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2014年12月24日 (水)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(10)

Ⅱ.差異化=媒介

第四章 表情知覚の中動相

1.表情知覚の根源性

カッシーラは、表情知覚を、人間の世界認識の基礎として考察する。主著『シンボル形式の哲学』で彼は、カントが自然科学の理論的世界像を前提として認識を考える点を批判し、これに対して、科学の概念的で精密な世界把握とは異なる様々な世界理解を、シンボル機能・シンボル形式という観点から考察しようとする。そしてその際、まず表情体験に、知覚のレベルからすでに働いているシンボル機能、知覚における形態化する能力を見て取る。カッシーラにとって表情体験は、単なる受容ではなく、かといって科学的認識の形式に沿った世界把握でもない感性的知覚の根源的なあり方、(意識や精神による)世界の形態化始まりとして、重要なのである。カッシーラによれば、表情による理解が、事物についての知に本質的に先立つ。世界は最初から、科学的認識におけるようにものとその属性というかたちで体験されるわけではなく、根源的には「純粋な表現現象としてあらわれる」。

他方でカッシーラは。ゲシュタルト心理学の知見を踏まえ、知覚が感覚的質、センスデータの単なる総和に解消されないことを確認する。具体的知覚は常に、「表情性格」を直接に捉える。「表情性格」として彼は、「魅惑的」「威嚇的」「不気味な」「心なごませる」などをあげる。ゲシュタルト心理学は感覚的性質より前に、(事物について)おそろしかったり気味悪かったりするような表情が近くされる。表情のうちには、意志や判断の手前で、われわれに影響を及ぼす力のようなものがある、と指摘する。カッシーラは、ゲシュタルト心理学を援用しながら、表情が客観的な感覚内容に主観の側から二次的に付加されたものではない、と強調する。表情についての感情移入説は退けられる。表情は主観的なものではなく、むしろ知覚の本質的な構成分に属すと彼は考える。

カッシーラさらに、表情こそが知覚に「現実性の根源的色調を与え」、それによってこそ知覚が「実在につての知覚」になっているとも述べている。表情は、単に主観的なものではないばかりか、いわゆる客観の側、われわれの知覚する事物や世界の「現実性」や「実在性」を支えているというのである。

また、カッシーラにとって表情は、シンボル機能が最初に見て取られるという意味で、とりわけ「根源的現象」である。彼がシンボルという語で考えようとしているのは、「感性的なものの<意味充実>が見えてくる」、「或る感性的なものが、現にそこにそのようにあることあることのあり方のうちに、同時に一つの意味の特殊化や具現化としても、顕現や受肉としても、同時に見えてくる」ような「現象全体」である。表情は今ここで感性的に知覚されるものであるが、今ここにこうしてある個別的なもの・特殊的なものを超えた普遍的なものの領域、「意味」の領域に足を踏み入れているというのである。

カッシーラは表情現象を、二つの契機を持つシンボルの始まりと位置づけるが、にもかかわらず同時に、これらの契機が未分離である点を強調する。これは、表情において、「感性的なもの」と「意味」というような分析的には別のものと見なされる複数の契機が、一体的に体験されるということに他ならない。カッシーラの言う「表情意味」は、現れと区別される本質でもないし、客観的なものと区別される主観的なものでもなく、物や身体に対する心や精神でもない

いわばそれらの分離の手前なのである。表情は、様々な二元的対立の手前にあり、後には対立する諸契機が、未だ分離せず、一体のものとして体験される─我々は、表情体験の「根源性」を、このようなかたちで理解することもできるだろう。

カッシーラは、「感性的なもの─意味」という二つの契機(彼はそれを「現れ─本質」、「客観的なもの─主観的なもの」、「物的なもの─心的・精神的なもの」というかたちにも展開する)が、表情現象において一体化していると考える。まず表情が見えてくる─表情には、「私がものを見る」という図式、私とものとの二項から知覚を捉える図式にした場合の、(見られる)事物や世界を、その実在性や意味も含めて成り立たせる成分と、(見る)私が私としてあること、こういうかたちや構えであることを成り立たせる成分とが融合しているのではないか。表情の知覚、表情の体験の中から、(見られる)事物や世界と(それを見る)私とが分離してくるのではないか。表情体験は、両者が分離成立してくる元の体験として両者を支えているのではないか。表情知覚の「根源性」は、このようなかたちでも考えられるように思われる。

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