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2014年10月27日 (月)

松宮秀治「文明と文化の思想」(20)

歴史主義とは西欧近代思想史の文脈に戻して考えるなら、キリスト教的な「ユニヴァーサル・ヒストリー(普遍史)」が個別的な地域の文明圏として捉えられる「世界史」に組み立て直される思想の成立を意味するものである。ユニヴァーサル・ヒストリーとは「ヒストリー・オブ・コスモス」を神の摂理と恩寵という単一で普遍的な原理の帰結として捉える歴史観であった。つまり、そこには人間の主体的意志の関与は存在せず、人間は予定調和という神の計画の中で受動的な運命を閲するだけの存在に過ぎないのである。またそれは人間の歴史だけでなく、神の被造物全体としての「宇宙」と「非生命全体」までをも含んだ歴史だったのである。それに対して、歴史主義の世界史は、世界を個別的な文明圏の人々の個性的な文化と個別的な思考にもとづいた歴史的な展開を示すものであると捉えられたのである。歴史主義とは世界が単一で普遍的な価値を共有するのではなく、諸民族、諸国家、諸社会集団が自己の置かれた状態のなかで、主体的、自主的に個別的な歴史的展開に身を置き、個別的な価値意識のなかで、固有の文明、文化をつくりあげる過程であると捉える思想なのである。

ホッブス、ロックの思想も最終的には「自然権」という自然法的思考の基盤を国家や国民、社会や輿論という地域集団の個別性の中に解消、解体させようとする思想で、人類の普遍史を解体させ、「世界史」という諸国民、諸民族の歴史のなかに再整除し、再構築しようとする思想に他ならなかった。ホッブスもロックも生活の権利として自然権の存在を承認し、その権利を実定法化されることが、その権利の社会的保証となり、現実的な実現となることを知ってはいたが、彼らはそれだけでただちに社会的進歩が達成され、平等で自由な社会が出現されると信じるほど楽天家ではなかった。それにもかかわらず彼らが自然権という個人の基本的権利を主張し続けるのは、神的な共同体の全体的な価値と個人の個別的な価値と権利に優先させられる全体主義・普遍主義の関係から個人という部分価値と存在意義を救出しなければならないという使命感を持ち続けていたためであった。

全体が個に優先するという全体主義の論理は、古代的な規範主義と伝統主義の国家観の中にも、あるいはキリスト教の普遍主義的な社会理論やそれと合体した中世の「帝国」理念の中に内在していた原理であった。身分や階級や職能的区分ではなく、法的擬制としての「市民」、まさしく近代の社会価値の担い手としての法的人格としての「市民」を自然権と結合させ、その存在を「国家」や「社会」と法的価値において等価と見なしていく社会理論の構造こそが、ホッブスやロックにとどまらず、その思想を継承していく近代政治思想家たちに支持され、深化されていくのは、全体価値に対する個別価値の確立こそ、「進歩」の概念の中核の形成であり、人間の主体的、自由な価値創造活動の基盤となるという信念をいだいていたためであった。17、8世紀の政治思想家や哲学者にとって「進歩」とは具体的に何を意味していたかといえば、それは人間が「自然状態」から「市民社会」へ移行することであった。言い換えれば人間は本来与えられている「自然権」、つまり自然的権利を自覚し、その発展を阻んでいる未開な社会の無目的状態を脱して、法的に擬制された国家をつくりあげ、その国家の権力と権威によって、市民社会を維持、発展させることであった。これが17、8世紀の政治思想家にほぼ共通する社会進歩論の骨格であり、この市民社会論の目的とするところは最大多数の最大幸福というのが、イギリスの政治思想の基本的な方向となっていた。

それに対してカントの政治哲学はイギリス的な功利主義とは別方向を示していく。それは世界市民論と永久平和論の結合の中に求められていく。彼が何故時代の政治思想家たちと異なって、市民体制の最終的基礎を国家に置くことはできないとするのか。なぜなら人間が市民的体制を必要とするは、人間が本来的に「非社交性」という孤立への要求と他人に対する協調性の欠如という悪を内在させているからである。しかし、人間はその孤立への要求と協調性の欠如という悪の不利益をなんとか抑止し、国家という市民共同体制を設立するが、個人の非社交的で対立的性格は本質的に解消されるのではなく、国家と国家の対立というより拡大された対立になってしまうとカントは考えるのである。カントによれば人間の社会的な進歩とは、この孤立への要求と協調性の欠如という「非社交性」を克服していく段階であり、「文明」と「文化」とは「人間の歴史の全体が、自然の隠れた計画を実現していく」プロセスのことであり、またその成果のことを意味している。カントはホッブスが「オオカミ社会」と呼んだ万人の万人に対する闘争状態を無目的な未開状態の「非社交性」と呼び、その悪を人間が逆手にとって自らを善へ誘導するための相互協調性を可能にし、「社交性」を涵養していった結果が「市民体制」であり、そして市民体制を法的に保証し、育成していくものが「国家」であると考えた。しかし、この国家をそれ自体で無条件に信頼しうるものとは考えていなかった。カントは、個人が自己の非社交性という孤塁を捨てて、それなりに多くの義務と責任を負わねばならない相互協調的な市民体制をつくり、それをそれなりの代償を支払って守り、維持しているように、国家も自らの孤立に安住し、「内的な国家体制の樹立」だけにとどまるなら、それは個人の非社交性という悪徳を拡大させたものに過ぎないものといえる。カントの炯眼と洞察力は国家主権、つまり国民国家という個別的な主権国家の本質をよく見抜いていた。「主権」という法的擬制が国家の非社交性、つまり国家悪の根源であることをカントほど明確に認識していた思想家は存在しない。人間が自らの協調性の欠如を利用することで、その非社交性を克服し、社会や国家を形成することで個人の間の闘争状態を抑止していったように、国家や社会もその協調性の欠如を利用するつまり、国家間の戦争を阻止しようとするのではなく、国家間の戦争を行わせるだけ行わせることで戦争の高コスト性、非効率性、無意味性を知ることで、人間の「理性」を覚醒させ、国際的な連合に至らしめる方向に至らしめる方向に至らしめる方向に導こうとするのである。

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