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2014年4月 8日 (火)

マルティン・ゼール「自然美学」(16)

b.象徴と同じくらい現実に乳と蜜の流れるところでは

照応する自然の経験は、私の考えでは、それが存在の肯定形而上学あるいは仮象の否定形而上学によって導かれていないのならば、また、そのような経験の意味付随的表現が人間的実践の非人間的形態として認められるのならば、はるかに豊かなものである。肯定形而上学および否定形而上学を越えて要求される世俗的な照応概念だけが、あらゆる美的な照応的経験の基礎概念として役立ちうる、と私は仮定する。そのように見るならば、照応的な自然知覚の世俗的ではない形式、あるいは、ただ世俗的なだけでない形式はすべて、厳密な意味で美的経験と照応的経験の両方を含む経験の特殊形式となる。

形而上学的な理論は、まさにこのような厳密な照応概念に基づくことを拒む点で特異である。それは、美的照応と理論的観照の間にある相違を消滅するに任せる。その意味で、言及された「形而上学的連帯」は支配する。むろん、もっと強固な照応理論の枠組みでは、消滅するに任せることには、決定的に観照理論へのアプローチに向けられた特別な眼目がある。観照はすべて、理論にとって照応的知覚の特殊ケースとなる。照応は、第一義の、観照の休日に抑圧されることのない純粋な眺望のなかで到達されうるものの、いわば仕事をする日常的現前となる。自然の生活世界的な雄弁は、観照としてエリート的実践が状況を超えた眺望では孤立している内的意味の、日常的かつ状況的な現前状態として解釈される。それが別の方法では不可能であるという見解を、照応のイデオロギーと呼ぼう。

c.自然は庭園ではない

仮に、自然関係の質を基準に社会関係の質を量ることが妥当だとすれば、逆の自然関係の質が与えられた社会関係の室に基づき量られることの妥当だと言うことになる。「エコロジー的な自然美学」がそれである。それは、「将来、庭園としての自然という理想の下で自然の人間化に貢献する」という。かぜ美しい自然は、故郷を思わせる自然として、崇高な自然は故郷を思わせる自然の予感として了解されないのか。なぜいつもは文化的関係及び社会的関係である美的な自然関係を、文化的課題及び社会的課題としても─「自然を自然として」産出することをめざす、自然の人間らしい形成化という課題として─とらえ、「それと同時に自然がますますはっきりと自然の側から人間に近づく」ようにはならないのか。つまり、なぜ自然の形而上学的目的論が社会的(政治的)目的設定へと変貌せず、美的自然の意味は、現実的な幸福及び象徴的な幸福の空間が自然の中で維持されたり、あるいはそもそもそれが獲得されたり、という人間的な意味でしかありえない、というのだろうか。

これらはすべて非常に理性的だが、美的代価をともなう。まず、第一に、この立場は照応のイデオロギーを土台にして述べられている。照応的な自然観委は、もっぱら真の自然関係に様式化される。第二、美しい照応であるが、崇高の照応ではない場合、それは「地上の美的装置」の規範になりうる。イギリス式庭園や風景式庭園の造園家も、「崇高な」眺望や「崇高な」場所の絵画を手本にして造形するのだが、我々の定義に従ってもっぱら美しい照応だけを創作する。このように保護された自然が、自然の「野性的な」構想の表出、つまり実際に崇高な自然地域とは反対となりうるのである。第三に、自然を美的な人間化するプログラムは、人為的な意味形成と自然発生的な意味形成の間にある区別を曖昧にする危険がある。このような主張は非常に理性的だが、人間と自然の間にある調和的照応の美的かつ社会的規範は、どう見ても部分的なものに過ぎない。規範はただ、調和的とはいえ、人間によって美しい照応の調和となるように調整された自然であるべきだ、と述べているに過ぎない。このような制限がなければ「エコロジー自然美学」は、自然美の二重に不毛なプログラムとなるだろう。つまり、自然は、それがたとえ自然において発見されようとも人間的な美の規範に従って形成されていることになり、ますますただ自分自身に惚れ込んだ文化の屋内庭園に過ぎなくなるだろう。自然が完全に人間的なものの庭園となるとすれば、それはもはや自然とは言えない。

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