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2014年11月24日 (月)

菱田春草展(3)~第2章 「朦朧体」へ:空気や光線を描く(1)

菱田は東京美術学校を卒業したのち嘱託教員となって学校に残りますが、岡倉天心が退職するのに伴い日本美術院の創立に参加したといいます。その時期に、岡倉の発言が発端となって、横山や菱田らの画家たちが競うように試みたのが朦朧体という手法というのが、歴史で習ったことです。ここでは、その時期の作品を中心とした展示がなされていました。

Hishidakanrin_2「寒林」という作品から見て行きましょう。ちょうど岡倉天心の後を追って東京美術学校を退職した頃に制作されたものらしいです。前回に見た「水鏡」の翌年になりますが、まるで対照的なように、「水鏡」は線の表現に重点を置いて様々な線の表現を試みている、パステルカラーのように淡い色彩を様々に配置して色彩の関係による効果を試みているのに対して、「寒林」輪郭線をなくし、モノクロームにして色彩効果をなくしてしまっています。まるで正反対の方向性の作品をたった1年の間に連続するように制作するということは、菱田という人は節操のない人なのか、それとも自らの方向性を掴めていなくて迷いの中にいたのか、どちらかです。「寒林」というタイトルで中央に猿の親子を配しているけれど、山水の水墨画のような静謐で枯淡な印象はなく、冬の冷気のなかでの張り詰めたような凛とした森閑さという世界ではありません。画面全体の描き方が日本画の省略により余白を生かした余韻のあるものではなくて、どちらかというと西洋絵画のような隅から隅まで描きこむような濃密な画面になっているのです。それが濃密さで迫ってこないのはモノクロームにしてあるためだろうと思います。それで、前年の「水鏡」と一見対照的なこの「寒林」には、菱田が西洋絵画の手法を取り込もうとしたという点で共通点があるのではないかと思います。「寒林」では前景の岩石が配置された川原のような風景と後景の森林の描写が稠密に描きこまれ、後景の森林は遠近法的な遠くになるに従って小さくなる描き方をしています。また、輪郭線を用いないというのは西洋絵画の油絵では絵の具を図面に重ねていって下絵の輪郭線が見えなくするのを表面上真似ているように思えます。いわばこの「寒林」という作品は西洋絵画の手法を実際の絵画制作で試してみようとした作品だったのではないか、と私には思えます。これは、明治維新の新政府が富国強兵のために殖産興業を推し進め、そのために当時の先進技術である西洋の技術をベースである科学とともに急いで取り込もうとした文明開化という動きに、よく似ているように見えます。文明開化は先進的な西洋の学問や技術を取り込もうとしましたが、和魂洋才といわれるように表面的な技術という上澄みを性急に取り入れようとしたもので、後に夏目漱石がその矛盾をテーマに多数の小説を執筆しています。それと同じようにことは、菱田にもあって、西洋絵画の表現技法をテクニックとして勉強して、試そうとしたといえると思います。だから、この「寒林」は何も油絵の具を使っていないということではなくても、西洋絵画の技法を使っていても、そうは見えず、一風変わった日本画となっているということです。たとえば、遠近法的な描き方をしていても画面構成が奥行きのある空間を平面に置き換えるような設計がされていないことです。端的なのは線遠近法的な描き方をしていても消失点がはっきりしない。消失点とは単に遠近法を描くための基準点というだけでなくて、立体である空間を見る際の焦点、視点です。いわば風景を見る主体の自意識です。それがはっきりしていない。つまり、主体が確立されていないのです。ここでの画面は、見えているものを効率的に配置するということで、誰かが何をどのように見たということは、描かれていません。それはまさに和魂洋才であって洋魂ではないのです。敢えて言えば、菱田の精進によって個々の樹木や岩石の表現が西洋絵画のテクニックを十分に租借してそれなりのものとなっているために、西洋絵画と日本画との狭間にあるような過渡的な独自性の煌きを持ち得た作品となっている、と私には見えるのです。

Hishidamisasino_2「武蔵野」という作品は、「寒林」のようなモノクロームではなく彩色が施されていますが、構成とか内容は良く似た作品です。前景のすすきと後景の遠く富士山をのぞむ草原のひろがりのあいだにアクセントとして鳥を配しているという点です。風景画は西洋絵画では風景そのものだけを取り出して描くというのは歴史画や宗教画に比べて歴史の浅いもので、それほど確立していなかったのに対して、日本画では花鳥画の確固たる伝統があって、その伝統の上で途上にあって体系が固まっていなかった西洋画の風景画の技法をつまみ食いするように利用しても、日本画の画面に置くことができたのでしょう。人物画であれば、前回に少し見た「拈華微笑」のような、およそ無残としかいえないほどみっともない結果に陥ることはありませんでした。それは、ちょっと脱線しますが、西田幾多郎が言っていたように日本語という言語が、英語のような西洋言語のような主語ではなく述語が中心に出来上がっているからと言えるかもしれません。つまり、この「武蔵野」の画面で言えば、ススキが見える。鳥が見える。富士山が見える。…というように…が見える。と列記できて、見えるのはそこに描かれているものです。ところが、これを英語のように言い直すと私がススキを見る。というように見る主体である私がないと成り立たないのです。つまり、画面にあるものは見えたものではなくて見る主体が必要になるので、画面に見えるものがあるのではなくて、私がこの画面を見たということになります。もっというと、私が画面をこのように見たということは、画面は私の見る視点によって構成されるということになります。これは、世界は神様が意図をもって創ったということに通じることになるものです。だからこそ、西洋絵画では画面の空間構成ということが重視されるのです。画面というのは一つの世界であり、そこには意図があってつくられたものであるという前提があるわけです。ところが述語を重視して、これがある、あれもあるという、主語の重視する立場からは意図がなく無定見のようなものになっているのです。だからこそ、日本画の風景画には融通無碍なところがあって、西洋絵画の技法をパッチワークのように部分的に取り入れても画面が成立してしまうのです。そのため、菱田の試みも人物画では「水鏡」のような例外を除いて無残な結果となったのに対して、風景画ではそれなりに見ることのできる作品を残すことができたと思うのです。

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