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2014年9月12日 (金)

ジャズを聴く(12)~リー・コニッツ「リー・コニッツ・ウィズ・ウォーン・マーシュ」

50年代においてチャーリー・パーカーの後を追わなかった数少ないアルト・サックス奏者の中でも傑出した一人。クールと呼ばれるスタイルに分類されていたが、常に多方面に興味を拡げていた故に、様々なことを試み一貫して音楽の幅を拡げ自身の音楽性を高めていった。早い頃から音楽に親しみ、当初はクラリネットを習っていたが、アルト・サックスに転向し、1947年、クラウド・ソーンヒル楽団のソリストとして注目された。そして、レニー・トリスターノとの出会うことで、即興演奏に対する考え方やそれへのアプローチについて大きな影響を受けることになった。そして、1948~50年、マイルス・デイビスの“クールの誕生”の一員として実演に加わり、キャピタル・レコードでの録音に参加した。また、1948年、トリスターノのセクステットで史上初の完全な即興演奏を2曲録音した。コニッツのアルト・サックスは同じトリスターノ門下のウォーン・マーシュのテナー・サックスと同質性が高く、二人が共演すると2本のサックスがまるで1本のように聞こえた(その奇跡のような共演に聴衆は「ワォ!」と驚嘆の声を上げるのが常だった)。コニッツとマーシュ、そしてトリスターノは、その後も何度も共演している。しかし、マーシュがトリスターノに教えに忠実な即興を追求したのとは対照的に、コニッツは次第にトリスターノの影響から徐々に脱し独自の道を切り開いていった。1951年にヨーロッパに渡り、スカジナビアを中心にプレイした。60年代前半にはほとんど引退同然となったが、数年後カムバックし、コンスタントに第一線での活動を続けている。

 

Lee Konitz With Wame Marsh   1955年6月14日録音

Jazleeknitz_marTopsy

There Will Never Be Another You

I Can't Get Started

Donna Lee

Two Not One

Don't Squawk

Ronnie's Line

Background Music

 

Billy Bauer(Guitar)

Kenny Clarke(Drums)

Lee Konitz(Sax (Alto))

Lee Konitz(Sax (Soprano))

Oscar Pettiford(Bass)

Ronnie Ball(Piano)

Sal Mosca(Piano)

Warne Marsh(Sax (Tenor))

 

リー・コニッツのディスコグラフィーを見渡してみると、リーダー・アルバムの殆どがワン・ホーンの編成で、他のセッションへの参加にしても、レニー・トリスターノやマイルス・デイビスのグループへの参加がある程度なのに気づく。では、コニッツという人が他人と合わせるのを好まない人なのかというと、どうやらそうではないのではないか、ということがこのアルバムを聴くと分かる。コニッツがトランペットや他のサックス奏者とセッションを組まないのは、というよりは組めないのではないか。コニッツのプレイがユニークなので、他のホーン奏者は一緒にやりにくい、というのが正直なところではないのだろうか。マイルス・デイビスのような人はむしろ例外的な人なのではないか。ここで共演している、ウォーン・マーシュは、コニッツがトリスターノの下で一緒に学んだ同僚のような人だという。このアルバムでの演奏を聴くと、コニッツというプレイヤーは聴く人なのだということがよく分る。コニッツとマーシュという2人のサックスの絡みが何とも見事で、時には精緻なユニゾン、時には交叉する2本のメロディーラインを自在に織り込んでいく様は、分野は違うけれどクラシックのモーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲K354第2楽章のヴァイオリンとヴィオラの絡みを想わせる。2人のプレイの親密さは、まるでスコアがあるかのようなのだ。これは、コニッツという人が相手のプレイを能く聴く人であるということの証拠だ。だから、コニッツは本来的にアンサンブルへの志向性が強かったのではないか。そういうコニッツがずっとワン・ホーンの録音をしていたというのは、本人にとってもかなり緊張感を要するものだったのではないか。彼のアルバムにあるテンションの高さの要因の一つに、そういうものがあったのでは、という想像を禁じ得ない。同時期の人で、同じように即興的なプレイをした人で、アート・ペッパーがいる。ペッパーもどちらかというとワン・ホーンの編成が多かった人だ。コニッツとペッパーを比べてみると、ペッパーのプレイは天才的とでもいうのか、後から後からフレーズが無尽蔵に湧き上がってくるという感じで、出てくるフレーズがビシバシとキマッている。これに対して、コニッツのフレーズはうねうねと手さぐりであっちかこっちが迷いながら匍匐前進している感じだ。コニッツはペッパーに比べて、自分の音を聴いて確認しながら次の音を探っている感じなのだ。そこでの聴くという要素はペッパーよりずっと強い。そういうコニッツにとって、ペッパーに比べれば、フレーズを独りでつむぐというのは作業量の大きいものだったのではないか。そこでの、コニッツにとって他人のプレイを聴くということは本質的な資質だったのではと思うのだ。それは、アンサンブルのこのアルバムでのコニッツのリラックスしたプレイが図らずも証拠と見ていいのではないかと思う。

最初の「Topsy」での2人の織りなす推進力、「I Can't Get Started」での2人一緒のソロは互いにうねうねして屈折し合って同じように聞こえ区別がつかない。「Donna Lee」や「Two Not One」での2人の即興的なプレイは、いつもの分解的なうねうねなのだが、2本の線が絡むと、そこにメロディックな聴こえ方がしてくる。リラックスしたプレイの中で、それらを聴くと、仄かな情緒的な響きが聞こえてくるような気もする。

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