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2014年12月28日 (日)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(14)

3.動態として技術

技術を行為の形と捉え、その成立を考える技術論がある。三木清は、技術を目的に対する手段とする見方を批判し、「新しい環境に適応するための新しい行動の形の発明」、「主体と環境とが対立し、その調和を媒介するもの」と理解する。三木によれば、技術は、外部にあるもっぱら主観的な目的に対する、単なる客観的手段ではない。主観的だとされる目的は、ひとが環境に関わる際の身体的条件、周囲の環境やはたらきかける対象の法則など、客観的な諸条件から限定を受けている。したがって目的は、それ自身、手段と分離不可能なものであって、技術の外にはありえない。他方、技術は、客観的な世界の法則に従うものだが、全体が部分を規定するという目的論的構造を持っている。技術は、綜合を導くものとして目的を内に含む。すなわち、目的は手段と別に考えられず、手段は目的なくして考えられないということだろう。主体と環境との相互規定によって成立しているがゆえに、「行動の形」は、「主観的なものと客観的なものの総合」でありうる。

ここで三木の言う「形」が、単なる物質でも単なるイデーでもなく、両者にまたがり両者において成立しているということ、あるいはむしろ、行為の「形」から「イデー」及び「具体的な形をもった独立のもの」が生じていること、「形」において両者が一つであるということを、読み取ることができる。これは、ハビトゥスや型やスタイルから考えた技術の位相と重なることである。我々はここでもまた、技術のかたちという側面に、中動相を見ることができる。さらに三木の技術論は、技術という「行為の形」の成立についても「行為の形」は主体と環境との相互限定によって成立すると指摘している。我々はここに、より深い中動相を見ることができる。いったん成立した「行為の形」としての技術のはたらきが中道であるばかりでなく、その「行為の形」そのものの成立の仕方が中道と考えられるのである。

カッシーラもまた、技術を「形Form」と結び付けて考察している。カッシーラにとって技術は、人間が世界を形態化するはたらきのひとつであり、「活動を介した現実《把握》」である。カッシーラは技術に「形の付与」というはたらきを見る。しかしこの「形」は、人間が一方的に与えるものではない。「形」は活動を通じて「獲得される」。新たな「形」の獲得とともに、活動に「内的再編、イデアルな意味転換」が生じ、活動の「質的意味」が変わり、そこから世界を見る新たな視点の可能性が生まれる。カッシーラは、技術を動態として捉える、すなわち「形成する形」である。その記述は中動態の表現を用いる。人が世界と関わる活動や行為の中から、基となるかたちがいわばひとりでに生じ、そのかたちを通じて、私が私になり、世界が世界になる、ということだろう。技術を活動における「形成する形」と捉えるカッシーラの技術論は、三木の技術論と同じく、技術を「行為の形」と捉え、その行為のかたちの生成という、より深い中動の位相を、我々に示唆してくれる。

芸術における技術は、おそらく行為のかたちの生成としてある。それ以前になかった意味が、芸術作品の内に、見たり聞いたり触れたりできるものと不可分に、いわば表情として生じてくることには、本論で見てきたような技術が本質的なものとして関わっているはずだ。それは我々が身体によって世界にあること、自ら動き行為して世界と関わることと、深いところで結び付いている。我々が常にすでに身体をもって世界にある以上、かたちの生成は無から生じるはずがない。それはすでにあるかたちの変形であろう。そしてまた素材も、芸術にとって単なる手段と言えなくなる。素材はひとが身体をもって関わる世界の一部であり、それとの関わりからかたちが生まれるのだから。技術を広く「行為の形」と捉えるとき、見ること聞くこと触れること等にもまた、身体化された技術が見て取れる。知覚もまた技術である。芸術における技術は、狭い意味でのつくることにおいてのみはたらくのではない。芸術の制作にはたらく技術は、見ること聞くこと触れること、あるいは選ぶこと組み合わせることも含む、広い意味でのつくることの技術なのだ。我々は、コンピュータを駆使する現代アートにも、身体化された技術のはたらきを見ることができるだろう。

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