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2014年5月 4日 (日)

ラファエル前派展 英国ヴィクトリア絵画の夢(7)~4.近代生活 Modern Life

Preraffahant ラファエル前派兄弟団が結成された1840年代には、イギリスの知識人の中で、経済や社会の進歩に対する信頼に疑問を持つ人が現れ始めたといいます。産業化以前の世の中の方が、より健康的で、平和で、精神性が高く、美しかったのではないだろうか。機械時代のもたらす物質的な豊かさを得るための代償として大切なものを失ってしまったのではないか。そこで、ノスタルジックな色合いを含めて中世の宗教に根差した文化や社会のあり方をひとつの理想を見出していく議論が生まれたと言います。それは、ルネサンス初期以前の絵画技法を指向するラファエル前派にも共鳴する部分があったと思われます。

その影響からか、ラファエル前派は風俗画に生真面目な倫理性を添え、近代生活に取材した挑発的な主題を取り上げて作品に鋭い批評性を与える試みをしていると言います。世間の習俗を描く作品は、福音主義の立場から堕落した人間の生き方と救済の必要性を説き、同時に義務と自助努力の重要性を訴えた寓話の形をとったといいます。これはブルジョワジーの信仰であるプロテスタンティズムが禁欲的な倫理を課していたことに適うことであったので、ブルジョワの家庭の居間に飾るということには格好のテーマだったかもしれません。

しかし、もともと、産業社会を強力に推し進めた資本家や企業家といったブルジョワジーの人々こそが、ラファエル前派の作品を支持し、購入する主な担い手であったと思われるわけです。そのブルジョワジーのなし得た産業化社会という成果に対する疑問を投げかけるということに、ラファエル前派の人たちは、自分たちの地盤を批判することにもなりかねない、そういう自覚はなかったのかもしれません。ヴィクトリア朝の道徳倫理というと後世からは表面的で、体裁を取り繕うものといった批判がありますが、社会にたいして倫理的なことを説く一方で、当の自分の立場については蚊帳の外において、とぼけている。そういうことになれば、説いている倫理とやらは薄っぺらなものになってしまうわけです。実際、ウィリアム・ホルマン・ハントの「良心の目覚め」という作品は、ブルジョワの愛人の女性の良心の目覚めを描いたもので、女性の虐げられた社会風俗に批判的な意味合いで描いた作品だったにもかかわらず、娼婦を描いたという見当違いの批判を受けることになってしまったといいます。そこには、画家ハント自身の倫理的な前提が中途半端だったために、タテマエを表面的に表わし、その底には、批判される対象と変わらぬ心情が流れていることを見る人が敏感に気付いたかもしれない、と思われるのです。

実際に、「良心の目覚め」を見てみましょう。とくに先入観とか、こういうテーマで描いているというような情報もなく、虚心坦懐に作品を表面的に眺めてみれば、軽薄な男女がいちゃついていると見える作品です。それは、描かれている男女ふたりの表情が、そういう印象を持たせるものだからです。とくに、女性については良心に目覚めた姿に見えるかというと、私にはそこまで描き込まれているとは思えません。「良心の目覚め」という題名と、この絵のテーマはこうだという説明を受けて、そういう絵だからという視点で見て。漸く、女性については、そのような良心に目覚めたところかもしれないと、そういえば、男性から離れようとしているし、目は遠いところを見ているようにも映ると、想像を逞しくしてはじめて、そう見えるかもしれない、という程度です。

全体として、ハントという画家は細かく精緻に、小道具を描き込んでいます。そこで、どうして女性の表情が中途半端なのか疑問に思いますが。男性は流行の服装に身を固め、女性の指にはことごとく指輪がはまっているが、結婚指輪をはめる指にだけははまっていないと言います。男性に対して女性の服装は着替えの途中のようなありあわせの服装で、愛人という立場の弱さを示している。室内はけばけばしい品で埋め尽くされ、そのことが、男の愛の皮相さを際立たせ。それらをハントは執拗なまでに細かく描いています。また、小鳥を弄ぶ猫、脱ぎ捨てられた手袋、女性の刺繍のもつれた糸などのディテールが女性の囲われ者の立場の危うさを暗示しているといいます。このような、細部に凝りに凝ったように細かな情報を詰め込みながら、当の女性の姿に、そういうものを感じさせる圧倒的なものが見られない。また、全体の雰囲気にも、そういう空気が感じられない。たとえば、この室内については空間性が感じられませんが、それだからこそ、狭い閉塞した空間として描くこともできたはずです。だからこそ、この作品にたいして倫理的に深刻なものというよりも、現代風俗を描いたと見られるか、倫理的なテーマであると見られたとしても深刻に受け止められるほどではなかったのではないか、と思われるのです。ラファエル前の主要顧客であるブルジョワジーの中には愛人を囲っている人も多かったのではないか、そのような人も、とくに気に咎めることもなく、この作品を眺めることができたのではないか。それだからこそ、この作品は受け入れられ、ハント自身の作品としても代表作として見られていると言えると思います。

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