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2014年10月22日 (水)

松宮秀治「文明と文化の思想」(15)

近代が近代を近代たらしめるために、つまり前近代社会全体を再構成して、新しい原理、原則で再出発させるために、新しい価値体系と価値秩序、価値評価基準を設定していかなければならなかった。啓蒙主義にあっては、それは「文明(文化)」「理性」「進歩」であったが、ロマン主義にあっては、「精神」「国民(民族)」「歴史」「伝統」「芸術」「宗教」「哲学」にとって代わられた。言い換えれば啓蒙の文明・文化の概念がその相互補完的な役割を放棄し、文明概念は進歩主義的な言い方、文化概念は保守主義的、歴史主義的な方向に分岐を開始させながらも、名辞的表現においては両概念後退させ、この個別名内包価値群を表面化させてきたのである。何故このような現象がおこったのだろうか。つまり、文明、文化の観念が最も強大となり、また拡大した時期に文明、文化という名辞が殆ど使用されず、その内包諸概念がその概念にとって代わってそれらの概念を強化していったのはなぜであるかということである。歴史主義の歴史思考にとっては「文明」「文化」の概念が人間の歴史性を確認するものであることは自明のものになっていた。したがって歴史主義の歴史思考にとってはこの両概念有効性を主張していかなければならない段階はもうすでに過ぎ去ったものになっていたので、その内包領域の個別的な価値の整序作業の段階に入っていたのである。つまり人間の歴史的規定性そのものの確認はすでに完了しているので、人間活動の個別的分野の発展に関心が向けられてきたということである。啓蒙の歴史哲学における歴史とは、人間及び人間集団の、すなわち、部族、民族、国家、都市、教会などの社会的形態の歴史であるが、ロマン主義における歴史とは人間活動の内面的衝動、原動力とその成果の歴史的価値化の過程を意味することになる。言い換えれば「世界史」が「国家史」になり、さらにそれが歴史的個別諸科学を生み出してくるような歴史認識の再分化、個別専門化への発展を意味しているのである。その過程では個別分野の事実関連だけを全体から独立させ、少なくともいったんはそれをその担い手である人間集団から切り離し、固有の内的法則に従って、その事実関連を考察、叙述していく方向である。その個別的な考察、叙述の対象となるのは文学や音楽、美術、芸術、哲学や宗教といった思想領域、経済構造や法秩序、言語や社会制度といったものであり、さらには文化的創造物や様々な歴史的発展の理念の変化過程などである。

言うなれば、啓蒙主義における人間集団の社会的形象の叙述であった歴史が、ロマン主義にあっては人間活動の精神的形態の個別的展開の叙述となってくる。ともあれ歴史主義的な思考は伝統社会や宗教社会の超越的な原理思考から脱して、人間活動全体を歴史化し、人間的諸事象、人間的諸勢力のすべての普遍化の考察を個体化的考察に置き換えていく、その思考の転換、つまり非歴史的思考から歴史的思考への転換にとって最も有効な作用を及ぼしたのが「文明」と「文化」の概念であった。なぜなら両概念はあらゆる人間的事象を歴史の相のもとで見ることを要求するものであったからである。歴史主義的な思考以前にあっては超歴史的で普遍的で、形而上学的な思考で考察されてきた「理性」も「精神」も文明と文化の概念のもとで考察されてくると、それまでの形而上学的な考察を脱して、新たな歴史的考察の方向を取り始める。

啓蒙の哲学においても「理性」が形而上学的な思考内での普遍的な性格のものでなく、歴史的な考察の対象となってきたように、「精神」も形而上学的思考内での超越的な性格の論究の対象から、歴史主義的な解釈の範囲内に取り込まれてくる。啓蒙主義の「理性」が歴史主義的な思考のなかで全人類の進歩理念としての普遍的な価値指標からやがて次第に国民や民族という個別集団の進歩理念としての普遍的な価値指標からやがて次第に国民や民族という個別集団の進歩理念をも含んでくるようになったのと同様に、「精神」もまた霊と肉、さらに精神と物質という二元論的な対立の段階を経て、歴史主義的な思考のなかで人間の社会的発展・歴史的発展の総称が人間精神の発展と同一視されることで、人類の発展全体と国民的・民族的な人間の個別的な発展の実体とされてくる。つまり世界の歴史を現存在的に支配する法則としてのロゴスの精神は、世界精神、民族精神、時代精神などの概念となって人間の歴史的発展の指導的実体と見なされてくる。その典型的な例証はヘーゲルの『歴史哲学講義』において見ることができる。そのなかで、彼は当時のドイツ観念論内での精神の形而上学的規定を踏まえ、物質と精神という二元論的対立から出発する。そして物質の自然的拘束性と精神の自由性、つまり精神の自律性と非因果性を先験的に認めることからその本質を自由とする。

ヘーゲルは歴史の発展原理として啓蒙主義の「理性」を継承しながらも、新たに「精神」というもうひとつの歴史の発展原理を呈示してくるのは、啓蒙の世界史の理念が積み残した民族史、国民史という個別的な歴史体験の差異への配慮であった。彼は歴史の捉え方として、①事実そのままの歴史、②反省を加えた歴史、③哲学的な歴史(歴史哲学)を区分している。このうち③の哲学的な歴史とは、「理念こそがまさに民族や世界の真のみちびき手であって、精神のもつ理性的かつ必然的な意思は、いつの時代にあっても、現実の事件を導くことにあるからです。精神が世界をみちびくさまを認識するのが私たちの目的で、ここに第三類の歴史として、哲学的な歴史が登場します」ということである。ヘーゲルのこのような歴史哲学的な歴史認識は、つづく専門歴史学に歴史認識によって批判され、否定されることで歴史認識としての有効性を疑われてくるが、啓蒙主義やドイツ観念論の歴史認識、つまり歴史は「進歩」や「自由」という指導原理を求めるということ、さらには「理性」や「精神」という指導原理を求める歴史認識がすべて無効だというわけではない。むしろ逆に、歴史に指導理念や指導原理を求めていかざるをえなかったことこそが歴史哲学の置かれていた歴史的制約を伝えてくれているのである。

前近代の宗教社会の伝統主義的な権威主義社会の歴史認識もそれぞれに神の摂理とか神権的権威という指導理念や指導原理を有していた。近代の歴史認識がそれらを否定し、人間を歴史の主体としていくとき、個々人の恣意的な欲求や個々人の相対立する欲望の衝突を越えたところで人類や民族を導く指導理念の設定や指導原理の創出がなければ、古い歴史観に対抗しうる人間中心主義の価値体系の構築は不可能であったろう。「理性」や「精神」という歴史の指導原理の存在が歴史主義という人間存在の歴史的規定性の思想を根付かせ、神の摂理や超越的な神的権威を後退させ、人間活動の継承的集積体としての歴史という歴史認識を定着させることができたのである。

人間とは、突き詰めて言えば、指導理念や指導原理なしには生きることのできない存在である。ただ前近代社会の宗教的な神意か超越的権威かを指導原理に選び、人間の主体的な意志を抑止し、受動的な存在の中に安心立命を図るか、あるいは西欧近代のように人間を主体的創造者とすることで人間的営為全体を自己業績化することで自然と世界の支配者の位置を自らに与えるかという方向の違いだけである。前者が受動的な運命の容認者であるのにとどまるのに対して、後者は主体的な能動者として自己の歴史の創造者、開拓者となるのである。

「文明」が進歩を指導理念として人類全体の普遍的な価値の承認の方向を目指し、また世界史を人類の進歩史と規定することで、その歴史理念の目標は過去の価値の救出よりも未来の目標価値の設定に重点が置かれる。それに対し「文化」の指導原理である精神と指導原理である自由は、人類という全体が救出しえなかった民族や国民として個別的集団の心性と結び付くことで、未来において達せられるであろう理念よりも現在を現在たらしめている自己の所属集団の過去の業績、つまり歴史的遺産の継承に重点を置く。民族や国民は過去の思い出の共有、歴史的体験の共有という観念で再創造される。それがアンダーソンや現代の社会科学が暴露しているような「幻想の共同体」であれ、その「国民」と「民族」という概念はロマン主義の時代にあっては啓蒙主義のいう「人類」や「世界」よりもはるかに実体的な存在と考えられていたのである。「国民」や「民族」が幻想であるなら「文化」も幻想でなければならないが、今日でもそれは幻想としてイデオロギー性を暴露されることもなく、いやむしろ実体的なものとして信仰を享受し続けている。「文化」と「国民」はともに同じ近代のナショナリズムの価値体系のもとに整備された観念である。その一方が「幻想の共同体」としてイデオロギー性が暴露されることになるなら、「文化」のイデオロギー性も同じように暴露されなければならないだろう。しかし、そのイデオロギー暴露を押しとどめているのは「文化」概念の脱価値化が十分に浸透しているという現在の新文化科学の信念、つまり「文化」はすでにニュートラルな概念になっているという信念であろう。

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