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2014年11月22日 (土)

菱田春草展(1)

これもまた用事で都心に出たついで、ちょうど始まったばかりで、日本がビッグネームではあり、混雑が予想されるので、今のうちならと、これを機会に寄ってみることにしました。しかし、始まって間もないというけれど、そこそこ人出があって、混雑というほどではないけれど一つの作品の前には数人が必ずいるという状態でした。かといって、ゆっくり見ることのできる余裕もあったので、いいときに見ることができたと思います。

Hishidapos主催者のあいさつでは次のように述べられています。“菱田春草は、長野県に生まれ、東京美術学校に学びました。岡倉天心のもと新時代の日本画をめざし、筆線によって精神性を表わそうとした初期、筆線の表現力を手放したいわゆる「朦朧体」の時期を経て、背景表現を抑制した装飾的な画風を打ち立てました。『落葉』、『黒き猫』は近代美術史上の名作として広く知られています。”

一応、近代日本画の有名画家としてあり、そのなかで新しい点を展示に加味させようと試みているだろうなということは、分かるような気がします。いろいろな調査とか分析とかをしている最新の研究の成果が反映しているらしいのですが、それが展示の章立てとか、展示の順番などに反映しているらしいです。ただ、それで画家や作品のイメージにどのように影響するかは、私には分かりません。

さて、このところ歴史の教科書などでお馴染みの近代の日本画のビッグネームたち、横山大観下村観山といった日本美術院グループ、あるいは竹内栖鳳速水御舟といった人々の展覧会を観てきましたが、そのネームバリューのわりには“こんなものか”という落胆まじりの感想を受けたものでした。これはきっと、私が日本画に疎いが故だと思って、いくつかの展覧会にも足を運んでみました。それらは概して“たいしたことはない”という落胆以外の何ものではないものでした。とくに、日本画のひとつのウリであるときいていた線がつまらない、というのか配慮が感じられないものでした。描かれている線を見ると興ざめしてしまい、とりわけ線で囲まれた人物が絵として自立していないという印象でした。いわゆる絵画芸術というような観点でみると、日本画というのは絵画の範疇に入らないのではないか、画面という完結した世界でひとつの世界を完璧に構築するというものではないのではないか、と思うようになりました。しかし、昨年末にひょんなことから狩野探幽の展覧会で様品に触れて、その圧倒的な線のバリエイションとリアリスティックな写実描写を駆使して画面をマニエスティックと言えるほど恣意的に構成して世界を構築してしまうという驚異的なものを見つけ出してしまいました。それに比べると、それまでに観てきた日本画家たちとの差は、私の中では歴然としたものです。しかしながら、例えば横山大観などの日本美術院グループに対する解説には旧来の伝統墨守で創造性を欠いた粉本主義として狩野派の絵画作品は激しく批判されているのが常です。しかし、作品を見比べると私には圧倒的に江戸の狩野派の祖ともいえる探幽と大観とは天地ほどの格差があると思われるのでした。当然、大観は探幽の足下にも及ばない。その線において、描写力において、何よりも作品制作に対する狂気とも言える執着において、そう感じています。しかし、その狩野派を激しく批判したのは大観たちです。そこには、作品のあり方以外の意図的なもの、いってみれば戦略的なものがあったのではないか、と今は思っています。日本美術院の主張していることを考えてみると、明治の維新政府が迫り来る列強の圧力に危機感を強くもって、富国強兵を推進していったのと同じようなものが日本美術院の主張や作品に観られるのではないか。それは、旧来の支配層が明治維新というクーデターによって交替してしまったことによってパトロンが退場してしまったであろうことも関係しているのでしょう。明治の政治的、社会的風潮の中で、旧来の画家たちは生きていくために、何らかの新奇でも示さないことには、旧来の芸術的な教養蓄積を持たないあらたな顧客層に対して、あるいは外来の目新しい競合に負けてしまうことになる。しかし、かつての探幽ほどの圧倒的実力もあるわけがない、そこで戦略として旧来の権威を批判して目立ってみせる、競合相手を貶めて相対的に自己を優位にもっていく。今でいえば、戦略的な宣伝ということになるでしょう。

そのような視点に立つと、この展覧会では近代日本画の代表的な画家として評価されている菱田春草ですが、私には岡倉天心という理論家に引っ張られたということもあるのでしょうが、その画業が否定からスタートしているように思えるのです。横山大観もそうなのですが、典型的なのは伝統的な権威である狩野派を粉本主義として批判して、そう言ったからには狩野派的ではないものを目指すことで自作を差別化していくというようなことです。有名な「朦朧体」という技法にしても、黒船である西欧文明の洋画に対抗しようとして油絵の西洋絵画ではできないこととして絵の具の滲みや暈しを多用して差異を強調してみせてオリジナリティがあるように見せる、というものではなかったか、と考えられてしまうのです。それは、現代のグローバルな競争が激しい経済社会において経営戦略を駆使して競合するライバルを出し抜こうとするサバイバル・ゲームを繰り返している企業のあり方とよく似ているのではないか、と思わせるほどです。これは、私がサラリーマンとして長く暮らしている偏見から言っていることなのかもしれません。

実際の作品と離れたところで戯言が長くなりました。それでは、個々の作品に触れながら印象を述べて行きたいと思います。なお、さきにも述べましたように、展示の章立ては新しい視点でなされているということで、つぎのように為されていました。

第1章 日本画家へ:「考え」を描く

第2章 「朦朧体」へ:空気や光線を描く

第3章 色彩研究へ:配色を組み立てる

第4章 「落葉」、「黒き猫」へ:遠近を描く、描かない

では、作品を見て行きましょう。なお、いつものように、これからは画家に対しては菱田というラストネームに呼称を統一します。

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