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2014年7月13日 (日)

ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860~1900(2)

Ebmooreレイトンと同じことはアルバート・ムーアにも言えると思います。この展覧会の目玉であろう「真夏」という作品は、ただ巧いということが感想です。東洋風の扇子を持つ女性に挟まれて、椅子に座って居眠りをする若い女性。3人の女性は官能的に透けた薄衣の上に鮮やかなオレンジ色のローブをまとう。その薄衣やローブの触感とか、透けて見える女性の肌の官能的に映る描き方の巧みさは、レイトンの場合とよく似ていると、私には思います。明るく柔らかな光に包まれた白昼夢のような光景という評もあるようです。たしかそれは言えると思いますが、そういう意匠が先に立っているというのは、この作品は小手先の意匠によって差別化されたということを物語っていると見えるのです。こんなことを言うと、意地悪いように聞こえますが、それはいい面でも悪い面でも、この作品の特徴になっていると思います。レイトンやムーアの作品を見た印象では唯美主義というのは表層の表現というものに特化した作品制作に対する姿勢ではないか、とも思われてくるのです。それは、突飛なことかもしれませんが、この展覧会でも触れていたジャパニズムの影響ではないか、とも私には思われてきます。例えば、先ほども少し触れましたが浮世絵の美人画の方法論です。そういう目で見ると、この「真夏」で描かれている3人の女性には個性がなくて、しかし、伝統的な歴史画に描かれる理想の女性の姿とうよりは最大公約数の美人のパターンを写したというものに見えます。中央の女性に意識がないこともあるのでしょうか、活き活きとした生命感が希薄で、女性を題材にした模様の図柄のようなのです。そういう図柄をペースに技巧を凝らして様々な色付けをしていく、例えば光線の当て方とか、衣装とかいったものです。同じムーアの「黄色いマーガレット」を見ると、ここで描かれている女性と「真夏」の中央の女性は同じようなポーズをしています。二人の違いは着ている衣装の違いで、言わば着せ替え人形です。そして、そのような傾向をもっと推し進めたのが、「花」という作品です。ここで描かれている女性は、着ている衣装とともに背後の花と同質化して一体となって模様の一部になっています。このような模様のような様式化は、もっと進めればアルフォンス・ミシャになってしまいます。つまり、アルバート・ムーアの場合の美しさというのは、例えば部屋の壁紙のような装飾の一部のようなものになっていると言えるのではないか。その意味で、唯美主義というのが生活品にも波及し、量産品として都市部の中産階級等を対象として、商品として使われたというのも分かります。つまり、小市民的な生活で、生活の邪魔にならず、ちょっとした美的なものを手軽に感じて、市民生活を豊かな気分に盛り上げるというものです。いうなれば消費のための一種のセールス・トークです。ただし、大衆資本主義的な経済社会にいる以上は、これに善悪の価値判断を言うつもりはありませんが、主催者のあいさつにある物質至上主義に対する運動という捉え方は、私には、それをやっている人たちの一種の後ろめたさとか自己正当化の主張に寄り添い過ぎているように、私には見えます。

Ebmoore3そのなかで、この展覧会で突出して見えたのは、オーブリー・ビアズリーでした。私は、必ずしもビアズリーの作品を好んでいるとは言えませんが、ここで展示されている画家たち、ここには感想を書いていませんが、ロセッティやバーンジョーンズのようなラファエル前派の画家たちも含めて、それらを全部合わせても、ビアズリーの研ぎ澄まされたような鋭く、しかし病的に引かれた一本の線の衝撃には及ばない、と原画を見て感じました。オスカー・ワイルドの「サロメ」の有名な挿画が展示されていましたが、印刷されたものや画像ではなくて、原画のペンで引かれたビアズリーの線を実際に見て、その凄味というものが、はじめて分かりました。ペンで引かれた線というものに、これほどの衝撃を受けたのは、全く世界は違いますが、手塚治虫の原画の一気に引かれた丸い線の衝撃に勝るとも劣らないものです。まさに、この線自体が雄弁に語っているというのでしょうか、この線だから描かれる形態とかすべてが決まってしまう。まずは線ありき、そして印刷された画は線のインパクトが薄まっても衝撃が未だに残っているというものです。むしろ、印刷によりインパクトが薄味となったからこそ、受け容れられたのかもしれません。そういうものだったと思います。美しいとかいうよりも、おぞましいとか禍々しいとか、そういう印象です。私自身、再度、見たいとし思いませんが、強烈な印象で、今年の展覧会の中で衝撃度は一番になるのではないかと思います。

Ebmoore2_2




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