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2014年11月10日 (月)

松宮秀治「文明と文化の思想」(33)

伝統的社会にあって人間は社会秩序の中で職能的な義務を果たすだけでよかったが、近代社会では職能的義務に加え、社会全体の理念的な方向付けにも参加しなくてはならない。伝統社会では身分という分割された範囲内で、社会全体の秩序とは直接的に連動しない部分的役割を遂行するだけで社会気役割を果たしえていた。たとえば戦争に際しても兵役義務を負わずに済んでいた。しかし近代社会では人間は社会全体の問題への関与が要求される。ということは伝統社会にあっては身分的に構成されていた社会的特権が平準化され、万人が社会秩序の維持に均等化された義務を負っていなければならない。社会全体の問題に均等な義務を負うということは、伝統社会におけるような身分的に分与された関心だけにとどまっては、社会全体の問題に対処しえないということである。社会全体の問題に対処しうるためには、職能的な社会対応ではなく、全体的社会人、つまり「市民」として社会に対応していくということである。

人間が伝統社会の身分的な職能人から市民に転換するということは、人間が全人格的な存在として相互に対等の関係で社会全体の「理念」の完成のために共同の義務と責任を負っていくことである。市民という存在の成立をポジティヴに評価すれば、それは人間という存在を身分的な拘束から解放し、人間を対等で自由な存在にしたことであるが、ネガティヴな評価をすれば、形式的には社会理念の共同の推進者の位置に押し上げておきながら、実質的には伝統社会の身分的差別以上の、より深刻な階層的差別に人間が陥らせたことである。近代社会、市民社会は自然権という観念体系のもとで、生命権、財産権、職業選択の自由、法の下での平等、言論の自由という総合的な権利を保証されながら、財産、社会的地位、教育や知性の差による、伝統社会以上に複雑な差別を生み出し、それを助長させる要因をつくり出すといえるのである。

近代社会とは人間が職能的知識のほかに、社会の理念を理解する学識を要求される社会である。なぜなら近代とは社会がそのときどきに求める「イデー」を理解する能力と関心が社会的成功にとって最も必要とされるからである。近代社会とはその意味でも「イデオロギー」支配の時代なのである。別な言い方をすればイデオロギー支配とは、社会がそのときどきに求める「イデー」をイデオロギー化、つまりイデーを学識化して、集団や組織に所属する者たちが社会を支配することである。近代社会とは、思想家が「イデー」を見つけ出し、政治家、官僚、学識者がそのイデーをイデオロギーとして組織し、現実化していく社会である。経済人がこれに加わりうるのは、政治家、官僚、学識者を自らの活動領域内に取り込みうる範囲内においてである。社会主義や共産主義国家がコミュニズムという理念を組織化し、現実化した共産党の一党独裁に陥るのは必然であったし、天皇制国家イデオロギーを軍国主義イデオロギーへ再組織しえた軍部と右派知識人が戦前、戦中の羅本の政治体制を独裁支配しえたのも、近代イデオロギー支配の必然の産物であった。同様、近代が少数の成功者層と多数の脱落者層を形成していくのも近代のイデオロギー社会の必然の帰結なのである。なぜなら近代とは「イデオロギー」の支配者が世界史の支配者となり、それに参画し得ない者たちは世界史から脱落していく存在となるからである。

伝統社会にあっては、社会構成は身分的なヒエラルキー構造に則して組み立てられていたものが、近代社会では理論的には身分的階層は廃棄され、社会の全構成員たる「市民」が対等の関係で社会理念の完成に関与していくものとされるが、実質的にはその市民階層を突き抜けた特権的な上層階級と市民段階からドロップアウトしていくという上下二層への段階に分極化して投げ込まれることになる。近代社会が理論的には平等な市民社会によって構成されているという建前をとっていくのは、そもそも「市民」という概念自体が近代社会の民主主義的、共和制的理念から発しているものであり、その理念の理論化が近代社会のイデオロギーであったということからくる必然の結果である。「市民」とは、理論的には伝統的な権力構造における臣民と平民という身分的規定から解放され、また宗教的な権威社会の被造物という規定から解放され、自律的な意志を持った独立人として、人間的には自然権に由来する個人の「自由」意志に覚醒し、社会的には歴史の「進歩」に共同参画するという意識を共有している人々を意味する。

近代社会内ではこの「進歩」と「自由」の理念の実現を阻む存在が旧体制として批判され、この理念を理解し得ない者たちは、啓蒙され、教育され、文明(文化)化されるべき存在と考えられる。西欧社会にあって近代化とは、この「進歩」と「自由」という二つの中心的な理念をいかに思想的に自己の内なるものにしていくかという「近代イデオロギー」形成過程を意味する。それは逆説的ながら人類とは普遍的に同一の存在であるという超歴史的な規定と価値を新たに与え直されることで同じ価値を享受しうるという理論的な建前としての「近代イデオロギー」の確立過程のなかに置かれることになる。つまり再び人間存在の本質は歴史的に規定されるという歴史主義的思考によって達成されてくるという理論の鋳型のなかで作り直された存在になる。西欧社会が東洋社会と決定的に異なるのは、「自由」という観念をギリシャの共和制の理念から引き継いだという「ルネサンス・イデオロギー」とそのもうひとつの源泉であるゲルマン的自由という虚構された観念を自己の内在的な資性とすることで、「ゲルマン・イデオロギー」を歴史的実体とすることに成功した歴史哲学的な「世界史」を虚構しえたことである。

東洋蔑視論と西欧優越論の論拠と論理構成がどのようなものであったか考えてみたい。それはまずはアジアの停滞とヨーロッパの進歩、つまり一方の非歴史性と一方の歴史性という信念に由来する。停滞と進歩を分かつものは自由の意識の覚醒と有無にある。東洋にあっては専制主義が自由を抑圧し、西洋にあっては共和制と民主制が自由の意識を育成し、拡大させる。だがより本源的には、東洋が自然の豊かさのなかに埋没し、専制政治のもとにあっても、服従を代償とすることで生存を保持しえるのに対して、西洋は苛酷な自然との闘争の中で、自己の力だけを頼りに闘争精神の気性と状況を改変していこうという進取の気性、つまり「自由」と「進歩」を育んできたというのが、東洋に対する西欧の優越意識の基本をなしている。つまり専制支配に対する服従と自然や状況への適応のなかで、変革と進歩の意識を喪失した東洋世界は、いうなれば「先天的奴隷人」的な状況を甘受している存在である。

ヘーゲルやミシュレに代表される1830年代以後のヨーロッパの歴史哲学の「世界史」とは、このような西欧の優越意識の完成形である。この西欧の自己優越意識は武力や軍事力といった科学技術力の優位によって後押しされたものであったとはいえ、本質的には「近代精神」の確立を通じての西欧人の自己意識と自己価値の発見に由来するものであった。それは西欧の啓蒙主義思想によってもたらされた宗教社会と伝統社会の権威主義的な思考から脱却し、新たに人間精神の自律性の自覚に由来する社会の内部革命であったが、その社会枠が西欧内部にとどまらず、西欧圏を越えて世界規模へ拡大されてくると、西欧世界の自意識は西欧内部の問題への対処という範囲を越えて、非西欧世界を視野に入れた対外的な問題への対処という、より広範囲な自意識の形成が必然のものとなってくる。それはアルプス以北に限定されたヨーロッパ世界を地中海世界圏と結合させること、つまりゲルマン世界とラテン世界を地理的に一体化させるだけではなく、歴史的にもギリシャ・ローマを完全にヨーロッパの内部世界とする作業である。つまり、これが「ルネサンス・イデオロギー」と「ゲルマン・イデオロギー」の結合である。

このふたつのイデオロギーを支えている中心的なイデーは、「進歩」と「自由」という理念である。そしてこの「進歩」と「自由」という理念発達は確かに非西欧世界に比べて圧倒的に不利な西欧世界の生存環境や条件との闘争に由来するとされる「自主独立精神」と関わるところの多いものではあっても、この理念を西欧世界の自意識にまで育てあげていったのは、東洋世界や大航海時代以後に新たに視野に入ってきた非西欧世界の自然の豊饒な生産力に蓄積された富や伝統の豊かさに対抗する自己のアイデンティティの拠り所の形成であった。西欧人の「西欧」とのアイデンティティを理論的に保証しえたのは「市民」という意識の成果であった。民族移動期からどうにかメロヴィング期、カロリング期によるヨーロッパの政治的統一の方向性を見い出したとはいえ、その政治的な独立基盤も弱く、文化的には「異教」であるキリスト教に依存することで精神的結合を果たさざるを得なかった西欧世界が精神的にも文化史的にも東洋世界に対抗しうるだけの自意識を確立していくためには、ギリシャ・ローマの古典古代の歴史と精神、さらにはキリスト教と歴史的伝統を自己のものとしていかなければならなかった。このことによって西欧は「自由」と「自然権」という社会生活上の生存の保証を得ることができた。そしてこの生存の保証を自己の権利の基盤にしえたのが「市民」であった。

 

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