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2014年12月

2014年12月30日 (火)

しばらくお休み

年末年始で、しばらくブログをお休みします。

新年は5日くらいから再会します。

2014年12月29日 (月)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(15)

第六章 差異化=媒介と中動相

1.中動態と媒介

我々はこれまで中動態の表わす事態を、差異化、分節化という角度から考えてきた。しかし他方、中動態に「媒介」を見ることが、思想の領域で行われている。

フィンクは「現前化と像」において像知覚の意識に中動作用を見て取っている。画像は、絵の具や画布といった現実的な支持体と、非現実的な絵の中の世界すなわち像世界、という二つの層とが一つになったものであり、そのことによって、例えば我々のいる部屋という現実世界に、非現実の世界が開かれる。像は、現実の世界と非現実の世界をつなぐ窓だというのである。我々にとってすでにある現実世界のただ中に、像世界という別の世界が開かれる、開けてくる。この「開かれる」は、再帰動詞で表わされる。これは、自分で自分を開くすなわち自己開示というような再帰の意味ではなく、出来事を通じていわばひとりでに世界が開けてくるという意味での中動態であろう。しかし、それだけではない。ドイツ語で中動態には「媒介」「媒質」という意味もある。つまり、画像において二つの世界が媒介されている。それに対応する意識のあり方が中動と言われるのであれば、中動態には媒介が見て取られているはずだ。

我々は事態を生成、成立という方向から考えてきたことで、そこに主として差異化・分節化を見たのであるが、すでに生成したもの、成立したものの側から遡って事態を捉えると、そこには媒介が見て取られるということかもしれない。

 

2.見えるということの中動

カッシーラは表情のうちに、一である二、二である一を見ている。カッシーラにとって表情は、世界の形態化の始まりであって、どのような実体にも還元されない「根源的」な「現象」「現れ」である。表情はまた、最初のシンボル機能が見て取られるという意味においても「根源的」であるとされる。すなわち、表情においては「感性的なもの」と「意味」とが一体化しているというのである。両者のあいだに「分離は全くない」「区別はない」という表情の「単一性」をカッシーラは強調する。しかしそれがシンボル形式の始まりである以上、そこにはやはり「感性的なもの」と「意味」という「二つの契機の二重性」がある。カッシーラはこの「二重性」に「潜勢」という言葉を使う。「差異として定立されていない差異」「内部対立をかかえているにもかかわらず、それまで具体的な単一であったもの」という言い方もする。表情において、一である二、二である一が問題となっている。表情もまた、一と二の微妙なあいだにある。表情体験はこのような意味で、中動態で表現されると考えられる。

「感性的なもの─意味」という対立を、カッシーラは「現れ─本質」、「個別的なもの─普遍的なもの」、「物的なもの─心的・精神的なもの」という対立にも展開する。反省的に捉えられれば明確に区別され互いに対立する二つの契機が、表情という一つの現象において、差異化されつつ媒介されている─われわれは表情の内にこのような差異化と媒介の働きを見ることができるだろう。

表情体験は「見える」という体験である。見えるということにおいては、見えるものの向こうに、見えない何か、見えてしまわない何かが隠れている。見えるものは、見えないものの様々な見え、様々な現れとして見えてくる。見えない本体とその現れということだろうか。個々の現れは本体の一面でしかないだろう。しかし本体そのものは現れを通じてしか与えられない。我々は反省的にそれらを区別する。見えるもの─見えるということ─見えないもの。見えるということの内に、見えるものと見えないものが、分離しつつ一つであるというようにして生じてくる、振り返れば媒介されて一つになっている─それが表情なのだろう。そのような出来事が中動態で表わされる。

 

3.ふるまうことの中動

坂部恵は「ふるまい」という日本語に「受動的であると同時に能動的な<二重化的>な構造」があると指摘し、「<自由自在なふるまい>において、ひとは既製の行動の規範や形に従いながらも、決してそれに縛られることなく、いわば自己と他者との間、普遍的規範と個別的状況との間を想像力によって自由に往き来しながら、個別的状況に即死、個別的状況を超えつつ、ふるまう。」と述べている。ここに、中動態で表わされる事態が差異化と媒介に関わるのを見る。

このような事態を、中世以来の「ハビトゥス」概念を援用して考察するのが山内士朗である。彼は、ふるまいの自在さを保証するものとして、ハビトゥスを考える。「身体化し慣習化した能力」、「現実的な作用ではなく、ある状況の中で作用・行為を行いうる能力」がハビトゥスである。繰り返しによって学ばれ定着されたかたち、身についたかたちがあるからこそ、ひとは、いちいち意識せずとも状況に応じた個々の現実のふるまいができる─ハビトゥスとは、身体に沈殿するその潜在的な<かたち>である。人は、ハビトゥスという身体化された能力、身についた潜在的な<かたち>によって、他者や外的な事物と関わっている。ハビトゥスという身体に根づいたかたちを通して、悲しみや喜びを自分のものとしている。したがって「人間はハビトゥスによって世界を織り上げ、世界はハビトゥスを通して姿を現わしてくる」ということにもなる。

ハビトゥスは<かたち>と言われるが、それは目に見える現実の形ではない。目の前の個別のふるまいの形ではない。個別的な場面の中での、現実の身体の一つひとつの動きや姿勢の形ではない。それは物質的なもの、個別的なもの、現実的なもののはっきり目に見える形ではない。しかしそれは身体を座とする以上、純粋に可能的なものでも、純粋に普遍的なものでも、純粋に精神的なものでも、もちろんない。ハビトゥスは、「可能性と現実性の中間にある」とも「現実化しつつある可能性」とも言われる。可能的なものと現実的なもの、普遍と個体、知性と感性、精神的なものと物質的なもの…、山内はハビトゥスに様々な二元論的対立の「媒介」を見るのである。この山内がハビトゥスに見る「媒介」は、二者の中間にあることではなく、二が一であり一が二である事態なのである。

山内が考察していくハビトゥスのあり方は、カッシーラの捉えた表情のあり方と極めて似ている。

2014年12月28日 (日)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(14)

3.動態として技術

技術を行為の形と捉え、その成立を考える技術論がある。三木清は、技術を目的に対する手段とする見方を批判し、「新しい環境に適応するための新しい行動の形の発明」、「主体と環境とが対立し、その調和を媒介するもの」と理解する。三木によれば、技術は、外部にあるもっぱら主観的な目的に対する、単なる客観的手段ではない。主観的だとされる目的は、ひとが環境に関わる際の身体的条件、周囲の環境やはたらきかける対象の法則など、客観的な諸条件から限定を受けている。したがって目的は、それ自身、手段と分離不可能なものであって、技術の外にはありえない。他方、技術は、客観的な世界の法則に従うものだが、全体が部分を規定するという目的論的構造を持っている。技術は、綜合を導くものとして目的を内に含む。すなわち、目的は手段と別に考えられず、手段は目的なくして考えられないということだろう。主体と環境との相互規定によって成立しているがゆえに、「行動の形」は、「主観的なものと客観的なものの総合」でありうる。

ここで三木の言う「形」が、単なる物質でも単なるイデーでもなく、両者にまたがり両者において成立しているということ、あるいはむしろ、行為の「形」から「イデー」及び「具体的な形をもった独立のもの」が生じていること、「形」において両者が一つであるということを、読み取ることができる。これは、ハビトゥスや型やスタイルから考えた技術の位相と重なることである。我々はここでもまた、技術のかたちという側面に、中動相を見ることができる。さらに三木の技術論は、技術という「行為の形」の成立についても「行為の形」は主体と環境との相互限定によって成立すると指摘している。我々はここに、より深い中動相を見ることができる。いったん成立した「行為の形」としての技術のはたらきが中道であるばかりでなく、その「行為の形」そのものの成立の仕方が中道と考えられるのである。

カッシーラもまた、技術を「形Form」と結び付けて考察している。カッシーラにとって技術は、人間が世界を形態化するはたらきのひとつであり、「活動を介した現実《把握》」である。カッシーラは技術に「形の付与」というはたらきを見る。しかしこの「形」は、人間が一方的に与えるものではない。「形」は活動を通じて「獲得される」。新たな「形」の獲得とともに、活動に「内的再編、イデアルな意味転換」が生じ、活動の「質的意味」が変わり、そこから世界を見る新たな視点の可能性が生まれる。カッシーラは、技術を動態として捉える、すなわち「形成する形」である。その記述は中動態の表現を用いる。人が世界と関わる活動や行為の中から、基となるかたちがいわばひとりでに生じ、そのかたちを通じて、私が私になり、世界が世界になる、ということだろう。技術を活動における「形成する形」と捉えるカッシーラの技術論は、三木の技術論と同じく、技術を「行為の形」と捉え、その行為のかたちの生成という、より深い中動の位相を、我々に示唆してくれる。

芸術における技術は、おそらく行為のかたちの生成としてある。それ以前になかった意味が、芸術作品の内に、見たり聞いたり触れたりできるものと不可分に、いわば表情として生じてくることには、本論で見てきたような技術が本質的なものとして関わっているはずだ。それは我々が身体によって世界にあること、自ら動き行為して世界と関わることと、深いところで結び付いている。我々が常にすでに身体をもって世界にある以上、かたちの生成は無から生じるはずがない。それはすでにあるかたちの変形であろう。そしてまた素材も、芸術にとって単なる手段と言えなくなる。素材はひとが身体をもって関わる世界の一部であり、それとの関わりからかたちが生まれるのだから。技術を広く「行為の形」と捉えるとき、見ること聞くこと触れること等にもまた、身体化された技術が見て取れる。知覚もまた技術である。芸術における技術は、狭い意味でのつくることにおいてのみはたらくのではない。芸術の制作にはたらく技術は、見ること聞くこと触れること、あるいは選ぶこと組み合わせることも含む、広い意味でのつくることの技術なのだ。我々は、コンピュータを駆使する現代アートにも、身体化された技術のはたらきを見ることができるだろう。

2014年12月27日 (土)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(13)

2.ハビトゥス、型、スタイル

ドーマーは、とりわけ工芸の技術が依拠する暗黙知を重視する。ここで言われる暗黙知は、言語化しうることとは別の、「実際にやり方をしっていること」である。そはれは、実際にそれを行う修行訓練によってのみ獲得され、対面で、実際に、やって見せてもらったり、自分でやってみたり、それを見てもらったりすることを繰り返してしか、伝わらない。したがって、個人の所有する知であると同時に、制度的あるいは公共的な知でもある。ドーマーの強調する「暗黙知」的側面は、モースの言う「ハビトゥス」と通じる。モースは、例えば歩くとか休息するというような単純な動作の内にさえ、社会のやり方の違いがあることに気づきここから「身体技法」の存在を見出した。人間にとって基本的と思われる動作、ひとがいわば「自然に」、意識せずにあたりまえのようにやっている動作のレベルにも、すでに技法と呼ぶべきものがあり、これが社会的に共有されている。ハビトゥスという語によって強調されるのは、社会的に見につけられた身体技法があってはじめて、ひとは身体を用いて実際に何かをすることができるという点である。ドーマーが「暗黙知」を見て取る「craft=技術」、すなわち制作において働く技術も、いちいち言語で意識されることのない身体化された実践の能力であるという点、及び人と人とのあいだで(身体的に)共有され伝達される社会的な技術であるという点において、ハビトゥスの一種と理解することができる。

ハビトゥスとしての技術は、いくつもの身体的運動を有意味で有効な一つのまとまった全体へかたちづくる能力と理解することができよう。その時々の場面や状況の中で、何か意味のあることが実際に行われるためには、身体各部分の動きや働きが協調し、その都度全体として或るまとまりをもたなければならない。はじめてのこと、慣れないことをする時に、ひとは身体のどこをどう動かしたらよいのか、一つひとつの動作や手順ややり方を意識し、いちいちその効果を確かめながら次の動作を行わなければならない。個々の動きはバラバラでまとまりをもたず、なかなか有意味で有効なものにならない。しかしその何事かを繰り返し、それに習熟した後ならば、その都度の場面や状況にかかわらず、スムーズにそれを実行できる。個々の部分部分の動きや手順が、意識せずとも有意味で有効なまとまりをなす。この時、ひとの内には、何事かがなされるための、基となる潜在的なかたちが出来上がったと考えられる。それに基づいて、その都度の動きや手順の具体的なまとまりが、ひとりでにかたちづくられるのだ。潜在的なかたちは、直接意識されるものではなく、身体において成立し暗黙のうちにはたらく。意識や思考のレベルではなく、身体のレベルにある。したがってこれは、いわゆる身体図式に相当するものと捉えることもできるだろう。この潜在的なかたちから、たびごとに、目に見える現実のかたちのまとまりが生まれ、意味のある何事かが実際に行われる。潜在的なかたちとそれを場面や状況に応じて現実化する能力を、ひとは社会的訓練を通じて身につける。身体化する。それによってはじめて、しようと思った何事か、「可能的なもの」も、それがハビトゥスであろう。

生田久美子は、「わざ」と認識との関係を追究する中で、日本の伝統芸道において重視される「型」を、ハビトゥスと捉えて考察している。日本の伝統芸道において重視される「型」を、ハビトゥスと捉えて考察している。ここで「型」は、「外面に表わされた可視的形態」である「形」と区別されている。「形」は、「各界に固有の技術の体系が身体動作に表わされたもの」で、「手続きの連続として記述することができる」。伝統芸道において、学習は師匠の動作を見よう見真似で真似ることから始まるが、この「わざ」の伝承は、そのような「形」の模倣を超え、「型」の習得を目標とするものである。「型」の習得は、単なる外見的要素的な動作の形の模倣を超えて、「形」をハビトゥス化すること、「形」を自分の動きとして主体的に生み出しうることである。伝統的に「型」と言われてきたものの中にも、技術とかたちの結び付き画見て取れ、潜在的なかたちとしてのハビトゥスといえる。生田は、さらに技術を、「意味」や「価値」と結び付けて考えようとする。彼女は伝統芸道の「型」の習得プロセスにおいて、「威光模倣」という現象に注目する。モースによれば「威光模倣」とは、ひとが「自分が信頼を置き、自分に対して権威をもつ人物によってなされて成功した行為、成功したと見なされた行為を模倣する」ことである。生田はこれを踏まえ、「型」の習得過程で学習者が、模倣する師匠の「形」を積極的に価値ある「善いもの」と捉え、価値に同意しつつ模倣を通じてその形や手続きの意味を追究し解釈する、と考える。そのことによって学習者は、次第に「形」を自らの主体的な動きにしていく、すなわちハビトゥス化するというのだ。威光模倣においてはたらく「学習者の対象に対する価値的コミットメント」及び「学習者の主体的かつ積極的な探究への欲求」が、自ら「形」を生み出す能力である「型」の習得に大きく関与していると、生田は強調する。形の模倣を通じて意味や価値を追究することではじめて、自分のものとしての「型」の成立が可能になる、というわけだ。とすれば「型」は、目に見える具体的な形や手続きと意味との両方に関わる位相ということになるだろう。両者を媒介するものと言っていいかもしれない。そしてもちろん、ここで言う意味は、それ自身として独立に存在する意味ではありえない。

メルロ=ポンティは表現活動にrealisationという語を用いる。表現される内容が表現以前にはそれ自身として存在せず、表現によってはじめてあるようになるからである。「着想は制作に先立ちえない」と彼も強調する。表現活動は、既存の意味、作者があらかじめ把握している意味の翻訳ではなく、それまでなかった意味をそこにあるようにすること、意味を「実現し、実行する」ことなのだ。しかしrealisationという語は同時に、そのはたらきによってreelなものとなる、未だreelではない何かを前提する。表現以前には単なる可能性なのかもしれないが、表現されるものがあってはじめて、表現があるということだ。realisationという語は、このように、表現されるものと表現という二つの項が不可分で互いに依存しあうことを示す。表現されるものは表現がなければないのだが、表現はあくまで表現されるものの表現である。両者は、制作という表現活動から、いわば同時に、一である二、二である一として生まれてくる。カッシーラが表現知覚に見て取ったのと同じ、一が二であり二が一である途中の何事かが生じてくる出来事、中動態の出来事である。しかし作者は、この作業いちいちを直接に制御するわけではない。作者においてこの作業は、作者それぞれの「スタイル」によって可能になっていると、メルロ=ポンティは考えるのである。彼の言うスタイルは作者のうちではたらく身体図式という側面をもち、その意味で、作者の制御を超え、しかし同時に作者のものでもある。メルロ=ポンティの言うスタイルは、身体を座とするかたちであること、可能的なものの現実化に関わること、という二点で、ハビトゥスと重なる。メルロ=ポンティは、それぞれの画家が自分自身のスタイルを持つこと、画家が作品に描き込む直接的な自己ではなく、自分のスタイルであることを指摘する。我々が作品に見て取るスタイルは、ハビトゥスとしての技術が作者の身に備わり、はたらいていることの、証と言えるのではないだろうか。

我々が「型」や「スタイル」と言われてきたもののうちに、ハビトゥスとしての身体化された技術を見出すことができる。そは、個人のものであると同時に、間主観的、社会的なものである。芸術制作に働く技術は、他者に対して開かれたかたちという側面を持つと考えられる。そしてひとが身につけたこのかたち、潜在的なかたちによって、「想」とか「意味」とか「可能的なもの」とか言われるものが、実際に見たり聞いたり触ったりできる現実のものになっている。ここでかたちとは、二重の意味で媒介としてはたらいている。そしてそれが主体の意識や操作を超えて暗黙にはたらき、しかもなお主体のものとされることも合わせて、我々は身体化された技術におけるかたちの働きを、中動態で理解することができるだろう。

2014年12月26日 (金)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(12)

第五章 技術(行為の形)の中動相

1.芸術における技術の位置

芸術を意味するartKunstという語は、広く「技術」を意味する。『美学事典』によれば「なんらかの材料を加工し形成して、客観的な成果あるいは作物を産出する能力または活動」としての「技術」である。たしかに、作家がどれほど頭の中で想をめぐらし、すばらしい「作品」を克明に思い描いたとしても、それは、他者に知覚可能な客観的な事物や出来事という姿にならない限り、決して「作品」ではない。芸術作品とは、ひとが見たり聞いたり触ったりすることのできるものである。したがって芸術には「客観的な成果あるいは作物の産出」というべき側面が不可欠であり、少なくともその意味で、芸術は技術の一種であると言わなければならないだろう。

しかし今日、とりわけ美術の分野において、技術の地位は相対的に低く見られているように思われる。近世以降、「実践と不可分な知」「知と不可分な実践」としてのart一般から、芸術が分離独立し、特別な価値の認められる自立敵領域を形成する過程においては、つくり手の「想の力」、「独創性」が強調され、その影響は現代にも及ぶと言われる。芸術が他のartと区別され価値付けられる根拠が「想」に求められるのであれば、他のartと重なる技術の側面は、相対的に軽視されたり無視されたり、場合によっては蔑視されることになろう。芸術を、手よりも頭やこころ、身体よりも精神に基づける傾向の中で、技術の地位は、相対的に低下する。ドーマーが現代美術に見て取る「技術なき芸術」志向は、このような芸術観の行き着く先なのかもしれない。

しかし「技術なき芸術」は見果てぬ夢である。「想」がそれだけでは「作品」にならないのであれば、「想」と「見たり聞いたり触ったりすることのできるもの」とが結び付くその次第、その過程が、芸術制作の要であり謎であるはずだ。具体的なつくる作業がやはり問題であり、そこには必ず技術がある。したがってもちろん、つくる過程を重視し、技術に積極的な役割を見て取る芸術論がある。

例えばアランによれば、想が制作に先立ち、制作を規制するというのは工業であり、想が制作につれて湧いてくることこそが、芸術の特徴である。彼のその次第を語る記述には中動態が用いられている。ドーマーもアランと同様、芸術において「想を抱くこと」と「ものをつくること」が不可分であると強調する。そして、芸術において重視される「創造性」が、「どのようにつくるか」についてのいわば身体化された暗黙知と分離不可能であるとして、現代美術の「技術なき芸術」志向を批判し、むしろ「工芸」のうちに、両者のあるべき不可分状態、芸術の本来の姿を見て取る。

アランやドーマーが技術に見て取るのは、つくるという過程において「想」と「もの」とを同時に生じさせる働きである。その意味で技術は、芸術において重要な地位を占めることになる。アランが制作を語る言葉の中にも、中動態と捉えうる代名動詞表現が見られることは注目に値する。アランやドーマーが技術に見て取る重要なはたらきは、「想」と「もの」という二元的対立が差異化しつつ一体のものとして生じる、中動的なはたらきであろう。

2014年12月25日 (木)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(11)

2.「自発性/受容性」と中動

カッシーラが根源的な知覚、表情知覚のありようを論じる際、そこに一つの矛盾が認められる。「自発性」と「受容性」の問題である。知覚にすでに見られる形態化を強調する文脈で、彼は知覚の「自発性」を言うが、自己意識の表情への関与を否定する彼は、表情体験における「受容性」を言う。表情の知覚をめぐって、或るところでは「受容性」が否定されて「自発性」が主張され、他のところでは逆に「自発性」が否定されて「受容性」が主張される。このような記述の矛盾は、記述しようとする事態が、「自発─受容」という枠組みでは記述しきれないものであることを示すものとして、表情知覚の特徴と考えられる。

表情知覚に「自発性」が主張されるのは、表情知覚が、すでにある世界、出来上がっている世界の単なる受容としては考えられないということからであろう。表情は、客観の側にはじめからあるのではない。とすれば、その成立、すなわち形態化には、主観の側の能動的関与が必要である。逆に「受容性」は、表情が直接に知覚されること、表情が主観に由来するとは思えないことから、主張されるのであろう。知覚する者は表情を能動的に生み出さない。とすれば知覚する者は表情を能動的に生み出さない。とすれば知覚する者は表情を、受動的に受容しているだけということになる─ここでは、能動性の否定が、一挙に受動性に反転する。事物や要素的な感覚刺激なら、客観的に存在するといえるかもしれない。しかし表情は、これまで見てきたように、客観的に存在するとは言い切れない特性を含んでいる。意味や概念なら、主観の産物だといえるかもしれない。しかし表情は、これまで見てきたように、主観からでたものとは言い切れない特性を示す。客観的なものとも主観的なものとも言い切れない表情、その体験は、本来、主─客、能動─受動の枠組では捉えられないものではないか。それを無理に能動か受動かの二者択一の図式にはめ込もうとすると、或る時は受動でないから能動、或る時は能動でないから受動ということになる。カッシーラの記述の矛盾はこのように理解できる。

ところでカッシーラは「自発性」や「受容性」を言うものの、表情体験を記述する際に、知覚する者や表情を主語にした能動態─受動態の表現を用いはしない。テキストの中での表情体験は、現れてくる何かを主語にした、再帰動詞の文で記述される。このような再帰動詞の表現は、能動態─受動態に対する中動態の流れを汲む表現である。表情体験を内側から素朴に記述する時、その記述は能動態でも受動態でもなく、中動態になる。表情体験は、能動─受動ではなく中動態で捉えられるべきものではないか。

能動態においては、主語は過程以前に過程から独立して存在していなくてはならない。予め存在する主語が動作主あるいは動因として過程を生じさせるのである。そして主語自身は過程の外にある。すなわちそれ自身は過程から作用を受けず、影響を被らず、変化せず、そのままでありつつける。能動態は自己同一的な既存の項を前提する。しかし表情は、主観的なものであれ客観的なものであれ、すでにある何か、既存の項を前提にしては考えられない。したがって表情体験は、能動態(そしてその反転である受動態)では記述できない。

表情は見えてくる。表情は生じてくる。それは体験に先立ってすでにある何かではないし、体験する我々が作り出すものでもない。それは体験の中で、出来事の中で、はじめて生じる。それはむしろ出来事そのものかもしれない。表情体験には、過程に外的な動作主・動因は考えられない。見えてくる表情自身は動因ではない。見えてきてはじめて存在するのだから。表情は私に見えてくるのだが、その私も動作主ではない。過程に外的な動作主である前に、私も過程に巻き込まれ影響を受けているのだから。中動態の主語は「過程の座であり」「過程に対して内的である」と言われる。中動態においては、過程の成立に、過程を生じさせる外部の何か、過程を超越した何かは前提されていない。主語として示される項は、そのような外部の動作主・動因ではなく、それ自身に過程に巻き込まれてあり、過程の一部をなし、過程から影響を受け、過程の中で変化する。このように考えれば、カッシーラが表情体験を、現れてくる何か、見えてくる何かを主語とした中動態表現で記述したことも、積極的に理解できよう。

 

3.「差異として措定されない差異」と中動

カッシーラは、表情において「感性的なもの」と「意味」とが一体であることを強調する。しかしその一方で彼は、表情に、「感性的なもの」と「意味」という「二つの契機」、それらがつくりなす「二重性」をはっきり見て取っている。そもそもカッシーラが表情をシンボル形式の始まりと捉えるのは、そこに「感性的なもの」と「意味」という二つの契機がすでに認められるからである。この観点から言えば、表情は二であるという特徴を持つ。表情は一であるが、二でもある。一でもあり二でもある、単なる一でもなくはっきり区別された二でもない。この点にも、我々は表情の積極的な特性を見て取る必要があろう。表情は、それ自身、他の何にも還元できない根源的な現象であり、「単純な所与」であるが、そこにはすでに「感性的なもの」と「意味」という「二つの契機」、両者のあいだの差異が潜勢する。表情知覚の「根源性」は、純粋な一の体験ではないのである。

中動態は、動作主・動因なしに生じる出来事を表現しうる態と理解できるが、そこに全き一は存在しない。中動態で表わされる出来事は、たとえそが最初の出来事であり、そこから根源的なものが出現するとしても、すでに(差異とはいえない差異)、一と二との微妙な間が組み込まれている。

「根源的」なものとしての表情の体験は、この意味でも中動態と理解することができる。表情知覚は根源的なものではあるが、単純な全き一の体験ではないのだ。カッシーラは表情機能につづき、言語における表示機能、さらには科学的認識における表意機能を考える。シンボル機能は、表示、表意と進むにつれて、世界を対象化、客観化していく。事物とその属性という分節、実在と単なる表われ、「物的なもの」と「心的なもの」などの区別は、その結果生じるということになる。それらの基礎に表情がある。このような対象化、客観化は、表情に「潜在」する「二つの契機」がすでにあるからこそ進んでいくのだろう。中動態は、主─客図式を単純に否定するものではなく、それを準備するものでもあると言えるかも知れない。

 

4.芸術体験と表情

さまざまな項が互いに関係し合い、関係の中でそれとしてあるような、いわばゲシュタルト的体制の成立、分節化の過程を、その内部から記述しようとする時、その記述は中動態を必要とする。表情体験は、そのようなゲシュタルト的体制の成立に立ち会うこと、主観や客観、現れや意味が互いに差異化しながら一つの全体として生じてくる出来事の内側から立ち会う体験なのではないか。それは「根源」であっても、すでに単純な一なるものの体験ではありえない。そのことまで含んで、表情体験は中動態という範疇で捉えることができるだろう。芸術体験の記述、とりわけ芸術に関わる知覚体験の記述には、しばしば中動態と捉えうる言い回しが用いられている。

そこでは、一が二であり二が一である途中のような出来事が、芸術体験の内に見て取られている。そしてこの情動的基調、色や形の内面は、絵を見る者の内面に直接通じており、色や形は、その内面を介して、見る者の内面に直接働きかけると言われる。芸術作品の受容体験には、中動相を見出すことができる。芸術の領域で重要な問題とされる「表現」は、「表情」と同じ語で語られる。根源的な知覚を表情知覚と捉え、そのあり方を中動という範疇で理解することは、表情=表現から芸術体験の中動相を考察することにつながる。それは、受容体験だけでなく、制作体験にも関わってくるはずだ。

2014年12月24日 (水)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(10)

Ⅱ.差異化=媒介

第四章 表情知覚の中動相

1.表情知覚の根源性

カッシーラは、表情知覚を、人間の世界認識の基礎として考察する。主著『シンボル形式の哲学』で彼は、カントが自然科学の理論的世界像を前提として認識を考える点を批判し、これに対して、科学の概念的で精密な世界把握とは異なる様々な世界理解を、シンボル機能・シンボル形式という観点から考察しようとする。そしてその際、まず表情体験に、知覚のレベルからすでに働いているシンボル機能、知覚における形態化する能力を見て取る。カッシーラにとって表情体験は、単なる受容ではなく、かといって科学的認識の形式に沿った世界把握でもない感性的知覚の根源的なあり方、(意識や精神による)世界の形態化始まりとして、重要なのである。カッシーラによれば、表情による理解が、事物についての知に本質的に先立つ。世界は最初から、科学的認識におけるようにものとその属性というかたちで体験されるわけではなく、根源的には「純粋な表現現象としてあらわれる」。

他方でカッシーラは。ゲシュタルト心理学の知見を踏まえ、知覚が感覚的質、センスデータの単なる総和に解消されないことを確認する。具体的知覚は常に、「表情性格」を直接に捉える。「表情性格」として彼は、「魅惑的」「威嚇的」「不気味な」「心なごませる」などをあげる。ゲシュタルト心理学は感覚的性質より前に、(事物について)おそろしかったり気味悪かったりするような表情が近くされる。表情のうちには、意志や判断の手前で、われわれに影響を及ぼす力のようなものがある、と指摘する。カッシーラは、ゲシュタルト心理学を援用しながら、表情が客観的な感覚内容に主観の側から二次的に付加されたものではない、と強調する。表情についての感情移入説は退けられる。表情は主観的なものではなく、むしろ知覚の本質的な構成分に属すと彼は考える。

カッシーラさらに、表情こそが知覚に「現実性の根源的色調を与え」、それによってこそ知覚が「実在につての知覚」になっているとも述べている。表情は、単に主観的なものではないばかりか、いわゆる客観の側、われわれの知覚する事物や世界の「現実性」や「実在性」を支えているというのである。

また、カッシーラにとって表情は、シンボル機能が最初に見て取られるという意味で、とりわけ「根源的現象」である。彼がシンボルという語で考えようとしているのは、「感性的なものの<意味充実>が見えてくる」、「或る感性的なものが、現にそこにそのようにあることあることのあり方のうちに、同時に一つの意味の特殊化や具現化としても、顕現や受肉としても、同時に見えてくる」ような「現象全体」である。表情は今ここで感性的に知覚されるものであるが、今ここにこうしてある個別的なもの・特殊的なものを超えた普遍的なものの領域、「意味」の領域に足を踏み入れているというのである。

カッシーラは表情現象を、二つの契機を持つシンボルの始まりと位置づけるが、にもかかわらず同時に、これらの契機が未分離である点を強調する。これは、表情において、「感性的なもの」と「意味」というような分析的には別のものと見なされる複数の契機が、一体的に体験されるということに他ならない。カッシーラの言う「表情意味」は、現れと区別される本質でもないし、客観的なものと区別される主観的なものでもなく、物や身体に対する心や精神でもない

いわばそれらの分離の手前なのである。表情は、様々な二元的対立の手前にあり、後には対立する諸契機が、未だ分離せず、一体のものとして体験される─我々は、表情体験の「根源性」を、このようなかたちで理解することもできるだろう。

カッシーラは、「感性的なもの─意味」という二つの契機(彼はそれを「現れ─本質」、「客観的なもの─主観的なもの」、「物的なもの─心的・精神的なもの」というかたちにも展開する)が、表情現象において一体化していると考える。まず表情が見えてくる─表情には、「私がものを見る」という図式、私とものとの二項から知覚を捉える図式にした場合の、(見られる)事物や世界を、その実在性や意味も含めて成り立たせる成分と、(見る)私が私としてあること、こういうかたちや構えであることを成り立たせる成分とが融合しているのではないか。表情の知覚、表情の体験の中から、(見られる)事物や世界と(それを見る)私とが分離してくるのではないか。表情体験は、両者が分離成立してくる元の体験として両者を支えているのではないか。表情知覚の「根源性」は、このようなかたちでも考えられるように思われる。

2014年12月23日 (火)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(9)

3.過程に参与するもの区別可能性の低さ

ケマーもまた「主語の被作用性」を中動態の特徴の一つと認めるが、そのことを、動作の「起動者」が動作の「終点」でもある、というかたちで理解する。この点において、中動は再帰と同じ性格のものと捉えられる。ケマーは「動作主」という語は避けるものの、主語─目的語(主体─客体)という対を思わせる起動者─終点という対の用語を使い、中動を再帰と同様、自分から発して自分自身へ帰着する動作という形で捉えようとする。その上で、ケマーは再帰との対比で中動を特徴付ける。彼女は、多くの言語で再帰と中動が異なった指標を持つと指摘し、両者を意味の上で区別する。再帰においては「起動者は他の実体に働きかけるのとちょうど同じように、自分自身に働きかける」が、中動では「起動者と終点という二つの意味論的役割が、ただ一つの全体的な実体に帰される」

すなわち再帰が、「自分を見る」「自分を愛す」というように、自分自身を対象とした他動詞表現で捉えうるのに対し、「服を着る」などといった中動では、起動者と終点、主語と目的語に呼応するような役割が、主語のうちで区別できないというのだ。起動者で終点でもある,という規定は、二人が互いにキスをするとか抱き合うといった相互的な動作にも当てはまるが、この場合でも、再帰と中動は区別される。二人が「キスをする」というのが再帰の場合、それは片方が片方にキスし、次にもう片方が片方にキスする、ということであるのに対し、中動の「キスをする」というのは、両者が口と口とを合わせてキスをするということを表わす。再帰ではキスをすることとされることが区別できるが、中動では、キスしているのかされているのか区別しにくい。中動のこのような特徴を、「関与者の区別可能性の低さ」と規定する。起動者と終点という二つの関与者が、区別できないということである。

他方、ケマーは中動態と自動詞の能動態を区別する。自動詞の能動には起動者しかいないため、関与者が一であるとされる。これは出来事から主語が影響を被らないということとイコールであるが、この一は全き一、その内部や下位の構造が問われない、いわば一つの単位ということになろう。しかし中動態の主語は、このような純粋な一ではない。ケマーは中動と再帰を比較する文脈において、起動者と終点が「ただ一つの全体としての実体」に帰されるという一方、自動詞の能動と比較する文脈においては、この「一つ」のうちに「何らかの程度の内的複雑性」を指摘する。出来事を引き起こすこととその影響を被ることと、出来事を引き起こすものとその影響を被るもの─ケマーは中動態の主語のうちに、相反し対立する二が、区別し難い一としてあるのを見る。

中動態の主語は、「ただ一つの全体としての実体」と言われるものの、自分自身のうちに安らっているわけではない。そこに差異とも言えない差異が生じ、それ自身からずれるとも言えないかたちでずれていく何かと考えられる。差異やずれは、だからといって一が二になるとも、一の中に二が見て取られるとも言えないかたちで生じている。中動態は、自己同一的な一や二ではなく、一が二に分割されているのでもなく、一と二の微妙なあいだ、差異とも言えない差異、ずれとも言えないずれに、関わるように思われる。

 

4.諸特徴の関係

言語学者たちは、このように様々な側面から中動態にアプローチし、論を展開する。言語学においても、中動態の「本質」についての最終的な一つの答えは出ていないと考えられる。しかしそれらの議論は、ただ一つの結論に統合されるのではないにしめ、互いに関係を持っており、我々はそこから中動態の性格を、あるかたちで理解することができる。

能動態やその反転である受動態が、自己同一的な項を前提とするのに対し、中動態は、自己同一的な項を必ずしも前提しない表現だと考えられる。バンヴェニストの「主語が過程の座である」という中動態の理解は、中動態の主語が、過程に巻き込まれ、過程の中で生成変化する場のようなものであることを示している。ケマーは、起動者─終点という、項を基本とする図式から出発するが、結果として見出されるのは、「関与者の区別可能性の低さ」、すなわち中動態の主語が自己同一的な一ではなく、内に差異ともいえない差異を含み、ずれともいえないずれかたちでずれていく、いわば単位としての安定した項の否定である。ケマーが見出した中動態の特徴は、バンヴェニストが見出した中動態の特徴と繋がっている。中動態は自己同一的な項を基本とし、項と項との関係で事態を表現するのではなく、過程の中で全体が変化する、差異が生じ、変化が起こるというように、事態を表現すると考えられる。

自己同一的な項を基本としないということは、他方、ゴンダの言う「動作主の不在」、出来事がどこからともなく主語におこるという、中動態の特徴と結び付く、動作主を考えるということは、動詞で表わされる過程を引き起こした本体、過程に先立ち過程の外部にそれ自身として存在する項を前提する。項を基本とし、項から出発して事態を捉えるやり方である。これに対して中動態は、動詞の表わす過程の中で、物事がどのように生成したり変化したりするかを表現する。「もの」から出発するのではなく、「こと」が起こるということそれ自体から出発して、事態を捉えるやり方だとも言えよう。中動態の動詞表わされる過程は、項を原因として捉えられるわけではない。過程は何かによって引き起こされたのではなく、まず起こったのだ。動作主は見当たらず、出来事は、いわばひとりでに、どこからともなく、まず起こったのだ。動作主の見当たらず、出来事は、いわばひとりでに、どこからともなく起こるということになる。

「動作主の不在」「出来事性」というこの特徴において、中動態は日本語の「する」に対立する「なる」と重なるところがある。しかし中動態にはそれとは別の重要な側面がある。ケマーが指摘した「関与の区別可能性の低さ」、我々の言葉で言えば「差異とも言えない差異」「ずれとも言えないずれ」が、中動態の主語のところに忍び込んでいるというその点である。出来事が、おのずから、自然展開的に生じたとしても、その出来事および出来事の主語となる何かは、やはり全き一ではない。ゴンダは「出来事が主語に起こる、ふりかかる」というが、それもまた、主語に何か異質なものが生じ来たり、同時にその何かは主語の内なるものとされている、ということを示している。眠りは、私の意志に反してでも私に訪れるが、それでも眠るのは私であり、私が眠るのだ。そこにはいつもすでに差異と言えない差異があって、繰り返しになるが、一が二であり二が一であるような過程の途中の出来事が、中動態で表わされる。

2014年12月22日 (月)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(8)

第三章 言語の範疇から思考の範疇としての中動態へ

1.主語が過程から影響を被ること、過程の座であること

言語学が中動態について論じる時、しばしば最初に引き合いに出されるのが、古代インドの文法家パーニニの、「能動態=他者のための語」と「中動態=自らのための語」という区別である。例えばサンスクリット語の「犠牲を捧げる」という語の能動態と中動態の対立は、能動態が僧侶や司祭として他の誰かのために犠牲を捧げるということであるのに対し、中動態は、自分自身のために奉納者として犠牲を捧げるということであるという。能動態の場合、主語に立つ者は他の誰かのために神に犠牲を捧げ、その効果はその誰かのためのものになるのだが、中動態の場合は、自分のために犠牲を捧げ、効果は自分に返ってくるというのだ。多くの言語学者が、「主語が動詞の表わす過程から作用を受ける」ということ、すなわち主語の「被作用性」を、中動態の特徴と認めている。

バンヴェニストによれば、インド=ヨーロッパ語においては、能動態─中動態の対立が先住し、その後、能動態─受動態という別の対立が出現したという。能動─中動の対立は、能動─受動という行う行為という対立とは、別の意味を持つ。彼は、能動─中動の対立を、主語が過程に対し内的であるが外的であるかの対立と捉える。この場合、中動態の動詞が能動態に変わった時に他動詞性を持つという事実も、無理なく理解できる。すなわち、中動態の能動態への転換は、主語の、家庭に対する関係の変化を意味し、「主語は過程に対し外的となり、その過程の動作主となる。そして過程は、もはや主語を場所とせず、別の項に移されて、その項がその目的語となる」と理解される。サンスクリット語の「犠牲を捧げる」という動詞が、僧侶や司祭が誰かのために代わってそれを行う場合は能動態であり、自分が自分のために行う場合は中動態であるというような事例に関してね、主語が過程の外にあるか内にあるかの違いから理解する。能動態の場合、主語となる僧侶や司祭はただ単に外からことを行っているだけなのに対し、中動態の場合、ことを行うものは過程の中で自らにその影響を受けながら、つまり犠牲を捧げることの効果を我が身に引き受ける形で、行っているというのである。

能動態の主語は、そこで生じている過程の外にあり、自分自身は過程に巻き込まれることなく、その過程を支配する動作主ということになるだろう。これに対して中動態の主語の被作用性というのは、能動態で示されるような過程の目標となることではない。言い換えると外部の動作主から来るはたらきかけをうけることではない。中動態の主語は、ただ動詞の表わす過程に巻き込まれ、過程の中で何らかの違った状態になるのであって、それが一般に被作用性と言われるのだ。

 

2.動作主がないこと、出来事的であること

バンヴェニストの見方からすれば、中動態においては、動詞の表わす過程の外部にあってその過程を支配する動作主が、想定されていないことになる。中動態のこの、動作主がないことを、根本的な特徴とする言語学者たちがいる。

ゴンダは。主語が動作主として動詞の表わす過程を引き起こしたとは言いにくい中動態に、注目する。彼がいとしてあげる中動態の動詞は、ギリシャ語の「くしゃみをする」「怒る」「恥じる」「溶ける」、サンスクリット語の「震える」「見える」「疲れる」、ラテン語の「すべる」「生まれる」「見える」などである。これらの動詞は、たしかに主語が動作主として自分から引き起こすというゆりも、主語の意志や意図には関係なく、主語に「起こる」「ふりかかってくる」出来事である。バンヴェニストは中動態について、「主語は主語において実行される何事かを実行する」と、過程の内部にだが動作主を認める。ゴンダはこれを批判し、動作主の不在を意味する「出来事的」という特徴を、中動態に指摘する。彼にとって、能動と中動の対立は、根本的には、主語が自ら何かを実行するか、主語にひとりでに何かが起こるか、の対立を意味する。

このような理解からすれば、能動と中動の対立は、日本語の「見る」と「見える」の対立、すなわち「動作・作用・状態が人為的・作為的であるか、自然展開的・無作為的なものであるか」の区別と重なるところがあると思われる。

とはいえ、中動は「する」に対する「なる」と結論付けてしまえない。中動態には、日本語の「なる」と重ねにくい用法がある。「入浴する」「服を着る」「体を伸ばす」というような自分の身体に関わる動作、あるいは二人の人間が互いに「抱き合う」「闘う」というような相互的な動作も、多くの言語でしばしば中動態と表わされる。このような中動態の用法は、再帰的な意味を表わすようにも見える。

2014年12月21日 (日)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(7)

3.二元論と一元論のあいだ

1.で採り上げたケマーの中動態論は、他動詞、自動詞の各々と中動との違いは説明するが、能動態一般と中動態との違いを積極的に説明しようとはしない。中動態を考えるのに、起動者─終点という主語─目的語の図式、すなわち主体─客体の図式を使い続けることが、能動一般と中動の違いをはっきり区別する際の足枷となっているように思われる。「関与者も相対的区別可能性の低さ」というケマーの中動態の定義そのものが、自己同一的な項を基本として項と項との関係から中動態を考えることの困難さを示している。

その点を考えれば、バンヴェニストによる中動態の説明、すなわち能動態が「主語から発して主語の外で実行される過程を示す」のに対し、中動態においては「動詞は、主語が過程の座であるような課程を示し、主語は過程に対し内的である」という説明の方が、中動態をより的確に把握するものであろう。我々は、中動態における主語と述語の関係、動詞の表わす出来事や過程と主語として示されるものとしての関係を、動作主である項を基体とした主体─客体図式とは違った枠組で、捉えなければならないのだ。

にもかかわらずケマーの中動態論、特に「身体動作の中動」をめぐる議論は、我々が中動態を考える際に押さえなければならない重要なポイントを示してくれるように思われる。中動態の動詞で表わされる出来事を、バンヴェニストに基づいて、名詞で表わされる主語から発するものではないと理解し、さらに進んで中動態を、自己同一的な項に基づいて、名詞で表わされる主語から発するものではないと理解し、さらに進んで中動態を、自己同一的な項に基づかずとも動作主がなくとも、いわばひとりでに出来事が生じ、その出来事の内に主語である項も巻き込まれている、場合によっては巻き込まれながら生じる、というかたちで考えるとき、ひとはそこに、「ひとりでに生じる出来事」というような、何か根源的な一なるものを思い浮かべる可能性がある。しかし、中動態は、ケマーが指摘するように、関与者について言えば「一でも二でもない、一から二へ至る途中」というような状態、何かと何かのあいだのずれとは言えないような微妙なずれを、特徴として示しもするのだ。フェールデンの言う自我備給、「対象なきナルシシズム」も、自足する一でも互いに向き合う二でもない自我自身との関係、この種の微妙なずれの生じ続けることであろう。中動態を理解するには、この種の、何かと何かとのあいだのずれとも言えない微妙なずれ、何かと何かとの関係とも言えない微妙な関係を、無視してはならないだろう。そこに、根源的な一なるものは、存在しない。自己の身体とのかかわりを考えても、心身関係は、二元論か一元論かの二者択一では論じきれない。

ケマーは、身体動作の自動詞による表現と中動による表現との違いを説明する際、中動における「はたらきかけたり、はたらきかけられたりする構成要素に区別される複合的運動」、「身体部分の布置」、「何らかの程度の内的複雑性」を強調する。「すわる」「立ち上がる」「振り向く」「登る」「歩く」というような身体動作の中動において、主語が表わすものは、身体を含めた自己ということになるだろう。しかしその「身体を含めた自己」は、「複合的」「布置」「複雑性」などと言われる何か、我々のことばで言えば何かと何かとのあいだのずれとも言えない微妙なずれ、何かと何かとの関係とも言えない微妙な関係を内に含んでいる、あるいはむしろそこから成り立っているのだ。

2014年12月20日 (土)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(6)

2.離人症と中動態

香山リカは、自分の身体を自分にとって他なるもののように語る言葉遣いと、ダイエット(自分の身体をコントロールすること)の流行等とを重ね合わせ、そこに「超心身二元論」を見て取る。心と体を別の実体とする伝統的な心身二元論を超えた、「心は体と別、しかも心は体の外にある」という二元論である。心は体を離れ、事物を操作するように外からこれを操作する。心身の間に、それどころか体の各部分のあいだにから、まとまりや統一性は考えられていない、というのが香山の見解である。香山は、このような「超心身二元論」と、離人症との類似を指摘している。離人症の症状の一つ、自己の身体に対する疎隔すなわち自分の身体が自分のものではないかのように感じられることが、「超心身二元論」の身体に対する操縦の意識と奇妙に一致するというのである。

我々の文脈からすれば、離人症に見られる病的な「自己の身体に対する疎隔感」は、自己の身体に対する関わりが他動詞的なものに変容している。我々はここに、自己の身体との関わりが、中動態で表わされてきたことの意味を、別の角度から見ることができる。離人症の患者は自分の身体を「別の人の体」「切り株」「ローラースケート」のようなものにたとえる。ここで訴えられるのは、自己の身体が、自分の体としてではなく、ただの事物としてしか感じられないということである。本来、自分の身体は自分にとって、他のものとは違ったものとして感じられる─あまりにも当たり前で、普段はほとんど意識されることのない私と私の身体との関係を、離人症患者のことばは逆照射する。離人症では、このような、自己の身体に対する疎隔感の他に、自分自身や外の世界の事物に対する疎隔感も、症状として現れるという。これは、自我感の喪失、事物の実在感の喪失と言われることもある。自分自身との関係、外界の事物との関係が変容してしまい、自分が自分である、ものがものであると、感じられないわけである。離人症の患者にとっては、自分が自分であること、ものがものであることが、成り立たなくなっているとさえ、言うことができるかもしれない。

このように考えると、離人症は、私が私であり、ものがものであり、世界が世界であることの、何か根元のようなところ、当たり前すぎてどんなことなのかあらたまって説明することが難しい事柄に、関わる疾患と思われてくる。

この離人症をフェーデルンは「自我備給」の貧困化という形で考察している。フェーデルンは「自我」を「自我感」と理解する。すなわち、自我はあくまで「体験」であり、自身の自我の感覚としてある、という理解である。フェーデルンは、自我のエネルギーを想定し、それを「自我備給」と呼ぶ。フェーデルンによれば、「自我感」は、この「自我備給」が主観的に体験されたものである。フェーデルンはまた、自我に属するものと、自我に属さない外的対象とを分かつ「自我境界」を考える。心的自我、及び心的自我の一部をなす身体的自我が、心的自我感、身体的自我感として、自我境界の内部で、直接体験されるのに対し、外的事物は、その印象が外部から自我境界を通過してくることによって、実在性を持つ対象、事物として認識される、というのである。自我境界も、とくに身体的自我感によって備給され、それと成立している。フェーデルンはこのように自我備給という根源的なはたらきによって、私が私であり、私の身体が私のものであり、ものがものであるようになっている、と考えている。

ここから離人症は、自我感として体験される自我備給が衰退すると、自分が自分であり、自分の身体が自分の身体である、ということが感じられなくなる。これは、「自我が内的堅固さを失った」状態、「自我の崩壊」であって、「自我アトニー」と呼ぶべきものである。他方、特に自我境界の自我感の備給が衰退すると、そこを通過してくる外的事物が実在感を失うことになる。注目すべきことに、フェーデルンは自我感を、「対象なき自我リビドー」によるものと考え、その性格を表現するのに、古代ギリシャ語の「中動態」を持ち出している。

我々にとって興味深いのは、私が私であり、私の体が私のものであり、私の知覚する世界がリアルな世界であることを支える自我備給、一次的ナルシシズムの初源的なかたちが、「中動的」だという指摘である。離人症の様々な症状から振り返って考えると、中動態という言語の範疇は、私が私であり、私の体が私のものであり、私の知覚する世界がリアルな世界であることを成り立たせている働きを捉えるための、思考の範疇として利用できる、ということになるのではないだろうか。

2014年12月19日 (金)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(5)

第二章 自己の身体と中動態

1.身だしなみ、ボティ・ケアと中動態

疲労回復の対策や髪・肌の手入れのような、自己の身体に対する働きかけは、多くの言語で、中動態の動詞で表わされるという。ケマーによれば、「身だしなみやボディ・ケア動作の中動」である。これに対し、他者や他の事物に対する働きかけは、他動詞の能動態で表わされる。このことは、自己の身体に対する働きかけは、他動詞の能動態で表わされる。このことは、自己の身体に対する働きかけが、他者や他の事物に対する働きかけとは、別のこととして意識されてきたことを示すものであろう。自己の身体に対する働きかけは、他動詞の能動でもなく、自動詞の能動でもなく、わざわざ中動態の動詞で表わされる。どういう意味で中動態なのか。それを考えることは自己の身体との関わりを考えることであるが、同時に、中動という範疇、中動態の射程について、考えを深めることでもある。

ケマーは、さまざまな言語における中動態の指標をもつ表現を、意味の上から、いくつかのシチュエーション・タイプに分類する。「自分の体を洗う」「自分の髭を剃る」「自分の髪を切る」「服を着る」といつた「身だしなみ、ボディ・ケアの動作」は、「姿勢を変える動作」、「移動のない運動の動作」、「移動のある運動の動作」とならんで、「身体動作の中動」と総称される中動態のタイプに分類されている。「自分自身の身体に向けて、あるいは自分自身の身体を通して遂行される動作」のタイプである。

ケマーは、このような表現は一般に再帰ではなく中動であるという。再帰は、自分自身を目的語とする他動詞の能動表現とみなす。再帰においては、他動詞の主語と目的語が同一実体を指し、主語である起動者は、他の実体に働きかけるのと同じように、終点である自分自身に働きかける。そこでは、同一実体内でいわば働きかける側(起動者)と働きかける側(終点)の役割分担、分離・区別が生じている。

これに対し中動においては、他動詞の主語と目的語の形で、起動者と終点を考えることができない。「体を洗う」「服を着る」といった動作は、「(他者)の体を洗ってやる」とか「(他者に)服を着せてやる」といった他へ向かう動作とは別種の動きをする。これらの動作においては、はたらきかけを受ける身体部分も受け身は一方ではなく、自ら動いてその動作に大きく参与している。同一実体の内部で起動者と終点は区別しきれない。中動において、起動者と終点という意味論的役割は、ともに「ただ一つの全体としての実体」に帰されると、ケマーは言う。

ケマーの論は、中動態で表わされる「身だしなみ、ボティ・ケア」が、身体を介した自己自身への働きかけ、自己自身との関係として、ただし他動詞の主語と目的語との関係とは異なる関係として、意識されてきたことを示している。それはすなわち、中動態の動詞で表わされる出来事が、自足安定する不変の一者で成り立つのではなく、別個の二者の一方から他方に向けて成り立つのでもない、いわば(何かと何かの間とは言えない)間の微妙なずれとして生じていることを、示唆するものであろう。

2014年12月18日 (木)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(4)

3.芸術─アナモルフォーズ、「胡蝶の夢」を比喩として

芸術は、我々の生きるこの「現実」の地平とは別の次元に、もう一つ別の地平を生じさせる。絵画は、平面上の色や形という視覚に訴えるものだけで、一つの世界をつくり上げる。その世界は、現実と地続きでなく、次元の異なる世界である。音楽は音で、文学は言葉で、舞踊は身体の動きで、演劇は言葉と所作で、映画はスクリーンに映し出される動く映像で等々、それぞれ用いる手段は違っても、別の次元に改めてそれ固有の世界を生じさせることにおいて共通すると言えよう。そしてそり世界は、単に対象的に別の次元として把握されるだけのものではなく、あくまで我々がそこに巻き込まれて生きるもう一つの地平である。

他方、芸術作品は、現実の「ある」ということの地平に何らかの位置を占める事物としての側面ももつ。絵画は例えば画布と絵の具と額縁の集合体として、美術館や居室の壁に掛けられたり、或る展覧会場から別の展覧会場へトラックで運ばれたり、収納庫に保管されたりする。音楽も、聞こえる音は他の音と同じ空気の振動であり、音を出すには楽器や演奏家の身体を必要とし、あるいは録音・再生に器材を必要とする。これらのような意味で、芸術作品は「現実」の地平において、「ある」。

我々は普段、現実として、いつもすでにそれとしてある。そのことは我々にとって当たり前のことである。それはいつもすでに与えられている。芸術は、あくまでもその地平から出発し,もう一つの別の次元の地平を、新たに一から今ここに生じさせなければならない。

こうして芸術は、少なくとも二つの地平に関わりをもつ。芸術についての体験は、次元間の差異の体験を含む。芸術は、地平性・次元性に関わる。ホルバインの「大使たち」が絵の中の二つの次元の間で体験させること、荘子が「胡蝶の夢」の夢と現実とのあいだで体験したこと、それらと原理的に同じ構造の体験を、芸術は「現実」と「もう一つの別の次元」とのあいだで生じさせるのではないか。その中動態の体験を、芸術には意味をもつのではないか。

芸術においては、比喩的な言い回しをすれば、1で言うところの「頭蓋骨が見えようとする瞬間に垣間見られるのは何か」のようなものが重要だと思われる。見えてしまい、見られてしまった頭蓋骨はもうどうでもよい。そのような頭蓋骨ならば、我々は、何も芸術でなくとも、現実の地平で十分出会うことができる。「何は」「何を」をすり抜けていく何か、「何は」や「何を」に還元されない或るはたらき、それら以前の出来事、しかも「何は」「何を」を成り立たせてもいる「何」とも言えない。すでに成立している現実の地平では自明なものとしてみえなくなっているそのところを、芸術は地平性・次元性を操ることで浮かび上がらせる。究極的には、「胡蝶の夢」のように、私が私であること、ものがものであること、世界が世界であること、現実が現実であることの謎あるいは秘密を、われわれはそこに巻き込むかたちで提起する。体験させる。そういうものとして芸術を考えることができるのではないか。

音楽や抽象絵画のように、新たに生じた地平が、「何は」「何を」と言いうる何ものをももたない場合が、芸術においては少なからず見受けられる。項として名指しうるものを結節させない地平も我々は考えなければならない。新たな地平の成立とともに体験される中動態の働きや出来事が、主語となるものを生み出し支えることなく、ただそういうこととしてそこに生じ、そのままそれだけで体験されるという事態である。この点が今後の課題として残るにしろ、芸術を地平性・次元性との関わりで捉え、そこでの中動態の体験に意味を見出そうという我々の試み自体は、そのことになり無効になるものではないと考える。

さらにまた、芸術がどのようにして別の次元に新たな地平を生じさせるかということも、今後の問題となってくる。芸術が地平性・次元性を操るとはいえ、地平はそのものとしては隠蔽されており、直接に扱うことができない。いったんこの地平に主語として成立している事物でしかない。芸術が一次的な素材として用いるのは、あくまで、現実の地平の見たり聞いたり触れたりできる事物なのである。事物をどのように扱えば次元をまたぎ越すことができるのか。事物でどのような仕掛けをつくればあらたに地平が生じるのか。そのような作業を行う者─芸術家ということになろうが─の「私であること」はどのようなありようをしているのか。問題はさまざまな角度から考える必要がある。

2014年12月17日 (水)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(3)

2.荘子「胡蝶の夢」

或るものが、地平の切れ替えを伴って別のものになる出来事を、夢の体験として記したテキストがある。荘子・斉物論の「胡蝶の夢」と呼ばれる部分である。物語は以下の通り。

むかし、荘周は自分が蝶になった夢を見た。楽しく飛びまわる蝶になりきって、のびのびと快適であったからであろう。自分が荘周であることを自覚しなかった。ところが、ふと目が覚めてみると、まぎれもなく荘周である。いったい荘周が蝶となった夢を見たのだろうか、それとも蝶が荘周になった夢を見ているのだろうか。荘周と蝶とは、きっと区別があるだろう。こうした移行を物化と名づけるのだ。

我々はここにまた、地平の切り替わり体験を見る。夢の地平と目覚めている「現実」の地平との切り替わりである。荘子は目覚めている時の地平の続きで胡蝶になっていたのではないし、胡蝶は夢の地平内部で荘子に戻るのではない。荘子は現実にではなく「夢で」胡蝶なのだし、胡蝶は夢から「目覚めて」荘子なのである。胡蝶は荘子と別の次元の存在であり、荘子は胡蝶と別の次元の存在である。胡蝶のいる夢の地平と、荘子が目覚めている現実の地平は、互いに「ある」ということの別の次元の地平である。その二つの地平が、ここで切り替わる。

ここで注目したいのは、その体験の中から「いったい荘周が蝶となった夢を見たのだろうか、それとも蝶が荘周になった夢を見ているのだろうか。」という疑念が生まれてきたことである。これは夢を見た荘子の疑念と考えてよいだろう。目覚めた荘子は、もしかしたら今の自分が胡蝶の見ている夢ではないかという思いを抱く。今ここにいる自分が自分であること、今ここにいきている「現実」が現実であることに、確信が持てなくなるのである。だからといって蝶であったこと、蝶として生きていた「現実」の方が現実であるという確信もない。二つの地平は互いに相対化し合う。ここにおいて、私の私であること、荘周の荘周であること、蝶の蝶であることの自己同一性、安定性が、現実の現実であることの自己同一性、安定性ごとに揺るがされる。

このような「胡蝶の夢」体験には分裂病との共通性が見出される。例えば、小出浩之は分裂病の病的体験を、日常の意味からずれた異常意味が出現するということ、及びその異常意味が否応なく主体を転覆させるほどの力をもって出現するという二つの側面にわけ、後者を根源的と見なす。通常は知覚された物の陰に隠れているこの力が出現することによって、主体は、自分が見ているものなどの知覚しているものの確実性ごと転覆させられ、日常的な意味とは異なる異常な意味を押し付けられもするというのである。この分裂病患者が体験している力を、荘子は夢と現実の地平の切り替えを通じて体験する。ここにおいても、問題なのは「何は」「何を」と言いうるもの─「胡蝶の夢」においては蝶や荘周─ではない。その手前、「何は」「何を」と言いうるものがそもそもそれとしてあること、成り立っていることにかかわる働きである。

これは、私の私であること、もののものであること、世界の世界であることにかかわる働きである。長井真理は、ここに中動態で表わされるべき何かを見出した。「ものが見える」も「私に見える」も、同じ一つの「見える」という中動態の出来事から成立している。

「胡蝶の夢」においても分裂病体験においても、われわれの生きるこの世界の確実性と、そこで生きる主体としての「私」の確実性が、表裏一体の事柄としてともに成立しなくなる。その不成立によって、私が私であること。ものがものであること、世界が世界であることが、謎として照らし出されるのである。これは、私がものや「ある」ということがあらかじめ成立している安定した地平の内部では気づきえない謎であろう。あるいは、外部の安定した第三の地平から眺めていては、捉えられないことでもあろう。これは、地平の崩壊、新たな地平の成立、複数の地平の切り替え等、何らかの地平の変動に自らも巻き込まれつつ内側から体験するかしないかことである。であるからこそここに、「主体が過程の内部にある」中動態が要請される。

2014年12月 7日 (日)

あるIR担当者の雑感のおしまい

もともと、このブログを始めたのは、IRという業務をやっていて可能性を試すために、まずはインターネットという表現媒介を自分で試してみようということが動機でした。そのなかで、IRについて自分なり考えたことや、そういう考えがでてくる自分自身のベーシックな思いなどは、なかなかIRのパブリックなスタイルの中では直接的に表わすことができないので、サイド的なところで裏話のように、関係した人とコミニュケィションできないかという感じで始めたというところです。それはそれで、IR業務を通じて知り合った何人かの方には読んでいただいて、ご意見をいただいたり、読んだというメッセージをいただいたり、それを励みにして続けることができたと思います。また、私自身も、ここに考えを書き込むことで、自分なりの考えやスタンスを、自己確認できて、考えていることを明確にすることができたと思っています。

それで、しばらく前にIRの業務から離れることになっても、未練というのでしょうか、時折思い出したように書き込んでいました。それも、今回を最後に、このカテゴリーは終わりにしようと思います。

これから先は、個人的な愚痴と泣き言になりますので、読む人のことは考えずに書き進みます。なので、無理して読まないで下さい。気分が悪くなるかもしれません。

先日、私の勤め先の決算説明会が開催されて、そこに出席してくれた人から、その時の模様を聞く機会がありました。決算説明会というのはIR業務のメインとなるイベントで、会社の決算の内容とか、それを踏まえて今後どのように経営していくかを投資家や報道のひとたちに説明するもので、私もIR担当であったときは企画かに運営まで全般を行ってしました。この決算説明会をどのように行うかについて色々考えたことも以前に、このブログで何度も書き込んだりしたものでした。それで試行錯誤していたのを出席していた一部のアナリストや投資家の人たちが興味を持ってくれて関係が生まれた。その後、私は担当を離れ、後任に業務を引き継ぐことになり、今回の説明会は後任の人が担当して2回目ということになります。それは、以前の(私が担当していた頃と)会社としての継続性がみられないほど、別もののようになっていたということでした。以前に続けて出席してくれていたアナリストや投資家の人の顔も見られなくなり、説明の内容や資料についても興味を持てるものでなくなったというようなことが聞いていて想像されるのでした。

実際に、いままでなんとなく想像はできていたのですが、個人的には愛着をもってある意味10年近くの期間に精魂を込めていたことだったので、寂しさは禁じえず、説明会の話を聞いた日は悔しいやら寂しいやら空しいやらで、一人になったときにはかなり混乱していました。落ち着いて考えれば、会社とか、仕事とかいうのは、そういう物で仕方がないのは分かっているのですが、それにしても、この年齢になっても、なかなかそれを納得したり、諦めることができず、こうやって愚痴も並べていますが、もうこうなった以上、じたばたしてもしょうがない、それは分かっているのだけれど…、などと堂々巡りを何度も繰り返し…

ということで、一つの区切りとして、まずできることはこの「あるIR担当者の雑感」というカテゴリーを未練がましく続けていたのを、とにかく終わらせることにしました。今後、このカテゴリーには書き込みをしないことにしました。

しかしながら、言うまでもないことですが、ブログ自体は続けます。また、たまに、おもったことを雑感てきに書き込むことはあるかもしれませんが、それは、これからは「日記・コラム・つぶやき」として書き込んでいくつもりです。

以上、今回は愚痴と泣き言を並べました。

2014年12月 6日 (土)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(2)

Ⅰ.中動というカテゴリー

第一章 アナモルフォーズと胡蝶の夢─存在の地平と中動態─

1.ホルバイン「大使たち」

Holbein01或るものが目の前で別の存在になる。別の存在が新たに出現する。見えてくる。アナモルフォーズという歪像と訳される、或る法則に従って、わざと歪めて描かれた像である。普通に、あるいは正面から見ても、一体何が描かれているのかさっぱり分からない。或る特定の方法で─円筒状の鏡にして見るとか、画面に対しずっと斜めの角度から見るとかして─見たときにのみ、「正しい」歪まない像が見えるというものである。ハンス・ホルバイン作「大使たち」は、アナモルフォーズを利用した有名な絵画のひとつである。この絵を正面から見るとき、ひとは二人の堂々たるフランス大使が、タピスリーやカーテンで飾られた部屋の中で、諸学・諸芸を象徴する様々なもの─天文学の機器、日時計、地球儀、コンパス、リュート、讃美歌集、十字架など─に囲まれて立っているのを見る。これらの様々な物も、二人が身に着ける毛皮や僧衣、勲章や手袋や短剣も、その重厚な質感が濃密に細部までリアルに描かれ、全体として厳粛で絢爛豪華な雰囲気を漂わせている。その画面の中に一つ異質なものがある。二人の足元の床を斜めに横切る、細長い奇妙な物体である。それが何だか分からない。しかし、この絵を正面からではなく、右の側面から斜めの角度で見ると、見えていた人物や物の姿は消え、一個の頭蓋骨が見えてくる。足元の謎めいた物体は、アナモルフォーズ的に歪めて描かれた、人間の頭蓋骨だったわけである。現世の栄華が掻き消え、死のシンボルが現れて、「世界の虚妄」という当時流行の主題が示される。

一つの画面の中に、通常の遠近法に従う像と、歪曲遠近法に従う像の二種があり、像が「正しく」見える視点をそれぞれ別に持つ。その結果、一方が「正しく」見える視点からは、他方が「正しく」見えない。一つの絵において、見る視点を変化させることによって、見える世界の存在のレベルで変幻する。

描かれたものの「ある」ということに注目すれば、二つの遠近法は、二つの存在の地平に対応する。「大使たち」という絵は、大使たちのいる地平と、頭蓋骨のある地平と、ふたつの地平からなっている。大使たちを囲む様々な事物は、大使たちと同じ地平にある。一方、頭蓋骨はその地平にはない。視点を変えれば見えてくるはずの頭蓋骨は、この大使たちのいる地平に「ある」のではないが、「ない」のでもない。この頭蓋骨は、この地平で「ある」とか「ない」とか言いうる頭蓋骨とは別の次元の存在だからである。やがて見えてくる頭蓋骨は、この地平では「ある」とか「ない」とか言いうるものではなく、この頭蓋骨が「ある」とか「ない」とかは、大使たちがいるのとは、別の地平においてである。その頭蓋骨の地平においては、今度は大使たちの方が、「いる」でも「いない」のでもない。

見る者が視点を変えることによって頭蓋骨が見えてくるというのは、したがって「ある」ということの地平の転換と考えることができる。そこには次元の差異の体験とでも言うべきものがある。或る地平にいた見る者は、それとは別の次元の地平が成立するところに内側から立ち合い、今度はその地平を生きるようになる。この出来事、この体験を語るのに、能動─受動の言語は役に立たないだろう。見る私を主語とし、見られる頭蓋骨を目的語とする「私が頭蓋骨を見る」という表現は、私と頭蓋骨という二つのものがあらかじめ存在することを前提にしているからである。はじめから「ある」のでも「ない」のでもない頭蓋骨を、既存の項として扱うことはできない。これを捉えるには、能動態─受動態ではなく、中動態が必要だと思われる。日本語の語感で言えば、「見る」に対する「見える」という表現である。

中動態は、能動態・受動態と異なり、「何は…」「何を…」というような項、名詞で表わされる項の存在を前提しないありようである。既存の項が何らかの働きを発する、あるいは受けるということを表わすのではない。中動態で表わされる事態において、主語は動詞の表わす過程の中にいわば巻き込まれている。言い換えれば、中動態の動詞は、名詞の主語に従属する述語ではない。中動態によって、われわれは、主語を前提としない述語、さらに言えば、主語に先立ち主語をそこから成立させる述語というものまで、考えることができるように思われる。このような意味において、「大使たち」の、地平の転換を通じて頭蓋骨が見えてくる体験は、何よりも中動態によって捉えられるべき事態である。中動態によって表わされる出来事(絵を見る者にとっては「見える」ということ)がまず生じ、そこから頭蓋骨が、「ある」とか「ない」とか言いうるかたちに成立する。その上で新たな地平内部での「私が頭蓋骨を見る」が可能になるのである。

ところで、この中動態でしか表わされない働きが「見える」のは、頭蓋骨が見えようとする瞬間、あるいは見えなくなる瞬間である。この働きは、頭蓋骨が見えてしまい、見られてしまうと、もう見えなくなる。一旦成立した地平で、私が見るのは頭蓋骨であって、頭蓋骨を成立させている働きではない。この働きは、見る「私」と見られた「頭蓋骨」の影に隠れてしまう。しかしそれは、そこから頭蓋骨が成立しないことには、それを私が見ないことには、頭蓋骨を成立させる働きとして知られることがない。それがかろうじて見える瞬間とは、この絵を見る中で地平と地平が切り替わるその瞬間、次元の差異の隙間においてである。

2014年12月 4日 (木)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(1)

序章 「見える」ということから中動態へ

筆者は中動態という聞き慣れない態に、メルロ=ポンティ研究の途上で出会った。メルロ=ポンティは、知覚─それも特に身体まるごとの働きとしての知覚を世界とのかかわりの基本・基盤とし、そこから考えを進めている。しかし、彼は、この知覚を端的に言い表すのにかなり苦心している。

初期の著作『知覚の現象学』で、彼は「私は青い空を見る」という知覚は、「私は数学を勉強しようと決心する」というような行為とは違うという。知覚が伝統的な意味での主体、すなわちはっきりと意識できる「私(フランス語のje)」の働きではなく、一種一般的な雰囲気の中で、前人格的・無名的なものとしてある。そこで私ではなく、ひと一般を表わす不定代名詞onを用いる。フランス語の文では、je perçois(私は知覚する)ではなく、on perçois en moi(ひとが私において知覚する)という言い方になるとする。つまり、メルロ=ポンティは、知覚の主体を前人格的・無名的なものと捉え、現象学的身体こそがそれに当たる─意識ではなく身体こそが我々の前術定的な生を担っていると主張している。この場合のon(不定代名詞)は身体なのである。主体の座は、意識から身体へとずらされる。しかし、その限りで、メルロ=ポンティのこの主張は主体─客体の図式の枠内にある。主体を、私の知らないところで働いている私の身体によって言わば二重化したことにより、意識的・主体的な「私」のはたらきによるとは言えないと最初に言った知覚のあり方も主体─客体の図式に押し込められてしまう。

しかし、このような主体─客体の図式の中では、「ある」ということでは常に「主体にとってある」ということにしかならない。いかに主体を意識から身体へ深めようと、そのことに変わりはない。するとその場合、主体そのものの「ある」ということが考えられなくなる。「主体にとってある」ことが「ある」ことなのであれば、主体の「ある」とは何であるのか。

このような問題に向かい、「ある」ということを改めて考え直そうとしたのが、メルロ=ポンティの後期哲学である。ただし、身体まるごとの世界との関わり、知覚の場面から出発するという姿勢は変わりない。それに伴って、知覚体験の言い表し方に変化が見られるようになる。すなわち、on voit Xという表現に代えて、フランス語の代名動詞すなわち<再帰代名詞+他動詞>という表現を多く用いるようになる。

ここでメルロ=ポンティは、意識的な主体が知覚を引き起こすのではないということ、主体の制御・支配を超えて、知覚がひとりでに生じてくるということを言い表そうとしている。つまり前期であれ後期であれ、彼が言い当てたかった知覚は、主体と客体との差し向かいから出発するのではない知覚、主体の対象への働きかけではない知覚、主体によって一方的に引き起こされるのではない知覚、とりわけ後期ではっきりしてくるが、主体や客体という項に先立って、まずおのずと生じてくる知覚である。しかしフランス語では、視覚を表わす動詞voirは、人を主語にして、物を目的語とする。メルロ=ポンティの苦心はここに由来する。

メルロ=ポンティがフランス語で言い表したかった知覚を、日本語で言えば「見える」という語が浮かんでくる。「私は空の青を見る」ではなく「空の青が見える」ということを、メルロ=ポンティは言いたかったのではないか。

我々日本人はふだん、「見る」と「見える」を使い分けている。例えば、「どう見ても、こうしか見えない」とか、「僕の答案見ただろう」「見たんじゃないよ、見えたんだ」というような具合である。このように比較対照して使い分けられる場合、「見る─見ない」は私次第であるが、「見える─見えない」は私を超えていると思われる。とはいえそれは、「見せられる」のように他者に委ねられているのではない。あくまで、ひとりでに見えるのである。

ところで、「見える」の古い形は「見ゆ」であるが、この語のもともとの意味として「見るという動作が、意志によらずに、自然の成り行きとして成立する意」とされている。大野晋は、この「意志による」か「自然に成立する」かの区別が日本語の動詞文で重要な位置を占めると指摘している。それによれば、日本語の動詞文では、動作・作用・状態の、時間という場面での判断に先立って、その動作・作用・状態が自然に成り立ったか、それとも誰かの作為によって成り立つかの弁別が示される。そのためには、ひとつに、動詞の下に助動詞ル・ラルを加えて自然展開を示し、ス・サスを加えて意志・作為を示すという方法があるが、また助動詞自身の語尾の対立によって示す場合もある。

このようなことから、「見る─見え(見ゆ)」という対立も、同様に動作・作用・状態が自然展開的・無作為的に成り立っているか、それとも誰かによって意志的・作為的に引き起こされているかの区別を表わすと理解してよいだろう。この区別は一面において、英語のlook atseeの区別やフランス語のregardervoirの区別と重なり合う。しかしこれらの動詞は、どれも主語(subject)と目的語(object)を必要とする点で主体(subject)─客体(object)の図式に還元される。これに対して「見る」とくべつそれる「見える」という語によって分かりやすくなるのは、主体─客体、能動─受動を超えた自然な展開、おのずからの成り行き、自然発生的・自発性である。メルロ=ポンティが問題にしている知覚は、特に自然発生という点で、「見える」ということとして考えることができる。

ところで、自然展開的であることと、受動的であるということは、しばしば混同される。しかし、能動的─受動的という対立と作為的─自然的という対立とは、元来全く次元が異なっている。能動─受動とは、或る事態・状態に関与する項のあり方の区別である。したがって、名詞によって表わされる項(=基体)の存在を前提として、項に視点を置く言い方、考え方である。これに対し、作為的─自然的というのは、動詞によって表わされる事態・状態の成立の仕方に関する区別であり、人や物という項の問題ではない。もちろん、作為的である場合には、その作為の出所を、名詞で表わすことのできる項として問題にすることもできよう。作為的である場合にはじめて、事態・状態に先立って存在する項に問題を還元し、項から考えることができると言ってよいかもしれない。これに対して、自然的である場合は、事態・状態の成立を帰すことのできる究極的な項などありえない。この場合、事態・状態の成立は、項と項との関係に分解しきれない、分解せずとも丸ごと捉えるしかない、と言う事ができる。このように考えると、メルロ=ポンティの「見える」ということへの注目は、項を先に立てる発想からの離脱、項を基本として項と項との外的関係でのみ物事を考えるやり方の乗り越えともつながることがわかる。さらに言えばこれは、項の自己同一性や実体性の否定ともつながっている。

翻ってヨーロッパ系の言語に立ち戻るとき、「中動態」という第三の態が視野に入ってくる。メルロ=ポンティの後期テキストでは代名動詞が用いられたが、そもそもフランス語の代名動詞は、インド=ヨーロッパ基語の中動動詞に対応するというのである。しかもバンヴェニストによれば、中動態は、能動態─受動態の対立、すなわち「行う行為─受ける行為」の対立とは別次元の態であるという。能動でも受動でもないメルロ=ポンティのX se voitは、バンヴェニストの言う中動態と理解できる。このような過程は外部から引き起こされたのではなく、Xse voitという過程から出現する─中動態は、「見える」ということと呼応するところがある。「見える」という日本語の動詞だけでなく、インド=ヨーロッパ語の中動態という第三の態を足掛かりとすることで、西洋思想の文脈と手を切らずに、これまで捉えにくかった何かを考えることができるのではないか。

いったん中動態を意識すると、特に20世紀後半、思索の枠組みが問題にされる場面で、しばしば中動態への言及が為されていることに気づく。能動─受動、主体─対象という二分法では捉えきれない物事が問題になる時、中動という第三の態が持ち出されるようである。中動態が認識の枠組みとして用いられるとき、何が積極的に主張されるのか、どのような事柄が視野に入るのか─中動態への様々な言及から、言語学の領域を超えた中動態の射程が見えてくるように思われた。

2014年12月 3日 (水)

菱田春草展(11)~第4章 「落葉」、「黒き猫」へ:遠近を描く、描かない(4)

Hishidafallfukui菱田は、「文展本」を完結したものとみなしていたのではないようで、「落葉」を、その後も違ったバージョンで制作しました。「文展本」の後か、同時平行してか分かりませんが、別のベージョンとして福井県立美術館で保管されている、いわゆる「福井本」です。“西洋絵画の自然科学的な線遠近法を踏まえれば、水平視の方がより明確に距離を表現できるはずだ。ただし、それはモチーフの寸法を縮めつつ遠方まで描き込んだ場合に限られよう。ここでは、「文展本」よりも奥に位置する樹木の根元を下げて俯瞰を浅くしながらも、画面奥の描写を省き、背後の地を広く空けている。それゆえ、最初の「滋賀本」ほどではないにせよやはり奥行きは限定され、かわりに地と図の対照が意識される画面となった。”と解説されていました。このような「福井本」は「文展本」とは異なって、“地と図が明瞭に分けられ、無限の空間というよりも、図と地とが織り成す一種の装飾性がかたちとなってあらわれることとなった。”菱田は、「落葉」について「未完本」と「文展本」そして、この「福井本」(同様の方向の「茨城本」)という三つの方向性で制作しましたが、彼自身そのいずれかについて、これだと一つの方向性を選択しえたわけではなかったと思います。それは、どの方向性にも、これだという決め手を見つけられなかったのか、菱田自身、この「落葉」の後で、まったく別のものを描き始めてしまうので、結果が明らかにならなかったと思います。そして、ほどなく菱田は亡くなってしまったので、しばらく時間をおいて、この試行錯誤を再開するつもりだったのか、分かりません。ただ、三つの方向性を見比べていると、この「福井本」が一番安心して見ていられる、見た目に自然な感じのする、西洋画の遠近法感覚を日本画の平面的で装飾的な調子に破綻なく合わせたようにみえます。この方向は、彼の後に続いた日本画家や同僚の人々にも受け容れやすいものだったのではないかと思います。しかし、その反面では他の2つにあったような面白さが減退しているような印象を受けます。

Kanzankinomaいずれにせよ、これらの「落葉」で試みた菱田の方向性は、同じ日本芸術院で切磋琢磨した横山大観や下村観山が森林風景を取り上げ、同じように琳派の影響を受けた平面的で装飾的な作品を制作したと言われながら、二人とはまったく異なる方向性を志向していたのが分かります。例えば下村の「木の間の秋」と(右図)いう作品と較べてみると、その違いがはっきり分かります。「落葉」と「木の間の秋」は同じ秋の林を描いた作品でありながら、前者は木々の林の広がりと空間を感じさせるのに対して、後者は稠密な木々の生い茂る密度の高い空間を抽出した印象です。前者が林という深い奥行きと水平的な広がりで画面を越えて広がっていく方向性があるのに対して、後者は奥行きを欠いて林全体に思いを馳せるというのではなく、その一部をピックアップしてそこに生い茂る木や草が絡み合う濃密な姿を活写した密度の高い画面に観る者を引き込んでしまうブラックホールのような趣です。ここに、菱田という画家が空間をつくるという画面構成をまず重視する画家だったことが分かります。個々の細かい描写というよりも全体としての世界を構築するタイプで、横山や下村にはない、というよりも近代の日本画にも似たようなタイプのいない画家だったのではないかと思います。それだけに、伝統的な日本画の制約された空間表現の枠には資質的に収まりきれず、新たな表現を模索したのは、自身の外からある程度強制された面があったかもしれませんが、菱田自身の表現の性質から考えると、必然だったのではないかと思います。その中で、朦朧体とか「落葉」での様々な成果といった表現方法を提示しましたが、その根本には二項対立の姿勢があるように、私には見えます。その技法的な試みは菱田の二項対立の考え方を土台にして生み出され、技法し様々に試行錯誤されますが、ベースとなる二項対立の考え方は一貫しているように私には思えます。作品において、単独のものを提示するのではなく、二つのものを対向的に提示する。例えば「水鏡」では天女を描いた作品のように見えて、水面に映る姿を曖昧にすることで後年の朽ちた姿を対比的に暗示して、それと目に見える姿を対立的に示すことで、今の姿の美しさを際立たせ、時間的なひろがりを画面に持ち込んでいます。「菊慈童」では、深山の秋の風景の広がり、ポツンと残されたように孤独に佇む菊慈童を対立的に画面に置くことによって菊慈童の孤独の深さと彼を包み込む自然の宇宙的な広がりを表わしています。「落葉」では、このような対立的要素が複合的に用いられて、時間的、空間的な広がりを画面に与え、たんに広がるだけでは茫洋としてしまう画面に焦点を示して観る者にたいする画面の導入口を作らせています。このような作品に表れたものだけでなく、日本画の平面性と西洋絵画の三次元空間を二次元の画面に移そうとする志向性の対立、線描と面で描く方法の対立、そのような対立的要素によって物事を捉えていこうとする姿勢が菱田には一貫して見られるように、私には思えます。そして、それらの二項対立に対して一様な回答を与えるのではなく、菱田は自身の制作課題を二項対立の枠の中で捉えて、回答を模索していったというのが、菱田の画業に一貫して流れている姿勢のように私には思えます。

このような二項対立の中で回答を模索していくという姿勢の中から菱田の作品の大胆さやダイナミックで生き生きとした活力が生まれたのではないかと思います。もし、この二項対立に回答が与えられたときには、菱田の芸術は完成したかもしれませんが、二項対立そのものの意味がなくなってしまい、作品の生き生きとしたところは、おそらく失われてしまうに違いありません。したがって、菱田の芸術は完成に向けて試行錯誤を続けられるものの、けっして完成しないという矛盾を抱えたものだったといえるかもしれません。だからこそ、菱田の試行錯誤に方法的な一貫性に貫かれているというよりは、時期的にあることに集中して取り組むと、次の時期には別のあることに集中するが、そこに明確な必然性が感じられず、菱田自身の気が変わったとしか思えないようなところは、そのような彼自身の芸術に内包する矛盾を自覚していたことによるのかもしれません。菱田は志半ばで病に倒れ、画業は中途で途絶えてしまいますが、もともとは決して完成には至らない、成熟とは相容れない芸術だったのではないかと思います。その意味で、彼が長生きをしたとしても、同じように言われたのではないかと思います。

もうひとつのメダマである「黒き猫」はどう見ても猫に見えないので、私に駄作としか思えません。

2014年12月 2日 (火)

菱田春草展(10)~第4章 「落葉」、「黒き猫」へ:遠近を描く、描かない(3)

「文展本」の「落葉」は屏風という横広の媒体に描かれたことにより、水平方向の空間が広がっていく画面効果を最大限に活かすことになりました。一方で、単に広がりがあるだけでは、観る者にとって掴みどころのないものに陥ってしまうおそれもあります。永遠などと口では簡単にいいますが、限りある我々には、無限などと言われても茫洋とし他ものになってしまいます。無限の宇宙空間などといいますが、夜空に広がる星空を我々は、そのままに見るというよりも星座という秩序を便宜的にねつ造して、勝手な意味づけをして解釈をしようとします。「落葉」の広がりは、それだけでは観る者には茫洋としたものになってしまいます。そこで、焦点としての機能を担っているのが、一双の屏風のそれぞれの左手に描かれた手前に位置している若木です。一本は紅葉の盛りで、大きな葉がおちようとしています。またもう一本は針葉樹の常緑の青々とした佇まいです。菱田は風景画において、単に風景を描くだけでなく、風景の前景に人間や動物を配置して、小さな存在である人間や動物との対比で背後の風景の広がりを強調するように表現してきました。この「落葉」での2本の若木は、菱田の風景画でよく用いられた前景の小さな存在に相当するものになっていると思います。この若木があることによって、観る者は、若木との対比によって林の空間の広がりを見渡すことができることになります。いわば、この若木は空間の広がりを、ここを中心にして見るための始点になっているのです。西洋絵画の場合、空間の奥行を遠近法で表現しますが、遠近法の構成には必ず消失点が存在します。その消失点は空間を鳥瞰するための視点になっていて、観る者は、その視点に同質することによって画面の立体性を認識することになります。「落葉」では、若木が、この消失点の機能を果たしていると言えます。

そしてさらに、「落葉」の画面の空間表現は俯瞰の構図といういわば上から地面を見下ろす描き方によるものでした。しかし、そこで描かれている木々は上から見下ろしたような描かれ方ではなく、横からみた姿になっています。つまり、「落葉」の画面は、上から見たのと、横から見た姿が同居していることになります。複数の視点からの姿が一緒になっているわけです。これは「八ツ橋屏風」のような図案のようなものであれば気になりませんが、「落葉」は写実的な性格を強く残しています。そこで、視線の混乱が観る者に起こらないで、自然に観ているのは、2本の若木の存在によると思われます。観る者は、この若木に焦点を当てることによって、視線の混乱を回避していると言えます。つまりは、2本の若木が画面のおける空間の広がりの出発点であり、画面に統一感を与えると同時に、見る者が画面に入り込んでいくための足掛かりにもなっているのです。

Hishidafallmikan執拗に見えるかもしれませんが、この2本の若木についてもう少し見て行きたいと思います。というのも、前に見た「滋賀本」には、このような若木は描かれていないで、当然に空間の広がりと対照的に位置づけるような構成もとられていません。それだけでなく、この2本の若木は異様なのです。周囲の木々と比べて浮いている印象なのです。実際に、左中図の上半分の左側の若木は常緑樹の緑の葉が茂っていますが、これだけ針葉樹なのです。周囲の木々を見渡せば、根元に紅葉した葉が落ちているところを見ると、すべて広葉樹に見えます。その中で、この若木だけが、葉を見れば一目瞭然ですが、一本だけ針葉樹です。また、下段を見れば、左手の若木は葉を紅葉させていますが、葉の形が下に落ちている葉とまったく違った形なのです。しかも、この若木の葉の描かれ方が、他の散っている葉にくらべてまったくレベルが違うほど、異様に感じられるほど細密で鮮やかなのです。最初に見たときはグロテスクに感じられたほどです。それには理由があるはずでしょうが、私には確かなことは分かりません。ただ、屏風の水平な空間の広がりに対抗させるには、かなり目だって観る者の視線を集める必要があったためではないかと想像するだけです。そしたまた、2本の若木だけを取り出して、この2本を比べてみると、上段の若木は青々として緑が茂っている状態であるのに対して、下段の若木は紅葉が盛りで今にも葉が散ろうとするところです。この2本の若木を比べると、同じ画面の中で同じ若木でありながら今を盛りに茂る状態と、これからまさに散ろうとする状態が並存していることになります。そこで、異なる時期を同居させて時間的な広がりを観る者に想像させているのではないか。ということで、「落葉」は空間的な無限の広がりにとどまらず、時間的な広がりも加味させることで、広がりのゆったりとした動きをも内包させている。つまりは、空間の広がりは静止した状態ではなくて、この作品を見るという行為を通じて、観る者にとって徐々に広がってくるような感覚を起こさせる、というものになっているのではないか、と私には思えます。

 

「文展本」は、その前から制作されていた「未完本」の制作をやめて、急遽、その代わりに制作をはじめて完成させて文展に出品されたものです。その一方で、「未完本」は、その名称のとおり、制作が途中で放棄され、未完のまま残されることになりました。しかし、「文展本」のいうなればひな形のような位置づけと、「文展本」には採用されなかった試行のあともあって、独特なものとなっています。しかも、未完ゆえの不完全な風情が、独特な味わいを感じさせるものになっていると思います。「文展本」は、この「未完本」を下敷きにして制作されていることもあって、それほど見た目の大きな違いはないのですが、とくに目立つのは、「未完本」には地平線があるということです。「文展本」における地平線の消失は「文展本」のところで述べたので繰り返しませんが、この「未完本」を見る限りでは、「文展本」のような広がりというのではなくて、西洋画的な遠近法による立体的な書割りにより近い画面になっているのではないかと思います。おそらく、菱田は、そこに行き詰まりを感じていたのかもしれません。これでは林の奥行きこそ感じられるものの、実際の郊外の雑木林そのものになってしまうおそれがあります。「文展本」にもありました若木は、この「未完本」では紅葉した若木のみとなっていますが、この若木と林の広がりを対照させるというよりは、若木は林の一部になってしまっているか、若木があって、林は背景になるか、そのいずれかにしかなり得ないように見えます。菱田は西洋画の立体的な空間構成ではない、かといって従来の日本画の平板な平面のいずれでもない空間を模索していたのでしょう。そのとき、この「未完本」の行き方は菱田にとっては、これ以上の展開が難しかったということなのでしょう。

Hishidacat_2ただ、私には「未完本」には捨て難い魅力があると思います。それは未完ゆえのことかもしれませんが、敢えて言えば、全体に霧がかかったような薄ぼんやりした景色のなかで木だけが目に入ってくるという幻想的な風景です。その中で、手前の紅葉した若木が非現実のような鮮やかさで迫ってくると、他のバージョンには感じられない毒々しさのようなものを漂わせています。それは、耽美的なあやうさに近い感覚です。それは、後年の「黒き猫」の6曲1双の屏風にも通じているように私には思えます。


2014年12月 1日 (月)

菱田春草展(9)~第4章 「落葉」、「黒き猫」へ:遠近を描く、描かない(2)

Hishidafalleisei次に見たいのは1909年の第3回文展に出品した「文展本(永青文庫本)」と呼ばれる作品です。この前に制作を始めたものの結局は未完に終わった「未完本」については、後で見るとして、前の「滋賀本」と比べると、大きく変化しています。まず、目立つ変化は描く対象が樹木ではなくなったということで、これによって空間的な広がりを表現するということが、私には明確に打ち出されてきたように思います。この「文展本」での樹木は、もはや根元とそれに続く幹の一部しか描かれていません。これによって、木々の配置の構図によって奥行きを表現することがはっきりと前面に出てくることになりました。画面下方に根元のある木は手前にあり、上方に根元のある木は奥にあるということと、「滋賀本」では明暗で表現していたものを、手前にあるものの色とかたちはくっきりとし、奥にあるものにしたがって色とかたちは徐々にぼんやりとして失われていくように描かれています。そして、この規則を徹底させるため、視点を下げて、木は根元の部分、そして地面に生えた若木や潅木、そして落ち葉を描くことになりました。この結果、地面が画面全体を占めることになり、木々の間の空間はすべて地面となり、絵画の空間的な広がりは地面の面積的な広がりに変化することになりました。

それぞれに見て行きましょう。上述の視点を下げで木々の根元を描くようになったということは、林のどの部分を切り取って描くかというフレーミングに他なりません。永青本において根元に視点を下げているのは木々の上方を、しかも極端なほど断ち切ってしまっているからに他なりません。これは「断ち落とし」と言われるものだそうです。この結果、画面は木々の根元を映すようになり、視点が下がった結果地平線が画面の上のほうよりさらに上になって、画面に入ってこなくなりました。これにより画面は林の地面を一面に映すようになります。自然と、それを見る視点は地面を見下ろすような俯瞰的なものなります。いわば俯瞰構図です。このような「断ち落とし」によって俯瞰的な構図を獲得したわけですが、しかし、縦の方向に視線を伸ばすことはなくなり、地平線が画面に入ってくることはなくなり、画面に空の部分はまったく描かれることはなくなり、画面は平面的なものとなりがちです。“平面的、装飾的構成を好む従来の伝統的日本画は、むろん、この俯瞰構図をしばしば利用している。「落葉」の場合は、やや高いところから斜め前方を見下ろすという視点になっているが、それをいっそう徹底させれば、真上から下を見下ろすという構図になる。こうなれば、画面は完全に地面と平行になり、平面化が完成するわけである。例えば、光琳の有名な「八ツ橋図屏風」において、かきつばたの花は真横から見たように描いてあるが、かきつばたの咲いている池に架けられた八ツ橋は、完全に真上から見下されたものとなっている。”と解説されていましたが、光琳ほど装飾的に図案化されておらず、写実的な性格を残してある「落葉」では、地面を画面前面にしてしまうと、前に見た「秋木立」のように、俯瞰にさせるための地面というだけでなく、物質的な地面として見られることなり、地面が奥に行くにしたがってせり上がってくる斜面にいるようなものになってしまいます。それでは、画面の広がりは抑えられてしまいます。

Hishidafalleiseihasi_3ここで、「秋木立」の地面が斜面になってしまったのは、地面に物質性があって存在を主張してしまう、つまりは、そこに地面が物質的に存在しているということを観る者が意識してしまうからです。つまり、俯瞰的に見下ろせば、そこに地面があるわけですが、それが意識されなければいいわけです。地と図という区分がありますが、ここでの地面が地にとどまって図にならないようにすればいいのです。そこで、永青本では、地面を無地にしました。これを「滋賀本」と比べると、「滋賀本」でも、地面を意識して描いているわけではありませんが、地面に陰影をつけて、奥に行くにしたがって陰影を濃くしています。そこでは地面があるということを、どうしても意識してしまいます。それに対して、「永青本」では無地にして何も描かれてしません。しかし、それでは、この無地の部分が地面であると観る者は分かるでしょうか。それが分からなければ、虚空に木の根元が浮かんでいることになってしまいます。

地面そのものを描けば物質としての地面が意識させられて画面の広がりを抑えてしまう。しかし、そこに地面があることが分からなければ、そもそも俯瞰という視点が成立しない。そこで、地面そのものを描くことなしに、そこに地面があることを観る者に分からせる。それは、地面ですよというのが約束事として既成事実にしてしまっているのが、さきほど解説で触れていた「八ツ橋図屏風」です。しかし、「落葉」では写実的な性格を残しているため、そのように開き直ることはできません。そこで工夫されたのは、落ち葉の存在です。そうです。落ち葉が落ちて、散らばったり積もったりしているのは、そこに地面があるからで、落ち葉があることで観る者はそこに地面があることを想像できるのです。「落葉」では、木の根元を中心に、散り敷かれたように落ち葉が描かれて、それらが集合するようになって、それが平面になっているのです。さらに個々の落ち葉は、輪郭線の有無、葉脈の有無、色彩の濃淡の差などで細かく描き分けられ、全体の中では画面下部の落ち葉が濃く、上部にいくにつれて薄くなっていくグラデーションが付けられています。菱田の芸が細かいと感心させられます。この描き分けとグラデーションが平面の広がりを想像させ、描かれていない地面を見ることになるのです。それとセットになって木の根元の存在が地面を想像させます。木の根元には落ち葉があつまり平面を形成し、それが広がれば地面です。さらに、それは自然と観る者の視線が集まるようになっています。したがって、見る者は木の根元から根元へと視線を移動していくことによって、地面という広がりを認識するように導かれます。

このように、観る者はややなだらかに傾斜しながら水平方向に広がる地面を認識することができるのです。その地面は、落ち葉が乗り、木が根付いた、それ以上視線が奥へ貫入しない抵抗面となっています(このように抵抗面として近くされなければ、虚空に樹木が浮いたようになってしまいます)。しかし、画面には地面は描かれてはいません。あるのは、画面全体に広がる白い無地です。この場合、無地である地は、言わばスクリーンのようで、観る者はそのスクリーンに地面を投射すると言えます。このようにして、観る者は画面全体に、水平に広がる空間を認識することになるのです。

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