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2014年10月14日 (火)

松宮秀治「文明と文化の思想」(8)

私たちはそれほど深く考えることもなく「世界史」という言葉を使用するが、それは高等学校の教科書のような日本史、東洋史に併置された概念でなく、またその機械的な概念でもない。それはこれまでたびたび触れてきたようにキリスト教的な「普遍史」に対する人類の文明史、文化史としての「世界史」という歴史哲学の新しい近代価値の観念体系の構築を意味するものだったのである。この普遍史から世界史への転換においてヴォルテールの『諸国民の風俗と精神について』を西欧の歴史思想史における「コペルニクス的転換」と評価され、それがキリスト教の普遍史のヘブライ人的・キリスト教徒的な世界観の狭隘さの打破、いいかえれば空間的にはヨーロッパに限定され、精神的には異教として「世界」の外に置かれた領域の世界への編入、つまり実質的な地球規模での世界の拡大の開始をそこに見い出している。

ヴォルテールが啓蒙主義史学、つまり歴史主義の先駆者であり代表者という認識はマイネッケの『歴史主義の成立』以来ほぼ異論なく承認されていることであるが、それは単にそこにとどまるのではなく、聖書学と聖書年代記を基礎とする「普遍史」から、人間の歴史をすべて「文明」と「文化」の概念のもとに超越者や神とは切断された世俗世界の進歩と発展する「世界史」への歴史意識のコペルニクス的転換の起点となったものであった。

ヴォルテールの反「普遍史」の思想と世俗世界史の思想。「世界」の歴史が髪の被造物としての歴史、つまり神の創造神話として記述を開始されようが、あるいは事物がそれぞれの起源を持つ「開闢」神話として語り始められようが、このように人間の主体的な関与とは無関係なものは、歴史記述から排除されるべきであるという思想がその根本にある。そこからさらには歴史は民族集団が形成され、その民族集団が「文明」の歴史を開始させ、「帝国形成」を始める段階、そしてその帝国形成とその歴史記述(年代記記述)が中国のように同時代的に平行するか、そうでなくてもオリエント諸帝国のようにその記憶が消失を免れる段階で記録されるような歴史段階から歴史記述は開始されるべきという思想と繋がってくる。つまり、人類の未開段階を神秘化して、架空の神話的な起源を作ることで宗教的なイデオロギー化を計っていく歴史思想への反撥の表明である。したがって考古学以前の時代のヴォルテールの歴史思想が考古学時代、無文字時代、さらには人間の「未開時代」の歴史に無関心であったことも咎め立てる必要はない。

ヴォルテールは創世神話の容認は諸民族の神話時代、英雄(半神)時代の容認と同様、歴史の神秘化、秘教化の是認につながるものとして、その「歴史哲学」から排除されるべきものとなる。歴史哲学は後にカントやヘーゲルにおいて「世界」の合目的的発展へと誘導されていくが、ヴォルテールにあってはいまだ合目的な世界発展の意識よりも、反「歴史神学」的性格が強く、世界史の反聖書年代記的進展の証明が急務となっている。

ヴォルテールの中国の「発見」は聖書年代学の否定、つまり聖書年代学の嘘と欺瞞の暴露にとって願ってもない助けとなったものである。中国の歴史記述が歴史記述のひとつの模範となるのは、そこに宗教の支配の形跡がほとんど見い出されないこと、そしてそれがヨーロッパ世界の普遍史的な聖書年代記の誤りを認識させ、それに代わる新しい歴史認識の開始の一助となる点である。

 

「普遍史」と「世界史」の概念区分を整理してみると、今日でもフランス語や英語では両者の概念区分がなかったり、曖昧だったりする。「普遍史」と「世界史」の概念区分は啓蒙主義の普遍史に代わる世俗世界の要求によって明確にされ、啓蒙主義の歴史主義の思想に由来する「世界史」が、「普遍史」を駆逐してしまって、それに続く近代歴史学の専門科学としての独立が聖書年代学と「普遍史」を完全に無効化してしまう。すると新たに「世界史」に関して新しい問題が発生してくる。科学的な「世界史」の記述は可能かという問題である。カントやヘーゲルの歴史哲学のように「世界史」を人類の合目的的な理念への達成過程と見る見方、そのような歴史記述は可能であり、正当性を持つ。なぜならそこにおいては個人や集団や民族の歴史は人類全体の歴史に吸収され、全体の発展のなかでのみ意味づけされ、暦と敵意義を与えられるものとされるからである。それに対して、科学的・実証的な歴史科学は「世界史」を理念的な発展と考えるのではなく、歴史を個体的発展とみる歴史主義の出発点としているからである。歴史主義の「歴史」とは究極的には「文明」と「文化」の形成主体としての個体的歴史主体を分類していくものであって、「世界」という抽象的な全体性を解体していく思想だからである。それぞれ地域的には孤立しながら、時間的には同時発展を示す複数の「文明圏」「文化圏」をどのような順序と配列で歴史的に記述するのかという問題である。この問題を突き詰めれば、果たして「世界史」というものが歴史科学的に存在可能かということになる。さまざまな「世界史」の起点のどこに、その起点を求めようともそれがすべての文明圏、文化圏の人々に受け入れられるものとなることは出来ない。なぜなら歴史主義とは究極的にはそれぞれの文明圏、文化圏を価値として相対化してしまい、「世界史」の起点そのものの設定を無効化してしまうからである。近代の歴史思想とは啓蒙主義の歴史哲学によって「世界史」の理念を設定しながら、歴史主義の科学的実証的な歴史哲学で「世界史」を解体させるという二律背反を背負い込んでしまったのである。しかし、この西欧近代の歴史主義の矛盾は歴史主義のみがもつ性質ではなく、広く歴史記述全般が持つ問題でもある。歴史とはどの民族、国家、集団の歴史記述であれ、自己の他に対する優越性あるいは自己の独自性と価値の主張というイデオロギー的な要求を基盤とすることが、その本質だからである。

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