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2014年11月29日 (土)

菱田春草展(7)~第3章 色彩研究へ:配色を組み立てる(2)

Hishidakubi_2私は、どうしても近代以降の日本画の人物表現には物足りなさを感じてしまうのです。菱田の場合も例外ではありません。そもそも人の外形を描けていないし、人が物と同質のものとして描かれて、そこに例えば、表情とか個性とか人に特有の、これは西洋的な近代主義的な人格の考え方がベースになっているからでしょうか、そういう人格が描かれていないことに、物足りなさを禁じえないのです。菱田の場合もそうです。例えば、「賢首菩薩」という作品。西洋の油絵の量感を求めているわけではないのですが、人物としての存在感がないとうのでしょうか。3人の人物の顔かたちは、とりあえず描き分けられているのは分かるのですが、それは夫々の人物存在を表わしているというよりは、装飾的な要素として、つまり、顔の表情も一種の装身具のようなステイタスにあるようなのです。3人の顔かたち描き分けられているのですが、3人の瞳は同じなのです。まるで少女マンガの少年キャラクターで使われるようなパーツを使いまわしているように見えます。人の表情のキーとなる瞳が、このように一様なので、それをとりまく顔かたちをどんなに区別させても、たんなる区別にしかなっていないのです。この作品は、展示の説明によれば、帰国後の菱田の色彩研究がもっとも先鋭的に表われた作品であるということです。そのような色彩研究の成果という点から、この作品の特徴を見ると、従来の日本画にはない“鮮やかな色彩を、筆触を強調しつつ僧の衣装や掛布に色とりどりに散りばめたところにある。賢首国師(上中央の椅子に座った人物)の袈裟には、刺子の模様に青色と橙色による補色対比も組み入れられる。この刺子の模様はきわめて細かい点を連ねることで描かれており、近づいて見れば補色の関係から鮮やかに見え、離れると視覚混合が生じてまわりの暖色系の色面となじんで見えるという特徴がある。他の色面に模様を細かく描きいれたのも、同様の効果を狙ってのことであろう。”という説明からは、菱田の妥協の姿勢を感じ取ることができると思います。これは、私の偏見によることなのでしょうから、意見が分かれる人も多いと思います。それは、菱田らが、そもそも岡倉天心に引っ張られるように新しい日本画を創作しようとしたのは、西洋絵画のインパクトに対抗するため、いわば当時の日本という国家が西洋列強から自国の独立を守るために、その西洋の先進的な技術を軍事や経済で導入していったのをなぞるように、線描中心の日本画に西洋絵画的な立体を二次元に移植するだの面として物を描くだのといった絵画の構成まで踏み込んで、いわば根底から見直そうとしていったのだと思います。その端的な表れが「朦朧体」という描き方、というより画面の見方なのではないでしょうか。しかし、国家的なプロジェクトである文明開化は西洋の技術や学問が体系化されていたことを考慮せずに、末端の技術をつまみ食いするかのような導入を、いわば促成栽培のようにやろうとしました。「和魂洋才」という言葉に表われていたように。その矛盾を突いたのが夏目漱石の一連の小説で、その板ばさみにあう若いエリート知識人たちを描写してみせました。このときの菱田も同じような板ばさみに遭っていたのではないか。海外に渡り、西洋絵画を現地で目の当たりにして、その拠って立つ基盤に触れ、西洋絵画の思想的な体系の中に様々な技法が位置づけられているのに気付かされた。そこで、つまみ食いするように技法を盗んでいくことの意味と、西洋絵画とは別の日本画の思想とその体系に目を向けざるを得なくなったのではないか。よく海外に出て、はじめて日本に目が向くといいますが、そこで日本画に対峙することを迫られて、「朦朧体」のような西洋絵画的な思想を日本画の体系に持ち込むことに葛藤を覚えたのではないか。それを突き詰めて生まれてくる絵画が果たして日本画といえるのか、そんなことを菱田が考えたかどうか分かりませんが、ただ、それまで過激に伝統的な日本画に対抗するような姿勢であったのが、ここにおいて明らかに伝統的な日本画の枠の中で、小手先の西洋技法の導入によって新奇な味を出していくという方向に転換しているように、私には見えてなりません。それが違った意味で表われているのが「林和靖」(左図)という作品だと思います。

Hishidarin_2中国の宋の時代の詩人、林和靖は景勝地であった西湖のほとりで梅を愛で鶴を飼って暮らしたということで、この作品以外にも、菱田は題材として取り上げているようです(右図)。この作品での林和靖は、画面左端の鶴の方を向いているため、作品を観る側には半身に近く背中を向けた状態になっています。しかも画面の中では左端の鶴と対照するように右下に位置させられています。この作品での画面の中心からは外されているということです。ここでの林和靖の存在は画面の中での構成要素の一つ、ワンオブゼムに過ぎなくなっています。菱田は、風景画のなかに動物や鳥を手前に配して、風景の広がりと対照させて、風景の広大さを表現することを屡々やっていますが、この作品では、それが動物や鳥ではなくて人間に替わったにすぎないという位置づけです。とくに林和靖は半身で見る側からは後ろ姿になっているので、まるで、観る者と画面の中の風景を仲介するような位置になっています。菱田は鹿を配した風景を何作が描いていますが、その際の鹿のポーズが尻をこちらに向けていることが多いのです。何を言いたいのかというと、人間も鹿も同じような位置づけになっているのです。そして、この作品での林和靖は、他の菱田の人物画にあるよりはずっとリアルというのか西洋絵画的な人間の外観になっているように見えます。これは、林和靖という人物ではなくて、人間の男性の姿を中国の衣服を着せて描いたという感じです。この作品では、その林和靖いる手前と、その林和靖が眺めている鶴の飛んでいる中景と、その間に空白のような空間をおいて薄くぼんやりと影を描いている岩山の後景とに、大きく三つの場面に分けて、奥行きと湖の広がりを見ることができると思います。あえて言えば、その静かな風景と、その一部になっているような林和靖という人物の存在の穏やかさを、人物そのものというのではなくて、林和靖が居る風景全体として感じさせるものとなっている。つまり、人間が画然と自然とか環境とかと境界分けされているのではない、西洋のキリスト教でいうような人間が精神を持っているが故に自然とは区別されるべき特別の存在である、それ故に精神を有する自我として、その格を描かなければならないというようにことからは、解放されているのです。そんな精神などなくても、周囲の環境のなかに在って、それらをひっくるめて、ある種の存在として提示されてしまう。人をその周囲とパッケージとして提示しているということです。それゆえに、これを人に限定させることもなく、猫でも可能になるということになります。この方向は、極めて限定されたものとならざるを得ず、日本が新たな展開にはなりえないものでしょうが、菱田という画家個人の個性としてなら十分に見合うものだと思います。この後、菱田は若くして亡くなりますが、もしかして、彼が長生きして、この方向をもっと突き詰めて行って、さらに展開させていけば、新しい考え方の日本画の体系が作られたかもしれません。この後、菱田は療養生活に入り、早すぎた晩年にはいり、これまでの試行を整理してまとめる方向に換わってしまい、新たな展開をしなくなってしまいます。Hishidarin2


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