無料ブログはココログ

« 黒田基樹「戦国大名─政策・統治・戦争」(2) | トップページ | 黒田基樹「戦国大名─政策・統治・戦争」(4) »

2014年8月29日 (金)

黒田基樹「戦国大名─政策・統治・戦争」(3)

第1章 戦国大名の家臣団構造

戦国大名には多くの家臣がいたが、大名家当主が日常的に接していたのは、重臣層や側近・奉行層など一部に限られていた。多くの家臣は、そうした重臣たちを通じて、大名との関係を作っていたといってよい。それが寄親寄子制であり、その関係は下位者による上位者に対しての頼み関係から成っていた。そもそも主従関係からして、頼み関係にあたっていたから、戦国大名の権力機構は、幾重にもわたる頼み関係からなっていたといえ、すなわち重層的な頼み構造として理解される。

大名と家臣との主従関係は、端的には御恩と奉公の関係になるが、もう少し具体的に言うと、大名は家臣に対して知行や特権を安堵する等して、その進退の維持を図り、対して家臣は大名に奉公するという、双務的なものであった。家臣は知行を与えられていたとしても、それに伴う奉公を欠いていた場合には、簡単に知行を取り上げられ、結果として没落してしまうことが往々にしてあり得た。また同じようなこととして、知行の子孫への相続は決して前提的なことになっていたのではなかった。子孫への相続が果たされるためには、生前に後継者などへの譲与について大名から許可を受けてことが必要であった。これは、大名から、後継者について承認を受けることでもあった。この場合、子孫への相続が認められるためには、戦死や特筆される忠節をあげていることが要件であったことから、そのハードルは結構高かったといえる。家臣は軍役などの負担を果たすのが義務であったから、その義務を充分に果たせない場合には、その知行は没収され、義務を果たす能力のあるものに与えられるのであった。そうすることによって家臣の負担能力の維持が図られていたと言える。

また同じ直臣とは言いながらも、その奉公の形態には大きく二つの在り方があった。一つは、当主の側近くにあって「常之奉公」をするもの、もう一つは、戦陣の際にだけ軍役を負担する、というものであった。戦国大名の家臣を特徴づけているのは後者のような存在であった。彼らは、年貢負担の代替として軍役を負担するもので、それに伴い年貢負担血地を知行として認定された存在であった。従って基本的な属性は「百姓」であったといえ、通常は本拠地に所在し、家臣という立場一時的な兼業のようなものであった。こうした存在は在地の土豪層にあたり、家臣としての性格については、いわゆる常勤の家臣と区別するために、在村被官といっている。彼らは本来、年貢を負担していたのであるが、家臣化し、軍役などの知行役を負担する代替として、年貢負担地すべての場合もあれば、そうでない場合もあるなど、さまざまであった。このような土豪層の戦国大名への家臣化は、大名からの軍事動員に応じることに始まり、戦功をあげて年貢負担地を知行化されることで成立するものであった。それはどうしてか。大名・国衆は、領国の防衛戦争に際して、領国の村々に対して軍事動員をかけていた。その代償として公事などの減免を行っていた。その時、具体的に出陣に応じたのが、村の中でも武力担当の役割を負う侍身分にあった土豪層であった。そしてそのなかで戦功をあげた場合に、それへの功賞として知行が与えられ、それによって家臣化したのである。家臣化すると、村内では、村役という、村の百姓が村に対して負担する税金や夫役などが免除された。また身分的にも、「御給人」等と称されて、百姓とは区別されるようになるなど、村内での政治的優位が確立されることになる。しかし、必ずしも良い側面ばかりではなかった。家臣化するとその知行に応じた奉公が義務付けられるが、軍役はどんな遠方でも出陣を命じられれば務めなければならなかった。主家の領国が拡大していくと、全く縁のない遠隔地への出陣も行わなくてはならなくなる。しかも参陣費用は自弁であったから金銭的負担は増すばかりであった。そうして不参陣等が生じると、簡単に改易された。当然のことながらその知行は取り上げられ別人に与えられてしまうことになる。これらは土豪層にあつたとしても、没落をもたらすことになる。さらに敵方の大名との戦争の結果として、主家がその地域を奪はれてしまったり、滅亡したりした場合に、その知行は闕所扱いになり、やはり取り上げられ、領国から追放された。そうすると、大名・国衆への家臣化というのは、それによって村内では優位を確立することができるものの、他方において没落の危険と表裏のものであったことがわかる。そのためその後、土豪側の台替わりを機に大名との被官関係を解消したり、知行を「上表」(返却)して、年貢を負担地に戻すということも決して珍しいことではなかった。

 

« 黒田基樹「戦国大名─政策・統治・戦争」(2) | トップページ | 黒田基樹「戦国大名─政策・統治・戦争」(4) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 黒田基樹「戦国大名─政策・統治・戦争」(3):

« 黒田基樹「戦国大名─政策・統治・戦争」(2) | トップページ | 黒田基樹「戦国大名─政策・統治・戦争」(4) »