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2014年7月21日 (月)

斎藤慶典「フッサール 起源への哲学」(1)

第1章 たび重なる「転回」─数学から超越論哲学へ

1.数学から心理学へ─第一の「転回」

フッサールほど、学問上の立場の大きな変更(「転回」)を経験した人も珍しいのではないだろうか。そもそも、専攻する学問自体が何度も替わっている。はじめに学んだのは数学であり、助手職につくほど本格的な数学者だったのである。ところが、同じ数学の中でもその基礎に関わる部分への関心から、当時新興の学問として人々の注目を集めていた心理学へと接近する。このときのフッサールの関心は、「数」という理念的にして普遍的なものがいったいいかに私たち一人のような経験的・偶然的で個別的な存在者のもとで成立するのか、という疑問であった。「1」や「2」…といった「数」それ自身は、目に見えたり、手で触れることのできる経験的な対象ではない。当の「数」それ自身は、それを指し示す記号である数字とは独立である。様々な数字の表記は、あくまでも「数」それ自身を指し示す記号であって、「数」それ自身ではない。これが、「数」しれ自身はその表記法とは独立だということである。だが他方で、どんな表記法で「1」(それ自身)を指示しよう、そしてまたいつ・誰が・どこで指を一本立てようと、それらが指し示している数「1」それ自身は厳密に同じものである。それが「数」の普遍性ということに他ならない。したがってそれは、単に目に見えたり、臭いがしない(知覚つまり五感の対象ではない)ばかりでなくも想像上の存在とも異なる。知覚するもの、想像するものは人によって異なる。しかし数「1」それ自身は、とこをとってみても同じでない部分はないのである。それを理解する私たち一人ひとりは、存在する場所も・時間も・考え方も…細かく見ればみんな違っていると言うのに、一体どのようにしてこうした「厳密に同じもの」がひとつとして同じもののない私たちのもとで成立することができたのか。─これが、「数」の基礎に関わるフッサールの疑問であった。

実は、この疑問、すなわち経験的・個別的なにおける理念的・普遍的なものの成立に関わる疑問が、フッサールの長い学問上のキャリアを貫く一本の赤い糸なのである。この疑問を突き詰めて行く途上で、何回かの「転回」を経て、ついに「現象学」という新しい哲学が生まれるに至ったのであり、そしてその現象学においてもまた、最後までこの問いは問い続けられたのである。では、一人の名だたる哲学者が50年も60年もかけて追求した問題の解決はどうなったのか。そういう普通の意味での「解決」は哲学にはない。万事が収まるような解決が与えられるような問題なら、それは哲学的に大した問題ではないのである。話は逆なのであって、いったいどうしてそんなことが可能だったのかが真に不思議に思えて仕方がない、と人を説得できるほどまでに疑問を鍛え上げることにこそ、哲学の営みの本質は存するのである。考えれば考えるほど不思議になる(「なぜ」という疑問が次々に湧いて出てくる)ところに、哲学の真骨頂があるのである。そして「なぜ」の問いが止めどもなく湧いて出てくるのであれば、いつまでたっても疑問に「解決」は与えられないのである。そのためには、凡庸に問うていたのでは駄目である。ただ分らないと言うだけで、同じところに停滞していたのでは、とても一生その問いを問い続けることなど出来はしない。問うことの中で、分らなさが、不思議さが亢進してゆくよう問われなければならないのである。もちろんそれは、やろうと思っても、それだけで出来るものではない。おのずから問いが問いを呼ぶのである。哲学者とは、ある問いに取り憑かれてしまった者のことである。あるときふと気づいてみると、すでに私はその問いに掴まれてしまっているのである。問いは向こうからやって来るのだ。フッサールに話を戻せば、彼はかの問いに取り憑かれた50年を超える年月の間に、この問いに改めて驚く一つの境地を開拓したのである。

「数」という理念的で普遍的なものが一体いかにして成立したのかという基本的な疑問に対して、フッサールが考えたのは、それは私たちの心の作用・はたらきによって形成されたものではないか、というとであった。19世紀後半という時代は、人間の心についての科学としての心理学が、心をめぐる学的考察を精神やら理性やらの名の下に長らく牛耳ってきた哲学から独立して、一個の自立的な学問としての地歩を固め始めた時代でもあった。その中には心理学を一個の個別科学として自立させようと動きが含まれていたが、そればかりではなく、心を問題領域として取り扱う学的試みの地殻変動とも言うべき実に多様な動きが含まれていた。

科学の分野を「自然」の領域と「心」の領域に二分できる(近代という時代はこの二分法の上に成り立っていたと言ってよいであろう)、前者の「自然」を科学の対象へと衣替えさせることで旧来のアリストテレス的自然学から近代的な物理学への脱皮が行われた。これ対して「心」を衣替えさせる作業は19世紀後半に本格化した。それは旧来のアリストテレス的形而上学から哲学を含む新たな学の地殻変動を伴うものであった。それが、フッサールが数学から一歩足を踏み出した時の状況だった。

フッサールは、「数」という理念的・普遍的なものとそれを理解する私たち一人ひとりのという経験的・個別的なものとの関係に関心を持った。そこで注目したのがスコラ哲学で論じられた「志向性」という事態を「心」に固有の本質と見なして新たな心理学の基礎に据えたフランツ・ブレンターノであった。通常、対象とはあるものの外部にそれ自体で存立しているもののことを意味するが、「心」はその対象を特有の仕方で内部に含むかたちで対象と関係するというのである。この関係を「志向的内在」とよび、対象同士が互いに「外在」する物理現象との決定的な違いとした。この発想はフッサールにとって、「心」という経験的・個別的であるとともに「内在」である領域と「数」という理念的・普遍的対象との間に、(単なる「内在」でもなければ、その逆の単なる「外在」でもない)「志向性」という新しい関係を見て取るものとして、おおいに示唆的なものとなった。後にフッサール現象学のスローガンの一つともなる「意識とは何ものかについての意識である」というテーゼは、ブレンターノから受け継いだこの「志向性」という発想のフッサールによる新たな表現“なのである。そこで「何ものか」という対象が意識に対して独立性を保ちつつ(意識という「内在」に単に回収されるのではなく)、だが意識との不可分の関係の中で成立するさまが語られているのである。もっとも「志向性」を持ち出すことで例の謎(理念的・普遍的なものと経験的・個別的)にものとの関係がいかにして可能となったのか)が解明されたわけではないことに注意しなければならない。「志向性」とは、それによって何かを説明するためのものではなく、そこに問わなければならない謎があることを指し示す問題概念に他ならないのである。

フッサールは、ブレンターノの言うように「志向性」が「心」に固有の規定であるならば、「数」という理念的・普遍的な対象もまた現に私たち(の「心」)によってそのようなものとして「意識」する以上、その「心」に問い尋ねてみることによってその秘密が明らかになるのではないか。かくして、フッサールは、私たちの「「心」の作用・はたらきがその固有の構造(志向性)に従って、「数」という理念的・普遍的な対象を成立させるという見通しのもとに、「数」概念の成立をめぐる心理学的研究に赴いたのである。

その後、大学の教壇に立ちながらもフッサールは、「数の概念についてを包括発展させて、「一」と「多」という記号的表象(これこそ「数」にほかならない)に関する包括的な研究を『算術の哲学』としてまとめる。

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