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2014年11月 7日 (金)

松宮秀治「文明と文化の思想」(30)

第5章 文明と文化の終焉

「世界史」とは世界のかつてあった姿を正確に再現したいという欲求と意志から生まれたものではない。それはかくあってほしい姿に世界を歴史的に再構成していく作業である。事実が願望に反する場合も当然出てくるが、その場合、その事実を事実として認めるにしても、それは過度に過小評価されるか、あるいは無視され、あたかもなかったもののような不当な処遇を受けることになってしまう。ヨーロッパの中世における科学・技術、学芸におけるイスラムの影響の大きさは、不当に評価され、「12世紀革命」という12世紀のアリストテレスを中心としたギリシャ語文献のアラビア語訳からラテン語への翻訳と学芸の隆盛はあたかも西欧の主体的な活動成果とされ、アラブ人の関与に対する評価は、ほとんど無視に近いか、あるいは行きかがり上の言及にとどまってしまう。また15世紀のコンスタンティノープルの陥落と東ローマ帝国の消滅以後の15世紀から18世紀初頭の北方戦争に至るまでのオスマン帝国の西欧諸国の外交政策に及ぼした影響力の強大さは、ほぼ完全に無視されたままである。ロシアが西欧世界に関与し始めるのは、オスマントルコのそれと役割を交替する形においてであるが、トルコの西欧諸国の外交政策に及ぼした影響力の大きさは、20世紀の世界外交におけるアメリカやソヴィエト連邦の影響力のそれに近いものであった。

歴史とはこのように事実の記録ではなくて、願望の投影であり、自己の正当化と自己価値の讃美と栄光化の意志である。その意味で歴史とはつねに過去の支配を通して現在を支配する武器となるものである。近代以後、歴史は国民が管理するものとなる。例えば、自由主義国家である日本も公式には憲法によって公権力の検閲を排しながらも、公権力の範囲内では「検定」という準検閲的な措置を残しているのは、歴史が本質的には自己の正当性の証明と自己防衛の要求から要請されたものだからである。したがって、歴史が好都合なものは採り、不都合なものは排するか隠蔽するか無視するのは、極めて自然なことである。

西欧近代が出自的には異民族であるゲルマン系諸民族とラテン系諸民族とスラヴ系諸民族を「ヨーロッパ・キリスト教諸民族の複合体」とし、それを「渾然たる一体として、あたかも単一国家のごとく考えられるもの」とするのも、西欧近代の「世界史」イデオロギーの一環である。さらにイデオロギー性の強いものは、ギリシャ・ローマ世界をヨーロッパ史と結合させ、その両世界を「古典古代」という世界史の規範的性格の出発点となし、その古典古代精神の正当な継承者としてのヨーロッパ史を作り上げていく操作、つまり実体的な歴史としていく歴史操作である。本来のギリシャとはオリエント世界の西端に位置するもので、東方世界に対峙する西方世界の最先端ではなかった。アレクサンダー大王の東征も西方世界の東方進出ではなく、東方世界内の事件であった。それを西方世界の東方進出と位置づけたり、あるいは東西文化の融合等と捉えるのは、西欧近代の「世界史」の際立った操作の産物なのである。

その実例として、フランスの大歴史家ミシュレの「世界史入門」を見ることにしたい。この本がいわんとすることは、東方世界に対する西欧世界に対する必然的な優越と西欧世界内におけるフランスの優位性という二重性の優越思想である。このこと自体は驚くに値しない。ドイツ人が世界史を論ずれば、ドイツ人が指導的位置を占め、イギリス人が論ずればイギリス人が指導的位置を占めるのは、西欧近代の「世界史」が、ひとつには東方世界に対する西方世界、非西欧世界に対する晴雨世界の優越、ひとつには西欧世界内における自国の優越という二重の優越性の主張に帰着する思想構造を有しているからである。したがって西欧諸国のうちいずれかの国が思想的な指導権をもっているかではなく、なぜ西欧世界が非西欧世界に対して優越性を主張しうるのか、その思想的な根拠が何かと言うことを考えてみることである。それは西欧がギリシャを自己の内に取り込み、ギリシャとローマをひとつの連続する世界として一体的なものに仕上げ、そして自らもその「古典古代精神」と歴史の正統で忠実な発展継承者に仕立て上げて行ったからである。これは歴史のどの局面において見られる「系図買い」の手法である。それは卑賤な存在であったものが成り上がっていたとき、自己の家系を高貴な家系に結び付けることで、当初の作為性を忘れ、偽装された歴史に自らが酔い、自らがそれを真実と信じてしまう歴史の常套手法のひとつである。いうなればそれは歴史の神話化の手法である。ただ前近代社会の神話化手法が、西欧社会と言う特定地域の神話化という、まったく新しい神話形成手法を用いてきたことである。自己の系譜を他の系譜に結び付けることであるが、それは真実の歴史を無視し、無かったことにしていく作業でもある。このようにして西欧の歴史から無視されたのがイスラム世界とオスマン帝国の西欧世界への関与である。

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