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2014年11月 9日 (日)

松宮秀治「文明と文化の思想」(32)

私たちは一般的に言って学問というものは客観的で公平な認識を目指すものと考えている。いうなれば、学問研究とは極力主観的な価値判断をおさえ客観性を目指すものであると思い込んでいるのである。いわゆるウェーバーの「価値自由」概念の一般化によって、社会科学や人文科学といった研究者の個人的経験や価値判断が入り込みやすい分野では、経験的事実を客観的・科学的思惟で整序することで、主観的価値判断の領域を可能な限り排除し、普遍妥当な真理へと近づける努力がなされるべきであるという考え方である。言い換えれば、存在するものを研究する経験科学は、存在するものをかくあるべしという理念的な指標で判断すべきではなく、存在するもののもつ普遍妥当な客観的真理の発見を目指すのが、科学的な「価値自由」の到達目標であるということである。したがって科学が科学としての任務を遂行していくのは、認識を歪める価値判断を積極的に排除していくべきであるとする。この概念は日本語では価値自由とか没価値判断とか価値判断排除とかさまざまに訳されてきているが、その概念は十分に浸透しているので、私たちは学問研究、つまり科学と認知される分野の活動を客観的真理の探究活動と考えることに慣らされている。したがって私たちは経験諸科学がその成果として公表するものを客観的事実として受け止めるのである。

西欧近代にとってはまさしくギリシャ・ローマ世界と同化することが第一義的な関心となり、それを実践することが意識的にも無意識的にも近代的価値創造の基礎となったのである。しかし、こういったギリシャ・ローマという古代回帰の精神は西欧近代の諸理念と矛盾しているように思える。なぜならルネサンスの人文主義によって再発見された古代価値も17世紀の「科学革命」によって、古代の自然観、宇宙観の限界がすでに乗り越えられてしまったし、また同時期の「古今論争」によっても、ギリシャ・ローマという過去のうちに真理を求める神話ははっきりと否定され、古代崇拝神話は崩壊してしまっていたからである。

それにもかかわらず18世紀末から19世紀に至って再びギリシャ・ローマが西欧近代の人文諸科学の中心的な関心の対象となってくるのはなぜだろうか。言い換えれば大航海時代のいわゆる地理上の諸発見の時代に拡大する世界を実感し、知的関心からそれに対応して外に向かって拡大を開始しながら、18、19世紀という近代の隆盛期にヨーロッパの知的関心はなぜ内向きとなっていったのかという問題である。航海者や征服者たちが求めたのは異国の財宝であったし、宣教師たちが見い出したのは呪術師や魔術師を畏怖する未開人と偶像崇拝と迷信のなかで理性を失っている異教徒と半文明人のみであった。世界は西欧世界を除いては、「進歩」と「文明」と「文化」とは無縁な存在であり、西欧によって教導されるべき存在であるという思想と信念が彼らの知見に反比例して確固たるものとなってきたのである。

啓蒙時代の初期、文明人に優るとされた「善良なる未開人」なるものは、西欧人の知見の拡大と深化に反比例して姿を消していき、それらは単なる「未開人」となって、人類学や民族学という新たな知的関心の対象にされてくる。代わって現れるのが人間の理想像としてのギリシャ人である。西欧社会が17世紀の古今論争において、いったん確認した古代人にたいする近代人の優越という確信が18世紀に至って再び逆転し、古典古代の思想的意義の再評価と理想化へと転換するのは、政治的に分裂したヨーロッパの諸国家を文明的・文化的統一体として再構築し、「世界史」における西欧の役割を新たに規定していきたいという要求に由来するのである。

宗教改革とそれに続く宗教戦争はヨーロッパの宗教的・政治的統一を崩壊させ、教派間対立だけでなく、国民国家や領邦国家を成立させた。その結果として、国家はさまざまな信条が共存しうるだけの多数でなければならないが、同一の「進歩」という理念においては相互補完性を失わないだけの同一目標から平和共存の国家関係を信奉しなければならないという思想が一般化し、それが当時の思想の中に確固たる地歩を占め、ヨーロッパ諸国間の「勢力均衡論」の思想を行き渡らせてくる。これと同時にヨーロッパに多数の国家が存在することは、東洋的専制とは異なった、ヨーロッパ的な自由主義思想の発展に多大な利益をもたらすという思想を行き渡らせることになる。いわゆる東洋的専制や国家を超える「帝国主義」、つまり「普遍的王政」への批判が国民国家や地域国家の存在の正当性を確信させるだけでなく、王政の宮廷政治化、華麗で豪華で贅沢な典礼や祝祭によって視覚化される政治手法に対する批判が、新たな民主制や議会主義の思想を浸透させてくれる。宮廷的で華美な典礼主義に対する市民的な倫理主義がヨーロッパの「文明」に対する批判として「善良な未開人」、つまり健全なる未開を称揚する。

だがこの未開と文明の評価の逆転、つまり啓蒙の時代批判が大きな成果をあげてくると、ここで分裂したヨーロッパの精神手統一性への新たな希求が生まれてくる。それは西欧文明と文化の一体性を保証するものであると同時に、国民国家や地域国家の精神的統一性とも離反しないものでなくてはならない。いうなればかつてキリスト教が果たしていた精神的役割に代わるべきものでなくてはならない。啓蒙主義が時代批判のために利用してきた「善良な未開人」はその批判的役割を十分に果たしえたが、啓蒙思想が信奉してきた単純な「進歩」観念の再考を促すものであった。それは「理性」とは普遍的なものではなく、歴史的に規定されるものという歴史主義的な思考の成立を意味するものであった。

初期啓蒙主義は伝統社会や宗教社会の非歴史主義的な思考を打破するために、「理性」の進歩という観念を措定してきたが、社会の現実批判と歴史主義的思考を進展させていくなかで、「理性」という概念が人間の歴史的規定性を表現するのに適切なものではないことに気づき、人間の歴史的規定性を表わすのによりふさわしい「精神」の概念をそれに代えていった。啓蒙の歴史思想は歴史記述の真の対象超越者の意志としての偉大な国家の盛衰や偉大な王や英雄の運命の叙述から、「時代の精神」や「国民の精神」といった精神の歴史の叙述へと転換されなければならないという考えである。

このように啓蒙主義とロマン主義の時代にまたがる西欧の歴史意識は、政治史や事件史的な関心から離れて、人類史と国民史という二つの領域の人間精神における変化のプロセスに向けられてくる。啓蒙主義の「世界史」もロマン主義の「国民史」も共に、西欧近代の人間精神の「進歩」の理念を継承しながら、過去のいかなる時代に自己の精神を接合させるかによって、自己の歴史的使命を確定し、思想的な立脚点を確定していく。歴史とはいかなる時代の歴史であっても、歴史の操作という過去の支配によって現在の支配を正当化し、保証していくための手段へと転化させられるものであるが、西欧近代の歴史哲学における歴史の支配が非西欧圏の地域や時代の歴史と異なるのは、過去に正当性の根拠を求めるだけではなく、「進歩」という理念、つまり理想的な未来像を歴史的正当性の立脚点として設定していることである。西欧近代がギリシャを単なる歴史的過去としてだけでなく、未来の理想像を結び付けえたのは、東洋的停滞の対極として歴史的進歩のモデルへ再転換させたかったからである。

ギリシャが宗教改革後における分裂したヨーロッパ諸国家の統合の理念ともなり、それぞれの国家の自尊心や自負心の支柱となりえたのは、また「世界史」の理念の目標ともなり、「国民史」の精神の補強となりえるのは、西欧人の観念的な創作物であるギリシャが西欧近代の「進歩」の理念と「文明」「文化」の内包価値をすべて備える存在として再解釈されたからであるといえる。「ギリシャ精神」の評価と受容は西欧諸国内でもそれぞれに温度差ともいうべきものが存在し、また「古典古代」の概念も純粋にギリシャのみを単独に抽出したものに収斂させるか、ギリシャとローマ世界を精神的な同族として一体的に評価していくのかの違いが存在する。しかし、19世紀末に至ってはギリシャの優位は西欧世界全体の共通認識となると同時に、西欧世界全体がギリシャ精神の共同の継承者という意識を共有していくことになる。

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