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2014年10月13日 (月)

松宮秀治「文明と文化の思想」(7)

今日的な意味での「文明」「文化」の概念の成立は啓蒙主義と歴史主義が世界を歴史的に分類していく作業の中で遅々として成熟を果たしてきたものである。つまりそれは神学的世界観にあって統一的に解釈されていた世界が、哲学的、科学的、世俗的に「文明」軸と「文化」軸によって再解釈され、領域別に分類され、その分類された領域がそれぞれに自律性を主張しあうなかで形成されたものである。その分類された領域は19世紀を通じて政治史、経済史、法制史、芸術史、文学史というように個別科学の領域形成と自立性の過程と複合的に並行しながら、それぞれの個別領域への価値賦与的な役割をも同時に果たしてきたのである。文化人類学が未開人の「文化」という脱価値的な方向を開拓してくるまでは、「文明」「文化」は人間の特定領域を価値化するための概念であり、またその役割を十分に果たしえたものであった。だがそれが文化人類学という学問が「文明」「文化」の概念範疇からは無価値であった未開人を学問的な対象として見なし始めたとき、従来の「文明」「文化」の価値が相対化され、学問的な価値同化、つまり没価値が始まった。以後この両概念は価値概念と没価値概念という両義性のなかで概念の曖昧化を促していくことになる。

ほぼ19世紀末と20世紀初頭に至るまでは「文明」「文化」の概念は一義的に価値概念であり、人間の諸々の活動領域をその両概念を基準に分類し、自律化させることで、そこに人間的諸業績の個別価値化の役割を果たすものであった。人間の活動は神の統一的な意志の支配のもとで同一的方向に導かれるものではなく、個人、集団、民族といった個別的な意志で独自に個性的領域を形成してきたとするのが、啓蒙主義の「世界史」と歴史主義の「国民史」の観念である。前者はより「文明史」に、後者はより「文化史」に軸足を置いたものであれ、これから見ていくように時代の代表的な歴史書は、両概念が今日我々の視点から整備できるような整然たる区分のなかにあったわけではない。

西欧の「近代」が創出した価値概念のなかで「文明」「文化」が最も複雑で多義的で、その概念規定がきわめて難しいのは、それらが概念成熟を果たす以前に、その概念を規定し、概念を構成する諸要素が言葉の成熟より先に観念群として観念的に独立した領域を創りあげてしまっていたからである。

概念が成熟する以前にその概念を形成する諸領域のほうが先に成熟を果たし、その諸領域を「文明」や「文化」の概念が自らの領域の中に取り込み、整序していった。だがそれに対して「文明」と「文化」はその内包的領域を確定できずに概念的な確立を果たしていくことが遅れる結果になってしまった。両概念は同時的な成長と共通の錯綜した成熟過程の中で、明確な概念区分を不可能にする諸要素を抱え込んできている。それゆえエリアスのような両概念の時系列的な整備や先進民族と後進民族の対立という整備の仕方は、歴史事実を無視したものになっている。

「文明」と「文化」、さらには啓蒙主義と歴史主義を対立するものというよりは、それぞれが相互侵犯的な関係でそれぞれの概念や観念を形成してきたものと考えている。もう一度戻っていえば、「文明」と「文化」がそれぞれ相互補完的に、また相互侵犯的に概念形成を果たしてきたのは、啓蒙主義と歴史主義の思想的な対立のなかではなく、むしろ「歴史」という概念と観念を「普遍史」から「世界史」へ転換させたという歴史的な過程の中においてのことであった。

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