無料ブログはココログ

最近読んだ本

« マルティン・ゼール「自然美学」(3) | トップページ | マルティン・ゼール「自然美学」(5) »

2014年3月28日 (金)

マルティン・ゼール「自然美学」(4)

4.倫理学としての自然哲学

基準的自然と問題提起的自然の区別は自然哲学の二つの形式の区別を含む。近代の自然哲学は多岐にわたる自然科学の理論であるがゆえに、基準的自然の哲学である。自然と結びつき自然に関連している人間の生の可能性、その可能性を規範的に解明するものとしての問題提起的自然の哲学は、全体としては自然哲学ではない倫理学の部門である。倫理学としての自然哲学は、正しく了解されれば、伝統的な実践哲学と競合するものでもその代替物でもなく、実践哲学が従来行ってきた反省の一契機、すなわち個人の善き生の可能性とその生の社会的に公平な関係との可能性について合意するための一契機である。それゆえ倫理学としての自然哲学は美的な自然関係のみを対象としない。

問題提起的自然に関する最初の道徳は、自然の判定を一つの問題含みなままにしておくことを命じるに違いない。自由な文化の総体にとっては、それに固有な条件の自由な使用には限界があり、それゆえ周囲の環境との確固とした関係は不可能であることを弁えていることが不可欠である。文化を通した自然の「承認」とは、自然という中心的な存在条件の不自由さと不安定さのゆえに文化に生起する可能性の承認でもある。自然を完全に同化してしまうような文化は、おのれの本質をかえつて手放してしまうことになるであろう。

本書で証明されることになるのは、自然美学の使命をどれほど反対側から捉えた場合でも、その使命はまさしく、文化と自然との同化であれ合一であれ、そうした幻影に対する異議申し立てだということである。私は、自然美学が問題提起的自然の倫理学の構成要素とであると、したがって善き生の倫理学の端緒であると理解する。美的自然の理論、すなわち倫理学の特殊な(自然哲学という)領域のうちの、そのまた特殊な(美的)領域が美学の問題設定のみならず倫理的問題設定にとっても範例的な意義を有する理由は、自然の美的知覚一般の根源的次元だからである。

« マルティン・ゼール「自然美学」(3) | トップページ | マルティン・ゼール「自然美学」(5) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: マルティン・ゼール「自然美学」(4):

« マルティン・ゼール「自然美学」(3) | トップページ | マルティン・ゼール「自然美学」(5) »