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2014年7月20日 (日)

探幽3兄弟展(4)~狩野安信

Kano3yasuこの展覧会では、この狩野安信の作品展示が3人の中で相対的に力が入っていたのではないかと思います。昨年の出光美術館の展覧会では狩野探幽と尚信の紹介に比べて、安信はその後の狩野派という中に入ってしまうような感じで、二人の兄に比べていささか影が薄かったようでした。こんかいの探幽3兄弟展の解説の中でも、狩野安信という人は、創造者というよりは教育者とか狩野派という団体の組織のオルガナイザーとして才能を評価しているようにも見えます。画家兼教育者として、後に粉本主義と揶揄される狩野派という集団の形式的な絵画様式の端緒をつくるような働きをした反面、創造性よりも前例を生真面目に勉強し、その成果を誠実に作品にまとめ上げるという、悪意で言えば、ちゃんとしているが、面白みの少ない、というイメージで語られているようでした。それは、歴史的に見て、探幽や尚信と安信との間の年齢的な開きが、画家として生きた環境を分けたということが大きな理由の一つのようです。探幽や尚信の生きた環境は、狩野永徳の死と安土桃山から江戸へという時代の大きな変化のなかで、永徳の様式の画風が次代の変化に取り残されていき、新たな為政者である徳川家に取り入るために、新時代に適した画風を模索して中で自らの画風を獲得していったのに対して、安信が画家としてスタートして時には、狩野派の地位や体制は固まりつつあって、安信は兄たちのつくった道を歩くことができたという大きな違いです。ただし、そのようなことは私が展示されている作品を見る限りでは、作品からそうであるということを看取することはできませんでした。そのようにして見れば、そう見えてしまう、私には、その程度しか絵を見る力はありません。そのことは、ここで断っておきたいと思います。

Kano3yasu2『源氏物語 明石・絵合図屏風』という作品。丁寧に一筆たりとも忽せにしないという感じがします。几帳面に手を抜くことなく描き込まれていて、建物の描き方など、まるで定規で線引きした設計図のようです。茅葺屋根の萱の一本一本までチキンと描かれているようで、彩色も鮮やかで、人物もそれぞれに丁寧に描かれています。また、花咲く花びらの一つ一つや草木の草や葉のひとつひとつまでも丁寧に描かれています。とはいっても、そのような細部にまで描き込まれている割には、画面全体がスッキリしているのは、多分安信という人のセンスの良さ、構成力なのでしょうか。これを実際に屏風として部屋に飾った場合に、それほど自己主張することもなく、部屋や場の雰囲気をそれとなく華やかで落ち着いたものにするような効果をあげる助けになるのではないかと思います。現代の絵画という視点でみると、安信という画家の個性が分からない、ということを考えてしまいますが、調度品というような感じでみると、良質なものといえたのではないかと思ったりします。ただ、正直にいえば、今回の展覧会にしても、狩野探幽、尚信と3人の展示だから、わざわざ見るために出向いてきたのであり、狩野安信の展覧会ということであれば、とくに見に来ようとは思わなかったと思います。今回の展示を見て、そう思いました。

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