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2014年11月26日 (水)

菱田春草展(5)~第2章 「朦朧体」へ:空気や光線を描く(3)

Hishidaousyoukun「王昭君」という作品は、重要文化財に指定された代表作だそうです。中国前漢の時代に匈奴の王に後宮から女性を差し出すことになり、最も醜い女性を肖像画により選別することなり、その結果選ばれたのは絵師に賄賂を贈らなかった美しい王昭君だった。この作品は、その高潔な王昭君が匈奴の王に嫁す、別れの場面を描いたものだそうです。左に少しはなれて立つのが王昭君だそうです。“20人を超える女性たちに色とりどりの衣装をまとわせ、華やかな画面を作り出している。ハイライトをほどこして量感を表現するが、巧みな暈しが滑らかな質感を生み出し、独特の夢想的な雰囲気を醸していることは見逃せない。女性たちの肌も薄い磁器を思わせるほどに精緻だ。いわゆる「朦朧体」の試みがもたらした実りのひとつである。”と解説されていました。しかし、私には、そのようなこの作品への評価にもかかわらず、この作品の面白さが分かりませんでした。それは、解説にあるような効果はたしかに否定できません。しかし、何のための効果かというのが分からなくて、つまり、空っぽなのです。どういうことかと言うと、平板でのっぺらぼうなのです。この作品の主役は高潔な悲劇のヒロイン王昭君であるのでしょうが、その女性が主役になっていなくて、20人を超えるその他大勢の女性と横に並んでいるだけなのです。王昭君とその他の女性を描いたのではなくて、美女競演で多数並べてみましたというとか見えないのです。それは、人物が厚みをもった人間として描かれていない。もっと言えば、人間が主体的に描かれていないということです。だから、このような場面であれば、送り出されるヒロインである王昭君だけでなく、送り出す側の様々な思いがそれぞれの表情や態度にでて重層的なドラマを作り出して、そこに画面の厚みを自然と作り出すことが期待できてもいいはずなのです。そうであれば、画面構成はもっと奥行きのあるものになったと思います。そもそも、「朦朧体」は“リアル”で立体的な画面を日本画のなかに作り出そうする手法として試行されたものだったのではないか。それが、平板な画面で細部の質感を効果的に見せるための装飾となって、ハマるものとなってしまっている、と私には見えます。それは「朦朧体」という手法を換骨奪胎して、一つのテクニックとして伝統的な日本画に取り込ませてしまうことに他なりません。それは妥協、もっといえば退行ということになりかねません。ここでの菱田は、私には夏目漱石の小説「こころ」で逃げるように自殺してしまう先生の姿に重なって見えてしまったのです。

これは、菱田個人だけに原因があるというよりも、当時の日本の社会の在り方とかそういうもの、とくに日本画に限って言えば、岡倉天心らが中心となって始まった「日本画」という運動が、西洋からの文明開化のインパクトを受けて、日本の絵画に対する危機感が動機になっていることがあったのではなかったのか、と思います。当時としては、しようがないことで、百年以上経た時限の異なるところで、私のような無責任な人間が見下すような言い方をしているようですが、この運動をみると、迫り来る西洋の文明開化に対抗して、西洋文明でない日本のものを守る、そのためには従来の伝統的な日本画ではだめで、そうでない新しい伝統を作っていかねばならない。というような否定からスタートしていて、こういうものをやりたいという理念がなかった。その結果、ああでもない、こうでもない、というように選択肢をどんどん狭めてしまって袋小路に陥った。その一方で、こちらから否定するということは、否定されたほうからは否定され返されるということで孤立していくことになっていった。さらに、否定の方向は最終的に自らに返ってくることもなるわけで、自らの土壌にたいする懐疑というのか、自分たちのやろうとしていたことに対する根本的な懐疑となって返ってくるはずです。そういう葛藤が菱田にあったかどうかは分かりません。もし、それがあったすれば、自分の描こうとしているのは日本画であり、その日本画とは果たして何であるのかという問いかけがあったと思います。菱田自身、伝統的な日本の絵画には飽き足らないという思いはあったと思いますが、それは日本の絵画としてであって、日本の絵画そのものを否定する気持ちはさらさらなかったと思います。種々の原因で周囲から追い込まれるような状況に陥った中で、自分たちのやっていることが日本画であるとしたら、日本画とは一体何かという問いかけがあったとして、その中で自分の足元を見直す作業があったとして、その中で、退行的に見えるかもしれないが、原点をもう一度ということで、恥も外聞も考えず制作したのが「王昭君」であった。だからといって、さまざまな試みをしてきた菱田には、伝統そのものの日本画を描くことはできなかった。そういう作品として「王昭君」という作品を見ることができるのではないか、と私は思います。これは、私が独断と偏見で勝手に見た感想です。資料や事実の根拠は全くありません。

Hishidalady_3人物画としては、「霊昭女(端妍)」という作品。中国、唐の時代に隠者の娘であった霊昭女は、自らも禅を修め、竹籠を編んで売り、父母に孝養を尽くしたとされ、古くより禅宗の画題として用いられ、図像としては少女が竹籠を下げた礼拝像風に描かれることが多いものだそうです。ここでは、背景を一切省き、霊昭女のみを対象とした画面構成とされており、崇高な印象を感じさせ、画風は没線主彩によるものであるが、霞をもちいて空間を造成してゆく方向ではなく、澄んだ色彩を用いた主彩画的なものとなっていると解説されていました。背景と人物との関係とか、暈しを多用してところとか「王昭君」と似ているところが多い作品です。ただ、こちらの「霊昭女(端妍)」の人物は比較的外形の輪郭をはっきりさせている分だけ、はっきりとした感じで、暈しによっつ付けられた陰影が人物に立体感を感じさせるようになっている、これはあくまで「王昭君」との比較による相対的なものですけれど。表情は、前回見た「水鏡」に比べて、むしろ無表情になった印象です。この作品に表情を読み取れない私のセンスが鈍いのかもしれません。菱田に限らず、近代以降の日本画は人物表現が一種の癌のように大きなネックとなっていて、西洋絵画に対抗するにしても人格をもった自律した個人として存在感をもった人物というのはうまく描けていない、少なくとも私は成功作というのを見たことがありません。菱田の場合も、決して成功したとは言える作品がありません。人物を描いても、風景の一部のパーツとして扱うというのが、菱田の場合は妥協的な解決策だったのではないかと思います。そうであるにしても、愚直なまでに挑戦していく姿勢には、頭の下がる思いがします。

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