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2014年8月18日 (月)

石井彰「木材・石炭・シェールガス」(2)

第1章 「エネルギー反革命」の時代

エネルギーの歴史、人類史を振り返ってみれば、再生可能エネルギーへのシフトは、新しい時代に入る「革命」や技術「革新」などではなくも中世以前への回帰、一種の復古運動である。少なくとも、進歩史観に沿ったバラ色の将来は見えてこない。

18世紀の英国において、人類史上初めて大量の石炭を利用することによって発生した産業革命は、本当意味での革命であった。それによって、エネルギー源の効率と供給可能量が一桁上にジャンプして、その結果、世界人口は僅か200年の間に10倍にまで爆発し、世界の平均寿命は2倍以上に伸びた。それ以前、人類は再生可能エネルギー源しか利用できていなかった。薪、炭、畜糞、水車、風車、牛馬、帆船、人力が、産業革命以前の人類が使用していたエネルギー源の全てである。わずかな例外はあるものの、薪から人力に至る、中世までの人類が利用し得たエネルギー源の全ては、再生可能である。エネルギー源の人類史を繙けば、狩猟採集経済以来の再生可能エネルギーから18、19世紀の欧州に至ってはじめて石炭が本格的に使用されるようになった。さらに20世紀前半から半ばに米国で石炭から、より効率がよく、使い勝手が良い石油へ主軸エネルギー源が移行して、それが世界にも伝播した。再生可能エネルギー⇒化石燃料⇒原子力というのがエネルギー史の大きな流れであり、再び、再生可能エネルギー主軸の時代が仮に来るとすれば、それは「革命」ではなく、「反革命」「復古」ということになる。

CO2をほとんど排出しないエネルギー源と言う意味では、再生可能エネルギーが環境に優しいエネルギー源であることは間違いなく、今後重要性が増してくることは当然だろう。日本でも世界でも、今後新世代の再生可能エネルギー源の導入量が3.11以前の数倍から数十倍、百倍にもなるだろう。しかし、人類社会が直面している深刻な環境問題、環境負荷というのは、何も地球温暖化問題だけではないという点があまりにも意識されていない。1990年代以前は、環境問題とは、経済開発による世界的な森林面積の大量消失や、化学物質・毒物による汚染、生物資源の絶滅・枯渇などの、人口急増と経済開発に伴う様々な文明の存続と人類の生存を危うくする不都合な現象全体のことであり、CO2排出による地球温暖化はその一部の問題であった。

現代の化石燃料や原子力のかなりの部分、例えば3割とか半分とかを再生可能エネルギーに代替した場合には、桁違いに温暖化以外の環境問題を深刻にし、また同時に著し低効率であり、使い勝手が悪いがために、現代文明、現代社会の存続を危うくさせる。すなわち、巨大な人口崩壊の危険をもたらすのである。これは全く原理的な問題であって多少の技術革新ではどうにもならない宿命、業である。化石燃料が数百年というタイムスパンでではいずれ枯渇するという原理的宿命とCO2排出という業を持っていること、原子力が常に放射能汚染のリスクを原理的宿命、業として持っていることと、全く同じことである。エネルギー源の大量利用と環境破壊の矛盾、深刻な二律背反は、何も20世紀末に至っては自明人類が直面した問題ではない。人類が狩猟採集生活から古代文明に移行した時代から何度も直面してきた、極めて「伝統的」で深刻な構造的問題、根本矛盾である。この矛盾が深刻化して崩壊した古代文明は、世界史上枚挙にいとまがない。この最も基本的な環境とエネルギーの関係史の毛騎士的事実を認識せず、反革命と革命とを完全に取り違え、そのことを全く意識すらしていない議論があまりに多い。エネルギーと環境の構造的な矛盾の問題に簡単な解決策は存在しないし、原理的に存在し得ない・まずは、この冷徹な事実かを見つめることから始めないといけない。

人類史を振り返ると確固とした2つのエネルギー革命が存在する。最初は、18世紀中葉における産業革命時の石炭の大量使用開始である。この産業革命発生の理由は、単に偶然、英国に石炭資源が豊富にあったからだけではなく、石炭の産出/投入比率、すなわちエネルギー源としての効率が、それまで使用していた薪炭などの再生可能エネルギーに比べると圧倒的に高かった、換言すると、本源的コストが圧倒的に安かったからである。その理由は、石炭はワットの蒸気機関と組み合わさることによって、石炭をエネルギー源として蒸気機関を駆動し、その蒸気機関を利用して石炭を掘る、すなわち「石炭で石炭を生産する」というスパイラル的な拡大再生産が可能になったからである。英国において、石炭が本格的に使用され始めたのは、18世紀初頭までに、それまでに次第に拡大してきた鉄鋼業、窯業などのために大量の薪炭を使った結果、国内の森林を伐採し尽くして、全く薪炭が手に入らなくなったからである。それまで、燃料として存在自体は知られていたが、見た目が汚く、硫黄分を含むため燃焼させると臭くて黒い煤煙が出るとし、しかも地中から人力や牛馬の動力で掘り出すには大きな困難が伴ったので、取得が容易で臭い煤煙の出ない薪炭に大きく劣る燃料としてしか見られず、本格的に利用されることはなかった。英国内の森林絶滅によって、止むに止まれず薪炭の代わりに利用し始めた石炭が、たまたま同時期に発明されたワットの蒸気機関と結合して、地下の石炭坑道において排水、換気、地表への搬出が機械化できるようになり、安価大量に供給されるようになったのである。いわば森林枯渇による怪我の功名である。

一方も第2のエネルギー革命は、第一次世界大戦前後から徐々に始まり、1950年代に至って一挙に日本を含む世界に拡大した、石炭から石油への燃料大転換である。

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