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2014年11月14日 (金)

生誕200年ミレー展─親しきものたちへのまなざし(1)

1年前に肺を患い入院加療して以来、久方ぶりの経過検査で、多少の不安もあって構えて望んだが、あっけなく終わり、拍子抜けすると同時に、ほっとしたものだった。それで、一気に緊張が解けてリラックスしたのと、中途半端な時刻に検査が終わって、時間が余ってしまったので、ちょうど始まってまもないミレー展に行ってみることにした。場所は府中市美術館という、職場からも、仕事上での外出先のついでに寄るのも中途半端な距離で、アクセスも便利とは言えず、わざわざ出かけるほどのことでもない、位置にあった。ちょうどいいということで、あえて行って見ることにした。

Milletposミレーの回顧展といっても、ジョン・エヴァレット・ミレイではなくて、ジャン・フランソワ・ミレーの方である。ジョン・エヴァレット・ミレイの方は、ラファエル前派などのグループを含めて何度も見に行ったし、ここでも何点かの記載があると。私にはジョン・エヴァレット・ミレイの方は比較的近しい画家であるのに対して、今回見に行ったジャン・フランソワ・ミレーの方は、名前だけは聞いたことはあるものの、疎遠にしている傾向の画家であったので、改めてどのような画家であるのか見てみる良い機会となったというわけです。

さて、ジャン・フランソワ・ミレーは、農民画家というかフランスの田舎バルビゾン村というところで農村の風景やそこで作業に勤しむ人々を描いたということで「落穂ひろい」とか「晩鐘」などいった代表作が日本ではことのほか人気が高い画家ということで、平日の昼間、しかも郊外の、必ずしも交通の便がよいとはいえない美術館にもかかわらず、かなりの拝観者がいました。しかも、展覧会は始まったばかりの時期で、人気のほどがうかがえると思われます。学校の教科書にも作品が載っている画家なのでよく知られた画家であることは確かで、しかし、それだけで、それ以上のことまでは良く知らないというのが、私の現状でした。

展覧会の主催者のあいさつでは、ミレーについて次のように紹介し、この展示の趣旨を述べています。“ミレーは、19世紀まで絵画の主題とはなりえなかった現実の農民の労働や生活の様子を見つめ、自然のままに描くことで、荘厳な農民画の世界を生み出しました。その背景には、フランス初の風景画派の誕生の地となったバルビゾン村の自然豊かな制作環境があったことは言うまでもありません。しかし、ミレーの作品理解のためには、ノルマンディーの海辺の寒村で過ごした子供時代の記憶、9人もの子どもを慈しみ見守り続けた父親としての姿も思い出す必要があります。幼い頃から育まれた自然に対する畏敬、祖母から教育を受けた身近な者への慈愛が、ミレー作品の根幹を成しているからです。本展では、初期から晩年までのミレーの画業を通観するするとともに、これまでいわゆる「農民画」の周辺作品と捉えられがちであった、家族の肖像、生活の情景や馴染みの風景を描いた作品にも改めて焦点をあて、画家ミレーの全貌を捉え直します。”府中市美術館の館長は、ミレーについての著作も出している方のようで、自身がミレーに対する思い入れが強いようで、この展覧会に関してひとつの明確なコンセプトを打ち出していて、それがあいさつ文にも窺われます。ただ、あいさつ文では控えめに述べられているので、いまひとつ伝わっていないようです。カタログでの説明を補足的に引用しておきましょう。“本展では、全てのミレー展を見尽くしたベテランのミレー・ファンにも注目してもらえる新しいコンセプトを用意した。それがミレー絵画における「親密性」である。「親密性」とは、一般の美術用語では主にボナールやドニ、ヴュイヤールたちフランスのナビ派の画家の描く対象への心理的な親密的傾向を言う。たとえばボナールの永遠のモデルとなった妻マルトとの愛情生活と、繰り返されたそのヌードのポーズへの執着などがその典型であろう。そして主に絵画の現場となったのは室内と庭である。ミレーの場合、ボナールやナビ派、また印象主義の「親密派」であるルノワールに先んじた妻子、家族、近隣のコミュニティーとの親密な関係を描くテーマ頻出していることは周知の事実と言えよう。これには若い頃の肖像画家としての優れたキャリアが姿を変えて現出しているのである。もうひとつの「親密性」と考えられるのはその造形的な側面である。つまり、その語は画家と対象との共感による距離の近さ、及び構図の親密性をも表わす。たとえばミレーの追随者ジュル・ブルトンやレルミット、ジュリアン・デュプレらの農民画とミレーとのそれを比べてみれば、画面空間の中の対象のヴォリュームが最大限に主張されているのがミレーであって、いわば画面に無駄もなく隙もない。従ってこの場合の「親密性」は、野外を背景にした農民画に顕著に見られる。それはいかにもミレーが農作業に精通し、農民の実在性を大事にしていたかの証である。”“テーマと造形性においてミレー絵画の「親密性」は、同時代のでも古典主義に傾いたコローや社会性を強調するクールベ、また他のバルビゾン派の画家たちにおいても群を抜いている。またミレーの場合、それは親密性のもうひとつの側面である、画面から決して欲求めいたものを発しない慎ましさを基盤としている。”実際の展示については、展示作品の配置や展示方法などで、この「親密性」のコンセプトに従った配慮がなされているようでした。それは単に作品を借りてきて並べるということにとどまらず、展示のコンセプトを読むという楽しみが加わることになって、とてもいいことであると思います。

ただし、私にはミレーの作品に上で説明されているような親密性は微塵も感じられなかったので、こういうのは簡単ではないと思います。

Milletblueonoさて、引用が長くなってしまいましたが、具体的な展示の内容に移っていく前に、私のミレーに対する概観的なの印象を簡単に述べておきたいと思います。参考に、「青い服を着たポーリーヌ・オノ」という作品を見てみましょう。これは、ミーが最初の妻を描いた肖像で、上述の「親密性」をあらわす典型的な作品と言えるものです。展示する側は感涙ものというような意図を持っていたようですが、私には、どこかちぐはぐな印象を受けるのです。全体のバランスが取れていないというのか。女性の髪形のせいなのかもしれませんが、頭部右側の描き方が極端な絶壁頭のように見えてしまうのです。右側の途中でスパッと切れ落ちてしまっているようで後ろ側の厚みが想像できないで、扁平のように見えてしまうのです。そして、頭部と首と身体がバラバラのように一体感が感じられず、それぞれの大きさがちぐはぐです。まるで、頭部、首、身体の別々のパーツがたまたま並べて置かれているような感じです。また、彼女の顔色は土気色というのか肌の輝かしさが感じられず、ちょっと病的な見えます。着ている衣装もタイトルは青い服とされていますが、青ではあるのでしょうが紺にちかいような黒っぽい色に見えます。全体としての色調が沈んでいるというか、くすんでいるというか全体に暗いのです。若い、しかも愛する妻を描いているのですから、全体を落ち着いた色調にしたかったのでとしても、どこかで華やいだ色をつかって、アクセントをつけてあげてもよかっただろうに、そんな配慮はされていません。何か悪口のようですが、親密性云々の前に、ミレーという画家はそういう配慮をしてあけられるだけの技量を持ち合わせていなかったのではないか、と私には展示されていた作品をみて強く感じました。端的に言ってセンスが悪いのです。色彩は、せっかくの絵の具のもともとの色を混ぜしまうことで鈍くさせてしまったり、各色の使い方でも、全体としてどんよりとしたものになって、作品によっては何が何だか不分明な混沌状態になってしまっている。また、個々のデッサンは苦労して修得したのでしょうが、それが全体としての構成で生かしきれていないのです。この展覧会でも、ギリシャ神話の「ダフニスとクロエ」の作品がありましたが、ダサイの一言しか言えないような作品です。そんなミレーが、そういうセンスの悪さという短所を目立たすことなく、むしろそれを長所として生かすことは出来ないかと探したあげく、ようやく見つけたのが農民画というものだったのではないか、バルビゾンの風景には鈍く、沈んだミレー天性の色彩感覚がハマるのです。また、空間構成をがっちりと画面に築くのが苦手なところは対象に迫るように近づくことによって、対象との距離を縮めで主観的な印象を生むことになります。映画初期の伝説で、リリアン・ギッシュという女優の美しさに心を奪われたカメラマンが我知らず彼女に近寄ってしまったことによって、クローズアップという撮影技法が生まれたといいますが、ミレーの場合も対象との距離感を上手く取れないことが幸いしたのではないか、そう私には思われます。つまり、ミレー本人は、それほど頭のいい人であったように思われませんが、結果としてコンセプトが巧みだったことによって限定された技量を最大限に効果的に生かすことで作品を世に知らしめることが出来たひとであったという印象です。

なお展示は、次のように章立てされていたので、それに従って個々の作品を見て行きたいと思います。

第1章 プロローグ 形成期

第2章 自画像・肖像画

第3章 家庭・生活

第4章 大地・自然

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コメント

おはようございます。ミレーにもこんなに色々な作品があったのですね。肖像画は確かに得意分野ではないのかもしれないですね。あの絵全体を稲穂でこすったような作風になるまでにはやはり色々と変遷があったのでしょうか。へたうまな(?)ミレーに最適なのポジションが『農民画』だった・・・そんな事はどこの美術史の本にも書いてないことですが、ユニークなとらえ方ですね。

poemさん、どうもありがとうございます。
実際に絵を描かない私がミレーを下手だというのも、おこがましい限りですが、素人の無責任な放言と思って下さい。学問のように証拠を積み上げているのではなくて、絵を見た印象で騙っているだけなので、嘲笑って読んでいただければ幸いです。このところ、絵を見ながら、勝手に自分で画家のストーリーを捏造して楽しんでいます。

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