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2014年5月 6日 (火)

ラファエル前派展 英国ヴィクトリア絵画の夢(8)~5.詩的な絵画 Poetic Painting

Preraffaros3 展示は、ここで休憩のようなロビーがあって、後半にはいります。このロビーのようなところでラファエル前派の画家や関係者の人物紹介や複雑な人間関係の相関図のようなものがパネルに展示されていました。私には、邪魔という目障りで、この程度のものにそれほどスペースを割く必要があるのかと疑問に思いました。それなら人気のある作品に人だかりがしているのだから、作品を展示するスペースをゆったりとってほしい。最初にも少し話しましたが、受付窓口といい、ロッカーといい、入口に立っている案内者の態度といい、来館者への配慮がなされていないと思われる点が多いと感じました。あまり、美術作品をゆっくり鑑賞するための居心地のいい環境ではないことは確かだと思います。

後半に入って、ラファエル前派の大看板、ロセッティの作品が多くなってきます。2.宗教のところでのルネサンス初期の画家に倣ったような簡素な画風から、変化をしていきます。1850年代後半、主に水彩画で中世を彷彿とさせる装飾豊かで彩り鮮やかな室内の描写と、長身、蒼白、痩身の鮮やかな衣装を着た女性を描いたものが目立ちます。そして、この動きに触発されるように、若い第二世代の画家たちが、創設者世代を乗り越えて装飾美術に踏み込み、より神秘的で論議を呼びそうな主題を取り上げていくようなっていくと言います。

Preraffaros32_3 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの「青い小部屋」という水彩画です。サイズは約35×25㎝と小さな作品です。背景の壁面の青いタイルはアラビア建築でよく用いられるものでしょうか、中世スペインの建築でよく見られるものですが、その中世風の景色を精緻を極めるように細かく描いています。そして、その印象的なアラビアン・ブルーとの色彩のハーモニーを考えて、4人の女性の衣装の色がそれぞれ鮮やかに引き立てています。全体としての構図は、クリュニー美術館展にあったタピスリー「聴覚」によく似ているようです。ロセッティがこれを見たとは思えませんが、中世には、聴覚とか音楽についての図案の一つとしてあったのかもしれません。2人の女性が楽器を奏で後ろの2人侍女が歌っていというる象徴的な図柄が、音楽という目に見えないで、感情を掻き立てる神秘的で官能性に富んだものの暗示として、ロセッティの幻想への指向に適合した、ということでしょうか。ここでの4人の女性は音楽に酔っているかのよう虚ろで、右手前の金冠を載せている女性の横顔は楽器に寄りかかっている風情は、どこか後の「ペアタ・ペアトリクス」の表情を想わせるところがあるようにも見えます。ちょっと、こじつけかもしれませんが。以前の宗教のところで見た、マリアが感情がわかるような明確な表情が見て取れたのに対して、ここでは、そういう人間的な明確が曖昧になり、逆に、手前の植物を精緻に描いたりと、象徴的な小道具を強調していくことで、リアルっぽく描いているように見えて、実は現実的でなく象徴性に富んだものとなっているものになってきていると思います。

Preraffaros4 「薔薇物語」という水彩の小品です。背景の模様と薔薇の生垣、そして天使や人物の衣装の模様が細かくて、似ているので目にチラチラするようです。それが平面的で、かつ幻想的な画面作りに貢献しているようです。13世紀フランスの寓話をもとにしているということですが、夢の中で主人公は美しい庭園を訪ね、薔薇の蕾を目にしたところで、キューピッドの矢に射抜かれるという話だそうです。「青い小部屋」以上に細かな模様や生け垣の薔薇が精緻に描かれ目立ちます。そして、他方では、人物の描き方に厚み、立体性が加わってきて、肉体を備えた人間になってきています。そのような肉体を持った人間の接吻には、中世的な愛の寓意だけに留まらない、肉体的な官能性が感じられるものとになってきているのではないかと思います。男女のポーズもそうですし、二人の指を絡めるようなところを細かく描き込んで、その仕草によって官能を匂わせていると私には見えます。そして、二人の背後で見守る天使の顔は、後年の官能的な女性の肖像の顔を想わせるのです。下あごとか厚い唇とか尖り気味の鼻といった特徴が見え始めているように見えます。結果としてということでしょうか、ロセッティの中世とか初期ルネサンス指向というのは、もともとそういうものを指向し倣ったというよりも、ロセッティ自身の絵画世界の指向するものが、本人が気づいていたかどうかは別として、もともと存在していて、それに本人が気が付くプロセス、そのための手段としてあったというのではないか、と思います。

Preraffasolo シメオン・ソロモンの「ミティリニの庭園のサッフォーとエリンナ」という作品。ロセッティの「薔薇物語」と似た構図です。ロセッティに比べると構成の弱さというのか、ガッチリしていない感じがします。抱擁する2人のポーズはロセッティよりも柔らかな感じはしますが、構図として決まっていない。そこに一種の退廃を見ることは可能かもしれません。ロセッティに比べて異教的な色合いが濃くなってきていることと、身体の輪郭を匂わせる一種のチラリズムが見て取れます。その一方で、背景の草や鳥、鹿や象徴的なアプロディテの彫像が細かくは描かれているのですが、浮いているというのか、目だって来ません。ロセッティの場合には、背景の存在の主張が強かったことから画面に対立的な緊張感が生まれていたのですが、ここには、それはなく弱弱しい感じがします。その弱弱しい感じが、耽美的で、退廃的なムードを醸し出していると言えるでしょうか。その中で、左側の人物の物憂げな表情は、官能性を強調しています。これを初期のラファエル前派の作品と比べてみると、異質なのは明らかと言えるかもしれません。

Preraffajones エドワード・バーン=ジョーンズの「クララ・フォン・ボルク1560年」と「シドニア・フォン・ボルク1560年」という水彩画です。人物の、とくに顔に描き方などでは、後年の彼らしい特徴てきな顔になっていませんが、多少、ここで見たロセッティの描く顔の影響から脱しきれていないようにも見えます。解説では、七宝細工的な文様は素材の枠を越えた作品作りとしてバーン=ジョーンズの作品の特徴と説明されています。それよりも、描いたものを一つのまとまった作品、というよりも商品とか製品として高い品質で仕上げるということについては、ロセッティに比べてはるかに巧みであったということが、このような未だ画家として発展途上にあるときから、見て取ることができると思います。それは、ラファエル前派の創始者の世代の画家たちの中のミレイと、彼以外には、見られない特徴であのではないかと思います。そしてまた、ラファエル前派が登場した時に批判したラファエル主義という芸術家というよりは絵画職人という画家のあり方に、彼こそはむしろ近いものではなかったのではないか、と思ったりしています。

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