人々や日本のジャズ喫茶で強い支持を受けたとか、比較的限られたところで支持されたことのひとつの原因ではなかったのか。

このようなことは、モブレーの1950年代の録音を聴いて強く感じられたことだ。モブレーは1950年代後半、ブルー・ノートの専属のような身分で、彼自身がリーダーとなったアルバムはもとより、サイド・マンとして多くの録音に参加している。その中には、名盤と評価されているものも少なくない。それらでのモブレーのプレイを聴いていると、共演しているプレイヤーの演奏をよく聴いて、自身はあまり出しゃばることなく、周囲と調和し、盛り立てて、自分のやるべきことはキッチリと演っている。どんなに全体が熱くなっても彼は自分勝手に走ってしまったりせず、常に全体とのハーモニーを崩すことなく、堅実に支えている。そこには自分が目立とうなどという野心とかエゴというものは、あまり感じられず、むしろ無私の奉仕に近いような印象すらある。モブレーと付き合いのあったミュージャンたちは口をそろえて、彼の性格の善さを言うのは、そういうところにも表われているのではないかと思う。ここでは、かなり強調した書き方をしているが、ハンク・モブレーという人にとって音楽をプレイするということは、表現するとか、金や名声を得るとかいうことよりも、まず第一に、気心の知れた仲間とプレイすることだったのではないか、と思える。

彼のプレイの特徴としてあげられる、太くマイルドなトーンや歌心溢れるフレーズで聴く人の心情に優しくシンクロすることや、しっかりした曲をつくることや、アップ・テンポでも正確にリズムをキープしながらも寛いだプレイができること、これらは、一緒にプレイするミュージシャンたちにとっても心地よいものだったのではないか、と思われる。かなり偏向した考え方かもしれないが、モブレーのプレイは、一緒にプレイするミュージャンや、その近くにいて空気を共有する人々と、まず気持ちよくハーモニーし、親密で心地よい空間や時間を共有することのために、まずあったのではないか、と思わせるものがある。だからこそ、1950年代の後半にジャズが、彼のよくプレイするニュー・ヨークなどのイースト・コーストにおいて、ビ・バップからハード・バップへと発展し、広く人気を集める時代環境のなかで、アート・ブレイキーをはじめとしてモブレーよりも経験を積んだプレイヤーに見守られながら、その雰囲気の中でモブレーは自身の、今言った資質を十二分に生かすことができたのではないか、と思われる。周囲の親しい人々に暖かく見守られながらインティメイトなプレイの中で自己の資質を十分に生かし、その結果が、ジャズ全体の興隆に乗って録音に残り、広く人々に受け入れられていく、そういう幸福な結果が、この時期のアルバムに結実されている。サイド・マンとして参加したアルバムを除けば、ブルー・ノートでリーダーとして録音した『Hank Mobley Quartet』や『Hank Mobley Quintet』、プレイティジでのセッションを集めた『Mobley’s Message』が代表的作品であると思う。そして、モブレーのファンの中には、この後の洗練された作品やジャズ・ロックで人気の出た作品よりも、この時期のモブレーをこよなく愛する人も少なくはないと聞いている。

Jazmobley_quintet

Hank Mobley Quintet

Funk In Deep Freeze

Wham And They're Off

Fin De L'Affaire

Startin' From Scratch

Stella Wise

Base On Balls

Funk In Deep Freeze (alt. take)

Wham And They're Off (alt. take)

Art Blakey(ds)

Art Farmer(tp)

Doug Watkins (b)

Hank Mobley(ts)

Horace Silver (p)

 

1960年に入って録音した『Soul Station』『Roll Call』『Workout』といった個性を開花させた完成度の高いアルバムでの演奏に比べて、50年代に録音したこの『Hank Mobley Quintet』でのモブレーのプレイは少し違う。それは、ひとつには当時の状況としてバリバリのバップの演奏がどんどん録音されセールスも成り立っていたということだろう。だから、テナー・サックスの大きなテーマはアルト・サックスでチャーリー・パーカーが成し遂げたことをテナーに置き換えるということが、依然として行われていたといえる。モブレーも、これを無視できるわけではなかった。そして、もうひとつは、モブレー自身のキャリアから考えれば、この前に新進としてジャズ・メッセンジャーズで周囲から煽られるようにプレイして、この録音には、そのリズム・セクションが参加しているのだから、60年代のようなプレイをしろといっても、土台無理な話だと思う。60年代の諸作には、このあとモブレー本人が一段の飛躍があったと思える。だからといって、この『Hank Mobley Quintet』が60年代の諸作のための単なるステップで、未熟なモブレーがいるかと言えば、これはこれで独自の光彩を放っていると思う。ファンの中には『Soul Station』などよりも、こちらの『Hank Mobley Quintet』の方を、むしろこよなく愛する人もいるだろう。

ここでのモブレーはバリバリのバップを演りながら、非常にスムースで滑らかなソロを聴かせている。とくにオリジナル曲では流れるようなメロディ・ラインを太くまろやかなトーンで吹いている。全体に親しみ易い演奏をしている。しかし、60年代のような寛いでリラックスした、歌心満開の演奏に比べ、力が入ったハードめの印象が強い。ここには、すでに個性は現われてきているが、彼なりに力が漲った若いモブレーがいる。

1曲目の「Funk In Deep Freeze」は、そういうモブレーの典型的なプレイが聴ける、アルバム全体の開始を告げるようなマイナー・チューンのナンバーとなっている。ユニゾンによるファンファーレのような開始から、各人が戦闘モードに入ったようなテンションの高いソロを繰り広げている。とくに最初にソロをとるトランペットのアート・ファーマーが彼にしては鋭いトーンで力強いプレイを展開し、終わり近くなってモブレーが渋めのプレイをしてユニゾンで締めるという展開。モブレーの控え目な個性が、こんな感じで一曲目から出ていて、他のメンバーは力強くモブレーを後押しして支えるという感じで演奏を作っている。だからというわけでもないだろうが、全体として演奏のテンションは高い。そんな中で3曲目の「Fin De L'Affaire」は、アルバム中唯一のオリジナルでない曲。モブレーのアドリブ・ソロから始まるが、ここではモブレーの歌心が全開で哀愁のこもったメロディックなフレーズが繰り出される。しかも、下手な小細工を加えることなしにメロディを提示してくるモブレーのプレイからはストレートに伝わってくるものがある。さらに、続くアート・ファーマーのトランペットがミュートをかけて渋く、クールに決めていくので、モブレーのソロをうまく引き立たせることになっている。そして、最後の「Base On Balls」が、曲名のように重く引きずるようなベースから始まり、それに各楽器が乗っていくような構造の曲で、各人のアドリブによって進行する曲で、モブレーとファーマーのソロが最期を飾るにふさわしいリラックスしたプレイで幕を閉じる。

モブレーのリーダー・アルバムとなってはいるが、各メンバーがモブレーを引き立てて、モブレーが全体をみてまとめているのか分らないが、全員でつくったアルバムと見た方がいいと思う。魅力は『Soul Station』に劣らず、モブレーのるバムとして、独自の魅力を持っている。

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