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2014年11月18日 (火)

生誕200年ミレー展─親しきものたちへのまなざし(5)~第4章 大地・自然

ミレーという画家は、バルビゾン派などというレッテルで学校で習い「晩鐘」や「落穂拾い」などの浩瀚な代表作のイメージが先にたって、農民画家というように見られがちということで、私もそういう先入見を持っていました。実際のところ、ミレーは農村出身ではあるものの、農業を放棄し都会で画家の修行をした「都会人」であり、全作品が400点と言われる中で農作業を描いた作品は100点に満たないと説明されています。今回の展覧会では、ミレーを、「人間と大地・自然との営み」の1年のサイクルをつぶさに描いた画家というように捉えているといいます。四季折々の移り行く自然の姿と緊密に関係づけながら、大地を耕し、種をまき、牛や羊を放牧して育て、森を守りながら後にその恵みに与る人間を描いた、と言います。

Millettaneとにかく作品を見て行きましょう。「種まく人」という作品です。ミレーはこの題材を何点も制作していて、山梨美術館にあるものとボストン美術館にあるものが有名なようです。この作品は、それらの前に制作されたもので、サイズもひと回り小さく、後の作品に比べると大胆さもほどほどという印象です。有名な作品ということですが、まず、私は、この作品をみていて何が書かれているのかよく分からない作品でした。というのも、このように画像で観ると、そうでもないのですが、実際に作品を観ていると、鈍い色彩で描かれていて、もともと輪郭をはっきりと描く人ではないこともあって、しかも全体が日陰に入っているかのように、どんよりした空の下でほの暗い状況で、さらにくすんでしまっているというようなことが相俟って、全体にぼんやりとして描かれているものの形がはっきりしないのです。抽象的な絵画のように、最初からもののかたちを歪めたり、かたち自体を描くことをやめてしまった絵画ならば、その画面をみて感覚的にかんじたり、あれこれ勝手に想像したりできます。この場合、そういう作品にはかたちのないということを明確にうちだしたり、色彩を前面にあらわしたり、そういうものとして提示してくれます。これに対して、このミレーの作品では、何かしらの題材(こういうときは主題というのでしょう)が呈示されているらしいのは分かるのですが、その呈示されているのが何なのか、こちらには分からないというようなのです。かろうじて、どんよりと暗い空の下で、斜面のようなところで一人の男が立って、なにかのポーズをしている、よく観るとそのようにみえる。それが私には精一杯です。題名が「種まく人」というので、これが種をまくということなのか。当時のフランス農業では種をまくというのはどのようにやられていたのか、そもそも分からないし、そして、何よりも描かれている画面からは男がどのようなポーズを取っているのかは、よくよく凝視しても判然としません。

このことから、私には上で説明されているような「農民画家」とか「人間と大地・自然の営み」というような画家としてミレーを捉えるということは難しいと思っています。そうであれば、もっと見易く描いてもいいのではないか、と私には思われるのです。このような「種まく人」の描き方をしているのは、ミレーという画家に特徴的な描き方によることもあるのですが、それ以上に意図的なものを感じるのです。ものの本に依れば、種をまくというのは聖書にも記述がある「種まく人」のたとえ話(例えばマタイ伝第13章)で、ある人が種をまいたうち、ある種は道端に落ちて鳥に食べられ、ある種は石地に落ちて枯れてしまい、よい地に落ちたものだけが成長してたくさんの実を結ぶ。その種まく人というのは神の比喩で夕方に良き土地に教えという種をまいている。そのような象徴的な比喩があった。そうであれば、種まく人が個人と特定できるように農夫とはっきりと分かりすぎてしまうと、神の象徴性が感じられなくなる。また、種をまくという、いまだ神の教えが受け容れられていない暗い無明にちかいという状況をあらわすには、相応の暗い画面にする必要がある。ということは、農作業を描くということは、手段であるわけです。そのことから、ミレーが農村や農作業そのものに魅力を感じたとか、農民として共感をもって描いたといえるのか、どうもそのようには私には思えません。

Milletpusanただし、このような絵画の対象を選択肢として見い出したのはミレーのオリジナリティであろうことは否定するつもりはありません。絵画の修行をするのは都会でなければならないはずで、そこで修行したのは都会出身者のみとは限らないはずで、ミレーと同じような地方出身者、農村出身者がいなかったはずはないと思います。そこでなぜ、ミレーだけが、このようなものを描けたのか。単にミレーが農家の出身ということだけではないのではないか。そこに、ミレーという人の持っていた、色彩感覚の鈍さというのか、よく言えば渋好み、作品がどんよりとして見栄えがしないという作風が関わっているのではないかと思います。また、描写もそれほど巧みとは思えない。ましてや社交的な卒のなさとも縁がなさそう。そうであれば、肖像画家やパトロンから注文を受けることの競争に勝てる可能性は極めて少ない。だからこそ、ミレーは競争の激しい都会を離れて田舎に逃げ出したのではないかと思います。田舎であれば、現金収入は少なくても、何とか食べて行ける。そしてまた、そこで絵を買って入れるのは地方都市のブルジョワであったと思われますから、その人々に分かりやすい、あるいはその人の現状、例えば地方に住んでいることを称揚してあげる内容のようなものを題材にするというマーケットニーズ。そして、一方、渋好みの作風で都会の華やかな世界に適合したものは描けない、しかし、田舎の農村のくたびれたような風景は、逆にキリスト教の「貧しきものは幸いなり」的な視点で称揚するように描くには、ミレーの作風はむしろ適合しているように考えられます。たまたまそうなったとか、結果としてそうなったとかいうことによるのでしょうが、ミレーという人が作品の対象の選択肢として農村とか農作業が視野の中に入っていて、そういう要素と結び付いたのが、結果としてミレーのよく知られた作品を生み出していくことになったのではないか。そこには、16世紀のオランダ絵画の間接的影響とか、写真の出現とか様々な要素が絡み合っているのかもしれませんが。少なくとも、ミレーの絵画を受け容れるような人々が存在し、それをミレーをどのような経緯か分かりませんが、認識したということなのではないかと思います。これは「種まく人」を見ていて、勝手に私が想像したことで、資料の裏づけとかそういうものはありません。

Milletotibo「落穂拾い夏」という作品です。“収穫された麦が、大きな積み藁の形に集められている。この土地の豊かさを象徴するかのような積み藁を背景にして、3人の女たちが大地に落ちた穂を拾っている。収穫物の一部は、土地を持たない貧しい人々に分け与える目的で、「落ち穂」として大地に残された。この習慣は土地の所有者が大地の恵みを占有するのではなく、貧しい階層の人々と共有するという一面において、農村共同体における慈愛に満ちた習慣として捉えることができる。”と説明されています。旧約聖書申命記には“あなたが畑で穀物の刈り入れをして、
束の一つを畑に置き忘れたときは、それを取りに戻ってはならない。それは、在留異国人や、みなしご、やもめのものとしなければならない。あなたの神、主が、あなたのすべての手のわざを祝福してくださるためである。”という一節があるそうです。またルツ記には、まさにそのようにして貧民に施しをする物語が記されていると言います。だからというわけではありませんが、ミレーは、ある種の宗教画あるいは道徳的なストーリーを盛り込んだものとして、その題材を今までにない現代の農村らしき風景にとったと言えないでしょうか。古典主義の大家ニコラ・プッサンがルツ記の物語を描いた「刈り入れ人たちの休憩(ルツとボアズ)」(右上図)と比べてみると、ミレーの作品のくすんだ色調が一種のもの悲しさを漂わせているのが分かります。また、プッサンの作品は牧歌的な性格が強く、貧しさとか哀れさという要素は感じられず、近代的な目で見れば古代の絵空事のようにも見えてしまうのに対して、ミレーの作品では現代風であるがゆえに、感情移入しやすいものとなっていると思います。プッサンとは違って、ミレーの作品では落穂拾いをする3人の女性に近づいて、クローズアップするように画面に占める面積を大きくとって、それ以外の背景は明瞭に描くことをしないがゆえに、3人の女性に視線が集まり、3人の女性を中心に作品を見つめることとなり、観る者が思い入れをしやすい画面になっています。ミレー独特の鈍い、くすんだ色調が3人の女性の服のくたびれた貧乏くさい感じにちょうどぴったりと合っていて、顔の表情を細かく描きこまないことで、観る者に想像させることを促し、そのために観る者が画面に主観的に関わることになってくるわけです。

Milletsheep「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」という作品は山梨美術館に所有されているということもあって、比較的よく知られた作品ではないでしょうか。ミレーの作品は有名な「晩鐘」もそうですが、夕暮れの薄暗く、徐々に暗くなっていくにつれてものの輪郭がぼんやりと闇に溶けていく状態を描いたものが目立つように思います。この作品などは、その典型的なものです。同じ、薄暗い状態でも夜明け前の、これから明るくなる状況を描いたものは、この展示ではありませんでした。そこにミレーという画家の好みというか、夕暮れのくすんだ感じ、あるいは夜という闇に向かっていくところの方にある種の傾向があるのかもしれません。ここまで見てきた3点の農村を描いた作品は、それぞれサイズは大きいものではなく、小品か、それより少し大きいという程度です。ブルジョワの家庭のプライベートな空間で、多少の教訓も感じられるという意味合いで、あまり邪魔にならず飾られるというのにはちょうどいいのではないか、と思えます。

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